28話 夢魔と、羊
自室に戻った私は、羊のぬいぐるみ、スリーピィに話しかけます。
「ねぇスリーピィ。貴方とは短い間でしたが、一緒にいた時間は、とても楽しかったです。私の友達になってくれてありがとう」
無口な彼は1つも言葉を発しませんが、どういたしまして。そう言ってくれた気がして、私は幸せな気持ちになります。
その時、ドアが開く音がしました。私は振り返り、――驚きました。
スタッフの方じゃない、王様でも無い。背の高い、黒髪の綺麗な女性が立っていました。
この部屋にはスタッフとあのお方意外に入れないはずなのに……。
得体の知れない彼女に、私は生まれて初めて怖いと思いました。
「……あれ? 君は夢を見ないの? ……ったく、あの人は……王を任せるなら、もっと権限をよこしてほしいもんだ」
驚いた事にその女性の声は、男性のものでした。
あの方以外で初めて聞いた、男性の声でした。
初めての事ばかりで、私の脳は混乱してしまいます。
女性の様な男性は頭を軽くかき、ニコリと笑います。
「初めましてお嬢さん。僕は、ルシル・メア・グッドナイト。突然だけど、今本当にしつこい奴に追われててね。悪いんだけど、少し匿ってもらえないかな」
……助けを呼ばなくては。
私の声や容姿は、全てあの方の為の物。他の男性に私の姿を見られたのなら、私の価値が無くなってしまう。
「……私はメリー・シープドールです。」
ですが、その思考とは裏腹に、私の口からは自ら名前を名乗っていたのでした。
「メリー・シープドール。メリーにシープか。なんだか羊を連想させる名前だね。ほら、人間の童謡にメリーさんの羊と言う歌があっただろう?」
「歌は聴いた事はありませんが、私の記憶に入っています」
「では、君の事は親愛を込めて、羊ちゃんと呼ばせて貰うよ。よろしくね」
「羊、ですか…… 」
ベッドに座る、スリーピィに目を向けます。
私は生まれてから、自分が何の動物なのか、分かりませんでした。
姿は人間に似ているのですが、初めて見えた光景は、ガラス越しに見えた研究室でしたから、病院で生まれる人間とは、違うと思っていたのです。
スタッフさんが私を美術品と呼んでいましたが、
生きている美術品はきっと私以外には存在しないでしょう。
それは孤独。
それならば、私は友人と同じ羊と呼ばれた方が、孤独では無くなるので、安心です。
「ありがとうございます。ルシルさん。」
私がお礼を言うと、ルシルさんは、少し意外そうな顔で、
「別に俺は賞賛の意味では言ってないのだけどね」
そう言った後、
「でも、お礼は幾ら言われても気持ちがいいものだ。どういたしまして」
と、彼は笑いました。爽やかな風の様な表情だと思いました。
その時、電子音と同時に、ドアが開きます。
スタッフさんです。
彼女はルシルさんを眺めます。
「こんにちは。この人はあの方のご友人だそうですね」
私は瞬時に嘘を言います。数日前に私のIQはとても高い数値だとスタッフさんが言っていました。
きっと私は嘘をつく事が得意な事と結び付きがあるのでしょうね。
しかしーースタッフさんが発した言葉は、意外な物でした。
「あぁルシル様。ここにいらしてたのですね。如何でしょうか? 私たちの研究成果は」
「ああ、素晴らしいね。君たちの技術には毎回驚かされるよ」
ルシルさんはにっこりと笑い、流暢に答えます。
私は混乱します。嘘が本当になる。ルシルさんは本当にあの方のご友人だったのでしょうか?
「悪いんだけどこの子とちょっと話していたい。席を外してくれるかな」
「構いません。メリー、こちらが昼食と、その後の薬です。必ず飲むように」
そう言ってスタッフさんは部屋を出ていきました。
「……本当にあの方のご友人だったのですか?」
ルシルさんは微笑みます。
「誰だい? あのお方って」
「ルシルさんは、魔法使いなのですか?」
「まぁ似たような物かもね、あれは彼女に夢を見て貰っていたのさ」
「夢……ですか?」
「うん、夢。俺、ルシア・メア・グッドナイトは実は夢魔なんだ。この施設の人間全てに、俺は最高責任者の友人って夢を見て貰ってるのさ」
ルシルさんはそう言った後に、首を傾げました。
「だけど君は、どうして夢を見ないのかな? 僕の力は自分で言うのもなんだが強力だ。……こんなケースは初めてだね」
「それは私が人間では無いからだと思われます」
私はそう言って正解を教えました。
ルシルさんは笑顔を取り消しました。
「貴方の言った様に、私は人間では無いのです。明日壊れて死ぬ身なのです。先程、匿って欲しいと言いましたね? 私は貴方を歓迎します。明日の午後7時まで、私は暇を持て余していますので、良かったらここにいてください」
ルシルさんはまた笑顔になりました。先程の物より、優しい笑顔だと思いました。なんだか、彼はいつもニコニコしている人です。
「そっか、それならお互い人間では無い同士、仲良くしようじゃないか。よろしく、メリー・シープドール」
私は深く一度、頷きます。
私に、初めて言葉を交わせるご友人が出来た瞬間でした。




