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いずれ覇王と成る君へ  作者: エマ
君たちの物語
66/73

第1話 変わらない日々



「……… 」


 ヘレダントの小さな森の中。

 地面に突き刺された木の十字架に刻んだRaigaの文字。

 それをいざ前にすると、どうしようも無い喪失感が吐き気となって込み上げてきた。


「なんで……あんたが死ぬんですか!! 」


 絞り出した言葉を、盛り上がった土に吐き捨てるが、何も帰ってこない。

 それが胸の虚しさを吐き気に変えていく。


 ポタポタ、追い討ちのように雨が降ってくる。

 滅多に降らないくせに、こんな時に限って。



「……ワミヤか 」


「っ!? 」


 後ろを振り返れば、傘を持つ誰かが居る。

 そいつは見覚えのあるバケモノだった。


「……ヤマトさん 」


「墓、作ってくれたんだな……ありがとよ 」


「ありがとう? ふざけるな!! お前が殺したんだぞ!? 」


「……あぁ。その通りだ 」


 胸ぐらを掴み、その顔を睨みつけるが……困惑で何も言葉が出てこなかった。

 雨に濡れてる訳でもないのに、その瞳は、その頬は、濡れていたから。


「……なぁワミヤ、頼みがある 」


「頼み? 」


「俺は明日、ロジー王国を攻める 」


「……はっ? 」


「できる限り人間を殺す。ゲシュペンストも……だから前線に出て、俺を殺して欲しい 」


「……何を言って 」

 

「この世のすべてを破壊するバケモノを、ゲシュペンストが殺す。そしたらお前は英雄になるハズだ。その役目を、お前に頼みたい 」


「いや待てよ 」


「寿命と欲求の問題はなんとかするからさ。だから」


「待てって言ってるだろ!!! 」


 淡々と語るヤマトの首を掴む。

 なのにその薄ら笑いは途切れない。


 なんでそんな……あの人みたいな顔をするんだ。


「別に無理にとは言わねぇ、嫌なら断ってくれ 」


「そうじゃねぇよ!! なんでそんな……自分を殺せなんて、悲しい事を言うんだ…… 」


 重ねたくないのに、嫌でも重なってしまう。

 ゲシュペンストのためと語って、自分の死が確定する悲しい道を歩み、死んで行ったあの人と。


「……疲れちまったからかもな 」


 けれどヤマトは傘を落とし、諦めたように墓の前に跪く。


「ヘレダントは滅び、アルベもユカリも死んだ。ケルパー王国も滅びた。世界はこれから変わってくんだろうけどよ……この先を見たくねぇんだ。もう生きたくねぇ、でも無為には死にたくねぇ。俺を生かしてくれた人たちが居たから。だから意味ある死に方を選びたい……それだけだ 」


「っ…… 」


「……お前らにはこの先の、変わった未来を生きて欲しい。先がどうなってるかは分からねぇ。でも今よりかは幸せだと思うんだ 」


 子供に言い聞かせるような優しい声で、ヤマトは言う。


 ……卑怯だ。

 ずるい。

 俺だってもうこんな世界で生きたくないのに、自分の幕引きを俺に任せると言うんだから。

 断ってやりたい。

 なのに……墓に手を合わせるヤマトに、何も言えない。


「壁の上での約束……覚えてるか? 」


 俺じゃなく、墓に向かってヤマトは微笑む。


「お前は人間らしく……誰かを助けるために死ねたんだ。だから俺はバケモノらしく、誰かを殺して死ぬよ 」


 その笑顔は死に向かう人のものだった。

 もうあの人は……止められない。



 雨が止んだ。

 あの人はもう何処かに行った。

 墓の前に居るのが嫌だったから、仕方なくロジー王国に向かう。


 濡れた体が酷く冷たい。

 でもそれを気にする余裕もない。

 頭の中でずっと、あのお願いが渦巻いているから。


(あいつは……ライガを殺したんだ )


 だから死んで当然だ。

 殺しても仕方ないんだ。

 でも……胸の奥がザワつく。

 殺したくないと叫んでいる。

 なぜ? ……分からない。


(……どうしたらいいんだよ。クソが )


「ワミヤくん? 」


「っ? 」


 気がつくと、目の前にはシノブが居た。

 口元にはタバコが咥えられ、その小さな傘が握られている。

 そっと傾けられた傘が雨を弾いてくれる。


「なんだよ……クソ人間が 」


「風邪をひくよ? 」


「風邪なんかひかねぇよ。人間じゃねぇんだから 」


「……ごめん 」


「それより、ユウトは見つかったのか? 」


 シノブは無言で首を振る。


「残念ながら。ユウトくんどころかサクラくんまで見つからないよ 」


「……お前らが殺したから、適当に誤魔化してるだけじゃねぇのか? 」


「私がそんな事はさせないよ。でも本当に妙なんだ。あの破壊痕から遺産の暴走に巻き込まれたみたいだけど、死体どころか、暴走した遺産すらどこにも無い。一体あそこで……何が起こったんだろう? 」


(本当にどこに行ったんだ……無事だと良いが )


 ケルパー王国の跡地、あそこには驚くほど何も無かった。

 瓦礫も死体も。

 まるで巨大な獣から食い尽くされたように、何処かに消えていた。


 それに二人が巻き込まれたなら納得できるが、あれはユウトの遺産による力だ。

 見たことがあるから間違いは無い。

 でも逆に、なぜ暴走したのかが分からない。

 そもそも同時期に、なぜサクラまでも消えた。



 ダメだ……考えても答えが出てこない。


「ん? 」


 ふと、なにかの振動音が聞こえた。


「あぁごめん、私の魔道具だ 」


 ガサゴソとポケットを漁るシノブ。

 そこからは、クシャクシャになった紙にタバコに飴玉がこぼれていく。

 ……少しくらい整理しろ。


「あぁあった。何か連絡? 」


 金色の魔道具を耳に当て、シノブはそう呟く。


「うん……ワミヤくん? あぁ私の隣にいるよ……連れてこい? 至急? まぁ大丈夫だけど……なんでそんなに慌ててるの? …………女王様が演説を? 」


 突然、シノブの顔色が変わる。


 ロジー王国の女王と言えば……ケルパー王国が武力への侵略を諦める要因になった一人。

 だがここ数十年、表舞台に経ったことは無い。

 その女王が……演説を?


「分かった。ありがとう 」


「で? あの女王様の演説と俺がなんの関係があるんだ? 」


「分からない……でも命令だからね。嫌じゃなければ来てもらうよ 」


 人間の言うことを聞くのは嫌だ。

 でも今はとにかく、気を紛らわすことがしたかった。


「あぁ、構わない 」




「で、今から何が始まるんだ? 」


 連れてこられた大広間。

 その中央には王様が乗るような高い台が建てられ、シノブのような幹部たちが、レッドカーペットの隣を守っている。

 俺も護衛の中の一人だ。


「分からない。でもこれだけの人を集めたんだ……きっと大々的なことだろうよ 」


「まぁ……な 」


 後ろにいる、餌を見つけた虫のように蔓延る人間たち。

 正確な数は分からないが、少なくとも1万人は越している。

 その奥にもさらに人がいる。


(これ……ロジー王国中の人間が集まってないか? )


「おい何が始まるんだ? 」

「分からない 」

「なんでゲシュペンスト共も居るんだ。穢らわしい 」

「そもそも女王は実在したのか? 数百年前から姿を見せていないと噂だが 」

「分からない 」

「なぜ 」

「分からない 」


 耳をすましてみても困惑の声しか聞こえない。

 隣にいるシノブすらもチラチラ周りを見ている。

 もしかして誰も……この状況を理解できていないのか?


「いやはや皆様、ごきげんよう 」


「「「っ!? 」」」


 いつからか、高台の上にアイツが乗っていた。

 白いヴェールに身を包み、血色無き顔で笑う女。

 服の隙間に見える肌は明るく、けれど美しさは欠片も感じない、ただの白。


 異質、異様、この世に居るのが不自然なほどの存在。

 それが血で錆びた王冠を被り、俺たちへ(こうべ)を垂れた。


「さぁ。本題に入ろ」


「お前が女王だという証拠を見せろ!! 」


 けれど一つのヤジが突如として叩き込まれ、その開いた口は閉ざされた。


「そうだ! 貴様が女王だという証拠はない!! 」

「何を根拠にそんな事を!! 国を守ってきたのはそこに居るシノブさん達じゃないか!!! 」

「急に姿を見せて自分が女王だと!? 」


「あー……こういう時にアルベの設定がないと不便だね 」


(アルベ? 設定!? )


 ゲシュペンストの耳でしか聞こえないような小さな声。

 それは女王の口から聞こえた。

 だが次の瞬間には、血色のない笑みが俺たちを見下ろしていた。


「では、証拠をお見せしよう 」


 一歩、女王は空中に踏み出した。

 けれどその足は落ちることなく、階段を上るように、体は上に向かっていく。


「『正壊魔術(せいかいまじゅつ)』 」


 その声とともに、空から落ちてきた小さな刀。

 女王はそれを優しく握り、振り、何かが開かれる音とともに、空が割れた。

 そして落ちてきた。


人造信仰並列神体(デウス・マキマ)


 巨大でおぞましい、白い骨の巨人が。


「さて……あらためまして自己紹介 」


 指骨(しこつ)に包まれ、女王は王冠を被り直した。


現天陸宇下(げんてんりくうか) 第1位 希望を堕ろす者(ロストホープ) フィレ・フォルテンジエ。またの名を……ロジー王国、最初の女王 」


 笑う女王はそのまま、俺たちを見下しながら口を開く。

 演説が始まった。



「さて皆様に問おう。なぜ人類は幸せではないのだろうか? 誰もが幸せになれる方法を知っているのに、それが一向に実現しないのは何故なのか? 」

 

「……そんなの」


「それはね、邪魔なものが多いからさ 」


 誰かの声を無視し、女王は胸を張り、


「けれど邪魔ものこそ、私たちは愛するべきなんだ 」


 そう言いきった。


「例えばだ、君たちが憧れのマイホームを建て、好きな人とともに家庭を育むとしよう。それは幸せなことだ。しかし隣人がうるさいなら? それは君たちの幸せにとって障害となるだろう。ならば、隣人を殺すことが己の幸せなのか? ……否だ。殺しだけでは何も解決しない。むしろ裁かれる苦しみが、君たちの幸せを蝕むだろう 」


(こいつは…… )


「殺しはいけない、これを正当化する理由はあっていいハズがない。ならばどうするか? 」


 女王は小さな腕を組み合わせ、おもむろに重ねられた手を見せてきた。


「手を取り合おう、そして口で和解しよう。私たちは人なんだ。低俗な獣とは違い、知能が、心が、言葉がある。今の世の中は混沌としている。魔法の柱であったヘレダントは崩れ、憎きケルパー王国は滅びた。だからこそ、一から作り直そうじゃないか。原初の時代、旧人類がそうしたように。道具を持ち、話し合い、分かち合い、幸せな世界を作るために、努力しよう。それこそ、私たち人にできる事だ 」


 会場は静まり返っていた。

 誰もが天を見上げ、静かな眼差しを女王に捧げている。

 俺もきっと、そんな目をしている。


「そして私は、ロジー王国の女王として……ここに宣言しよう 」


 骨の腕から生えた、一本の杖。

 それを女王は握り、地面へと叩きつけた。


「私は人類の平和の一歩として 」


 そうだ。

 多くは望まない。

 ただ今より少しだけでも良くして欲しいんだ。

 それくらい甘い夢に、(すが)らせてほし


「ゲシュペンストの駆除を! ここに誓う!! 」


「…………はっ? 」


(何を言ってるんだ? なんでその話から……こうなったんだ?? )


「彼らは産まれたことが間違いな生物だ。けれどそれを産んだのは人だ。でも、それは過去の人たちが発明したからだ。その責任を君たちに負わせるつもりは無い 」


「あぁ……女王様 」


「っ!? 」


 責任を問わないという甘い言葉に、ある男は膝を付いた。

 そして祈るように手を合わせた。


「過去の過ちは過去のものだ。今生きている君たちが背負うものでも無い 」


「なんと心優しい…… 」


(なんだ……こいつらは? )


 次々と手を合わせ、膝をつく人間たち。

 それは余りにも気味が悪く、気色悪い。


「だからこそ、私が手を(くだ)そう。今まで動かなかった罰として、これから世界を幸福にする示しとして 」


「ちょっと待て!!!!! 」


 ザワつく胸から溢れた言葉。

 それが喉を張り裂くような声となった。


 女王は俺を見る。

 俺は女王を睨む。


「何かな? 」


「じゃあゲシュペンストはどうなるんだ!!? お前らが勝手に産んだ俺たちを!! 間違いだから殺すとでも言うのか!!! 」


「うん、そうだよ。だって私たちは人間の話をしてるんだ……よくあるだろう? 人の幸せのために、森を焼く。これくらい普通だよ 」


「そんな……俺たちをなんだと」


「じゃあ、周りに意見を聞いてみよう 」


 指を刺された俺の隣。

 そこには何を言っているんだと言いたげな人間が、眉間にシワを寄せていた。

 こいつだけじゃない。

 その隣も、その後ろも、人間はみんな同じ顔をしている。


 ゲシュペンストは、人では無いと。


「正しさはね、いつだって多数決で決まる 」


「っ!? 」


 気がついた。

 空に、雲を掻き分けるように、一本の白杖が佇んでいることを。


「君たちは必要ない。それが、今の正しささ 」


 女王の立てた指を堕ろす。

 それと共に白杖は落ち、分裂し、


「『人外十罰(ライフ・ペナルティ)


 一瞬でゲシュペンストたちの頭を貫いた。


「っ!! 」


 俺にも落ちて。

 回避。

 できない速すぎる。

 魔術。

 不完全を付け加え、頭を貫かれる前に杖を砕く。

 だが、


「はっ? 」


 いつの間にか、両腕を十字架に貫かれていた。

 そして空中に引っ張られ、目の前には、空のように巨大な、斧があった。


「さぁ、人ならざるものに慈悲を 」


「「「「人ならざるものに慈悲を!!! 」」」」」


 死が頭によぎった瞬間、どうしようもない悔しさが、身体中を駆けた。

 口が動いた。


「ふざけんじゃねぇ!!! 俺が死んだらどうする!? ゲシュペンストを思って死んだあの人は!!! お前ら幸せになるなら!! 平和のために死んだ人はどうなる!? なんでお前らみたいなヤツらが生き残って……あの人は死ななきゃ行けなかったんだよ!!!!! 」


「慈悲を 」


 その言葉とともに、慈悲無き斧が振るわ


骸誕魔術(がいたんまじゅつ)


 誰かが空中に。

 その右手の刀が、空のような斧を叩き砕いた。


「……はっ? 」


 鼻が曲がるような煙の臭い。

 顔を見なくても誰か分かる。


「なんでお前が…… 」


 俺を守るように、タバコを吹かすシノブが空中に立っていた。


「さぁ、逃げるよ 」


 その刀は一瞬で十字架を砕き、その腕は俺を抱きあげた。


「じゃあ女王様、溜まった有休を消費させて貰いますね〜 」


「逃がすと思うのかな? 」


 女王を守る巨人が立ち塞がる。

 なのにシノブはヘラヘラ笑った。


「逃がすしかないでしょ。今私と戦ったら、めんどくさいストーカーが来るでしょうし 」


「……っ 」


「まぁ大丈夫ですよ。明日には戻ります……では 」


 シノブはそっとお辞儀をした。

 瞬間、空気が爆ぜる音とともに、脳が揺れるほどの圧が体を襲った。



「っ!!? 」


 地面に投げ出された。

 顔をあげれば、そこは平原だった。

 隣には冷や汗ダラダラのシノブが居る。


「いや〜……死ぬかと思った……ねぇ見た!? あの女王の顔!! おっかないよね〜 」


「なんで……助けた? 」


「……… 」


「なぁ……答えろよ!! お前に得なんて無いだろ!! なのになんで助けた!!? 」


 シノブは何も言わない。

 それが不気味で不理解で、気色悪かった。


「おい、聞いて 」


 胸ぐらを掴む。

 そしてやっと気がついた。

 その青い瞳から、涙が流れている事に。


「あぁ気にしないで。理由と言っても、本当に気まぐれだから 」


 涙をサッと拭い、シノブは地面に座り込んだ。


「それで助けた理由だっけ? それは本当に分からないんだ……女王がアレだけの殺戮をすれば、ゲシュペンストとの和解なんて不可能だし、向こうも納得しない。だから戦うしかないのに……体が勝手に動いたんだ。意味が分からないよね 」


「……俺の方が意味わかんねぇよ 」


「だよね〜 」


 ケラケラ笑いながら、シノブは葉筒(はずつ)に火をつける。

 しばらくの間、無音がひびく。

 何もすることが無いから、無駄に青い空を見上げる。





「なぁ、明日の戦争……お前も参加するのか? 」


「もちろん。ヤマトくんに対抗できるのは、女王か私くらいだからね〜 」


「殺すのか? 」


「うん。彼は国を滅ぼす大悪党だからね 」


 嫌に涼しい風が吹き、シノブの髪がふわりと浮き上がる。


「……俺を助けたのにか? 」


「……時には、殺すっていう選択が救いになったりするよ 」


 それは分かっている。

 嫌というほど自覚している。

 でも、


「お前はヤマトさんの……何を知ってるんだ? 」


 それが救いだと認めたくなかった。


「知ってるよ。君よりはずっとずっと……彼が産まれた時からの付き合いだしね 」


「そうなのか…… 」


 また無音が続く。

 けれどそれは、シノブの言葉によって破られた。


「ねぇ。つまらない話だけど聞いてくれるかい? ヤマトくんの……産まれた事が、生き延びてしまった事が間違いな、バケモノの人生を 」


「なんで俺に言うんだよ 」


「君がヤマトくんのお友達だからさ。だからこそ、彼を理解して欲しい。そして一緒に、彼を殺して欲しい。もうあの子は……手遅れなんだよ 」

 

 そう言って、シノブは語り始めた。

 産まれながらにバケモノであったのに……人のように生きたいと。バケモノのように死にたいと。

 そう願った、人のようなゲシュペンストの話を。

 


 



 

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