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いずれ覇王と成る君へ  作者: エマ
自浄自刃編
58/73

第5蟶ー繧翫◆縺 『始まりの勇者』



「やぁヤマト……大丈夫かい? 」


「エリカか……あぁ、俺()平気だ 」


 私が作った、大地や空を花が覆う世界。

 その中心に座り込むヤマトの隣には、静かに眠るヒカゲとライガが居た。


「……ここは本当に大丈夫なのか? 」


「大丈夫さ。ここならアルベの支配も届かない……だって世界が違うからねぇ 」


「そうか…… 」


 沈黙が続く。

 なにか声をかけようとしても、遺体を見つめるヤマトへの言葉なんて何も思いつかない。

 ただじっと、その背中を見つめるしか……


「そういや」


 ふいに、ヤマトはこちらに振り返った。


「ライガは……アルベに操られたからあぁなったんだよな? 」


「……うん。そうだね 」


「ならなんであの時、俺を『勇者』にさせようとした? 」


「それは…… 」


 急な質問に言葉が詰まる中、ヤマトは頼み込むように私の肩を手を置いた。


「……知ってるんだったら教えてくれ。操られてたにしても、あれがライガの遺言なんだ。理解くらいしてやりたい 」


 正直、彼にこれを言うのは得策じゃない。

 でも……私もライガの遺言を、無意味なもので終わらせて上げたくなかった。

 

「…………うん、なら長話に付き合ってもらうよ。私が知る勇者のすべてを……君に教えるよ 」


 花の海に座りこみ、二人の遺体の前で語りを始める。

 彼へ、彼女が残した遺言の意味を伝えるために。



※※※



「残念ながら……赤ちゃんの鼓動は聞こえません。死産です 」


「えっ…… 」


 聴診器を膨れた腹に当てながら、男は冷静に告げた。


 ここはかつてのケルパー王国。

 まだ作者(アルベ)が誕生する前の歴史。


「落ち着ける訳ないでしょうが、聞いてください。まずは赤ちゃんを……いや、リュークちゃんを体から取り出さなければいけません。ですので腐敗が進む前に今、決めてください……二度と子を宿せない体になるか、それとも死ぬ覚悟で、死体を産むか 」


 それは子を失った親に対しては、あまりにも残酷で、救いのない選択肢だった。

 けれど医者はそう言うしか無かった。

 

 もう助けられない命と助けられる命。

 どちらを取るかなんて、人を救う彼の中ではすでに決まっていたから。

 だが、


「……産ませてください。私はこの子の母として、ちゃんと産んであげたいんです 」


 赤髪の母親は、優しくも愚かな決断をした。

 生きている自らより、死者である子を優先するという、誰も幸せにならない結末を。


 医者にとっては、止めなければいけない決断だった。

 けれど彼は人として、母親の意志を尊重した。


「分かりました……では出産の準備を行います。どうか旦那様とお二人、いや三人で一緒に話し合ってください。気が変わればすぐに手術を致しますので 」


「はい…… 」


 歯切れの悪い言葉に、母親は力強く頷いた。

 そして未だ重い腹をさすり、死体を産む覚悟を胸に刻み付けていた。

 

 けれどこの選択が、すべてのバケモノを超える勇者(バケモノ)を産むことになるとは、まだ誰も知らなかった。


「あ゛あ゛あ゛ぁぁ!!!!! 」


「お母さん頑張ってください!!! 」


 出産は壮絶なものだった。

 唸り声のあまり喉が破れ、押さえつけられた手足は折れ、ベッドが血にまみれたとしても、赤子は産まれなかった。


「先生、もうこれは…… 」


 誰もが唸り声にも聞き慣れた中で、産婆だけが弱音を漏らした。

 医者は一瞬だけ迷ったが、


「……っ、切開を行う! 至急準備を!! 」


 母親を助けることを優先した。

 けれどその場に居た全員の足は、ただ一つの出来事で止まり、誰もが言葉を失った。


「あ……あぁ 」


 唸り声にも似た声。

 それとともに、赤子自らが穴をこじ開け、そこから這い出て来たのだ。


 医者も助手も動けなかったが、産婆だけは、その赤子を取り上げた。

 だがその異質さに、産婆すらも動けなくなった。


「心臓が…… 」


 その赤子は、心臓が止まっていた。

 呼吸すらしていない。

 にも関わらず、その青空を思わせる瞳だけは、キョロキョロと……確実に反応を示していた。


「あ……私の……赤ちゃん…… 」


 異質な存在ではあった。

 けれど母にとってそれは、息子でしかなかった。

 赤子は母の手に渡り、折れた腕は優しくそれを抱きしめた。


「産まれてきてくれて……ありがとう…… 」


 それが母親の、最期の言葉だった。





 あれから5年が経った。


 妻が死に、リュークの誕生を知った夫は、自らの命を絶った。

 『どうしてバケモノのために、彼女が死ななければならなかったんだ』と……悲痛な遺書を残して。

 そして異質な子供は、医者に素性を隠して引き取られた。

 

「どういう事なんだ? 」


 今日もリュークの検診をする医者は、首をひねっていた。


 リュークの血は黒く腐っている。

 呼吸は止まり、心臓も肺も機能していない。

 なのに筋肉は腐っておらず、知能も人並みにはあり、今日も元気に日向を走り回っている。


(こんなの……生きている方がおかしいじゃないか )


「……ん? 」


 突然、窓から射し込む光が、何かに遮られた。

 医者が外を見てみれば、そこにあった巨大な(まなこ)と、目が合った。


「っ!!? 」


 それはただの咆哮だった。

 だと言うのに病院は崩壊し、気絶した医者が気がついた頃には、瓦礫に潰された死体が辺りに転がっていた。

 そして空には、人を見下すように一匹のドラゴンが飛んでいた。


(何も聞こえな…… )


 鼓膜が破れ、意識は朦朧。

 けれど医者は、一人立ち尽くすリュークを見つけた瞬間、その体を自分で覆い隠した。


 医者としてでは無く、5年もの間リュークを育てた親として、彼を守ろうとした。


「えっ? 」


 だがその手をすり抜け、リュークは転がっている剣を手に取った。

 それはどこにでもある、護身用の短き剣であり、その刃先はドラゴンへと向けられていた。

 瞬間、その小さな体は、振り下ろされた巨大な尾に叩き潰された。


(じっとしてたから死んだ……じゃあ次は、右にズレよう )


 リュークはもう一度、父親の手をすり抜け、剣を手に取った。

 そして振り下ろされる尾を、右に歩いて躱す。

 けれど空から降ってきた炎によって、その体は一瞬のうちに墨となった。


(じゃあ次は)


 尾に飛び乗り、ドラゴンの巨大な背を這った。

 けれど腕力が足らず、振り落とされた体は、赤いシミとなって屋根に転がった。


(次は)


 背に刃を突き立てた。

 けれど斬り方が甘く、ドラゴンを絶命させられなかった。


(次は )


 死んだ。


(次は)


 焼かれた。


(次は)


 落ちた。


(……あぁ、こうすれば良かったんだ )


 幾億度と死んだリュークは、巨大なドラゴンの上に立っていた。

 その手にはどこにでもある剣が握られ、振り下ろした一撃は……ドラゴンの体を容易く両断した。


「誰か助けてくれ!! 子供が下敷きになってるんだ!!! 」


「助けてくれぇぇ! 腕が挟まれて」


「お母さん? かくれんぼ?? 」


 ドラゴンの死体に踏み潰された人々を無視し、リュークはただ、


「お父さん、平気? 」


 呆然とする父親に、そう呼びかけた。


 彼は生まれながらに、特別な力を持っていた。

 その名は『適応』……すべての攻撃に慣れ、すべての環境に順応するという、才能に似た何か。

 けれどそれには、莫大な時間がいるはずだった。


 心臓が止まった直後に焼かれれば、埋められれば、彼は適応できずに死んでいた。

 だが、彼の母はそれを拒んだ。


 自らの死よりも、死人である我が子を、大切に腹の中で育て続けた。

 その結果が、『死』に適応した勇者の誕生だった。


「なんと5歳の子供が、あのドラゴンを倒したらしいぞ!!! 」


 リュークの噂は瞬く間に広まり、それは無能な王にまで届いた。

 そしてリュークたちは王宮へと呼び出された。


「素晴らしい!! わずか5歳の子が、数千の兵士を持って倒すドラゴンを打ち倒したとは 」


 無能な王はそう高笑いし、無数の兵士たちに指示を出した。


「ではお前に使命をやろう……前線に向かえ。断れば分かっているだろう? 」


 構えられた数百の槍は、すべて父親に向いていた。

 リュークにとって兵士たちは、いつでも殺せる、虫に変わり無かった。

 けれど父親を、自らを育ててくれた医者を守りたい彼は、


「仰せのままに 」


 ただ王へと頭を垂れた。


「うぉぉぉ!! 俺らの勝利だァァァァ!!! 」


 切り落とされた数百の生首を掲げ、兵士たちは雄叫びを上げていた。

 彼らは敵国に攻め込み、勝利したのだ。


 前線に立っていたのは、わずか8歳の少年。

 その戦いでリュークは何千度と死んだが、その事実は誰も知らない。

 負けた過程は消え去り、勝ったという結果だけが、彼らの記憶に残っていたから。


 無敗の少年、必ず勝つ存在。

 そしていつしか、彼はこう呼ばれるようになった……『勇者』と。


 けれど


「……虚しい 」


 いつかの夜、リュークはそう嘆いてしまった。


 言われるがままに生き物を殺し、戦う度に死に続けることは、彼にとってはそう辛いことではなかった。

 彼の心は人間のものでは無かったから……けれど彼の心は、子供のままだった。

 

 戦の勝利も、上辺だけの賞賛も、すべてが虚しい。

 けれど彼は、戦うこと以外に自分(バケモノ)の価値を見いだせなかった。


 殺して、殺して、殺して、死んで、勝って、死んで、勝って死んで死んで死んで死んで勝って勝って勝って……皆の都合がいい、勇者が出来上がった。


 そして彼が産まれて16度目の春、事件は起こった。

 勇者と同じく、生まれながらに力を持ったもの……『渇望』の力を持った覇王……ハルトとの出会いが。

 

 血まみれの勇者は、幼き頃に感じた母親の温もりが欲しかった。

 冷たさに埋もれた覇王は、骸以外の温もりが欲しかった。


 そして彼らは殺し合い、その果てに愛し合い、お互いの欲求を満たし合い、混じり合い、幸せな日々を送った。

 だがある日、あのなにかが産まれた。


「なん……で? 」


 なにかと戦おうとした覇王の胸は、勇者の剣によって貫かれていた。


「……… 」


 何も言わず、倒れる覇王にキスをした彼は、その肉を涙ながらに喰らった。

 そして彼はすべてを知った。


「アルベ・ヴァニタス…… 」


 眠る覇王を抱え、リューク・リンネは空を睨んだ。

 いつからか自分たちを見下ろしていた、作者(アルベ)を殺すために。


 世界は何度も繰り返された。

 数億……数兆……もはや最初の物語など誰も覚えていない。


 その度に勇者は、一人で戦った。


 覇王を守るために、覇王がもう、苦しまなくていいように。

 そして彼は、人が産んだなにかを救い、世界の概念を変えた。


 もう二度と、自分が産まれないように。

 もう覇王と会えないとしても、彼女が傷つかない世界を残すために。


 勇者は自らを犠牲にした。


「これは呪いだ。その姿は永久にお前へと継承される、どんなに世界を作り直しても、お前が何度よみがえっても 」


 そして彼は……この世界のアルベ(作者)に、呪いをかけた。


※※※



「ここまでが私の知るすべてさ 」


「随分……聞いた話と違うな 」


 長い昔話しを語り終えると、ヤマトは不服そうに顔をしかめた。


「あのおとぎ話はアルベが捏造したものだからね。これが真実……というより、世界が繰り返される前の、一番初めの歴史さ 」


 そこまで言うと、ヤマトは黙り込んだ。

 なにかを思い悩むように、顎に手を当てて。


「一つ聞きたい。俺は……その勇者に成れるのか? 」


「ハッキリ言おう、成れる。でもそれは」


「言わなくてもいい……ライガの遺言だからな。俺は勇者には成らない 」


 正直、それを聞いて安心した。

 自分が勇者に、あの最強の存在に成れると知ったなら、ヤマトが強行する可能性があったから。

 でもそれは……私の杞憂だったみたいだ。


「じゃあ俺を戻してくれ。まだ戦わなきゃいけねぇ 」


「なっ!? ちょっと待ちなよ!! 」


 立ち上がるヤマトを慌てて止めるが、その泣き腫れた赤い瞳には、絶望しか映っていない。

 その目はまるで、死に向かおうとする、ヒカゲと同じようなものだった。


「なんだ? 」


「……キミはもう、戦わなくていいんじゃないのかい? 」


 でも……止めたかった。

 もう誰にも、あの道を歩んで欲しくないから。


「この世界はまだアルベのシナリオ通りなんだ! 今戻れば『天陸宇下』やワミヤと戦う羽目になる。いや……キミなら天陸宇下は倒せるかもしれないけど、ワミヤとはもう……下手したらユウトを殺さなきゃいけなくなるし…… 」


 必死に、がむしゃらに、ヤマトを説得しようとしても、その目は変わらない。


「っ……せめて私がアルベを殺すまで! 少しの間でいいから待っていてくれたまえ!! キミは十分苦しんだ!! その手で大切な友人を二人も殺したんだ!! だからもう……自分から地獄に行かないでおくれよ 」


 ヒカゲを殺させた私が言うのも、ライガを救えなかった私が言うのも、おかしいのは分かっている。

 でも……でも、絶対に幸せになれない世界へ身を投げるのは、あまりにも救いが無いじゃないか。


「……ずっと疑問だったんだけどよ。なんでお前、俺たちをそんなに気にかけるんだ? 」


「君たちに幸せになって欲しいからさ!! 」


 喉が裂けるほどの大声とともに、涙が溢れ出てきた。

 それでも頬をあげて、濡れた笑いをヤマトに向ける。


「いくら真っ当に生きようとしたって、欲求から、世界から、シナリオから否定されるキミ達に。傲慢なのは承知の上だけど……こんな世界でも、正しく生きようとするキミ達の助け舟になりたかったから……それだけの理由だよ 」


 本当に、それだけの理由。

 それが私の生きる意味になったんだ。


「……自分が幸せになろうとは思わないのか? 」


「あぁもちろんだとも!! 私はヒカゲ達を救えなかったんだ!! だから私だけが幸せになっていい訳が」


「俺も同じだ 」


「……あっ 」


 体の芯にまで響くような、重い声。

 それを聞いた瞬間、言葉が出なくなった。


「俺は誰かを殺して生きてきた。だから……死んだアイツらの分まで苦しまなきゃダメなんだ 」


 怒りのあまりか、ヤマトは花をグシャリと握りつぶした。


「俺は幸せになっていい生物じゃねぇ、だから戦う……死ぬまで、この世界を壊すまで。それが生き長らえちまったバケモノの責務だ 」


「……勝算はあるのかい? 」


「ある。100%じゃねぇがな 」


「でも…………分かったよ 」


 願望だった。

 もう死んで欲しくない、苦しんで欲しくない、そういうエゴだった。


 でも彼は自分で決めた。

 アルベに操られることも無く、自ら地獄を望む……ならもう、私が止められるハズなんて無かった。


「じゃあ行きたまえ……お節介かもだけど、いつでもここに戻れるようにしておく 」


「……ありがとう 」


 短い言葉とともに、現れた黒いシミの中にヤマトは沈んでいく。

 その止められない背中を……見つめることしかできない。

 ただ死んで欲しくないと、叶うなら……生き延びて欲しいと、その願いを押し殺しながら。


「あっ 」


 けれどヤマトは急に足を止めた。


「そういえば、お前は目的を果たしたのか? 」


「……うん、果たしたさ。そろそろ寝坊助くんが起きる頃だよ 」


「……そうか。なら良かった 」


 静かに微笑みながら、ヤマトはあの世界へと帰って行った。


 自分だけが取り残された世界。

 そこで眠る二人の頭を撫で、私もあの世界へと急ぐ。


 ずっと寝ていた、ずっと囚われていた彼女が、今日やっと自由になるのだから。






 

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