第8節 じゃれ合い
「んっ? 」
目が覚めた。
柔らかすぎるベットから体を起こして当たりを見渡すと、自分が寮で寝ている事が分かる。
(朝……か )
青い朝日を眺めながら2段ベッドから身を乗り出し、やる事を済ませるために立ち上がる。
女っぽい男が寝ているベットの横を通り、出口とは違う場所の扉をあけると、大理石で作られた洗面所と4人は優に映る巨大な鏡があった。
その鏡には紫色の目と、人の輪では目立ってしまう黒髪の男が見える。
(さて…… )
『力」を使って、鏡に映る男の髪色を黒から白へ変えるが、これだと白過ぎて逆に目立ってしまう。
(違うな。もっと濁ったように……灰色とかか? あと髪長いやつ多いし、もう少し長くだな )
髪の長さと色を大雑把に調整し、伸びて邪魔な前髪を『元素』の風で切り落とす。
色々と弄ったお陰か、髪はうなじと耳が隠れる程の長さになった。
これなら容姿で目立つ事は極力少なくなるだろう。
(後は目の色でも)
「ふぃぃぃ、さっぱりしたァ!! 」
次は目の色を変えようとした瞬間、風呂へと続く扉が勢いよく開く。
風呂から出てきた白髪の男はこちらを見るや否や、驚愕した様子で赤い目を見開いた。
「おまっ! 髪の色どうした!? 」
「……誰だ? 」
「……あぁ悪い、ヤマトだハルト。んでどうしたんだよその髪色 」
「変えた。これなら目立たない 」
「いや確かに黒髪は目立つけどさぁ……ちぇ、黒色好きだったのに 」
名残惜しいようにヤマトは唇を尖らせたが、こっちはそんな表情より、気になる下半身へと目がいってしまう。
下半身には性器らしき物はついていない。
だが女の匂いもしないし、男女無くてはならない乳頭すらも胸には存在しない。
そんな体を見て思い浮かんだ答えはただ1つ……
「お前、ホムンクルスか 」
「ホムん? んだそれ? 」
「……人造人間。ゴーレム。オートマトン。どれか伝わらないか? 」
「……伝わったよ。お前の言う通り! 俺はゴーレムだ !! 」
自信満々に胸筋を張るヤマトを観察するが、ゴーレムという言葉は相応しくないようにも見える。
骨格や筋肉の張り方が完璧に左右対称で、体をよく見れば作り物だと分かるが、その何処にも石の硬さは感じない。
(……なるほどな。石くれっつうより、失敗作とか自動人形って意味のゴーレムか )
「てかよぉ! お前反応薄いなぁ。普通なら『えぇそうなのぉ!?』とか驚いてくれてもいいと思うんだが…… 」
「……? 驚かなきゃいけないのか? 」
「いやそういう訳じゃねぇけどよ……はぁ、まぁいい 」
ヤマトは何故かため息を吐くと、もう喋ることは無いと言いたげに、洗面台に置かれていた下着に足を通す。
その後はゴム紐の青いズボンを履き、灰色のシャツに袖を通して、首元の紐を締め上げた。
……どうやら着替えが終わったらしい。
「ふぅ……なぁハルト、お前って近接戦闘得意? 」
「……それなりに 」
「よし、んじゃ俺と殴り合わね? 朝の運動だ 」
「わかった 」
唐突過ぎる戦いの誘い。
だが断る必要もないからそれに頷くと、ヤマトは嬉しそうに笑い、洗面所から出ていった。
それに続いて部屋に戻り、一緒に窓から中央広場へと身を乗り出す。
「おー、いい朝だなぁ!! 」
(うるせぇ…… )
叫ぶヤマトに内心悪態を吐くが、まぁ……その言葉には納得できた。
早朝だからか、地面の芝は微かに湿っており、水に日光が反射して宝石でも散りばめられたように輝いている。
「確かにいい朝だが、滑るな 」
「あー確かに。まっ、こんくらいならいいだろよ 」
足先で芝の滑り具合を確認していると、ヤマトはこちらに振り返り、指と手首の骨を鳴らした。
「よし、んじゃ初めっから構えろー 」
「反撃はしていいのか? 」
「おうもちろん。全力でいいからな 」
そろそろ攻撃が来ると察知し、全身に意識を回して腕を構えた瞬間、首を狙う左突きが飛んできた。
反射的に拳を右腕で弾き、ガードが外れたヤマトの顔面へ全力の蹴りを打ち込む。
だが蹴りを受けたヤマトは少しよろけただけで済み、血の滲んだ口角を嬉しそうに吊り上げた。
「おぉ! お前めっちゃつえーじゃん!! 」
(マジかこいつ…… )
魔法を使ってないとは言え、蹴りを顔面に受けたにも関わらずにヤマトは笑っている。
あれでダメージが無いとすれば、魔法を使っても有効打は望めないだろう。
「んじゃま、ペースあげるぜぇ 」
実力差を分析している脳に独り言が響く。
それが戦闘続行の合図だったのか、ヤマトは一気に姿勢を低くし、こちらに突っ込んできた。
ヤマトが間合いに入った瞬間、空を斬るほどの左拳が放たれた。
咄嗟に腕を構えて防ごうとするが、その拳は突如として開き、左腕を掴まれる。
(まずっ )
手を弾こうと腕を捻る。
だが圧倒的な力で体を引っ張られ、体勢を崩した顔面に膝が飛んでくる。
動かせる右手で顔面を守るが、強大な衝撃はガード越しの首と脳を揺さぶり、意識と視界が大きくブレる。
「ぶっ!! 」
定まらない意識で着地際のヤマトに蹴りを放つ。
だが地に落ちかけた足は俺の蹴りを踏み台にし、再度跳躍した靴底がこちらに殺意を向けた。
咄嗟に後ろへ飛ぼうとする。
が、掴まれた左腕を更に引かれ、衝撃を逃がすこともできない状況で、顔面にドロップキックを打ち込まれた。
「っう!! 」
吹き飛ぶ勢いを手で殺して体を起こし、すぐさま現状確認へと移る。
首が軋み、鼻から血が止まらないが、それは大した問題ではない。
今問題なのは、蹴りの衝撃を受けた右腕だ。
折れてはいないが、筋肉が痙攣してろくに力が入らない。
「あっ、大丈夫か? 」
「あぁ、鼻が折れて右腕が動かん 」
「いや全然大丈夫じゃねぇじゃん! 」
蹴った張本人から心配されるのは、少し変な気分だ。
けれど時間稼ぎと今ある疑問を解消するために、このまま話を続ける。
「よし、もう終わろう。さっさと治癒室に」
「なんでお前、本気出さない? 」
「っ……あー、分かっちまうか 」
「リュークとの殴り合い、間近で見てたからな 」
わざわざ俺の話を鵜呑みにするヤマトは、気まずそうに白髪を掻きむしると、赤い眼を横にそらした。
「いや別にな、舐めてる訳じゃねぇんだぜ? でも本気だせば殺しちまうし、お前が死んだら退学になっちまうし…… 」
(殺す事より退学が嫌か )
命を奪うことよりも退学が嫌ならば、こっちには飛びっきりの考えがある。
「なら、決闘するか 」
「……マジで言ってる? それだとお前が死んだとしても、それは事故として処理されるんだぜ? 」
「だから決闘だ。お前の本気を体験してみたい 」
「……ハハッ、なんかお前のこと好きになったわ 」
名案だと思ったのだが、ヤマトからは笑い声と愛の告白を返された。
意味不明な返答に軋む首を傾げ、それがどういう事かと質問しようとした瞬間、唇と眼が一気に乾く。
熱気を含んだ圧。
その中心に居るのは、笑いながら目を血走らせたヤマト。
……どうやら決闘を受けてくれる様だ。
「いいぜやってやる。だが……簡単に死ぬなよ? 」
「あぁ 」
動くようになった右腕を構え、両腕に『力』の赤いヒビを走らせると、ヤマトも同タイミングで両頬に赤いヒビを走らせた。
しばらくの静寂……
無音によって神経が研ぎ澄まされていく中、乾いた跳躍音が響く。
瞬間、右眼の視界を足先が覆った。
「っ!!? 」
反射的に体を傾ける。
だが反応が遅れたせいで、蹴りは右頬肉が消し飛ばした。
追撃を避けようとすぐさま距離をとるが、離した距離を1歩で縮められ、反応速度を超える蹴りはみぞおちをえぐる。
「ぉごっ!! 」
体の髄まで響く衝撃は体を後ろへと吹き飛ばし、口からは苦い胃液が溢れた。
瞬時に受け身を取ろうと体を捻るが、乾いた跳躍音がまたも響くと、吹き飛んでいる空中で右足を掴まれた。
「ハハッ!!! 」
笑い声と共にそのまま地面に叩き付けられ、視界が縦に揺れる。
臓物が揺れる不快感の中、視界には狂気的な笑みと拳が映る。
両腕で顔を守るが、拳はがら空きな鳩尾をまたも抉り、鉄の味が喉に込み上げた。
「っう!! 」
馬乗りの状態は不味い。
すぐさま近付いた顔を掴んで頭突き、ヤマトが黒い鼻血を出して怯んだ隙に、左足で体を押し飛ばす。
吹き飛んだヤマトは背中から地面へ落ちるが、体のバネを使って跳ね上がり、一回転したのちに足から着地した。
「ハハッ! そっから反撃してくるか!! 」
(あー……うっせ )
揺れる頭に響く声は不快でしかないが、追撃が来ない今のうちに体を起こしてダメージを確認する。
掴まれた右足は筋肉ごとへし折れて動かず、喉からは溢れる血は止まらない。
(臓物は……逝かれたか。んじゃもうすぐ死ぬな )
体を力ませる度に込み上げる血は、自身の命が残り僅かであると語っている。
ならば勝機は1つ。
(短期決戦…… )
足を殺られ動けない中、両腕を構える。
まだ続ける。
そういう意思表示に、ヤマトは乾いた笑みで答えると、またも乾いた跳躍音が響く。
一瞬で間合いの内に現れた左拳は、こめかみに向けて振り下ろされる。
だが反射的に口を開け、肉が消し飛んだ右側の口から拳を受け止める。
「はぁっ!? 」
口に入った拳を力強く噛み、殴られた衝撃を利用して肩に足を絡めると、ヤマトは俺を振り解こうとする。
だが歯で捕まえた左腕を掴み、重心移動でヤマトを地面へと倒し、その一瞬を利用して左肘に全体重を乗せる。
「っ"ぅ"!! 」
手早く左肘を反対側に折り、トドメを刺そうとヤマトの後頭部に肘を打ち込む。
衝撃を受けた頭は地面と激しくぶつかるが、すぐさま伸びてきた右腕から服を捕まれ、そのまま投げ飛ばされた。
柔らかい地面を転がり、受け身を取ってすぐさま顔を上げる。
一瞬目を離しただけなのだが、視界に映るヤマトは既に起き上がっており、泥まみれの顔がこちらを見つめている。
(ちっ、やっぱナイフがないとトドメは刺せねぇか )
絶好のチャンスでトドメを刺せなかった事を悔やんでいる中、ヤマトは泥まみれの顔を両手で拭い、そのまま髪をぐしゃぐしゃ掻き回した。
白い髪は泥で穢れ、脳が揺れたのか足元をふらついている。
けれどヤマトはそんな事を気にせず、広場中に響く様な高笑いをあげた。
「アハハハハ!!! いいねぇ殺そう!! まだ殺そう!!! ぜってぇ殺そう!!! 」
馬鹿みたいに殺すと連呼するヤマトに、若干の気持ち悪さを覚えてしまう。
だがこちらを睨む血色の目は、先程とは比べ物にならないくらい見開かれ、体には新たな赤いヒビが広がっていく。
「アハハハハ!!! まだやるか!!? これ以上は歯止めが効かねぇぞ!!!! 」
「何言ってんだ? ここでやめたら殺し合いじゃねぇだろ 」
「だよなぁ!! やっぱお前のこと大好きだわ!!! 殺してぇ!!!! 」
殺害予告と愛の告白を同時に受け、どんな顔をすれば良いんだと戸惑っていると、視界がふらついた。
どうやら時間はもう無いらしい。
「アハッ!! 死ぬなよ!!! 」
「うるせぇ、さっさと来い 」
立てない、勝てない、もうすぐ死ぬ。
負けの三拍子は揃えているが、死ぬ直前までこいつの強さを体感したい欲求は止まらず、騒がしい声に笑みと軽口を返す。
それがお互いにとっての開戦となり、朝風で靡く芝の海に、乾いた跳躍音が響き渡った。




