貼り付けられたページ
「ん? 」
目が覚めた。
地面や空を花が覆う、とても幻想的で、不気味な世界で。
「やぁハルト、お目覚めかな? 」
「……エリカ? 」
淀んだ海のような瞳が、私の顔を覗き込んだ。
その目は今にも泣きそうなほど潤んでいて、震える唇は涙を堪えるように噛まれている。
「そう、私だよ。ほんとに……久しぶりだね 」
そっと抱きしめられた。
優しく、私を包み込むように。
「……そうだね、久しぶり 」
今思えば、エリカとあったのはあの時が……ケルパー王国を滅ぼす前日で最後だった。
「ねぇエリカ、今までなにをしてたの? 」
「色々だよ。君たちを守るために 」
「そっか……また助けられてたんだ 」
そっとエリカを抱きしめ返す。
ギュッと、どこかに消えてしまわないように。
「あっ、というかアルベとユカリは何処? 少し前まで居なかったっけ? 」
「ユカリは休んでる。アルベのことは気にしなくていいよ……今は動けないと思うから 」
「そうなんだ。頭潰れてたからよく覚えてなかった 」
ケラケラ笑ってみるけど、エリカはずっと暗い顔をしたまま何も言わない。
「どうしたの? なんで泣いてるの? 」
「なんでもないさ……ほんとに……なんでも。それよりハルト、少し散歩をしないかい? 」
「どうして? 」
「もうすぐこの物語が終わるからさ、君と……思い出作りをしたいんだ 」
地面に咲く桜を踏みながら、景色の変わらない世界を散歩する。
歩幅を合わせて、たった二人で、手を繋いで。
「あっそうそう。お礼がまだだったね 」
「……何がだい? 」
首をグイッと曲げて、エリカはとぼけたフリをする。
でも分かってる。
それが優しい嘘だってことは。
「私ね。アルベから襲われる前に、ユカリと一緒に故郷に行ったの 」
「……… 」
エリカの足が、ふいに止まる。
「そこには何も無かった。自分が住んでたはずの家も、お母さんの墓も、家族の痕跡も 」
「それは」
「ぜんぶアルベの作り物だったんだね。私が……ヘレダントに来るよう仕向けるための 」
どうでもいい事なのに、涙が溢れてきた。
でもエリカを心配させたくないから、一生懸命笑ってみる。
「私の人生には何も無かったの。ぜんぶ誰かが用意した道を、ずっとずっと……進んでるだけだった 」
思い返してみても、私には何も無かった。
世界の常識も、誰かを思いやる心も、守りたいという思いも。
過去を思えば、何かをしようとすれば、いつも眠たくて、夢の中。
今思えば、そうなるようアルベに設定されていたんだと思う。
「だからあの時、ヘレダントでゲームが始まってすぐ……あんな嘘をついてくれてたんだよね? 寄生魔術なんて無いのに、故郷なんて無いのに、家族なんて、生きる意味なんて存在しないのに、それっぽく……辻褄が合うように話を合わせてくれたんでしょ? 」
エリカは下を向いて何も言わない。
その沈黙が逆に、この話が正しいと示してくれる。
だから、
「ありがとう。エリカのおかげで、今日まで空っぽになる事はなかった 」
精一杯のお礼を込めて頭を下げる。
すると私の手を握る力が、強くなった。
「どうしてそんな……悲しいことが言えるんだい? 」
「悲しいの? これが? 」
「あぁ悲しいよ。だってこんなの……生きる意味が無いって言ってるようなものじゃないか 」
「……うん、そうだよ 」
ふふっと笑ってみると、エリカの瞳からポロリ……ひときわ大きな雫が落ちた。
でも慰める方法が分からないから、とりあえず話を進めてみる。
「帰りを待つ人も、頑張る理由も、死にたくない理由も無いから。別に物語が終わっても、自分が消えても、なにも感じないと思う。あっ、でも……エリカたちが消えると、少し悲しいかも 」
「それは……ちが……君は………………ごめん 」
エリカは何か言いたそうにしていたけど、最後は暗い顔を、今にも死にそうな顔をして謝った。
「大丈夫だよ。私は納得してるから、それが自分だって分かってるから 」
手を握り返して、ニッコリ笑う。
もう私の涙は止まったけど、エリカはずっと泣いている。
とりあえずその頬を舐めてみた。
しょっぱい、温もりの味がする。
「……ねぇ。どうしてエリカは、私をそんなに思ってくれるの? 」
小さな体を抱きしめて、そう聞いてみる。
何か理由がないと、私のためにこんなに泣くなんて有り得ないから。
「君に……恋したからだよ 」
「恋? いつから? 」
「最初さ。ずっとずっと最初……君が馬車に乗っていた時に 」
「……? 」
よく分からなくて首をひねる。
するとエリカは顔をあげた。
まだ涙が落ちているけど、その目はさっきとは違う。
どこか脆そうで、とても強そうな、覚悟に満ちた目。
それがじっと私を見つめている。
「お願いあるんだ。今からする話を、ずっと覚えていて欲しい 」
「……? いいよ。それでなんの話をするの? 」
「ただの……哀れなモブの、初恋話さ 」
ガタンガタン。
ふと気がつくと、私たちは馬車の中に居た。
隣にはエリカが。
足元には縛られてるゲシュペンストが。
目の前には眠っている、かつての自分が居た。
「これが私さ。地面に縛られている、力のない人形 」
「この人が? 」
怯えてるゲシュペンストに手を伸ばす。
でも触ることが出来なかった。
冷や汗をかく大人が、その子を馬車の外へと放り投げたから。
「あっ 」
女の子は容赦なく、獣に踏み潰された。
「あれが私。最初に死ぬことが確定してる、ただのモブ 」
辺りを渦巻く闇がつつむ。
するとまた、馬車の中に居た。
「この世界は繰り返している。アルベの都合が悪い終わり方をすれば、ここからやり直しさ 」
また女の子は馬車の外に投げられ、そして潰された。
「君だけだった。ゲシュペンストである私が放り出されて、嫌な顔をしていたのは 」
女の子はまた踏み潰された。
「気になった。どうしてと思った。その気持ちを理解しようとした。興味が出た。知りたくなった。そして踏み潰される直前に気がついた……あぁこれは、恋なんだって 」
踏み潰された。
「最初で最期の恋を、私は何度も繰り返した 」
踏み潰され……
「けれどある日ね、死ぬしか芸のない私は救われたんだ 」
闇に包まれ、景色が変わる。
今度はどこかの暗い部屋に居た。
白衣を着た男の人が、吐きながら地面を引っ掻いている。
その前にはカプセルが……その中には、エリカが居た。
「エリカ……ケルパー王国のゲシュペンストであり、私の命の恩人。そして物語の都合上、ずっと眠ったままでいるシナリオの奴隷だった 」
まだ吐いている科学者の背に、隣にいるエリカはそっと手を伸ばした。
「彼女の遺産はね、『宵のへその緒』と言って……まぁ簡単に言えば、死者と交流が取れるんだ。だから繋がれた……何度も、物語が繰り返される度に死ぬ私と 」
今度は闇の中で、エリカと黒い泥のような何かが、楽しそうに話しているのが見える。
「私と違って、彼女は色々と設定されてたんだ。アルベが、作者が忘れた、伏線がたんまり詰まってた。だから色々と教えてもらったさ 」
泥と話すエリカが笑った。
隣にいるエリカも、懐かしそうに笑っていた。
「言葉、世界の常識、ゲシュペンスト。自分の前で泣き続ける科学者、恋、魔術の使い方。世界の成り立ち、勇者と覇王……作者から玩具にされている、君のことを 」
景色が変わる。
そこにはまた、吐きながら地面を引っ掻く科学者が居た。
「彼女はね、私の思いに協力してくれた 」
カプセルの隣にあった平坦な心電図が、ぴくりと、小さな鼓動を示した。
「死に続ける自分よりも、生きようとする私を想ってくれた 」
カプセルが、勝手に開く。
「私に、体をくれた 」
ヌルッとした液に身を包むエリカは、そっと科学者を抱きしめた。
『なんで……死んでたはずなのに…… 』
『ありがとう、ヒカゲ……私たちを救ってくれて 』
「ここからはずっと、君を助けるために行動した 」
景色が変わる。
学園の廊下に。
『あっ、どうし』
『お前ら! 人間なんかに!!』
そこでは自分が、ゲシュペンストの男に殴り殺されていた。
『あははっ、オイシイ……オイシイ……なんで普通に……イキレナイ 』
景色が変わり、中庭のベンチで、ユウトに食べられている自分が居た。
『返せ……ハルトを 』
『何を言っているんだい? この子は私の道具だよ 』
試合の入場口の前で、鬼の形相をしているリュークと、にっこりと笑うアルベが居る。
その間に、頭の潰れた私も居た。
『お姉ちゃん……どこ……なんで死んだの……どこ…… 』
『うーん、精神が壊れちゃった。人の顔は覚えさせない方がいいね、それに過去の設定はちょっと甘いから、無かったことにしよう 』
ヘレダントの広場で、アルベが私の頭をそっと抱きしめ、潰していた。
『ヤマト……ユウト……フザケルナ……ココハ……ゴミダメダ 』
人の手足に包まれた異形が、ヤマトとユウト、私の生首をもって、どこかに進んでいた。
『あぁ……やっと会えたな……ハルト 』
寮の中で、リュークと私が居た。
『誰? 』
『誰? あぁお前はまだ』
リュークが私の頭を握りつぶした。
死んだ。
潰された。
殺された。
自分が死ぬ景色が、ずっと流れている。
「まるでサイコロのように、出た目が悪いからやり直す。それが何度も繰り返された。そんなの……許せなかったんだ。だから…… 」
『やぁやぁそこのイケメンくん、腕が治って良かったね 』
「シナリオを、少しずつズラした 」
学校の廊下で、私とエリカが話していた。
それは記憶にある、入学初日の出来事だった。
『……行き先変更だ。今から反人間軍を壊滅させに行く 』
今度はワミヤとヤマトが話してるところに、景色が移る。
「ヤマトを地下室に誘導させ」
『……じゃあな 』
「歪が成長し切る前に、ヤマトにヒカゲを殺させた 」
移った景色には、トドメを刺されるヒカゲが見えた。
私の隣に居るエリカは、今にも死にそうな青い顔をしている。
『やぁ、アキラ。ちょっと協力してくれないかな? 』
『エリカか……俺へのメリットは? 』
次は暗い一室で、アキラという女の人とエリカが話している。
『魔術の厳選くらいはするさ。代わりに、この日にヘレダントへ侵攻して欲しい 』
『なぜ? 』
『君と同じだよ……自分じゃない誰かに、幸せになって欲しいから 』
「アキラと手を組んで、シナリオにない戦争を起こさせた。ユウトたちが自由に動ける時間を作りたかったから 」
次は灰に埋もれるケルパー王国の跡地で、リュークとエリカが立っているのが見える。
『やぁリューク。この灰になった国に、何か思うところでもあるのかな? 』
『黙れ……コロスぞ…… 』
『そればっかりだね……クソ野郎が 』
いつの間にかあった本をエリカは開き、リュークはポケットから手を抜いた。
「リュークが君を追わないように時間稼ぎしつつ」
今度はユカリたちが闇の中で戦うのが見え、アルベの背後から、闇を砕いたリュークが現れた。
『よぉ!!! やっと見つけたぜ!! アルベ!!! 』
「リュークを乱入させて、どさくさで君たちを回収した 」
その光景には、頭の割れた私を抱きしめるエリカが、しっかりと映っていた。
闇が晴れる。
辺りはもと居た花畑に戻っていて、いつの間にかエリカは、私から数歩離れた先にいた。
「私がしたことは、アルベとまったく同じようなものさ 」
エリカは振り返らない。
「他人の人生をめちゃくちゃにした、とんだクズ野郎だよ 」
握り込められた拳からは、血が垂れた。
「ヤマトを殺させないために、ヒカゲを殺した。アルベに見つかりたくないから、ライガを見殺しにした。君の為という理由を免罪符に、自分を正当化しようとした 」
エリカは……やっと振り返った。
大粒の涙がポロポロ……とめどなく溢れているのに、その顔はとても優しく、笑っている。
「私は殺されても仕方がない奴さ。クズだ、ゴミだ、生きる価値なんてなかいモブさ。でも……これだけの事をやれたんだ 」
ガクンと、頭の中に眠気が落ちてきた。
「こんな奴隷でも! クズでも!! アルベと同罪でも!!! 私は誰かのために生きれたんだ!!!! …………だからお願いだ、生きていて欲しい。生きる意味が無いだなんて、死ぬまでは分からないんだから 」
眠たくて、意識が落ちる。
足が重たくて、膝をついてしまう。
でも頑張って……ズルズル足を引きずって、エリカに近づく。
「君は正しく生きられるよ。私よりかは……こんな奴よりは、絶対にね 」
頑張って、頑張って、エリカの元にたどり着く。
その体は逃げようとするけど、無理やり体を掴んで、今にも消えそうな笑みを、めいいっぱい全力で、抱きしめる。
絶対に……離さないように。
「ありがとう……私のために……何もない私のために……頑張ってくれて 」
「ダメだ……ダメだダメだダメだ!!! 」
手を振り払われる。
エリカは目を腫らして、自分の左胸を潰すように握りしめた。
「私はクズなんだ!! 誰かを見殺しにしたクズ!!! そんな奴に、ありがとうだなんっ」
うるさかったから、その口を唇で塞いだ。
それでもエリカが逃げようとしたから、グッと体を抱き寄せて、舌を入れる。
思ったより、唾液は美味しくない。
でも抜くときに垂れた透明な糸を見ると……なんだかやっと、エリカと繋がれた気がした。
「知らないもん、そんなこと。私にしたら……命の恩人だから 」
湿った唇を触って、ぼうっとしてるエリカ。
その肩に手を回して、また……抱きしめる。
「誰を殺したとか、どうでもいいよ。クズとか奴隷とか、どうでもいいよ。だって私たち……普通じゃないんだから 」
「っ…… 」
「だからもう一度言わせて…… 」
髪を触って、頬に手を当てて、顔を見合わせる。
紫色の前髪をかき分けて、少しでも私が……ちゃんと見えるようにして、
「ありがとうエリカ。そして忘れないよ……何もない私にしてくれたこと、何もない私と一緒に居てくれたこと、何もない私を守ってくれたこと。忘れない……忘れないから、ほんとに…………ありがとう 」
一生懸命、お礼を言った。
でもそれが限界で、体が前に倒れ
「うん 」
グッと、体を強く抱きしめられた。
「どういたしまして、ハルト。そしてありがとう……大事で幸せな……思い出をくれて 」
意識が……トロって……落ちて……沈んで…………もう……………………立てない。
「じゃあね、ハルト。次目を覚ました時には……もうぜんぶ終わってるだろうから 」
ボヤけて……意識が……バラバラ…………おでこに…………チュッて………………音がなった。
ーーー
「いいのか? 」
後ろから、ヤマトがやってきた。
「うん、大丈夫さ 」
眠らせたハルトを、そっと地面に寝せる。
優しく、傷なんて一つも付かないように。
「空気を読んでくれてありがとう、ヤマト 」
「気にすんな。それより、本当に俺で良かったのか? 」
「うん……むしろ君以外の適任は居ないさ 」
ハルトの頭をもう一度撫でて、ヤマトと一緒にお花畑を進む。
「なぁエリカ 」
そんな中で、声をかけられた。
「なんだいヤマト? 」
「俺たち……本当にこの道しか無かったのか? あっわりぃ、別に皮肉じゃ」
「分からないさ。私には……いや、誰にも 」
申し訳なさそうなヤマトを追い越し、意味もなく空を見上げてみる。
「でも、アルベが生きてる限り。この物語がある以上、私たちは自由になんて生きられない 」
「……あぁ 」
「だから壊そう? 私たちで。もう不自由には飽き飽きだろう? 」
「……そうだな 」
無心で、花の大地を踏みしめて、ただ進む。
すると横になって休んでいるユカリが見えた。
その体の所々には闇が蠢き、ゆっくりとそれが増えている。
「やぁユカリ……戦えそうかい? 」
「まぁ……足でまといだろうけど、少しなら 」
「そうかい 」
目を閉じ、手元に砂時計を生みだす。
上の砂はあとわずか。
もう時間はない。
「この砂時計が落ちれば、ハルトの人格は完全に消滅する。だからその前に、アルベを討つ 」
ヤマトを見る。
「自由のために 」
ユカリを見る。
「恩人と約束のために 」
砂時計に写る、自分を見る。
「腐った世界で実った、恋のために 」
目の前に白い扉を生みだし、金色のドアノブを掴む。
瞬間、その腕をヤマトが掴んできた。
「……ほんとに良いのか? ハルトにもお前が」
「大丈夫さ 」
手を退け、不安そうなヤマトへ精一杯の笑みを向けた。
「だってこの物語は、自分の幸せを、誰かに押し付ける物だから。私もそれに従うだけだよ 」
もう迷いも後悔もないから、ゆっくりとドアノブを捻り、
「行ってくるよ、ハルト 」
最愛の、最後に実った恋に別れを告げてから、扉を開けた。
さぁ……作者殺しの時間だ。




