表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いずれ覇王と成る君へ  作者: エマ
君たちの物語
71/73

第6話 思い出の味



『でも私は……人のように生きたい。人に操られていた時のように……もう自分を裏切りたくはないんです 』


 こんな時になって、ライガの声を思い出した。


『……そっか。なら左手を出してくれ 』


 これは自分の声だ。


 コイツならもしかしてと思いながら、望みながら、俺はライガの手を噛んだんだ。

 あの時、壁の上で。


 こんな獣になるなと……戒めも込めて。






「ここは…… 」


 気がつくと、何処かに居た。

 あの世かと思ったが違う。

 見覚えがある。


 胎動音。

 狭い肉の檻。

 腹に繋がる赤紫色のへその緒。

 これは遺産だ。

 でも……いやそんなハズは


「ライ……ガ? 」


 気配。

 振り向く寸前、後ろから抱きしめられた。

 それだけだのに、人でも無いのに、涙がこぼれてしまった。


「お久しぶりです……ヤマトさん 」


 匂いも、声も、手の感触も。

 有り得ない。

 だけど、ライガの物だ。


「いや……なんで 」


「私の血を飲んだじゃないですか。壁の上で、指を噛んだ時。そして何度も増殖した、あなたの細胞とともに 」


「……魔法? 」


「えぇ。おかげで細胞はずっと生きてましたよ……ずっと見てました、あなたの事を 」


「ハハッ……じゃあ、笑っちまうだろ? あんな獣の最期は 」


「笑えませんよ。あんなの獣なんかじゃない……ヒカゲさんみたいな、ただの悲しい人間ですよ 」


「…………そう、だな。そうだよなぁ……クソが 」


 髪をかきあげ、広げた手で顔を抑える。


 もう手遅れなのに、イラついてきた。

 あんな生き方しか出来なかった自分に。

 無駄死にをした自分に。

 クスミやヒカゲ、ライガの分も生きなきゃならなかったのに、死んでしまった自分に。




「ねぇヤマトさん 」


 ポツリと、耳もとで囁かれた。


「私ですね、あなたに生きて欲しかったんです 」


「……なんでだよ 」


「壁の上で、私の夢を応援してくれた。それだけで……何も無い私にとって、この世に生まれて一番の幸せでしたから 」


「でも俺は……死んだんだよ。悪いな、その夢を叶えられなくて 」


「いいえ……まだ、帰れますよ 」


「はっ? 」


 振り返る。

 そこには淡く揺れる、金の丸い瞳があった。


「私を……食べてください。まだ向こうで、ヤマトさんの血肉は生きてます。だから栄養をとれば……再生できる 」


「……イヤだよ。俺はもう……疲れたんだよ 」


 さっきまで、やり直したいと思ってた。

 でも生き返れると知ったら死にたくなった。


「もう生きたくないんだ。苦しみたくないんだ。あそこには何もない。もう何も残ってない。俺が生き返った所で、何も……何も 」


「じゃあ……私たちの意思は、どうなりますか? 」


「知らねぇよ!! 俺は……もう、楽になりたい 」


 顔をあげると同時に、涙がこぼれた。

 人でも無いのに。

 けれど熱い偽物の涙を、ライガは優しく、舐めとってくれた。


「私たちは、死にました 」


 ゆらり……視界の端で、何かが揺れる。

 それは見覚えのある腕だ。


「ヒカ……ゲ? 」


「死んだとき、何を思ったか分かります? 」


 今度は反対側から、別の腕がやってくる。


「形は違えど、あなたに……生きて欲しいと願った。不思議ですよね。こんな世の中に、希望なんてないのに。そばに居たあなたに、幸せになって欲しかった 」


「なんで……なんでだよ。分からねぇよ、なんで……こんなバケモノなんかに 」


「私たちはみんな狂ってますから。自分が幸せになんかなれないって、分かってましたから 」


 するり。

 俺の首にライガの腕が巻きついてくる。


「だから、もしかしたらと願ったんですよ。あなたと同じです。自分に成せないことを、成して欲しかった。それだけです 」


「……ハハッ。本当に、俺と同じだな 」


「ねぇ……ヤマトさん 」


 ゴロンと、ライガは横になった。

 まるで喰ってくれと言いたげに。

 誘うように。


「私たちは狂ってるんです。存在自体が異端で、生まれたことが間違いな存在。そんな私たちに……希望を見せてくれませんか? 生きててもいい事があったんだって。こんな自由に、生きれたんだって 」


「……… 」


「大丈夫ですよ。死んでも、生きてても、私たちはあなたの中で生き続けます……ずっと一緒ですよ 」


「なぁ、今の俺は……自由なのかな? 」


 もうその誘惑に。

 腹から湧き上がる欲に、身を任せたかった。

 でもそこだけが気になった。

 アイツの遺言なんだ。

 誰よりも大事なアイツの。

 それだけは絶対に……否定したくなかった。


「……えっ? 」


 上から垂れ下がった一本の腕。

 それが俺の頭を撫でた。

 この感触は忘れたことがない。

 クスミの物だ。


「大丈夫ですよ。あなたは今、選択できる。それはとっても……自由だと思いますよ 」


「…………そう、だな 」


 ライガの柔らかな唇。

 薄い桃色の唇。

 それに口をつけ、歯を立て。




 食いちぎる。


「ゆっくりで……良いですよ 」


 首に歯を立て、目をすすり、自傷痕まみれの胸を歯でそいだ。

 ドクドク、ドクドク。

 剥かれた皮膚の下に熱いものが見えた。

 それが筋肉と共に、動いている。


「いただき……ます 」


「召し上がれ 」


 肉を喰い、骨を噛み、その奥にある心臓を喰らう。

 噛むほどに、口いっぱいに血の味が広がる。


 美味くはない。

 人の肉じゃないから。


 不味くはない。

 ライガの肉だから。


(あぁ……懐かしいなぁ )


 紐の臓物をかき分けた奥にある、血がこびりつく背骨。

 腹に顔を突っ込み、それを噛み砕く。

 ゴリゴリ、バキバキ。

 ただ優しい、思い出の味がした。


「……… 」


 そっと頭を撫でられる。

 優しく、ライガから抱きしめられる。


 胸を揺らすような。

 腹を掻き回すような幸福感。

 それを前にしたら、何を苦しんでたのかなんて、どうでも良くなった。



(あぁ、そうだ )


 長くなっていく自分の白い髪を見て、思い出した。


(俺……昔は幸せだったんだ )


 何も考えない、獣の時。

 人の心なんて分からない、獣の時。

 俺は何よりも誰よりも、幸せだった。


「あ〜 」


 口を開け、ライガの頭を喰う。

 腕を。足を。

 爪から髪の一本まで。


 ガツガツ、ボリボリ。

 ヒカゲの腕を。

 クスミの腕を。

 ライガのすべてを。


 喰った。

 そして昔を思い出しながら、心の底から笑いながら、こう言った。


「行ってきます!! 」


『行ってらっしゃい 』

         『『『ヤマト』』』

                 『『さん 』』



 俺は獣だ。

 バケモノだ。

 バケモノはバケモノらしく。

 バケモノを救うために。

 肯定するために。

 すべて殺す。


 だって人じゃないんだからさ。

 正しさに縛られる必要は、もう無い。

 

 それはなんて……自由なんだろうな。





 


 

 





 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ