第7話 祝福された赤子
「あれは……遺産? 」
空に浮かぶ五メートルほどの黒い肉塊。
その中心、へその緒で首を吊る胎児。
あれには見覚えがあった。
ケルパー王国の、ライガ・ヒカガミの遺産だ。
「おいシノブ!? ありゃなん」
こちらにルーがやってくる。
瞬間、
『うっア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!! 』
「「「っ!?? 」」」
空に声が響いた。
「うるっせぇな!! 急に何叫んでやがる!? 」
「産声? 」
ポツリと、呟いてしまった。
聞き覚えがあったから。
この声に。
『ア 』
止まった産声。
と共に、落ちてきた。
人型の何かが。
「総員……戦闘準備 」
「……了解だシノブ 」
「なんだアイツ? 」
散り砕けた地面に、それは落ちた。
土まで伸びる白髪。
異様に、遠目でもわかるほどの丸く黒い瞳。
それは人の形をしていた。
人の腕。
人の足。
人の体に人の顔。
なのに、その表情。
灰を思わせるほどの無表情が、目線が、人のものでは無かった。
「ヤマト……くん? 」
「あっ? 」
昔を知ってたから、アレがヤマトくんに見えた。
でも何かが違う。
おかしい。
あれは……なに
「じゃま 」
ゲラり。
それは笑った。
「……よけっ」
無音。
ルーの両腕だけが浮かび上がり、バーンは両足だけ残して倒れ。
私の脇腹は消し飛び、全員。
音とともに吹き飛んだ。
「っう!???? 」
「あーーーーン 」
グチャり、獣は足を食べた。
バーンのじゃない。
焼け残った。
ワミヤくんの足を。
「なんで生き返ったかわ知らねぇけどよぉ!!! 」
ルーの方。
目を焼くほどの白い炎が爆発のように燃え上がり、悪魔のような四指の腕が、炎によって象られる。
「もう一回!! 殺してや」
「〜だ 」
パチャン。
蹴りのような一撃がルーの頭を射抜いた。
「あっ? 」
残った頭部が声を出す。
そして気がついたように、ルーは倒れた。
「あははははは 」
発音するだけの笑い声。
血溜まりを踏む黒い足。
笑う……人。
あれは、あの足は……いや、ありえない。
「バーン! 止血!! 」
「やってるよ!! 」
バーンの魔術で傷が固定される。
息を吸い、内蔵を膨らませ、地面を蹴
「骸誕まっ」
る寸前、何かはこっちを向く。
赤を思わせる殺意の笑顔。
と、その背から迫る、三本の黒い背骨。
「っう!!? 」
ぶつかる骨。
遅れてくる音。
踏ん張りきれず、吹き飛ばされる。
(これは……何!? ヤマトくんの能力じゃな)
「っ!? 」
悪寒。
すぐさま身をひねった瞬間、野太い背骨が空から落ちた。
左肩がえぐれた。
でも今はどうでもいい。
そんなこと気にできない。
「あははははしー」
「っ!? 」
刀を構える。
間も無く。
目の前に。
黒い足が。
「ね? 」
「二度も仲間殺らせっかよ 」
「おっ? 」
けれど足はギリギリで止まり、遠のき、吹き飛んだ。
助けてくれたのはバーンだ。
「ごめん助かった 」
「あの距離でギリギリだ! シノブ!! 距離を取って戦え!! 俺を信じ
でぇ」
音が裏返るような、喉がめくれる様な声。
「バーン? 」
下を向けば、バーンの顔があった。
上から押しつぶされたように鼻と口が潰れ、圧力によって目をゴロリと落とした、人の顔が。
仲間が死んだ。
二人も。
同時に腹の止血が停止。
ドバドバ血が溢れるのに、なぜか頭は冷静に回った。
(バーンがほぼ無抵抗で? ルーも一瞬。あの足、今の見えない攻撃、ヤマトくん?は向こうにいる。まだ来てない何か飛ばした?いや飛ばしたなら音で気付く風も揺れてないそもそもなんでアイツは攻撃してる?魔術?いやヤマトくんの魔術はいやそもそもアレがヤマトくんだという確証は足……足? 黒い足? )
「覇王? 」
ぽつりと呟く。
すると頭の中ですべて繋がった。
見たことがあった。
研究室で。
あのクソ女王に見せられた。
空からの一撃。
黒い足。
空と大地を繋ぐ背骨。
間違いない、覇王だ。
(いやでもおかしい。なんでヤマトくんが覇王にどちらかと言えば勇者に近いのになんでどうして何かきっかけが……ライガ、ワミヤ。脚と背骨。それを喰ったから? いや……遺産が足りてない。もしかしてそれ以前に……何かを喰べた? )
「ねぇキミは…… 」
この言葉は隙にしかならない。
そう分かってるのに、こう聞いてしまった。
「誰と戦ったの? 」
「ダレ? 」
初めての問答。
何かの足が止まる。
敵は狂ったように爪で瞳を掻きむしり、赤い空洞となった目で空を見た。
「誰? ダレ? だれ…………ヒカゲ 」
「ヒカゲって? あのヒカゲ・ルミル? …………あぁ。そういうことね 」
勝手に納得してしまった。
でも妙に納得がいった。
歪人……あれは覇王の別名だから。
(死なせたくなかったのかな? じゃなきゃ、このタイミングで覚醒みたいな事にはならないし )
私が死ねば国民は全滅すると思う。
あの女王は国民を守るつもりはハナからないし。
「ねぇ、ヤマトくん 」
仲間も殺された。
私もすぐ死ぬ。
もう後がない。
でも……
安心して、笑ってしまった。
「ほんとに……良い友達を持ったね 」
「……あぁ 」
ヤマトくんも笑う。
前とは違う、膿を焼き殺したような、清々しい笑みで。
だから、
「っ゛!!? 」
全速で突っ込み、その顔面を頭突いて吹き飛ばす。
ルーたちの死体がこの地に落ちたから、今は私の方が速い。
「私ね、キミには世界を滅ぼす権利があると思ってた。一緒に死んでも良かった。どう理屈をこねくり回しても、キミの悲しみを産んだのは、私たちだから。でも……キミが自分のために生きると言うなら、先がない自由の道を進むのなら 」
筋肉で腹の傷を塞ぎ、無傷なヤマトくんに刀を向ける。
「人して、悪として、キミを全力で殺そう 」
「……あぁ 」
無音。
静寂。
その中に私たちは居る。
呼吸も、瞬きも、隙になる。
それほどまでに油断が許されない空気の中、そっと、目を閉じた。
「あはっ」
足裏に伝わる振動。
跳躍の揺れ。
それと共に刀を振るい、目の前にあるヤマトくんの首を切り落とす。
「っ!? 」
でも切り落とした首だけが跳ね、左目を噛み潰される。
とっさに頭を刀で刺す。
その隙に飛んできた蹴りがアバラをえぐり、
「っ゛!!? 」
そのまま吹き飛ばされる。
「っ゛!! がっ!!!? 」
二度、跳ね、刀で勢いを、殺し、前を向く。
瞬間、
「バアッ!! 」
目の前に、変形したヤマトくんの顔があった。
すぐに顔を逸らす。
そしたら顔だけは空へと飛んで行き、曲がり、こっちに落ちてくる。
(顔がブーメランみたいに!? )
後ろからも首のない体が来る。
挟まれた。
「っ!? 」
だから刀の柄でヤマトくんの腹を打ち、吹き飛ばし、落ちてくる顔を後ろへと蹴り飛ばす。
顔はヤマトくんの両足を切断。
その浮いた体に突っ込み、
(洛星・光年ノ突き(こうねんのつき) )
星すら穿つ一撃を打ち込む。
貫かれた体は消し飛び、細胞一つ残さずに消え失せた。
「ギャハハ 」
「っ!? 」
発音するように笑う、切り落とされていた両腕。
それが私の右腕を噛みちぎっていた。
「っ!! 」
遅れてくる痛み。
苛立ち。
足を振り上げ、その両腕を踏み潰す。
そしたら、
「まぁ……これくらいじゃ死なないよね 」
空から野太い背骨が落ちてきた。
それが歪み、形を変え、溶け、人に、ヤマトくんの形になる。
「オレれれれれは……生ききききなきゃ 」
「……そっか 」
刀を口で拾い、右腕の断面を止血し、静かに構える。
「やっぱりキミは、ここで死ぬべきだよ 」
これから完全な覇王に成ったとしても、ヤマトくんの選択は二つしか無い。
この世界を終わらせるか、またこの世界をやり直すか。
自由なんて無いなんだよ。
最初から。
覇王が、いや勇者が始めた物語に。
だからせめて……終わらせる。
あの日、キミを殺せなかった私が。
(骸誕……屍への順路 )
「んっ? 」
( 5 )
腹の傷から臓物が落ちる。
そして身体能力が上がる。
「なにしっ」
音より速く動き、がら空きの顔面を消し飛ばし、吹き飛ばす。
「ッ゛!!? 」
( 4 )
背からアバラが顔を出し、筋肉がボトボトとこぼれていく。
「いっててぇぇなッ!?? 」
一歩で接近し、ヤマトくんを空高く蹴りあげる。
( 3 )
足が裂け、血肉がこぼれる。
「あっ? 」
跳躍。
目の前にあるヤマトくんの体を、蹴り落とす。
「ッ゛ッ゛!!!? 」
( 2 )
空を蹴り、落下の加速と共に刀を振る。
ヤマトくんの体は縦に裂け、そして修復した。
「死なない!! 俺は生きなきゃッ」
( 1 )
一瞬で放った982発の蹴り。
それで黙らせ、一瞬だけ動きを止める。
(……ゼ)
最後の一撃。
でもあきらかに、遅れた。
その一瞬で地面から飛んできた顔が、ブーメランのように曲がった顔が、私の両足を切り落した。
(あぁ……星を貫通して来たんだ )
何となく、そう思った。
体が落ちる。
だからもう……これで終わりだ。
「あっ? 」
足の断面で跳ね、体を回転させて刃を振るう。
あれは私が死ぬまでのカウント。
人は死の間際こそ、爆発的な力を発揮する。
そして私の四肢はこの地に落ちた。
星なんて守らなくていい。
この子を、ヤマトくんを楽にできるなら、もう……なんでもいい。
(滅世・残リ黒!! )
この世の終わりに残る黒と共に、銀河すらに致命傷を与える一撃を振るった。
当然この星も砕ける一撃。
なのに私は……生きている。
(……えっ? )
気がついた。
私の一撃が、刀が、片腕で止められている事に。
「っ!? 」
投げられる。
受身を取る腕がないから、無造作に転がってしまう。
(なんで……あの一撃が!? )
「俺さ……もう死にたかったんだ 」
静かな声が、混乱する頭の中にひびく。
「終わりたかった。疲れたんだ。何かを成して、死んだ後に、褒めて貰いたかった。でもさ、そんなどうしようもない俺のために、何人も死んでくれたんだ。何度も生きてくれって言われたんだ。だから…… 」
ヤマトくんは……クシャりと笑った。
人らしく、とっても嬉しそうに。
「生きたいって思えたんだ 」
(あぁ……そっか )
妙に納得してしまった。
覇王の力は『渇望』。
望む度に、叶えるための力を得るもの。
飛びたければ翼が、速く走りたければ足は変化し、生きたいと心から願えば……誰にも殺されない力を得る。
かつてそれを破ったのは勇者だけ……なら私が負けるのも道理だと思う。
でも……安心した。
ヤマトくんが生きたいと、誰に強制される訳でもなく、自分でそう思ってくれたんだから。
「はァァ。ねぇ……ヤマトくん 」
一歩、足音が近づいてくる。
「私さ、ずっと後悔してんだ〜 」
足音が近づく。
「あの日、キミが高台で泣いてた日……私はキミを殺すべきだった 」
近づく。
近づいてくる。
「そしたらこんな事に成ってない。キミもあんなに苦しまなくて済んだ 」
足音が頭の上から聞こえた。
「バーン達も死んでなかった 」
足の裏が、目の前にある。
「……あの日、キミを抱きしめてあげるべきだった。バケモノじゃなくて、人として。狂ったバケモノじゃなくて、傷ついた子供として……接してあげるべきだった 」
頭の上に、足が乗る。
「まぁもう……遅いよね。だからせめてさ、終わりしかないキミの未来に、幸せがある事を願うよ 」
肩に残った腕を上げ、精一杯笑う。
ヤマトくんには見えてないだろうけど……それでも。
「バイバイ。ヤマトくん 」
「……じゃあな。シノブ 」
グチャ。
頭の中で、音がした。
あぁ、
踏み
つぶ
され
たん
だ。




