第1話 変わらない日々
「……… 」
ヘレダントの小さな森の中。
地面に突き刺された木の十字架に刻んだRaigaの文字。
それをいざ前にすると、どうしようも無い喪失感が吐き気となって込み上げてきた。
「なんで……あんたが死ぬんですか!! 」
絞り出した言葉を、盛り上がった土に吐き捨てるが、何も帰ってこない。
それが胸の虚しさを吐き気に変えていく。
ポタポタ、追い討ちのように雨が降ってくる。
滅多に降らないくせに、こんな時に限って。
「……ワミヤか 」
「っ!? 」
後ろを振り返れば、傘を持つ誰かが居る。
そいつは見覚えのあるバケモノだった。
「……ヤマトさん 」
「墓、作ってくれたんだな……ありがとよ 」
「ありがとう? ふざけるな!! お前が殺したんだぞ!? 」
「……あぁ。その通りだ 」
胸ぐらを掴み、その顔を睨みつけるが……困惑で何も言葉が出てこなかった。
雨に濡れてる訳でもないのに、その瞳は、その頬は、濡れていたから。
「……なぁワミヤ、頼みがある 」
「頼み? 」
「俺は明日、ロジー王国を攻める 」
「……はっ? 」
「できる限り人間を殺す。ゲシュペンストも……だから前線に出て、俺を殺して欲しい 」
「……何を言って 」
「この世のすべてを破壊するバケモノを、ゲシュペンストが殺す。そしたらお前は英雄になるハズだ。その役目を、お前に頼みたい 」
「いや待てよ 」
「寿命と欲求の問題はなんとかするからさ。だから」
「待てって言ってるだろ!!! 」
淡々と語るヤマトの首を掴む。
なのにその薄ら笑いは途切れない。
なんでそんな……あの人みたいな顔をするんだ。
「別に無理にとは言わねぇ、嫌なら断ってくれ 」
「そうじゃねぇよ!! なんでそんな……自分を殺せなんて、悲しい事を言うんだ…… 」
重ねたくないのに、嫌でも重なってしまう。
ゲシュペンストのためと語って、自分の死が確定する悲しい道を歩み、死んで行ったあの人と。
「……疲れちまったからかもな 」
けれどヤマトは傘を落とし、諦めたように墓の前に跪く。
「ヘレダントは滅び、アルベもユカリも死んだ。ケルパー王国も滅びた。世界はこれから変わってくんだろうけどよ……この先を見たくねぇんだ。もう生きたくねぇ、でも無為には死にたくねぇ。俺を生かしてくれた人たちが居たから。だから意味ある死に方を選びたい……それだけだ 」
「っ…… 」
「……お前らにはこの先の、変わった未来を生きて欲しい。先がどうなってるかは分からねぇ。でも今よりかは幸せだと思うんだ 」
子供に言い聞かせるような優しい声で、ヤマトは言う。
……卑怯だ。
ずるい。
俺だってもうこんな世界で生きたくないのに、自分の幕引きを俺に任せると言うんだから。
断ってやりたい。
なのに……墓に手を合わせるヤマトに、何も言えない。
「壁の上での約束……覚えてるか? 」
俺じゃなく、墓に向かってヤマトは微笑む。
「お前は人間らしく……誰かを助けるために死ねたんだ。だから俺はバケモノらしく、誰かを殺して死ぬよ 」
その笑顔は死に向かう人のものだった。
もうあの人は……止められない。
雨が止んだ。
あの人はもう何処かに行った。
墓の前に居るのが嫌だったから、仕方なくロジー王国に向かう。
濡れた体が酷く冷たい。
でもそれを気にする余裕もない。
頭の中でずっと、あのお願いが渦巻いているから。
(あいつは……ライガを殺したんだ )
だから死んで当然だ。
殺しても仕方ないんだ。
でも……胸の奥がザワつく。
殺したくないと叫んでいる。
なぜ? ……分からない。
(……どうしたらいいんだよ。クソが )
「ワミヤくん? 」
「っ? 」
気がつくと、目の前にはシノブが居た。
口元にはタバコが咥えられ、その小さな傘が握られている。
そっと傾けられた傘が雨を弾いてくれる。
「なんだよ……クソ人間が 」
「風邪をひくよ? 」
「風邪なんかひかねぇよ。人間じゃねぇんだから 」
「……ごめん 」
「それより、ユウトは見つかったのか? 」
シノブは無言で首を振る。
「残念ながら。ユウトくんどころかサクラくんまで見つからないよ 」
「……お前らが殺したから、適当に誤魔化してるだけじゃねぇのか? 」
「私がそんな事はさせないよ。でも本当に妙なんだ。あの破壊痕から遺産の暴走に巻き込まれたみたいだけど、死体どころか、暴走した遺産すらどこにも無い。一体あそこで……何が起こったんだろう? 」
(本当にどこに行ったんだ……無事だと良いが )
ケルパー王国の跡地、あそこには驚くほど何も無かった。
瓦礫も死体も。
まるで巨大な獣から食い尽くされたように、何処かに消えていた。
それに二人が巻き込まれたなら納得できるが、あれはユウトの遺産による力だ。
見たことがあるから間違いは無い。
でも逆に、なぜ暴走したのかが分からない。
そもそも同時期に、なぜサクラまでも消えた。
ダメだ……考えても答えが出てこない。
「ん? 」
ふと、なにかの振動音が聞こえた。
「あぁごめん、私の魔道具だ 」
ガサゴソとポケットを漁るシノブ。
そこからは、クシャクシャになった紙にタバコに飴玉がこぼれていく。
……少しくらい整理しろ。
「あぁあった。何か連絡? 」
金色の魔道具を耳に当て、シノブはそう呟く。
「うん……ワミヤくん? あぁ私の隣にいるよ……連れてこい? 至急? まぁ大丈夫だけど……なんでそんなに慌ててるの? …………女王様が演説を? 」
突然、シノブの顔色が変わる。
ロジー王国の女王と言えば……ケルパー王国が武力への侵略を諦める要因になった一人。
だがここ数十年、表舞台に経ったことは無い。
その女王が……演説を?
「分かった。ありがとう 」
「で? あの女王様の演説と俺がなんの関係があるんだ? 」
「分からない……でも命令だからね。嫌じゃなければ来てもらうよ 」
人間の言うことを聞くのは嫌だ。
でも今はとにかく、気を紛らわすことがしたかった。
「あぁ、構わない 」
「で、今から何が始まるんだ? 」
連れてこられた大広間。
その中央には王様が乗るような高い台が建てられ、シノブのような幹部たちが、レッドカーペットの隣を守っている。
俺も護衛の中の一人だ。
「分からない。でもこれだけの人を集めたんだ……きっと大々的なことだろうよ 」
「まぁ……な 」
後ろにいる、餌を見つけた虫のように蔓延る人間たち。
正確な数は分からないが、少なくとも1万人は越している。
その奥にもさらに人がいる。
(これ……ロジー王国中の人間が集まってないか? )
「おい何が始まるんだ? 」
「分からない 」
「なんでゲシュペンスト共も居るんだ。穢らわしい 」
「そもそも女王は実在したのか? 数百年前から姿を見せていないと噂だが 」
「分からない 」
「なぜ 」
「分からない 」
耳をすましてみても困惑の声しか聞こえない。
隣にいるシノブすらもチラチラ周りを見ている。
もしかして誰も……この状況を理解できていないのか?
「いやはや皆様、ごきげんよう 」
「「「っ!? 」」」
いつからか、高台の上にアイツが乗っていた。
白いヴェールに身を包み、血色無き顔で笑う女。
服の隙間に見える肌は明るく、けれど美しさは欠片も感じない、ただの白。
異質、異様、この世に居るのが不自然なほどの存在。
それが血で錆びた王冠を被り、俺たちへ頭を垂れた。
「さぁ。本題に入ろ」
「お前が女王だという証拠を見せろ!! 」
けれど一つのヤジが突如として叩き込まれ、その開いた口は閉ざされた。
「そうだ! 貴様が女王だという証拠はない!! 」
「何を根拠にそんな事を!! 国を守ってきたのはそこに居るシノブさん達じゃないか!!! 」
「急に姿を見せて自分が女王だと!? 」
「あー……こういう時にアルベの設定がないと不便だね 」
(アルベ? 設定!? )
ゲシュペンストの耳でしか聞こえないような小さな声。
それは女王の口から聞こえた。
だが次の瞬間には、血色のない笑みが俺たちを見下ろしていた。
「では、証拠をお見せしよう 」
一歩、女王は空中に踏み出した。
けれどその足は落ちることなく、階段を上るように、体は上に向かっていく。
「『正壊魔術』 」
その声とともに、空から落ちてきた小さな刀。
女王はそれを優しく握り、振り、何かが開かれる音とともに、空が割れた。
そして落ちてきた。
「人造信仰並列神体 」
巨大でおぞましい、白い骨の巨人が。
「さて……あらためまして自己紹介 」
指骨に包まれ、女王は王冠を被り直した。
「現天陸宇下 第1位 希望を堕ろす者 フィレ・フォルテンジエ。またの名を……ロジー王国、最初の女王 」
笑う女王はそのまま、俺たちを見下しながら口を開く。
演説が始まった。
「さて皆様に問おう。なぜ人類は幸せではないのだろうか? 誰もが幸せになれる方法を知っているのに、それが一向に実現しないのは何故なのか? 」
「……そんなの」
「それはね、邪魔なものが多いからさ 」
誰かの声を無視し、女王は胸を張り、
「けれど邪魔ものこそ、私たちは愛するべきなんだ 」
そう言いきった。
「例えばだ、君たちが憧れのマイホームを建て、好きな人とともに家庭を育むとしよう。それは幸せなことだ。しかし隣人がうるさいなら? それは君たちの幸せにとって障害となるだろう。ならば、隣人を殺すことが己の幸せなのか? ……否だ。殺しだけでは何も解決しない。むしろ裁かれる苦しみが、君たちの幸せを蝕むだろう 」
(こいつは…… )
「殺しはいけない、これを正当化する理由はあっていいハズがない。ならばどうするか? 」
女王は小さな腕を組み合わせ、おもむろに重ねられた手を見せてきた。
「手を取り合おう、そして口で和解しよう。私たちは人なんだ。低俗な獣とは違い、知能が、心が、言葉がある。今の世の中は混沌としている。魔法の柱であったヘレダントは崩れ、憎きケルパー王国は滅びた。だからこそ、一から作り直そうじゃないか。原初の時代、旧人類がそうしたように。道具を持ち、話し合い、分かち合い、幸せな世界を作るために、努力しよう。それこそ、私たち人にできる事だ 」
会場は静まり返っていた。
誰もが天を見上げ、静かな眼差しを女王に捧げている。
俺もきっと、そんな目をしている。
「そして私は、ロジー王国の女王として……ここに宣言しよう 」
骨の腕から生えた、一本の杖。
それを女王は握り、地面へと叩きつけた。
「私は人類の平和の一歩として 」
そうだ。
多くは望まない。
ただ今より少しだけでも良くして欲しいんだ。
それくらい甘い夢に、縋らせてほし
「ゲシュペンストの駆除を! ここに誓う!! 」
「…………はっ? 」
(何を言ってるんだ? なんでその話から……こうなったんだ?? )
「彼らは産まれたことが間違いな生物だ。けれどそれを産んだのは人だ。でも、それは過去の人たちが発明したからだ。その責任を君たちに負わせるつもりは無い 」
「あぁ……女王様 」
「っ!? 」
責任を問わないという甘い言葉に、ある男は膝を付いた。
そして祈るように手を合わせた。
「過去の過ちは過去のものだ。今生きている君たちが背負うものでも無い 」
「なんと心優しい…… 」
(なんだ……こいつらは? )
次々と手を合わせ、膝をつく人間たち。
それは余りにも気味が悪く、気色悪い。
「だからこそ、私が手を下そう。今まで動かなかった罰として、これから世界を幸福にする示しとして 」
「ちょっと待て!!!!! 」
ザワつく胸から溢れた言葉。
それが喉を張り裂くような声となった。
女王は俺を見る。
俺は女王を睨む。
「何かな? 」
「じゃあゲシュペンストはどうなるんだ!!? お前らが勝手に産んだ俺たちを!! 間違いだから殺すとでも言うのか!!! 」
「うん、そうだよ。だって私たちは人間の話をしてるんだ……よくあるだろう? 人の幸せのために、森を焼く。これくらい普通だよ 」
「そんな……俺たちをなんだと」
「じゃあ、周りに意見を聞いてみよう 」
指を刺された俺の隣。
そこには何を言っているんだと言いたげな人間が、眉間にシワを寄せていた。
こいつだけじゃない。
その隣も、その後ろも、人間はみんな同じ顔をしている。
ゲシュペンストは、人では無いと。
「正しさはね、いつだって多数決で決まる 」
「っ!? 」
気がついた。
空に、雲を掻き分けるように、一本の白杖が佇んでいることを。
「君たちは必要ない。それが、今の正しささ 」
女王の立てた指を堕ろす。
それと共に白杖は落ち、分裂し、
「『人外十罰 」
一瞬でゲシュペンストたちの頭を貫いた。
「っ!! 」
俺にも落ちて。
回避。
できない速すぎる。
魔術。
不完全を付け加え、頭を貫かれる前に杖を砕く。
だが、
「はっ? 」
いつの間にか、両腕を十字架に貫かれていた。
そして空中に引っ張られ、目の前には、空のように巨大な、斧があった。
「さぁ、人ならざるものに慈悲を 」
「「「「人ならざるものに慈悲を!!! 」」」」」
死が頭によぎった瞬間、どうしようもない悔しさが、身体中を駆けた。
口が動いた。
「ふざけんじゃねぇ!!! 俺が死んだらどうする!? ゲシュペンストを思って死んだあの人は!!! お前ら幸せになるなら!! 平和のために死んだ人はどうなる!? なんでお前らみたいなヤツらが生き残って……あの人は死ななきゃ行けなかったんだよ!!!!! 」
「慈悲を 」
その言葉とともに、慈悲無き斧が振るわ
『骸誕魔術 』
誰かが空中に。
その右手の刀が、空のような斧を叩き砕いた。
「……はっ? 」
鼻が曲がるような煙の臭い。
顔を見なくても誰か分かる。
「なんでお前が…… 」
俺を守るように、タバコを吹かすシノブが空中に立っていた。
「さぁ、逃げるよ 」
その刀は一瞬で十字架を砕き、その腕は俺を抱きあげた。
「じゃあ女王様、溜まった有休を消費させて貰いますね〜 」
「逃がすと思うのかな? 」
女王を守る巨人が立ち塞がる。
なのにシノブはヘラヘラ笑った。
「逃がすしかないでしょ。今私と戦ったら、めんどくさいストーカーが来るでしょうし 」
「……っ 」
「まぁ大丈夫ですよ。明日には戻ります……では 」
シノブはそっとお辞儀をした。
瞬間、空気が爆ぜる音とともに、脳が揺れるほどの圧が体を襲った。
「っ!!? 」
地面に投げ出された。
顔をあげれば、そこは平原だった。
隣には冷や汗ダラダラのシノブが居る。
「いや〜……死ぬかと思った……ねぇ見た!? あの女王の顔!! おっかないよね〜 」
「なんで……助けた? 」
「……… 」
「なぁ……答えろよ!! お前に得なんて無いだろ!! なのになんで助けた!!? 」
シノブは何も言わない。
それが不気味で不理解で、気色悪かった。
「おい、聞いて 」
胸ぐらを掴む。
そしてやっと気がついた。
その青い瞳から、涙が流れている事に。
「あぁ気にしないで。理由と言っても、本当に気まぐれだから 」
涙をサッと拭い、シノブは地面に座り込んだ。
「それで助けた理由だっけ? それは本当に分からないんだ……女王がアレだけの殺戮をすれば、ゲシュペンストとの和解なんて不可能だし、向こうも納得しない。だから戦うしかないのに……体が勝手に動いたんだ。意味が分からないよね 」
「……俺の方が意味わかんねぇよ 」
「だよね〜 」
ケラケラ笑いながら、シノブは葉筒に火をつける。
しばらくの間、無音がひびく。
何もすることが無いから、無駄に青い空を見上げる。
「なぁ、明日の戦争……お前も参加するのか? 」
「もちろん。ヤマトくんに対抗できるのは、女王か私くらいだからね〜 」
「殺すのか? 」
「うん。彼は国を滅ぼす大悪党だからね 」
嫌に涼しい風が吹き、シノブの髪がふわりと浮き上がる。
「……俺を助けたのにか? 」
「……時には、殺すっていう選択が救いになったりするよ 」
それは分かっている。
嫌というほど自覚している。
でも、
「お前はヤマトさんの……何を知ってるんだ? 」
それが救いだと認めたくなかった。
「知ってるよ。君よりはずっとずっと……彼が産まれた時からの付き合いだしね 」
「そうなのか…… 」
また無音が続く。
けれどそれは、シノブの言葉によって破られた。
「ねぇ。つまらない話だけど聞いてくれるかい? ヤマトくんの……産まれた事が、生き延びてしまった事が間違いな、バケモノの人生を 」
「なんで俺に言うんだよ 」
「君がヤマトくんのお友達だからさ。だからこそ、彼を理解して欲しい。そして一緒に、彼を殺して欲しい。もうあの子は……手遅れなんだよ 」
そう言って、シノブは語り始めた。
産まれながらにバケモノであったのに……人のように生きたいと。バケモノのように死にたいと。
そう願った、人のようなゲシュペンストの話を。




