第56節 白紙のカード
『リューク? どこに行くの? 』
『悪いな起こして。でもまだ寝てていいぞハルト……ちょっと、うるせぇ奴らを殺さなきゃいけねぇから 』
『そう……行ってらっしゃい。ちゃんと帰ってきてね 』
『あぁ、絶対帰ってくる。俺の大切な覇王……もう一人に、しないでくれ 』
「……んっ? 」
ノイズで目が覚めると、白い天井が見えた。
体を起こしても、白一色の何もない部屋と、ひときわ異質な黒い扉しか見えない。
「どこだろ? ここ 」
ベットから飛びおり、ギィっと軋む扉を押す。
するとそこには、布で顔を隠した死体たちが転がってた。
頭の潰れた物、眉間を貫かれた物、壁に叩き潰されて、体がでろーんと伸びた物。
そんな美味しそうな物の中から一つ……首を裂かれた遺体を選んで、その指先をそっと拾い上げ、
「……美味しい 」
噛みちぎった指はコリコリしてて、骨をバキバキ砕く度に指の旨みが、肉を噛む度に血の旨みが舌の上で踊ってくれる。
パキパキ、ボリボリ、モグモグしながら、口周りに付いた血を舐めてると、
「……あっ 」
声が聞こえた。
「行かなきゃ 」
すぐに動ける翼が欲しい。
そう願った瞬間、無数の腕で象られた黒い翼が背に生えた。
ゴウっと翼を扇ぐ。
それだけで体は浮き上がり、壁を突き破りながら声がした方に向かう。
※※※
「いや〜、失敗しましたねこれは 」
瓦礫の上から私を見下ろすのは、四つの鏡と紫髪の筋骨隆々な男。
まさか『20位』がヘレダント内に居るなんて、想像が着くわけない。
「で? その体でまだやんのか? 」
正直、勝てる見込みがない。
右眼は潰され、両足は欠損。
しかも左腕も反対に折れてしまってる。
(こういう時は……ヤマトさんの体が羨ましいですねぇ )
私は人だから、骨折なんてすぐには治らない。
失った足は再生しない。
でも私は、
「殺るに決まってるでしょう? だって私、まだ幸せになってないですもん 」
不幸なまま死ぬな、幸せになってから死ね。
そんなイカれてる優しい言葉を反芻しながら、前髪を血まみれの手でかきあげる。
「さぁ、第2ラウンドです 」
「なら死」
男の腕がこっちに向いた。
瞬殺、鏡の中の私がグチャりと、
「……えっ? 」
「あっ、ごめん 」
踏み潰れたのは、男だった。
しかもそれを潰したのは、中性的で男か女かも分からない、全裸の翼が生えた人間。
いやあれは……
「シグレ……なんだっけ? 」
「……ハルトさん? 」
その見覚えのある黒髪と紫色の瞳は、ハルトそのものだった。
けど……あの翼はまるで、
「居たぞ! シグレだ!! 」
「っ!? 新手…… 」
20位との戦いで満身創痍だって言うのに、また新たに敵がやってきた。
ざっと見ただけでも、その数は50を越えてる。
しかもヘレダント内で見たことがある、警備の人も、私に魔術を構えていた。
(魔術で防ぐ? いや、この足じゃどうせ逃げきれな)
「それはただ、幸せな日常 」
死を前にした刹那、耳に入ってきたのは『詠唱』だった。
「けれどそれは反転した。暗い暗い、雪の日に 」
「誰だアレは!? 」
「構うな殺せ!! 」
辺りからはいっせいに魔術が降りそそぐ。
が、すべて異質な翼によって弾かれ、殺意の雨の中を、ハルトはゆっくりと歩み始めた。
「手を伸ばした、届かなかった。救いたかった、救えなかった。俺は二度も、しくじった 」
(っ!? )
世界に、ノイズが走った。
それは段々とハルトに集まり、その声、髪、体格は段々と変わりゆく。
「雪の日、決断の日、婚約の日、鬱の日、殺戮の日、再開の日、偽善の日、憎しみの日、虚しみの日、すべてダメだった。でも……叶うのなら俺は…… 」
ボコボコと、肉が、骨が、薄い皮膚の下で暴れ回る。
「もう一度やり直して、二人を救いたい 」
世界がバグったような、ひときわ大きなノイズ。
それとともに、ハルトの顔が完全に変わっていた。
青白い髪、黒い瞳、それはまるで……
「ヒカゲ……ルミル? 」
私たちを囲む誰かが、その名を語った。
「やめろぉぉ!! 助けてくれぇぇぇ!!! 」
「許してください許してください許してください許してください」
「あー? あー? あぁああああ!!!!! 」
彼が現れて一秒、世界は変わった。
人の指で造られた数百の蝶が、人の歯で人を貪る光景。
首から伸びた瞳に見つめられ、謝罪しながら目を掻きむしる人。
コロコロと転がる足の指たちが、人の耳へと転がり、頭を破裂させる死体。
そんな地獄で、ヒカゲは長いため息を吐いた。
「……で? 今どういう状況だ? なんでお前が殺されかけてんだよ 」
「いや……はっ? あなたは……誰? 」
ありえない。
魔術で顔を変えたならまだ分かる。
でもこの魔術はヒカゲが使うもので……この態度もヒカゲのもので……意味がわからない。
「誰って、俺以外にどう見えんだよ? 」
「だって貴方は……死んだはずじゃ」
そこまで言うと、ヒカゲはシワを作りながら首をひねった。
「死んだってお前、俺は…………お前らと戦った後、どうなった? 」
(記憶が……ない? )
「っ!? 」
突然、ヒカゲは顔を押えてうずくまった。
「どうし」
無事な右腕を伸ばした瞬間、ヒカゲからビチャリと、なにかが落ちた。
それは顔だった。
「あれぇ? 俺は……僕は……私は……誰? 」
「ひっ 」
顔のない顔面からは、黒い液体が流れていた。
咄嗟に身を引いても、ドロドロ流れるそれは私の足にまで広がってくる。
こんなの、バケモノ以外の何ものでもない。
こいつと比べれば、ヤマトさんも、ゲシュペンストも、あのヒカゲですらも可愛く見える。
「あっ 」
なにかは突然、ドロドロの液体からなにかを拾い上げた。
(……指? )
四つの関節を持つ、白い指。
それを顔へと押し戻すと、なにかは顔をガンガン、地面にうち付け始めた。
「思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した。私は…… 」
泥が顔の中へと戻る。
その中から出てきたのは、ニンマリと笑うアイツの顔だった。
「ハルトだ…… 」
「あなたは……一体 」
足があるのなら、今すぐにでも逃げ出したい。
腕が無事なら、肩を抱いて震えたい。
それ程までに、ハルトというなにかが不気味でたまらない。
「……あっ、生きてたんだ。良かった〜、死んでたらどうしようかと思った 」
「ど……どうして……私を助けたんですか? 」
心底不気味だったけれど、そこが妙だった。
彼女が私を助ける理由なんて無
「私ね、ヒカゲみたいに成りたいの 」
「……はぁ? 」
あまりにもいきなり過ぎて、アホみたいな声が出た。
なのにハルトは私を見ずに、クルクルとその場で回り始める。
「ヒカゲみたいに、誰かを思いやりたい。ヤマトみたいに、誰かのために命をかけたい。ユウトみたいに、誰かと一緒に終わりたい。ライガみたいに、自分よりも他人を想いたい。だから助けたの……こうしたら、ヒカゲ達みたいに成れるかなって 」
「いやあの……だから何言って」
「だって私、真っ白だもん。だから色のある人間に成りた………… 」
「えっ? 」
とつぜんバタリと、ハルトは地面に倒れた。
しかもその顔は、今にも吐きそうなくらい青い。
「うぇぇぇ……目、回った……気持ち悪い…… 」
「いや、そんなに回ったら当然でしょう…… 」
「疲れたから寝るね、おやすみ 」
「は? だから意味が」
分からない。
そう言おうとした時にはもう、ハルトはスースーと寝息を立てていた。
(……はぁぁぁぁ???? )
痛みや困惑よりも、正直意味不明すぎて怒りが湧いてくる。
(急に現れたと思ったらヒカゲさんになって、人間殺してなんか言いながらクルクル回って、酔って疲れたから寝たとか、意味が分かりませんけど? ねぇ、意味が分かりませんけど!? )
右手を握りしめ、一旦コイツをぶん殴ろうとした瞬間、あの言葉が頭の中に響いた。
『だって私、真っ白だもん 』
ツーっと、頬に冷や汗が流れた。
(いや、そんなハズは)
否定したかった。
けれど否定を否定する材料たちが次つぎ思い浮かび、頭の中で点と点が繋がっていく。
(あのヒカゲは記憶を持ってた。魔術も……世界を創る魔術があるのなら……もしかして )
すべての二つ名には意味がある。
そしてハルトの名は……『すべてに成るもの』。
(死者に成り代わることが出来るの? ハルトの魔術は )
「……ヘヘッ 」
頭がその考えまでに行き着くと、変な笑い声が漏れた。
だって、絶望の中で希望を見つけられた気がしたから。
(この子を利用すれば、ツムギさんも……お姉ちゃんも…… )
死者を蘇らせれる。
それ程までに魅力的なものが、目の前にある。
そんな美味しい状況を、利用しない手はない。
(花語 スカビオサ )
無数に咲いた、極小の赤黒い花。
それはブツブツと増殖し、うねり、花弁の集合体で造られた、ウロコのような手となった。
これに触れたものは記憶を無くし、私の思い通りにできる。
(これで……みんなとまた )
家族と笑い合う光景を、ツムギさんとまたお茶会をする光景を。
大切な人が生きていたのなら、簡単に出来たはずの幸せを思い浮かべながら、そっと手を伸ば、
(……待って )
手が触れる寸前、脳裏にとある考えがチラついた。
(もし、ハルトがツムギさんに成ったのなら……元の人格はどこに行くの? )
考えたくなかった。
でも考えてしまった。
(あの言い草、ワイルドカード。そして)
『私は誰?』という言葉。
そこまで来れば、答えは自然と出ていた。
(誰かの代わりに成れば、ハルトとの人格は消える…… )
「そんなの……ふざけるな!!!! 」
ボロボロと涙が溢れ、折れた腕を地面に叩きつけてしまった。
痛い。
でも希望が絶望へと変わった喪失感の方が、よっぽど辛い。
(ふざけないでよ……)
誰かの犠牲で大切な人が蘇っても、それは自己満足でしかない。
むしろ大切な人が、優しいあの人たちが誰かの犠牲で生き返ったと知ったら、逆に不幸にしてしまう。
(ほんと……理不尽じゃないですか )
無視したかった。
自分の幸せのためだけに、あの人たちを生き返らせたい。
でも考えれば考えるほど、生き返ったあの人たちが笑っている姿が、想像できない。
「あぁああああ!!!! 」
花を枯らして、腕を叩きつける。
何度も何度も。
骨が飛び出た、血がでた、骨が砕けた。
でも悔しくて手が止まらない。
この身勝手になれない心が、憎くてたまらない。
「っ!? なんだこれは!!? アイツがやったのか!? 」
(また……追っ手 )
もう死にたかった。
やっと見つけたと思った希望が、使えないものだと知ったから。
死にたい。
頭を打ち付けて死にたい。
首を吊りたい、首を裂きたい、溺れたい、死にたい、終わりたい、死にたい死にたい。
(花語 スノードロップ 種混アジサイ )
でも死ねなかった。
「不幸なまま死ぬな不幸なまま死ぬな不幸なまま死ぬな不幸なまま死ぬな不幸なまま死ぬな」
誰かの首を花の腕で引きちぎり、誰かの頭を花の足で潰して、誰かの顔を花の歯で噛みちぎった。
「死ねないあれしかないあれしかない生きる意味……帰りたい 」
叶うのなら過去に、幸せだったあの頃に帰りたい。
「んぅ? 」
赤まみれの血まみれのドロドロな顔をあげる。
そしたら空は……星すら見えない夜だった。
「……おんがく? 」
どこからか聞こえる、音の抜けたオルゴール。
そしてぐちゃぐちゃな頭にひびく、赤ちゃんの鳴き声。
(頭……おもい )
急に気分が悪くなった。
頭をずっと抑えられてるみたいで、ゴロリと顔からなにかが落ちて……私の……目が……脳が……こぼれる。
『迎えに来たよ 』
なにかが落ちた。
影が……黒が……あぁ汲まないと……バケツが……なんでもいいから……こぼれたあたまを……
『ありがとね、私の娘を守ってくれて…………まだ生きてるよね? それなら良かった 』
さわられたさわられたさらわれた
これはなに? だれ? こぼれるおぼれる
『第2位 夢死胎 ユカリ・コロナリアだよ。ちょっと事情が変わってね、今は私の胎で休んでて 』
こわれたこわれたこわれたこわれたこわれたこわれた
『……そろそろ始めようか、アルべ、リューク……全面戦争を。ハルトを誰に成らせるかの……戦いを 』




