ちょうどいい暇つぶしだね
「が……あっ…… 」
「わ〜、もうすぐだね 」
叩きつけられたハルトの頭からは、ドロドロどろどろ、濁った白い液体が流れていた。
これが完全な白になれば、彼女の人格は完全に消える。
そしたら私の、私だけの可愛い傀儡の完成だ。
「じゃあ帰ろう? もう二度と、私から離れたらいけないよ 」
痙攣するハルトの頭。
それをつかまえ、
「……ん? 」
ビチャリ、伸ばした右腕が腐り落ちた。
「はぁ……痛いじゃん、ユカリ 」
「うるさいよ、アルベ 」
耳障りなほど優しい声は、後ろから聞こえた。
そこには闇よりも深い影を纏う女の子が、痙攣するハルトを守るように抱いていた。
背は同じくらい。
顔は影でよく見えないけど、その隙間から見える青い目は、昔のままだ。
「なんで邪魔するの? その子は私の娘で、私が造ったんだから好きにしても問題ないよね? 」
「……たしかに、この子はお前の娘だよ。でも 」
私の道具の頭を、ユカリはそっと撫でた。
「約束があるの。もう居ない、死んだ勇者との約束が 」
どこからか、赤子の鳴き声が聞こえる。
それがだんだんと近付き、闇からそれは現れた。
「「「「…………… 」」」」
よちよちと近付いて来たのは赤子だった。
口は縫い付けられ、背に生えた黒い翼は、有刺鉄線で巻かれている。
羽ばたくことも、泣くこともできない。
何かに縛られたような赤子たちが、闇から次々と産まれていく。
「だからお前を……倒す。今、ここで 」
「勝てないよキミじゃ。作者である私にはね 」
腐り落ちた腕を治してにっこり笑う。
すると目の前には、
「夢恐魔術 」
「あっ、やっちゃった 」
口の裂けた赤子たちが見えた。
「親砕き 」
子供から発せられる鳴き声。
それは私の鼓膜と脳、眼球を砕いた。
(えーっと、これなんだっけ? )
「流れ子 」
背中にピンクの紐が繋がり、体が上へと引っ張られた。
何かにぶつかる。
それは赤黒い肉の壁だった。
「わだじの……子ぉぉぉぉ!!! 」
(あー……たしか )
肉が蠢き、手足と腹を捉えられる。
そして、
「針子 」
太く歪んだ針金のようなものが、私の腹を貫いた。
私を縛る肉が溶ける。
私も落ちる。
体が動かない。
受け身も取れない。
死にすらも受け身な、胎児のように。
「落とし子 」
ゴンッ……頭が割れて、私は死んだ。
「あっ、思い出した 」
「っ!? 」
死んだ体で起き上がる。
散らばった脳みそのせいで足が滑りそうで、ユカリよりも転んじゃう方が怖い。
「死なないのは分かってたけど……ダメージまでないとはね 」
「うーん? だってさ 」
困惑するユカリに、必死そうに頑張るその顔に、そっと笑いかける。
「作者を殺せる登場人物が、何処にいるの? 」
そう言うと、ユカリは嫌そうに目を細めた。
そんな事をしてるうちに、散らばった脳も内蔵も。
私の中にズルズル戻ってくれる。
「えーっと、たしか『設定表 六ページ』だっけ? 」
指を鳴らせば、空中に紙が現れる。
「あー……うん、これだ。『夢恐魔術』。人類が感じた恐怖を増幅させ具現する異能 」
「っ!? 」
地面、空中、全方位から白い腕が迫る。
それをバク宙で、空中を滑り、空を蹴って、躱し、避け、設定資料を読み進める。
「夜、異形、喪失。様々な恐怖を具現できるが、彼女は特に親と子の恐怖を操る 」
空から闇の柱が降ってくる。
でも瞬間移動でそれも簡単に躱せてしまう。
「泣き止まない子を手にかける恐怖、子が生まれない恐怖、抱く子をうっかり落としてしまう恐怖。中絶させる恐怖、生まれを望まれない恐怖、ちゃんと生み落とされない恐怖。その中へと相手を閉じ込め、増幅した恐怖によって敵を殺す……うん。思い出したよ、この魔術の対処法 」
指を弾く。
辺りの腕はチリとなり、私の指先には炎がともされる。
「恐怖を乗り越える感情は存在する。でも……恐怖を焼く炎は存在しない 」
「やめ」
「『無有魔術』 失恐帝 」
私の魔術で生み出された、この世に存在しない炎。
それは空間を焼き、赤子の断末魔を焼き、肉の壁も、無数の腕も、ぜんぶぜんぶメラメラと、灰になってゆく。
「夢恐魔術!! 」
「燃えたからと言っても、なくなる訳じゃない。増大した恐怖にはまだ、ストックがある 」
「生前葬!!! 」
白い箱に閉じ込められ、足の皮膚を炎の舌が舐めとっていく。
でも指を弾けば消える。
「じゃあどうするか? 恐怖の源を、全人類を、先に殺せばいい 」
「……ふざけるな 」
引きつったユカリの顔。
その瞳には、暗闇に浮かぶ無数の惑星が写っていた。
惑星の配置は綺麗な正方形。
それがサンドイッチのように重なり、赤く燃える惑星がその奥で輝いている。
「惑星レールガン……ってとこかな? 」
指を弾けば、星が落ちてくる。
惑星の重力によって加速されたそれは……もう目の前にある。
「夢恐魔術 」
けれどユカリは空に腕を伸ばす。
その顔を、ニッコリ笑いながら見守る。
「世無き 」
赤く燃える質量爆弾を、暗闇は一瞬で食い尽くした。
「おー……凄いね 」
「はぁ……はぁ…… 」
意外だった。
あの質量を恐怖で打ち消すなんて。
だから
「もう一回、行ってみようか 」
ニコッと笑って、指を弾く。
また惑星が降ってくる。
「ほら、消さないの? 」
ユカリは震える腕を、空に伸ばす。
その体には、もう闇はない。
蓄積していた恐怖を使い切ったからだと思う。
隠していた紫色の髪は闇に広がり、真っ白な裸体は簡単に折れそうなほど痩せている。
なのにユカリはしっかりとハルトを抱きしめ、中指だけを上に向けた。
「ねぇ大丈夫? 」
「負け惜しみなんていいからさ、可愛く泣きわめいて」
「こんな派手なことをしてたら……あの子が、じっとしてないよ? 」
「……あっ 」
忘れてた。
1位と2位がこれだけ戦えば、アイツが来ることを。
「よォ!!! 」
背後の闇が、誰かの蹴りによって砕けた。
「やっと見つけたぜ!! アルベ!!! 」
「はぁぁぁぁ……3位が来ちゃったよ 」
ギリリと放たれた拳は星を砕き、その目は重なる惑星すらも消し去った。
無炎魔術……これだけは忘れていない。
だってこの体を滅ぼせる、唯一の魔術だから。
(速いとこハルトを連れて逃げ……あれ? )
いつの間にか、ユカリもハルトの姿もなかった。
「うーん、さっさと逃」
「かすかよ!!! 」
指を弾くよりはやく、顔面を足の裏で踏み潰された。
すぐに再生。
でも頭を捕まれ、ねじ切られ、視界がボールのようにぐるぐる回る。
(殺すかぁ )
一秒で私の体はミンチになった。
たった一秒……でもこれを作るには充分だった。
「さようなら 」
ベッと出した舌の上。
そこにある小さな光は、銀河ごと世界を白に染める。
けれど
「こんなもんがよォ 」
「えぇ…… 」
白に染まった世界で、リュークは笑っていた。
「効く訳ねぇだろ!! 」
(うーん、マズったなぁ )
頭を潰されながら考える。
距離をとっても、距離を焼かれて殺される。
攻撃しても、ダメージを焼かれて殺される。
そもそも記憶とか能力とか焼かれ始めてるから、このままグダグダしてたら、私の夢が終わっちゃう。
「ねぇ。どうしてキミはハルトを欲しがるの? 」
動揺を誘おうとした。
でも口を引きちぎられた。
だから空に口を作る。
「彼女が何者にでも成れるから? それとも名前で? 」
拳に腹を貫かれ、後頭部は地面で擦りおろされる。
「あぁそっか……本物の勇者に成ろうとしてるんだ。哀れだね 」
「グダグダうるせぇよ 」
一瞬。
それだけで十発を叩き込まれ、身体中にぽっかりと穴が空いた。
「てめぇを殺す……それで充分だ!! 」
「じゃあ……どうしてリューク・リンネだなんて名乗ってるの? ハル」
「死ね 」
リュークの右手を包む、透明な炎。
それが地面に打ち込まれた瞬間、世界を黒の無が包んだ。
「うん。残念だったね 」
「っ!? 」
私が死んだ世界を指先で握りつぶし、それを無かったことにした。
「じゃあ、バイバイ 」
「しまっ」
動揺していたリュークの手に触れ、その体を転移させる。
どこか遠くの……何億光年もの先の宇宙へ。
無炎魔術は距離を焼けるけど、さすがに限度がある。
そう設定したから。
だから事が終わるまでは、ここまで帰って来れないだろうね。
「あー……疲れた 」
白いだけの空間で、横になる。
道具は逃がしちゃったけど、ユカリとリュークはほぼ無力化できた。
もうこの世に、私の敵になる者はいない。
「あと一時間で、すべてが終わる 」
詠唱魔術……ハルトの魔術は、一度でも使えば元の人格が消えていく。
私の都合通りになるように、そう作ったから。
だからもう少し。
いろいろ燃やされたから修復に時間がいるけど、あの子が産まれる数億年に比べれば、一時間なんてあっという間だ。
「さぁ終わらせよう。もう少しで、私だけのハッピーエンドだ 」
膝を抱いて、地面で横になる。
あの頃と、始まりと同じように。
「やっと私は……死ねるよ 」
ゲシュペンストだった頃を思いながら、夢に落ちた。




