帰還と彼の事情
一頻り騒いで混乱が落ち着くなり、自分は拠点に戻る為の緊急脱出用品を使い戻った。拠点に戻った事で大まかな時刻が夕方であると知った。
最低でもここを一人で出て、三日は経過している。ダンジョン内での経過日数は判らない。久し振りに拠点に戻ると、涙目のマルタとロンに抱き着かれた。
誰にも何も告げずに拠点を出た事について文句を言われたが、『生きてて良かった』と何度も言われては何も言い返せない。困った事に十日の時間が経過していた。
本当に心配を掛けてしまった。マルタに謝り、その後ろにいた他の面々にも心配を掛けた事について謝った。
皆からこってりと絞られたベネディクトからも謝罪を受けた。しかし、再犯の可能性を考えて、謝罪だけ受け取る事にした。
休息を取りたいところだが、報告する事が存在する。集会所のテーブルを皆で囲んだ。
皆が椅子に座った事を確認してから、大雑把に二つに分けて、ダンジョンと遭遇した調査隊のどちらから聞くかを皆に尋ねる。
勿論、順番的にはダンジョンからの方だと思う。だが、内容を考えるとダンジョンの方が衝撃的だ。
話し合いの結果、自分が単独行動を取る原因となった調査隊の事を皆は知りたがった。
ダンジョンから出た直後の事だと前置きをしてから、何が起きたのか報告した。
皆一様に驚いていたが、ただ一人、動揺したのはベネディクトだった。
「装備が届いていない!? そんな筈はありません!」
「いや、ペドロが作った医薬品も持っていなかったんだよ。無駄遣いしたか、あるいは届いていないかの二択でしょ?」
「そ、それはそうですが……。遭遇した調査隊員の顔は覚えていますか?」
「迷彩柄の服を着た白人と黒人の男三人で、白人の方を呼んだ時の名前がジョージとマックスだった」
話題を切り替えるように出て来たベネディクトの質問に記憶を探りながら答える。
「ジョージとマックス? それじゃあ、一緒にいた黒人は……まさか、ジュードか!? あのゴミ野郎は死んだと聞かされたのに!?」
「知り合いか?」
質問の回答を聞くなり、急に憤ったベネディクトが立ち上がった。ベネディクトの行動に疑問を持ったギィードが質問する。
質問を受けたベネディクトは心底嫌そうな顔をしてから、椅子に座った。
「ただの顔見知りです。やたらとプライドの高い男で、私が先遣隊の一人だと知るなり嫌がらせをして来た男です。あのクズは私を『女顔の癖に』と揶揄う事しか能の無いゴミです。己が不利になると『差別だ』と喚いて有利な状況に持って行こうとする無能です。ククリ、何か差別的な事を言われませんでしたか?」
何時にも増して辛辣かつ、口が悪いベネディクトの様子に少し引きながら回答する。
「イエローモンキーって、言われたよ」
「あのクソ野郎は……っ!」
ベネディクトが握った拳でテーブルを叩き、怒り狂っている。
「装備が足りないと言う報告も、あのクズが壊して遊んでいたからに違いない! 目上に媚びへつらい、阿諛追従するしか能の無いゴミの癖に、一体誰を盾にして生き残ったのか。ベンジャミンとルイスは、どうなってっ」
「ベンジャミンとルイスと言うのは?」
「私が軍人だった頃の友人です。上陸した初日の夜間の戦闘で、ダイナマイトを抱えて決死行動を取ったエドワードと四人で、飲んだりする仲でした」
固く握った両の拳をテーブルの上に置き、ベネディクトは俯いたまま話してくれた。その話を聞いて、ベネディクトが装備を送りたいと交渉して来た理由に気づいた。
「いや、待ちなさい。初日に死んだ奴が友人だった? って事はアンタ、生き残っている友人を盾に装備を送れって言われていたの?」
ミレーユが発した言葉に自分も頷いた。向こうにベネディクトの友人がいたのか。
「……そうです。ジュードは初日に死んだ。ベンジャミンやルイスのように装備を大切に使う奴しかいないと、説明を受けていたんです。ですが、余りにも頻度が高いので、最初に一ヶ月でベンジャミンとルイスが本当に生き残っているのかを疑い、二人と連絡を取って確認しました」
虚偽報告を受けていたのは、ベネディクトの方だったのか。その報告をベネディクトにした奴は最低だな。
「その二人と連絡は取れたか?」
「取れましたよ。久し振りに話をしました。最後に話をしたのは二ヶ月前で、その時はやたらと『済まない』とか、『悪い』と言っていたのを気にしましたが。その日以降は連絡が取れていません」
「それってさ、他の奴を人質に取られて仕方が無くお前に頼んでいたって事じゃねぇの?」
「今になって思うと、アルゴスの言う通りかもしれません。向こうにはかなりの数の素人が沢山いましたから」
俯いたまま顔を上げないベネディクトから歯軋りの音が聞こえた。
重い沈黙が下りた。
誰もがベネディクトに何と声を掛ければ良いのか困り果てている。
かく言う自分も困ってしまった。
確かにベネディクトと揉めたが、裏側の真相を聞かされると……窃盗行為は許せんが、同情してしまう。
ここに戻る前に何人かの顔を見た事をベネディクトに教えて、写真を持っているか尋ねて見せて貰った。
自分が見た黒人男性は、ベネディクトが散々罵っていたジュードだった。そして、写真の中のベネディクト友人だと言う人物は、あの森で見なかった。
それが意味する事は、二ヶ月間の音信不通を考慮すると既に死んでいると言う事だろう。ベネディクトは自嘲気味の声を上げた。
「ははっ、私は何の為にっ」
「ベネディクト。やらかした事自体は悪いが、お前が騙されていた事には変わらん。真実を知った以上、これ以上装備の提供をする必要は無い。儂も連中に送る医薬品は作らんぞ」
「ペドロ……。そうですね。ロンの装備を送るドローンが来る前に発覚したのは運が良かった。あの馬鹿を生き残らせている時点で、向こうがどうなろうが考える必要は無くなりました」
そこは考えた方が良いんじゃないかとも思わなくも無い。だが、軍人が残っていて民間人が全滅しているのなら、見捨てるのは『アリ』だろう。戦闘のプロなんだから、手持ちでどうにかして欲しい。
でもね。聞き流せない吉報が含まれていた。
「ロンの弓、まだ残っているの?」
魔石が入手出来なかったので、ロンの弓は貴重品と化している。それが残っているのはありがたい。
「ええ。明日の夜に支給品を持って来るドローンに乗せる予定でした。支給品を受け取ってドローンを返してから、じっくりと抗議をします」
十秒ぐらい掛けて、ゆっくりと顔を上げたベネディクトは、黒いものが滲む笑顔を浮かべた。一目見てキレている事が解る笑顔だ。
重くなった空気が別の空気に変わったところで、単独で向かったダンジョン内で起きた出来事を皆に話した。
全てを話し終えてから、ダンジョン内で回収した遺留品と思しき少し歪んだロケットと一緒に落ちていた白い小石をベネディクトに渡す。
「ロケットは遺留品で間違いないでしょう。この二つは明日の夜にやって来るドローンに乗せます。写真の人物特定に時間は掛かるでしょうが、この小石は分かりません」
ロケットはともかく、白い小石が何なのか見ただけでは分からない。皆の視線が小石に集中する中、徐にペドロが立ち上がった。
この手の話し合いで、殆ど発言もしないペドロにしては珍しい行動に皆が目を丸くした。
ペドロは皆の視線を集めたのに、全く気にせずにベネディクトの手から小石を手に取った。手に取った小石をマジマジと観察したペドロは顔を顰めた。
「ふむ。どこかで見た事のある小石、いや、骨の一部か?」
「「「「「「「「「骨!?」」」」」」」」」
ペドロを除いた全員の絶叫が上がった。
「白骨化するにしては、時間が早いんじゃ……」
「うむ。儂もそれが気になるところだが、こいつは動物の骨と見て良いだろう。ククリ、他に似たような石は見なかったのか?」
クラウスの質問に回答したペドロは自分に『他にも無かったか』と聞いて来た。散骨死体の一部を拾って来たと思われたくないので、自分は首を横に振りながら回答する。
「見なかったよ。通路のど真ん中にロケットと一緒に落ちていたのを拾っただけだし。そもそも、ロケットを踏んだ時に、落ちているのに気づいたんだよ!」
「そうか。他の部分が無いのならば仕方が無いな。……ベネディクト、行方不明者の人骨の可能性が有る。こいつは鑑定に回せ」
「分かりましたが、報告の際に貴方の所感も伝えますよ」
「そいつは構わん。『医者が鑑定しろと言っていたから』と言ってでも、必ず鑑定するよう言え」
「向こうがゴネたらそこまで言ってみます」
ベネディクトは異性を魅了するような笑顔を浮かべた。だが、抑えきれていない威圧感をまき散らしているので、ここにいる女性陣でベネディクトに見惚れるものはいなかった。




