いざ、上陸
翌日の午前中。
出発前に全員の荷物確認を行う事になった。眼鏡を掛けて参加したが誰も気にしなくなった。
前日では無く今日なのは、自分達だけ別行動を取る事が決まっていたからだ。別行動と言っても、他の面々が確実に上陸出来るように、事前に上陸して補佐を行う。自分達以外は明後日の午前中に上陸する。
これは『ベネディクトが所属しているチームだから』と言う一点だけで決まった事だったりする。
ベネディクトに関する事前情報が無いと不満を抱く指示だ。でも、小さいボートに十人ずつで乗りこみ、十キロ以上を移動するのは流石に嫌だ。今回の指示だけは利点となった。皆も自分と同じ思いなのか、ボートで移動しなくても済んだ点に関して素直に喜んでいる。
代わりに自分達以外は明後日の上陸に備えて、ボートの使い方や、緊急時を想定した講習を受けている。自分達は講習類を受けないが、軍医者がいるから問題は無いだろう。
空き部屋に集まり、全員の荷物の中身を見せ合うが、揃いも揃って登山かキャンプに行くかのような荷物だった。ベネディクトとペドロに至っては、無人島に行くかのような荷物だ。ベネディクトに至っては身丈ほどもある大きなケース持ち、マイク付き片耳イヤホンを左耳に装着している。
皆はそこそこ大きなリュックに荷物を詰めて、アウトドア用の衣類を着ている。自分は道具入れを作ったので、誰よりも荷物が多かった。何より、自分だけスーツケースだ。スーツケースを見せてから道具入れに仕舞ったので、何も言われなかった。呆れられたとも言う。
あれば良さそうそうなものを大量に持って来ただけだが、道具入れが無ければ持って来る事は出来なかっただろう。
自分の荷物の中身を知って、ほぼ全員が呆れた。
替えの衣類、各種医薬品と医療道具(包帯、絆創膏、アルコール消毒液)、携帯食料、水筒、水の濾過道具までは受け入れられた。
非常食としてカロリーが高めのお菓子やインスタント食品、調味料、アウトドア用調理器具一式、雨除けテント、ブルーシート、毛布、折り畳み式のテーブル、灯油タンクを出した辺りで表情が変わった。
「道具入れって、便利ですね……」
「材料が手に入ったら皆の分も作るよ」
唖然とするマルタに声を掛けながら、これ以上は出さないと決め、荷物を道具入れに仕舞った。実は小麦粉やベーコンを始めとした食材と、魔法で急成長させて採集しようと野菜の種も持って来ている。
「ベネディクト。どうやって上陸するの?」
微妙な空気を払拭する為に、マルタ同様に唖然としていたベネディクトに声を掛けた。
「え? ああ、と、……ゴホン。上陸ですが、ククリに確認が在ります」
「何で? と言うか何が聞きたいの?」
今更感が有るけど、ベネディクトに確認内容を質問した。
「テレポートみたいな魔法は使えますか?」
「は? テレポート? ……使えるか分からないけど、あるにはあるよ。ワープゲートを作って移動みたいな感じになるけど、行先の景色が分からないと使えないし、一度しか使えないよ?」
「一度で良いですよ。我々十人が上陸出来れば、文句は言いません」
「使ったら確実に疲れ果てるけど良い?」
「……使用の反動ならば、仕方が無いですね」
念を押して確認を取ると、ベネディクトは顔を少しだけ引き攣らせた。
命が掛かっているんだから、念入りに確認を取るのは当たり前でしょうに……。
装備が心許無いのを忘れているのか?
「あ」
装備の単語で、事前に手を加えたモデルガンの存在を思い出した。
ベネディクトには一丁渡している。
他は、ロンの天職が狙撃系だったな。ロンと、念の為に男性陣に一丁ずつ渡した。
簡単な使い方の説明を終えると、ベネディクトからタブレットを渡された。
「このタブレットは何?」
「ここに来る前に、設計図を取り寄せると、言ったでしょう?」
「本当に取り寄せたの!? 材料が無いと作れないって言ったでしょ!」
「材料が現地で調達出来るかもしれないから取り寄せました。あ、ソーラー発電式のバッテリーも用意しました。バッテリーについては心配いりません」
抜かりは無いと胸を張るベネディクトを見たギィードがぽつりと呟いた。
「いや、別の意味で心配だろ?」
ギィードとベネディクト以外の全員で同意した。
出発前がぐだぐだになったけど、起動させたタブレットには『移動先の映像がリアルタイムで見れる』アプリがインストールされていた。設計図以外にも入っていて安心した。ベネディクトがアプリを起動させる。自分は上陸予定場所を知らないので、ベネディクトに選んで貰う為だ。
「移動先はここでお願いします」
「分かった」
眼鏡(ブルーライトカットレンズを使っているので、視界がほんの少し黄色みを帯びている)を外し、胸元に引っ掛ける。ベネディクトから受け取ったタブレットに表示される映像を注視して覚える。一度目を閉じて、使いたい魔法を思い浮かべる。脳裏に浮かぶ場所と繋がる門をイメージする。
「……んー、うん。魔法は使えるけど、幾つか注意点があるから聞いて」
魔法行使が可能だと確信出来た。だが、この魔法には注意点が存在する。
目的地と現在地を繋ぐ魔法の門の維持だけで、自分は消耗する。
魔法の門の維持時間が短い。維持時間が十秒程度になるかもしれない。もたつかずに移動して欲しい。
自分が通ると魔法の門は閉じるから、最後に通らなくてはならない。
「そうでしたら、私が先陣を切ります」
ぼやけて皆の顔は見えないが気にしないで注意点を述べると、ベネディクトが名乗り上げた。二番手にペドロが名乗りを上げる。
「僕は、ちょっと怖いな」
「一緒に通るから心配すんなって」
怖じ気づくロンの肩をアルゴスが軽く叩いた。その隣にいるギィードが心配不要だと頷いている。
「ククリが最後に通るのね」
「何か遭ったら、俺が引っ張るよ」
「それが良いな」
「私も手伝いますよ」
ミレーユが心配すれば、クラウスが提案し、ルシアは肯定し、マルタが手伝いを申し出る。
不安はあれど、気負っている様子は見られない。今更『行きたくない』と弱音を吐くものはいない。
「それじゃあ、魔法を使うよ。準備して」
頃合いと見做し、宣言してから全員の顔を見回す。最後にもう一度タブレットの映像を見て覚える。全員が頷いたところで、タブレットを胸に抱えて大きく息を吸って詠唱を始める。使いたい魔法を強くイメージし、発動を補佐する詠唱を正確に紡ぐ。
「隔たれし此方と彼方を門にて繋げ。遠き彼方、遥か彼方、千里万里、最果てに在りし地よ。我が意、我が呪詛をもって、世界の理を歪め、ここに彼方と門を繋がん。開き給え、世界の理を歪めし門よ。我が意、我が呪詛をもって、全ての障害を打ち払い、ここに開門を宣言する」
ちょっと仰々しい詠唱を行い魔法を行使すると、自分の正面に光る大きな穴が――魔法の門が開いた。穴の向こう側は白い砂浜だ。
宣言通りにベネディクトが最初に通り、そのあとに続いて皆が急いで通る。
全員が通った事を確認してから、自分も通った。一拍の間を空けて、魔法の門は虚空に溶けるように消えた。
「全員いますか?」
ベネディクトが点呼を取り、脱落者がいない事を確認する。安堵の息を漏らしながら返事をする皆と違い、自分は魔法を使って疲れたので、砂浜に腰を下ろして休憩している。
確認を終えたベネディクトは、やたらと大きかった荷物の中身を取り出した。一目見ただけでは何か判らない物体は、ベネディクトの説明を聞いた限りだと『アンテナ』だった。
いや、正しく言うのならば『アンテナ』と言うのは相応しくないんだろう。だけど、電波の送受信をするものならば、例え補助だとしても『アンテナの類』と認識した方が良いだろう。難しい事を気にすると面倒だし。
こんな砂浜のど真ん中にアンテナを設置して良いのかと思わなくは無い。潮風で錆びる以外にも、この大陸に生息する謎の生物で壊される可能性が有る。
自分と同じ事を思ったクラウスが止めた。だが、ベネディクトから『一時的に設置するものだ』と回答を受け、更に『壊れてもある程度の時間、ここから観測出来れば良い』と回答を受けてしまい、これ以上何も言えなくなった。
「現在位置はどこだ?」
「大陸の北西だね」
抱えていたタブレットを操作して、現在位置を表示させる。設置したアンテナ経由で使えるようになっていた。表示場所を二本指を使い縮小して現在地を確認すると、大陸の北西だった。まだ日付変更線の西側の北半球にいた。
こうして地図を見ると、この大陸は北半球に存在するのか。
ふと、北半球の単語に釣られて自分以外の顔触れを見る。そう言えば、全員北半球の出身だ。
何か共通点が有るのかと考えながら立ち上がり、ズボンの砂を払う。
タブレットをベネディクトに返却し、今後の行動について尋ねる。
「可能なら、ここに拠点を作りたいです」
「……キャンプじゃあるまいし。砂浜に拠点は無理でしょ」
ベネディクトの要望に対して、反対多数でミレーユの意見が採用された。
けれども、ベネディクトがしつこく食い下がったので、全員で話し合った。
その結果、砂浜から少し奥へ移動し、野宿に適した場所が無ければここに戻る事になった。
ベネディクトが執拗に砂浜に拠点を作りたがったのは、砂浜で謎の生物に襲われた事が無かったからだった。ベネディクトが前回上陸した時は短時間だったと聞いているので、余り参考にならない。
「作る道具入れは三つで良いのね?」
「ええ、お願いします」
砂浜から離れる前に、全員が身軽に動く為に道具入れを追加で作る事になった。ただし、手持ちの材料の残量を考えて三つだけ作る。自分が全員の荷物を持つのは、最悪の事態を考えて無しになった結果だ。
この三つを渡す相手は、話し合いの結果、ミレーユ、クラウス、ペドロの三人だ。
ミレーユがマルタとルシアの荷物を、クラウスがギィードとアルゴスとロンの荷物を受け取った道具入れに仕舞う。ペドロが単身で使うのは、彼が医者である事と、一人ぐらいは容量に余裕があった方が良い
だろうと言う事だ。急ぎで何かを仕舞う時の担当も務めて貰う。
ベネディクトを先頭に、一塊になって砂浜を横切る。最後尾にはペドロがいる。自分は右端だ。
砂浜の向こう側は、鬱蒼としたジャングルだ。昼前の日中なのに薄暗い。
それもその筈だろう。ジャングルの樹々の一本一本の大きさが規格外だ。樹齢何百年なのか見当も付かない樹木は太く、その直径は一メートルを超えている。横に伸びた枝下から地面までの高さは二メートル以上もある。
試しに、この面子の中で最も大柄なペドロが爪先立ちになって手を伸ばしても、垂れ下がった枝先にすら指先が届かない。ペドロの自己申告によると身長は二百八センチで、腕の長さと爪先立ちになった時の身長を加味すると、最低でも三メートル以上の高さがあると見て良いだろう。
ベネディクトを先頭にして、順番にジャングルの中に足を踏み入れて行く。
自分も足を踏み入れた――次の瞬間、
「うわぁっ!?」
突然の出来事に素っ頓狂な声が出てしまった。だが、周囲にいる誰も何も言わなかった。
何故なら、皆も突然の出来事に唖然としていたからだ。
何が起きたのか簡潔に言うと、自分の目の前だけにゲームの中で使われていた『空中ディスプレイ』が音も無く出現した。あと何故か視力が上がり、眼鏡を掛けていないのに皆の顔がはっきりと見える。
皆が唖然としたのは、空中ディスプレイが出現したのが『自分だけ』だったからだ。
既に上陸したベネディクトの前には出現しなかったのか、彼に至っては呆然としている。
「クエスト、……達成報酬?」
空中ディスプレイの文章を読み進めて行くと更に訳が分からなくなった。
ゲームテスト期間中に全クエスト達成報酬と、連続ログイン日数六十日達成報酬の受け取りで……え?
「拠点? ゲームで使っていた場所? 使える?」
断片的な言葉を口にしていたからか、皆の表情が怪訝なものに変わって行く。
二つの達成報酬として、ゲームで使っていた拠点(魔除け機能付き)が使えるようになった事。更に、拠点に置いてあるものも使える。そして何より大事なのは、ここから直通で移動出来ると言う点だ。
知り得た事を皆に説明し、ベネディクトに設置してから間もない、アンテナをどうするか尋ねた。
砂浜よりも拠点の方が何倍も安全だ。仮に拠点の場所がどこか判らなくても、建物の傍の方が管理しやすいだろう。
少し考えたベネディクトは砂浜へ駆け出し、どこかと連絡を取りながらアンテナの撤去を始めた。
その隙に空中ディスプレイの文章を改めて読み直し、最後の文章の下にある『獲得』ボタンを押した。
すると正面に、自分達が大陸に上陸した時と同じ光る大きな穴が開いた。その向こう側には、見覚えのある建物が存在する。
いざ通ろうとしたが、クラウスに止められた。
「待った。ククリが通ったらこの穴が消えるかもしれない」
「何故そう思う?」
「ククリにしか表示されていないが、俺達は向こうが決めた組み合わせで動いているんだぜ。全員通れるんじゃねぇのか?」
待ったを掛けたクラウスに、ルシアとアルゴスが即座に質問をぶつけた。二人と同意見の面々は早く移動したそうな顔をしている。
「言いたい事は解る。でも、ククリ以外は通れない可能性もあるし、その逆もまた起こりうる。確実に全員で移動する為にも、一度試そう」
クラウスは己の意見を述べてから全員を見てから、決断を促すように最後に自分を見た。
「一考する価値のある意見だけど、ベネディクトの作業が終わるまで待とう」
判断を託された自分だが、ベネディクトのアンテナ撤去作業が終わっていないものまた事実だ。
皆を宥めて、周囲を警戒しながらベネディクトの戻りを待った。その間に幾人かが、自分以外でも通れるか検証を始めていた。
数分でベネディクトが戻って来た。大陸への上陸と同じく、ベネディクトを先頭に一人ずつ穴を通り、自分が通ると同時に、背後の穴は宙に溶けるように消えた。




