第8話 蛇足の乱歩
(あぁ、殺そう )
足の裏の脳みそを舐め取りながら思う。
ロジー王国にはまだ、人間が居る。
たくさん命があるんだ。
それを殺したい。
この体になってから、人が要らなくなった。
シノブを殺しても楽しくならなかった。
でも殺したい。
ムカつくから。
散々バケモノを否定した奴らが、これからものうのう生きると考えると。
だから殺す。
アイツらを殺さなくても良いし、殺してもいい。
俺は選択できる。
俺は、俺だけは……もう自由だから。
「ん? 」
辺りが、暗くなる。
空には骨で造られた巨人。
と、ドレスを纏う女が居た。
『人工信仰並列神体 』
迫る隕石のような拳へ光速の蹴りを放つ。
衝撃波はその先にある巨人も呑み、バラバラに消し飛ばした。
「ん? 」
後ろ。
あのクソ女王が居る。
目を見開いて、指先を震わせて、有り得ないと言いたげに立っている。
「それは勇者の力じゃない……なんで覇王の力を、キミが持ってる 」
「やっぱお前、勇者を創ることが目的か 」
「あぁそうだとも!! 」
慣れないように声を荒らげ、フィレは眉間のシワをぐちゃぐちゃに歪ませた。
「私は勇者を創るために生きている!! そのために何人も殺した!! アルベの目を掻い潜り!!! あのクソストーカーの目を掻い潜り!!! 何度も何度も世界が塗りつぶされても私は戦った!!! それでようやく出来た失敗作が覇王に!? ふざけるな紛い物が!!! 」
「うるせぇな、知らねぇよ 」
「ハルトとかいう紛い物も産まれた。失敗作が覇王に成った。私はお前らの存在が許せない。覇王はただ一人だ……彼女が帰ってくる前に……はやく 」
クソ女王は……フィレは泣いている。
それはどうでも良いが、一つだけ気になった事がある。
「覇王は生きているのか? 」
「当たり前だとも 」
涙を止め、指の隙間から見える眼がこっちを睨んだ。
「彼女はずっと生きてる。彼女はずっと苦しんでる。だから助けなきゃいけないんだ……救わなきゃいけないんだ。勇者を殺した、殺してしまった……私が!! 」
空に巨大な亀裂。
そこから小さな黒い槍が二本、落ちてきた。
それだけで空気が重くなる。
いや、世界が重くなった。
ゆっくり、転がる死体が、小石が、空自体が、あの槍に近づいて行く。
「私が殺す。勇者を生み出すために、私は戦う!! 」
「もう黙れ。殺す 」
アレを壊す武器が欲しい。
そう渇望し、右腕に一本の剣を生み出す。
なんの変哲もない剣。
でも、
(懐かしいな )
ぼんやりとした過去の温もり。
それを頭で味わっていると目の前。
無音の槍が飛んできていた。
「おせぇ 」
それを剣で弾く。
回り、地面に落ちた槍は、柄を無視して地面に吸い込まれていく。
「ほんと嫌になるよ。それ、星くらいの質量があるんだけど、なっ!! 」
かすれば死ぬ。
そんな圧を含んだ槍の残像が、フィレの攻撃とともに百本千本と増えていく。
けど、
(シノブの方が速かった )
残像の合間を縫い、足を通して、槍を踏みつける。
「ん? 」
違和感。
ゴウっと、何かが全身を吸い込もうとする。
「言っただろう? 星の質量を持つって。高密度の闇は……すべてを呑」
「落命 」
振り上げた剣を、ただ振り下ろす。
千度、万度。
瞬きの間に、槍へ叩きつける。
「…………はっ? 」
パラパラ。
砕けた空が落ちてくる。
加減したつもりだったが、この世界にヒビを入れてしまったらしい。
「なぁ 」
剣を向ける。
冷や汗を垂らす青い顔の眉間に。
「間延びさせるな。お前はもう、どうでもいいモブなんだよ 」
虚空を突く。
渦巻いた風が螺旋に周り、地表ごとフィレを消し飛ばした。
「……あっ? 」
ヒラヒラ。
目の端で白が揺れた。
雪だ。
雪が降ってる。
「はァァ、やっと出られた 」
声。
空。
に女。
黒い服。
黒い長髪。
黒い目に紫色の唇。
誰だ?
「よォヤマト! なんか雰囲気変わったな 」
「……アキラ? 」
「そーそー! アルベに封印されて大変だったんだよこっちは!! んで復活したから」
アキラは手を広げた。
空に舞う雪の中で。
そして地響きが耳の奥を震わせた。
「お前を殺す。テメェは邪魔なんだよ 」
「単純だな 」
「と言っても俺は勝てねぇからな。こいつらに任せる 」
「ん? 」
地響きが続く。
いや、近付いて来てるのか。
「さぁお前ら……存分に暴れろ 」
奥の奥。
微かに見えるロジー王国の街並みが揺れ、吹き飛び、腕の両足を持つバケモノ達が飢えた獣のように駆けてくる。
「ヒカゲみたいだ 」
その全身は白い。
崩壊した空を塗りつぶすような、世界から浮き出るような白い塊。
けれどその顔面らしき突起には黒い穴がぽかん空いている。
(バケモノ? いや )
覇王の力でアイツの正体はすぐ分かった。
(ゲシュペンストか )
地面を削りながらの振り上げ。
バケモノを下からかち割る。
飛び散る血はすべて黒かった。
(コイツら……ハルトの気配がする )
「「「あの日見た屍山。あの日尽きた子の命 」」」
ぶつくさ、奥のバケモノ共が言葉をつむぎ始めた。
(あの雪は人間をゲシュペンストにするもの? その素材はハルト? ならこれは…… )
「詠唱魔術か 」
「「「私は返上す。彼女へ。愛しき悲しき、覇王へ 」」」
「まぁ 」
空に空いた黒い穴。
それは燃え、その縁から、巨大な手が落ちてくる。
だが、
「だからなんだよって話だな 」
攻撃もこいつらも、1位の劣化に過ぎない。
黒き斬撃ですべてを凪ぐ。
「あぁいいぞ、存分に暴れろ 」
だが空の女は笑っていた。
「殺しあえ。命を削れ。それが俺のために成る 」
湧き出るように、バケモノ達は増えていく。
何も無い虚空から溢れるように。
いや、産まれている。
(無限? いや繁殖か。なら一気に吹き飛ば)
「ゴホッ……あっ? 」
急にむせた。
口からは黒い血が溢れ、その中には小さな小さな胎児が無数に溺れている。
「コイツらの遺産は『愛死子』。死ねば細かな卵をばら撒き、それが肺に寄生し、孵化する。殺さなくてもいいぞ? そしたら詠唱するからな 」
(めんどくせ )
「元々2位を殺すために作ってんだ。お前如きに! 遅れを取るわけねぇだろ!! 」
「あっ 」
いやな予感がした。
だからこの体になって初めて、回避をした。
瞬間
「あっ? 」
ざくりと、バケモノ達が消えた。
いや食べられたんだ。
見えない何かによって。
「なん…… 」
「逃がさないよ 」
半身を喰われて空に漂う女の上。
被食者を笑う捕食者が、にっこりと笑っていた。
「強制契約……冥婚 」
重たいものがのしかかるように、アキラは地下深くへと沈んで行った。
空いた穴がどれほどの深さかは分からない。
だが直感でアイツが帰ってくることは無いだろうと理解した。
「この大陸で死んだ人間とね、無理やり結婚させちゃった。その質量をそのまま受け、死んだ人が死ななければ効果は続く。まぁ永久に重くしたってことなんだよね〜 」
「久しぶりだな 」
上機嫌に話すサクラは落ち、クルリと回って手を振り返した。
「久しぶり〜! なんか色々あったね〜 」
「あぁ 」
「ぉぉぉ 」
異音。
閉じ掛けの喉を通る風の音。
背後から聞こえたそれは立ち上がり、繁殖し、その肉片共がボタボタと落ちてくる。
けれどそれは捕食者の前では無駄な抵抗に等しく、
「あ〜ん 」
すべて見えないものに食い尽くされた。
「久しぶりだな、ユウト 」
「あれ、ヤマトさん? 」
ゴクンと喉を唸らせ、血だらけの口元を拭くユウト。
表情は笑顔だが、それはどこか気まずそうだ。
「……どうした? 」
「いやぁ……急に殴ってきませんよね? ケルパー王国の時とかそんな感じだったじゃないですか 」
「そうだったな……そんな事もあったな 」
「未だトラウマなんですけどアレ……というかヤマトさんは、一人ですか? 」
キョロキョロと辺りを見渡すユウト。
たぶん、エリカのことを言ってるんだろう。
「あぁ、独りだ。もう誰もいない 」
「いや、僕たちが居るじゃないですか 」
「私も居るよ〜 」
「なんて言うか、変わったな。重荷が降りたみたいだ 」
「髪切ったからですかね? そういうヤマトさんも……なんだか、目を抜かれた鳥みたいですね 」
「……まぁな 」
「ねぇ、ヤマトってライカを食べたんだよね? 」
なぜそれを知っているか。
一瞬頭の中に疑問という羽虫が止まったが、考えるのがめんどくさかった。
虫を払い、その言葉に頷き返す。
「あぁ 」
「じゃあさじゃあ! ダブルデートしようよ!! 」
細い足でサクラはクルクルと周り、ユウトの腕を引っ張って笑って見せた。
「私たち初めての新婚旅行だから、エスコートよろしくね!! 」




