第3話 産まれながらの過ち
「どうか安らぎを。広大なる楽園で、新たなる生を送りたまえ 」
色の付いたガラスから、暖かな光が差し込む教会。
その中央には顔のない死体が棺に入れられ、誰もがそれに手を合わせている。
けどアレになんの意味があるか分からない。
「なぁシノブ、あいつら何してんだ? 」
「お葬式だよ……キミが殺した人のね 」
「なんだよ〜、まだあのこと怒ってるのかァ? 」
そう聞いた。
瞬間、音よりも速く剣が抜かれた。
でも剣は頬を切る寸前で止まった。
「もちろん怒ってるよ。キミが罪もない一般人を殺した事と、その人を守れなかった私自身にね 」
「じゃあなんで止めるんだ? さっさと斬れば良いじゃん 」
「……… 」
すっげぇ暗い顔をしながら、シノブは剣を収める。
「女王はなんでこんな奴を……さっさと殺せばいいのに 」
(ま〜た殺すかぁ。よく分かんねぇんだよなぁそれ )
殺すってのは人間にとっては嫌な言葉らしい。
あと死ぬもか。
でも分からない。
意識が無くなるなんて、睡眠と同じなんじゃないのか?
「あっ、終わりました 」
一人で首を捻ってると、あいつがこっちにやって来た。
俺と同じスカートを履き、珍しい黒い髪を揺らしながら、パタパタと走る子供が。
「お疲れ様、小さいのに偉いのね 」
「ありがとうございます。それであの……聞きたい事が 」
シノブによしよし頭を撫でられる子供は、嬉しそうにしながらも何かが気になる様子だった。
「うん、何? 」
「この人は……どうなるんですか? 」
人?
えっ、なんで俺に指さしてんの?
人じゃねぇよ俺?
「普通なら人を殺したゲシュペンストは処分されるが、彼は特別だからね……でもキミが望むなら、私が彼を殺そう 」
「いや殺さないでください!! 私はこの人に感謝してますから 」
「……なんで? キミのお母さんを殺した存在だよ? 」
「はい……でもお母さんは、もう病気で助からなかったんです。なのに、生きてたら国からお金が貰えるって安楽処置を受けなくて……だから良かったんです。本当なら、私がしなくちゃいけなかったのに……私が殺さなきゃ」
「ごめんね。もう大丈夫だから……言わなくて良いから 」
今にも泣き出しそうな子供。
その背中にそっと手を回して、シノブはギュッと抱きしめる。
すると泣き出した。
急に、何かがトドメを刺したように。
(シノブも酷いヤツだなぁ )
泣くってのは苦しいって事で、泣かせるヤツは悪いやつだって先生から習った。
だからシノブは酷いヤツなんだろう。
でもこの子供の泣き顔を見てると、なんか変な気分になる。
(頭……撫でてやるか )
そっと子供に手を伸ばした瞬間、
「あでっ!? 」
シノブに手を弾かれた。
しかもその目は、今にも俺を殺しそうなほど鋭い。
俺も睨み返してみるが、その圧には到底勝てそうになかった。
教会の外に出ると、もう日は落ちていた。
「……さて、じゃあ帰ろうかヤマト 」
「えっ、もう? 」
「うん。これ以上どこか行きたいって言っても、半殺しにして連れて帰るけどね 」
「おーこわ 」
剣に手を当てるシノブの顔見て、ケラケラ笑ってると、
「あの…… 」
教会の扉からあの子供が出てきた。
その目は涙で腫れたままだ。
「どした? 」
「お、お名前! あなたの名前を聞いてません!! 」
「俺? ヤマトだ 」
「ヤマト……さん。かっこいいお名前ですね 」
「そうか? 」
「はい。あっ、私はクスミと言います 」
「クスミかぁ。へー、汚い名まだァ!! 」
「ごめんね。こいつクソ野郎だから 」
頭殴られた……いてぇ。
あれこれ、頭蓋にヒビ入ってるぞ……
「気にしてませんよ。それであの……ヤマトさんは人の料理は食べれますか? 」
「あっ、あぁ。一応喰えるけど 」
「なら家に来ませんか? 少し……お礼がしたくて 」
「飯くれんの!? おぉ行く!! 」
「ダメだよヤマト。今日は帰るんだから 」
「えぇ……人間の飯喰いたいんだけど 」
「ワガママが過ぎんっ、通信だ 」
そう言うと、シノブは魔具を耳に当てて、教会の影に入っていく。
けどゲシュペンストの耳ならこれくらい聞こえる。
「あっ、女王……何かご報告ですか? 」
『今ヤマトくん達のこと見てるんだけどさ 』
「はっ? 」
(マジ? )
『別にいいよ。彼女の家に行かせてあげようよ 』
「待ってください! アレは不安定で」
『大丈夫だって。人を殺したのなら、欲求が来るのはまだ先のこと。あとさ……彼は勇者の成功作なんだ。アレ呼ばわりするなら、私がキミを殺すよ 』
「……すみません 」
(へー、俺って勇者がモチーフなのか。初めて知った )
そこで通信が切れ、シノブがこっちにやって来た。
「やっぱり行っていいよ。不本意だけどね 」
「うぇーい!! 」
「わぁ! じゃあ行きましょう今すぐ!! 」
「うぉ!? 」
急に腕を捕まれ、引っ張られる。
力は俺より下なのに、なぜかその腕を振り払えなかった。
「はいどうぞ! ハンバーグです!! 」
招待された壁の壊れた一軒家。
そこのリビング、黄色いクロスが引かれたテーブルに、ドンッと巨大なハンバーグが置かれた。
「おー!! 食べていいのか!? 」
「もちろんです! ヤマトさんのために作りましたから!! 」
「んじゃいっただきまーす!! 」
熱々のハンバーグを掴み、一口で頬張る。
口の中が焼けるがすぐに再生する。
というか肉が美味い。
下手したら人より美味い。
「どうです? 」
「うめぇ!! 」
「良かったぁ……あっ、もう一個焼くので、パンでも食べてお待ちくださいね 」
(今日はラッキーな日だなぁ )
暖かい人を喰えて、抱きしめられて、美味いものを二個も食べれてる。
そんな幸せをパンを食いながら感じてると、シノブが変な事を聞いた。
「ねぇクスミちゃん。身寄りとか居ないの? 」
「……はい。居ません 」
(パンも美味いなぁ )
「ならこの家を一人で管理するの? 」
「……はい。思い出の場所ですから……まだ15歳ですけど、なんとかして行きたい思います 」
(肉まだかなぁ…… )
「厳しい事を言うけど、現実的じゃないよ 」
空気がピリッと乾いた。
「はい。でも……諦めきれません。お父さんも……お母さんも居なくて、それにこの家まで無くなったら……私に、何が残るんですか? 」
(またシノブが泣かせてる )
「……ごめん、急過ぎたね。でも限界を感じたら頼って欲しい。私がいつでも駆けつけるから 」
「それは売るって意味ですよね? 」
「……うん 」
「なら頼りません。私は……この家を守りたいですから 」
「守るって言ってもお金はどうするの? 一人で生活しながら働くなんてとても」
「じゃあ俺が住んで働こうか? 」
そう言ってみた。
だけなのに、シノブは『はっ?』と言いたげな顔を、クスミは俺の手を掴んできた。
「本当ですか!? 」
「あぁ、嘘は言わねぇよ 」
「いやいや、キミはゲシュペンストだろう? 働く場所は」
「今日の昼みたいにさ、言わなきゃバレねぇんだろ? なら隠しとけば良いじゃん 」
「欲求は? 」
「研究所ならなんとかしてくれんだろ? 」
「それを何とかしても、許可なんて降りるわけ」
そう言いかけた所で、通信が鳴った。
それはシノブが取る前に繋がり、急に金色の卵みたいな魔道具は、テーブルの中心にふわりと浮いた。
『あーあー、聞こえるかな? 』
「えっと……どちら様ですか? 」
『私はまぁ……シノブの上司とでも言っておこうか。それで許可の話だよね? 別に構わないよ。欲求の件はこちらでなんとかする。でも、条件をつけさせて貰おうかな 』
「条件……はい。なんでもします 」
「うん、じゃあヤマトくんに優しくして接して欲しい。家族みたいにね 」
「はい。構いません 」
胸を張りながらクスミは二つ返事で答える。
すると通信の向こうからは、堪えられないような笑い声が聞こえてきた。
『うん、じゃあ正式に許可しよう 』
「っ! そんな危険なこと」
『それとシノブ。キミはしばらくヤマトくんに接触禁止ね 』
「な、何故です!? 私は」
『弱者が何を言っても無駄だよ。大人しく帰りなさい、他の護衛を付けるから 』
「……っ、分かりました 」
苦い内蔵をかみ潰したような顔をするシノブは、ゆっくり魔具をしまい、その場でお辞儀をして帰ってく。
どうやら決まりみたいだな。
「じゃまぁ、これからよろしくな 」
「はい! こちらこそよろしくお願いします!! 」
そこから俺の、人間のフリをする生活が始まった。
「ヤマトさん! 朝ですよ!! 」
「む〜……まだ寝むい 」
「ほーら、お洗濯しますから出てください 」
「う〜い 」
朝、決められた時間に起きた。
「なぁ、これ何処に干せば良いんだ? 」
「あっ、お布団は二階でお願いします 」
そこから二人で色んなものを洗濯し、
「はい。ご飯ですよ!! 」
「うぇーい、頂きまーす!! 」
二人で人間の飯を食い、
「んじゃ行ってくるな 」
「はい、行ってらっしゃいです 」
人間が行き来する街を歩く。
焦れったくて何度も屋根に飛び移りそうになったが、ゲシュペンストだとバレないように我慢する。
それは歯がゆかった。
「おっ、来たかヤマト!! 」
「どもっス 」
大工とかいう人間たちと合流し、全員で家を作り始める。
軽い柱なんて一人で持てるが、自分の正体がバレないように、他の人間たち運ぶ。
「おうお前ら! 休憩の時間だぞ!! 」
昼休憩とかいう時間では、クスミが作った弁当とやらを食べる。
肉がたくさん入っててめちゃくちゃ美味かった。
その後も仕事を続け、夕暮れ時になったくらいで仕事が終わった。
「お疲れさん! ほら、これが給料だ 」
「ありがとうございます 」
お礼を言い、金を受け取り、あの家に帰る。
すると、
「あっ、おかえりなさいヤマトさん! 」
「おう、ただいま! 」
エプロン姿のクスミが出迎えてくれた。
そのまま二人で飯を食い、二人で風呂に入り、二人で少し勉強をしてから、二人で一緒の布団に潜り込んだ。
「今日もお疲れ様でした。明日食べたいものとかありますか? 」
「ん〜、ハンバーグ! 」
「はい。じゃあ頑張って作りますね! 」
「あぁ、楽しみにしてる! 」
布団の中でなんでもないお喋りをして、クスミが寝るのを待った。
しばらくして、その金色の瞳が閉じる。
そしたらこっそり家を抜け出し、夜の街を駆けながら、研究所に向かう。
「んー! んぅぅ!! 」
「やぁヤマトくん 」
城の地下にある研究所に到着すると、そこにはフィレと、紐で手足と顔をぐるぐる巻きにされる人間が居た。
「はい、この子は殺していいよ 」
「おー助かる! 」
「んぅぅう!! んぅぅブィッ 」
首を蹴りでへし折る。
それを喰おうとするけど、ふと思った。
このままじゃ服が汚れる。
「なぁフィレ、ここに食器とか無いか? 」
「あるよ 」
「じゃあ使わせてくれ。フォークとナイフの練習もしたいし 」
フィレから貰った食器。
それに赤い肉と背骨を盛り付けて、紙エプロンを首に巻いて手を合わせる。
「いただきます 」
正直食べ辛いけど、はやく人間のフリができるようにならなきゃいけない。
だからたくさん練習した。
「ただいま〜 」
こっそり家の窓を開け、バレないうちにクスミの隣に潜り込む。
布団は温くて、寝てるクスミも温かい。
だからよく洗った手で、そっと体を抱き寄せた。
寝て、起きて、洗濯して、食べて、働いて、帰って、食べて、風呂に入って、勉強して、寝たフリをして、喰って、寝る。
そんな人間らしい生活をしばらく続けた。
不自由だったけど、あの生活では手に入らない満足感が、ずっと胸に広がっていた。
あぁ俺……この生活が好きなんだな。
「ところでさ 」
「はい? 」
リビングで勉強中、テーブルに頬を乗せながら、なんと無く気になった事をクスミに聞いてみる。
「なんで俺をこんなに大事にしてくれるんだ? 今日の夕飯もハンバーグ二個くれたし、毎日弁当作ってくれるし、寝るときはギュッてしてくれるし……俺たちって会ってからそんなに経ってないのにさ 」
「嫌……でした? 」
「いや全然、むしろ嬉しいよ。でも気になっちまってさ 」
そこまで言うと、クスミも羽根ペンを置いて、机に頬を乗せた。
すると俺の指先をいじいじ触りながら話し始めてくれる。
「私……あんまり人と関わった事がないんです 」
「そなの? 」
「はい。お母さんは病気で動けませんでしたし、お父さんは研究員でしたから毎日家にいませんし……お母さんを一人にしたくなかったから、ずっと家に居たんです 」
「それは……退屈だな 」
「はい、退屈でしたし寂しかったです。でも」
クスミはふふっと笑みを浮かべた。
「色々あって、ヤマトさんが家に来た。だから嬉しかったんですよ。二人でお洗濯するのも、二人で寝るのも、二人でご飯を食べるのも、久しぶりで……懐かしくて……凄く幸せなんです 」
「……俺も幸せだよ 」
クスミの目に写る自分が笑った。
それは獣みたいじゃなくて、人みたいに見える。
本当に俺たちは……家族みたいだ。
「私も……聞いてみて良いですか? 」
「ん、なんだ? 」
「ヤマトさんは……どうしてこんなに優しくしてくれるんですか? 」
「ん〜、理由は色々あるぞ 」
指で数を数えながら、自分の中にある理由を上げていく。
「まず飯作ってくれる事と、一緒に居てくれる事と、いい匂いがする事と……後はギュッとしてくれる事かな 」
「…………それだけでこんなに? 」
「あぁ。人間にとって当たり前のことがさ、俺にとっちゃぜんぶ珍しくて不思議で……幸せなんだ。その幸せをたくさんくれたんだから、そりゃ恩返ししたいよ。先生も恩返しが大事だって言ってたからな 」
ニシっと歯を見せて笑うと、クスミも歯を見せて笑ってくれた。
「素敵な先生ですね。私もお父さんからずっと言われてました。受けた恩は返すまでが大事だって 」
「……あぁそうだな。じゃあ俺はさらに恩返し頑張るかぁ 」
「じゃあ私はさらにさらに恩返ししますね!! 」
「そんなら俺もさらにさらにさらに恩返しする!! 」
立ち上がり、ふくれっ面同士で睨み合う。
そして同じタイミングで、二人でぷッと笑ってしまった。
「それじゃあ洗濯物をお願いしますね 」
「あぁ。そっちは食器洗いよろしくな! 」
クスミは台所に向かい、俺は二階に上がろうとし
(あっ…… )
た瞬間、気がついた。
リビングの小さなシャンデリアの鎖が外れ、それがクスミの上に向かって落ち始めている事に。
このままぶつかれば間違いなく死ぬ。
そう思った。
すると体の中が、爆ぜるように熱くなった。
「っ!! 」
「えっ? 」
地面を踏み割る。
飛ぶ。
クスミに覆い被さる。
背中と頭。
に、衝撃が。
でも、
「大丈夫か!? 怪我は!? 」
俺よりクスミの方が心配だ。
「だ、大丈夫ですよ……ちょっとビックリしましたけど。というか背中! ガラス刺さってますよ!? 」
「大丈夫だ……大丈夫……そっちに怪我が無くて良かった 」
ホッとした。
そしたら、涙が出てきた。
「い、痛いんですか? 」
「いや、ただ……クスミが死ぬって考えたら怖くなったんだ。あぁこれが……死か。そりゃあみんな、嫌だよな……大事な人が死ぬなんて 」
「ヤマトさん…… 」
ギュッと、いつもみたいに抱きしめられた。
クスミの鼓動が、俺の胸に伝わって……
クスミの温かさが、俺の胸に伝わって……
凄く……安心できた。
「大丈夫ですよ。大丈夫ですから…… 」
小さな体を抱きしめ返す。
簡単に潰れてしまいそうな体を、精一杯弱く、皮膚すら傷付けないように。
人だった人間が……今は……大切でたまらない。
「……ありがとう 」
「どういたしましてです。じゃあ医療箱とって来るので待っててくださいね 」
「あぁ 」
するりと手を抜け、クスミは階段を登っていった。
俺しか居ないリビング。
そこは妙に寂しく感じた。
こんな事……今まで無かったのに。
「俺……あいつの事が好きなのかな 」
胸に何かがこみ上げる。
これはきっと……恋なんじゃ
「いっ!? 」
頭が……痛い。
なんだこれ?
ガラスが刺さってる?
いや頭には傷がない。
(なんだ……これ? )
ふと、手に違和感があった。
目を下ろす。
そこには……血まみれの手が見えた。
「うわっ!? 」
手を払う。
その手には何もついてない。
なのに拭えない。
いつもの赤い血が、妙に怖い。
(……あっ )
足元に、血があった。
顔を上げる。
そしたら見えた。
俺が殺した……先生と、クスミの母親が。
「っぐ!!! 」
頭を地面に叩きつける。
苦しい。
爪で床を握りつぶす。
苦しい。
うずくまる。
苦しい。
「ヤマトさん!? どうしたんですか? 」
クスミが来た。
手を伸ばしてきた。
それをすぐに掴もうとしたら、怖くなった。
だから振り払った。
「ヤマト……さん? 」
「あぁ……ァァァ…… 」
叫んで、がんばって、顔を上げる。
そしたら見えたんだ。
クスミの綺麗な瞳に映る……血まみれの……醜い獣が。
「俺が……殺したんだ…… 」
「えっ? 」
「俺は殺した!! 俺が……俺は……ただの」
「人殺しだ 」




