第2話 産まれながらの獣
ボーッと、無駄に青い空を眺める。
ここは森の中。
獣も居ない、管理された室内森林。
(髪うっとおしいな〜 )
いつの間にか長くなった白い髪。
もう地面に擦れるほど伸びている。
というか体が臭い。
何日も水浴びしてないからか、垢まみれだ。
でも、
(もうそろそろだよなぁ? )
ただアレを待っていた。
『ヤマト、食事の時間だ 』
「おっ、待ってました!! 」
無機質な空からの声。
足を折りたたみ、全力で走る。
すると空から落ちてきた。
人が。
「ここは……ヒッ!? 」
今日の餌は、赤い髪をしてる。
黒い目は誰かに喰われたのか、片方しかない。
でも足とか胸には、肉がたくさん付いてる。
「ねぇ聞いて! 私はあんな事してなっ」
とりあえずその首を蹴りでへし折り、頭をブチリともぎ取る。
頭は不味いんだ。
だからここ、足と胸。
一番美味しいところを噛みちぎる。
「うめぇぇぇ 」
骨も美味しいんだ。
あと、背中にある長い骨。
この中にある肉が、なんとも言えない旨みが詰まってるんだ。
「はァァ……美味かった〜 」
まだ暖かい血。
その中に包まり、目を閉じる。
これが俺の一日。
造れて二年間、ずっとこんな生活をしてる。
でも満足してる。
美味しい飯があるだけで、この温もりがあるだけで、胸の奥がぽわぽわするんだ。
ほんと俺は……なんて幸せなんだろうな。
「ん? 」
匂いがした。
餌の。
美味しそうな。
(どこだ? )
飛び起き、暗くなった森を走る。
そして見つけた。
一つの餌を。
「居た〜 」
木々を蹴って飛び上がる。
そのまま餌に突っ込む。
『骸誕魔術 』
「ん? 」
声が聞こえた。
瞬間。
何か。
が、心臓の下を通り抜けた。
物、違う。
これは……死だ。
「ばっ!? 」
胸に詰まる内臓ごと背骨をぶった切られ、そのまま木に叩きつけられる。
「終わりました…… 」
「いって〜なぁぁぁ 」
だが脳は無事。
切られた下半身は、左足まで再生してる。
「はっ? 」
「なに驚いてんだよ……こんくらいの傷、すぐ治るだろ? なぁ!! 」
治った両足で飛び付く。
そしたら音より速い一撃が飛んできた。
でももう見た。
「ベッ 」
舌を出して、わざと斬らせて。
黒い舌を蹴って飛ばして目をつぶす。
「っ!? 」
そのまま空中で回転して。
全力の拳を。
顔に叩きつけ、
「素晴らしいね 」
「あっ? 」
横から割り込んできた白い骨。
それが拳にぶつかり、こっちの骨がぜんぶ砕けた。
「誰? 」
いつからかそこに居たのは、人じゃなかった。
白いドレスみたいなのに身を包む、何か。
人っぽいけど、臭いが違う。
こいつは餌じゃない。
……敵だ。
「あぁ自己紹介をしてなかったね。私はフィレ……フィレ・ホルテンジエ。この国の女王だよ 」
「自己紹介? 」
「自分の名前を伝える行為だよ。そしてヤマト……君にね、ちょっとしたプレゼントがあるんだ 」
「プレゼント!? 」
プレゼントと言えば贈り物のことだ。
誰かから何か貰うなんて、造られて初めてだ。
「君はさ、外に出たくないかい? 」
「外? 」
「あぁ。ここは美しい森だけど、美しいだけじゃ飽きてしまう。たまには変わったものを見ないと辛いだろうしね 」
「ぜんぜん!! というかさぁ、外って何があるんだ? 」
首を傾げながらそう聞いてみる。
外のことなんて、考えても見なかった。
だから気になった。
森の向こうに、何があるかを。
「人がたくさん居るよ 」
「人!! 行きたい行きたい!!! 何人食べていいんだ!? 」
「それは時期によるかな。でも」
「私は反対です!!! 」
転んでた女が叫ぶ。
うるさかったから口を剥ぎ取ろうとしたのに、空中にある骨が邪魔してくる。
「そいつは危険です! 無垢なのに力だけは持ってる!! そんなヤツを外に出すなんて」
「シノブ 」
その一言。
だけで。
肩に冷たくなって、空気、を吸う肺が、重たくなる。
「私に……逆らうのかな? 」
「…………いいえ 」
「うん、いい子 」
跪く女の頭。
そこをやさしく、フィレとかいう奴は摩っている。
何をしているんだ、アレは?
「じゃあ決まりだね 」
辺りの空気は元に戻ると、フィレは俺を見た。
「じゃあ外に行こう。でもまずは、その準備からだね 」
そこから俺の一日は変わった。
まず美容師とか言うやつにバッサリ髪を切られた。
ショートカットとか言うらしいが、邪魔じゃなくて案外悪くない。
風呂とかいうでっかい箱に入れられた。
いつもは水浴びしてたから、暖かい水は少し違和感がある。
でも温もりは悪くない。
服とかいうのを着せられた。
女用か、男用か。
そんな訳の分からないことを聞かれたから、とりあえずスカートとか言うのを履いた。
動きやすくて好きだ。
「初めましてヤマトくん。私が君の教師をする者だよ 」
教室とかいう狭い部屋に入れられ、メガネを掛けた背の高い男から話を聞かされた。
ケイさんとか毒ショとか、いろいろ勉強した。
だが楽しかった。
知らない事を知るのは。
ベットというものに入った。
ふかふかで気持ちがいい……
こんなにいい物があるなら、もっと速く知っておけば良かった。
寝て、起きて、風呂に入って、勉強して、暖かいベットで寝る。
まるで本で見た、人間みたいな生活を続けた。
窮屈だけど……楽しかった。
この世には俺の知らないことだらけで、面白かった。
「ここでケルパー王国を転覆させた者は言ったのです。『我々は覇王の復活を望む』と。けれど我が国の女王はこう反論しました。『ならば私は、勇者の復活を望もう』と 」
「ん〜? じゃあケルパー王国は悪いヤツなのか? 覇王って悪いヤツだし 」
「そう、そうです! ヤマトくんは頭がいいですね 」
大きな手から、頭をさすられた。
すると胸が暖かくなって、気持ち良くなってしまう。
……そうか。
シノブとかいう奴は気持ちが良かったから、フィレに跪いてたのか。
「ふふん。俺もさ! 先生みたいになりたいよ!! 色んなことを知りたい!! 」
「えぇ、きっと貴方なら出来ますよ。こんなに頭がいいんですから 」
褒められた。
それはすっごく嬉しかった。
「では次の問題に行きましょうか 」
「あっ、先生〜 」
黒板とかいうのに近付く先生を呼び止め、
「はい、なんでしょっ」
その笑顔を蹴った。
パンって音が鳴って、弾けて、服が血まみれになった。
「いっただっきまーす 」
手を合わせて、その肉を食べる。
男とかいうヤツだからか、肉は硬い。
でも美味しい。
骨も太くて、食べごたえがある。
「……はっ? 」
バサハザ紙が落ちる音がした。
白衣を着た女が、教室の外から俺を見ている。
「あげないぞ? 」
「いや何してるの!! なんで殺……なんで!!! 」
その顔は急に青くなって、俺の服を掴んできた。
これは怒ってるのか?
「な、なんで怒ってるんだ? ちゃんといただきます言ったんだけど…… 」
「なんでって……私の恋人を……なんでって……この、バケモノが!!! 」
「あぁ……俺、人じゃないぞ? ……食べるか? 」
なんで女が泣いてるのか、分からない。
だから一番美味しい足を引きちぎってあげたのに、女は悲鳴をあげるように、逃げていった。
(足……嫌いだったのか? 胸の方が良かった? いやでも……あっ、もしかして頭が好きだったのかな? )
そんな事を考えてると、色んなヤツらが飛んできた。
みんな聞く。
『なぜ殺したか?』と。
なぜも何も、お腹がすいたから殺したんだ。
そう答えたらみんな……変な顔をする。
シノブとかいう奴は、俺に剣を向けた。
でも……何もされなかった。
俺は寝室に返された。
「なんだったのかなぁ…… 」
暖かいベットの上でゴロンと寝返りをうつ。
何となくその日は眠れなくて、朝を迎えた。
別に毎日寝る必要もなかったから、構わなかった。
「なぁなぁ 」
「な……なんですか? 」
廊下を歩いてた女の服を引っ張って、呼び止めてみる。
「先生が何処にいるか知らないか? 今日も授業があるハズなんだけど…… 」
「……はっ? 」
「ん? 先生知らない? メガネって言うガラス板つけてて、よく笑ってるヤツ 」
「あなたが昨日…………殺したじゃないですか? 」
「……? 殺してないぞ、食べただけだ。なのにさ、なんで居ないんだ? 」
そう聞いた。
だけなのに、女は顔を青くしてどこかに走っていった。
なんと無く気になったから、俺もこっそりついて行った。
やけに暗い部屋の中から、たくさんの声が聞こえる。
それに聞き耳を立てながら、部屋をのぞき込む。
すると見えた。
二人の白衣を着た人間と、その奥にあるカプセルが。
その中には、俺とそっくりな顔をした死体たちがプカプカ浮かんでいる。
「あれも失敗作です! 認識に偏りがあり、知識も想定年齢より下です!! 」
「だが生き延びたのはアレだけだ。失敗作と言えど簡単に処分はできん 」
「ならせめて、ゲシュペンストの枷を付けるべきです! あれは」
「だが女王の命令には枷を付けるなと」
「じゃあそれで私たちが死んでも良いんですか!? いつ殺されるか分からない。いつ私たちを喰おうとするかも分からないバケモノと一緒に居るなんて……頭がおかしくなりそうですよ 」
(……? )
正直、アイツらが何を言ってるのか分からなかった。
成功作だとか失敗作だとか言ってるけど、俺は生きてる。
それに知能が想定より低いとか……んなこと言われても困っちまう。
「あっ、こんな所に居たんだね 」
「げっ、フィレじゃん 」
廊下を歩いてくるフィレ。
やっぱりコイツは苦手だ。
なんというか、生きてるって感じがしない。
ただそこに居るだけのような……ほんと幽霊ってヤツみたいだ。
「そんな顔をしないでよ。今日はキミに、いい知らせがあるんだから 」
「どんな? 」
「今日は試験的に、君が外に出ることを許可しようと思ってね 」
「うっひょー!!! 」
高台の柵に足を乗せ、街とかいう空気が悪いところを見下ろす。
人、人、人。
アレだけいれば食べ放題だ。
「ヤマト、そこから降りろ 」
「ちぇ〜、なんだようるせぇなぁ 」
隣で剣を構えるのは、シノブとかいう口煩いヤツだった。
「うるさいじゃ無いよ。私はキミの監視役なんだから……今すぐ殺すこともできるよ? 」
「へいへ〜い 」
柵から降り、階段を下るシノブについて行く。
空気は研究所の方がいいし、人の声が鬱陶しいと感じる事もあるが……ぜんぶが新鮮で、凄い楽しい。
「なぁこれってなんだ? 」
「ネックレスっていう首に付けるものだよ 」
「首輪みてぇだな……でっ!? 」
「店の人に迷惑だから、そんなこと言わない 」
ただそう言っただけなのに、頭を殴られた。
どうせ殴るんなら撫でて欲しいんだけどなぁ……
「こんばんはおじさん。それ、二つ貰える? 」
とあるいい匂いがする店で、シノブが何かを買ってくれた。
それは白い塊だった。
「んだコレ? 」
「とりあえず食べてみるといいよ 」
言われた通りに食べ……えっ美味い。
肉の美味さをすっごい感じる。
中に入ってる植物も食べてて美味しい。
「んだこれ!? 」
「あっはは、坊主それは初めてか? 麦の皮に獣の肉を詰め込んだものだ。野菜も沢山入ってるから身体にもいい……美味いだろ? 」
「あぁ美味い! 毎日喰える!! 」
「じゃあもう一個サービスだ! 」
「やったー!! 人間は優しいなぁ!! 」
差し出された美味いもの受け取ろうとした瞬間、それはおじさんの手からポロリと落ちた。
地面に落ちる前に蹴りあげ、口を開けて受け止める。
肉の脂がやっぱり美味い……ん?
「どうした? 」
周りの人間たちは全員俺を見ている。
俺が先生を食べた時みたいな、青い顔をして。
「……ふ、ふざけるな!! なんでゲシュペンストを連れてきた!! 」
「……すみません。不注意でした 」
「すみませんで済むか! 俺が殺されてたらどうする気だ!! 」
「ヤマト、行こうか 」
「えっ、まだ食いてぇんだけど〜 」
腕を引っ張られ、ズルズル体を引きずられる。
その間にも周りの人間は、ずっと俺を見ていた。
まるで何かを嫌悪するような鋭い目で。
「なぁなぁなぁなぁ、ゲシュペンストだと何がいけねぇんだ? 」
また連れてこられた街中の高台。
柵に寄っかかるシノブにそう聞いてみると、その眉間にはシワが寄り、俺の顔を見ながらため息を吐いた。
「ゲシュペンストは不安定な存在だからね。いつ人を殺すか、いつ暴走するかも分からない存在……そんな物と一緒に居て、嬉しい人はいないよ 」
「でもよぉ、俺らって人から造られたんだろ? なのに差別するっておかしくね? 」
「間違いだから殺さても構いませんって言う人は居ないよ。私もゲシュペンスト製造に思うところはあるけど、誰だって殺されたくは無いし、人は殺しを許さない 」
「また殺すか……体が動かなくなるだけだろ? それの何処が嫌なんだ? 」
頭を押さえ、またシノブは長いため息を吐いた。
けどこっちとしては何がなんだか分からない。
「まぁ、ゲシュペンストってこんな物だよね 」
ボソリとシノブは呟く。
言いたい事があればハッキリ言えばいいのになぁ。
……あっ。
「なぁシノブ 」
「何? 私疲れて」
「腹減った 」
「……っう!? 」
頭に向けて放った前蹴り。
それは剣の柄で防がれた。
が、衝撃を抑えきれず、シノブは柵の向こう側に飛んでった。
「あー腹減った 」
腹が減った。
腹が減って腹減った。
何か喰わなきゃ。
そこら辺にいる人間。
女が良い。
脂が乗ってて、骨が柔らくて、その中に入ってる肉も美味い。
「アぁぁ……ギィぃぃ 」
ヨダレが、飢えが、衝動が。
抑えられない。
あでも……先生が言ってたな。
『食べるにしても分別を付けなければなりません。例えばそうですね……死んでもいい犯罪者とか、もう助からない病人とかです 』
「ァ見ッケ 」
高台から身を乗り出して、臭いを頼りに、壁を割って家に突っ込む。
「あっ!? 」
すると居た。
薄暗い部屋でゴソゴソしてる、ナイフを持った男が。
「なんっ」
着地の勢いのまま放つ回し蹴り。
それは男の顎に当たり、首の骨がバキュンと外れた。
(あっ、あれちゃんと言わなきゃ )
「いただきます!! 」
手を合わせて、倒れた男を解体する寸前、
「ゴホッ!! 」
病人の臭いがした。
「……ん? 」
顔を傾けると、大きなベットがあった。
そこには黒い髪をした女が、咳をしながら、血を吐いていた。
あの臭いならもう助からない。
……喰べていいヤツだ。
「キミ」
その顔を蹴った。
潰れた。
服が血まみれになった。
もう限界だったから、手も合わせずに肉を削り喰う。
歯で、爪で。
「美味しいオイシイ汚慰死遺 」
噛み砕いた背骨は美味しかった。
内蔵は不味かった。
痩せてたから肉は少ない。
でも女の柔らかい肉はそのままだった。
誰にも渡さない。
この体温と人は俺の物だ。
これだけが俺の幸せだ。
「お母さん? 」
「……ん? 」
また横を向く。
開いた扉から差し込む光。
の中には、子供の顔があった。
髪は黒くて、女の顔をしてる。
誰だアイツは?
「何……食べてるの? 」
「腕。喰うか? 」
引きちぎった女の腕を投げる。
びちゃりと地面に落ちたけど、まだ新鮮だから食べられるハズだ。
なのに子供は……食べてくれなかった。
せっかく分けたのに。
「いらないのか? じゃあ俺が食べるぞ? 」
痒い頭をボリボリ掻きむしり、落ちた手を拾って食べ
「あの!! 」
「んぉ!? 」
ようとした瞬間、抱きしめられた。
ギュッと、優しく。
「ありがとう……ございます。私のお母さん……殺してくれて…… 」
初めてだった。
人を喰ったら、周りはみんな青い顔をする。
嫌そうな顔をする。
なのにこの女は、泣きながら、俺を抱きしめてくれた。
その顔には悲しみが無い。
ただ先生が向けてくれた笑顔のように、ずっと暖かった。
「どう……いたしまして? 」
血まみれの手で女を抱きしめ、血まみれの口で頭に口付けして、しゃっくりで跳ねる背をトントンと叩く。
すると、ある衝動が両腕に駆けた。
それが何か分からない。
でも、このまま抱き締めて、背骨を折りたくなった。
空腹以外で人を喰いたいと思ったのは、初めてだった。




