第5蟶ー繧翫◆縺 『始まりの勇者』
「やぁヤマト……大丈夫かい? 」
「エリカか……あぁ、俺は平気だ 」
私が作った、大地や空を花が覆う世界。
その中心に座り込むヤマトの隣には、静かに眠るヒカゲとライガが居た。
「……ここは本当に大丈夫なのか? 」
「大丈夫さ。ここならアルベの支配も届かない……だって世界が違うからねぇ 」
「そうか…… 」
沈黙が続く。
なにか声をかけようとしても、遺体を見つめるヤマトへの言葉なんて何も思いつかない。
ただじっと、その背中を見つめるしか……
「そういや」
ふいに、ヤマトはこちらに振り返った。
「ライガは……アルベに操られたからあぁなったんだよな? 」
「……うん。そうだね 」
「ならなんであの時、俺を『勇者』にさせようとした? 」
「それは…… 」
急な質問に言葉が詰まる中、ヤマトは頼み込むように私の肩を手を置いた。
「……知ってるんだったら教えてくれ。操られてたにしても、あれがライガの遺言なんだ。理解くらいしてやりたい 」
正直、彼にこれを言うのは得策じゃない。
でも……私もライガの遺言を、無意味なもので終わらせて上げたくなかった。
「…………うん、なら長話に付き合ってもらうよ。私が知る勇者のすべてを……君に教えるよ 」
花の海に座りこみ、二人の遺体の前で語りを始める。
彼へ、彼女が残した遺言の意味を伝えるために。
※※※
「残念ながら……赤ちゃんの鼓動は聞こえません。死産です 」
「えっ…… 」
聴診器を膨れた腹に当てながら、男は冷静に告げた。
ここはかつてのケルパー王国。
まだ作者が誕生する前の歴史。
「落ち着ける訳ないでしょうが、聞いてください。まずは赤ちゃんを……いや、リュークちゃんを体から取り出さなければいけません。ですので腐敗が進む前に今、決めてください……二度と子を宿せない体になるか、それとも死ぬ覚悟で、死体を産むか 」
それは子を失った親に対しては、あまりにも残酷で、救いのない選択肢だった。
けれど医者はそう言うしか無かった。
もう助けられない命と助けられる命。
どちらを取るかなんて、人を救う彼の中ではすでに決まっていたから。
だが、
「……産ませてください。私はこの子の母として、ちゃんと産んであげたいんです 」
赤髪の母親は、優しくも愚かな決断をした。
生きている自らより、死者である子を優先するという、誰も幸せにならない結末を。
医者にとっては、止めなければいけない決断だった。
けれど彼は人として、母親の意志を尊重した。
「分かりました……では出産の準備を行います。どうか旦那様とお二人、いや三人で一緒に話し合ってください。気が変わればすぐに手術を致しますので 」
「はい…… 」
歯切れの悪い言葉に、母親は力強く頷いた。
そして未だ重い腹をさすり、死体を産む覚悟を胸に刻み付けていた。
けれどこの選択が、すべてのバケモノを超える勇者を産むことになるとは、まだ誰も知らなかった。
「あ゛あ゛あ゛ぁぁ!!!!! 」
「お母さん頑張ってください!!! 」
出産は壮絶なものだった。
唸り声のあまり喉が破れ、押さえつけられた手足は折れ、ベッドが血にまみれたとしても、赤子は産まれなかった。
「先生、もうこれは…… 」
誰もが唸り声にも聞き慣れた中で、産婆だけが弱音を漏らした。
医者は一瞬だけ迷ったが、
「……っ、切開を行う! 至急準備を!! 」
母親を助けることを優先した。
けれどその場に居た全員の足は、ただ一つの出来事で止まり、誰もが言葉を失った。
「あ……あぁ 」
唸り声にも似た声。
それとともに、赤子自らが穴をこじ開け、そこから這い出て来たのだ。
医者も助手も動けなかったが、産婆だけは、その赤子を取り上げた。
だがその異質さに、産婆すらも動けなくなった。
「心臓が…… 」
その赤子は、心臓が止まっていた。
呼吸すらしていない。
にも関わらず、その青空を思わせる瞳だけは、キョロキョロと……確実に反応を示していた。
「あ……私の……赤ちゃん…… 」
異質な存在ではあった。
けれど母にとってそれは、息子でしかなかった。
赤子は母の手に渡り、折れた腕は優しくそれを抱きしめた。
「産まれてきてくれて……ありがとう…… 」
それが母親の、最期の言葉だった。
あれから5年が経った。
妻が死に、リュークの誕生を知った夫は、自らの命を絶った。
『どうしてバケモノのために、彼女が死ななければならなかったんだ』と……悲痛な遺書を残して。
そして異質な子供は、医者に素性を隠して引き取られた。
「どういう事なんだ? 」
今日もリュークの検診をする医者は、首をひねっていた。
リュークの血は黒く腐っている。
呼吸は止まり、心臓も肺も機能していない。
なのに筋肉は腐っておらず、知能も人並みにはあり、今日も元気に日向を走り回っている。
(こんなの……生きている方がおかしいじゃないか )
「……ん? 」
突然、窓から射し込む光が、何かに遮られた。
医者が外を見てみれば、そこにあった巨大な眼と、目が合った。
「っ!!? 」
それはただの咆哮だった。
だと言うのに病院は崩壊し、気絶した医者が気がついた頃には、瓦礫に潰された死体が辺りに転がっていた。
そして空には、人を見下すように一匹のドラゴンが飛んでいた。
(何も聞こえな…… )
鼓膜が破れ、意識は朦朧。
けれど医者は、一人立ち尽くすリュークを見つけた瞬間、その体を自分で覆い隠した。
医者としてでは無く、5年もの間リュークを育てた親として、彼を守ろうとした。
「えっ? 」
だがその手をすり抜け、リュークは転がっている剣を手に取った。
それはどこにでもある、護身用の短き剣であり、その刃先はドラゴンへと向けられていた。
瞬間、その小さな体は、振り下ろされた巨大な尾に叩き潰された。
(じっとしてたから死んだ……じゃあ次は、右にズレよう )
リュークはもう一度、父親の手をすり抜け、剣を手に取った。
そして振り下ろされる尾を、右に歩いて躱す。
けれど空から降ってきた炎によって、その体は一瞬のうちに墨となった。
(じゃあ次は)
尾に飛び乗り、ドラゴンの巨大な背を這った。
けれど腕力が足らず、振り落とされた体は、赤いシミとなって屋根に転がった。
(次は)
背に刃を突き立てた。
けれど斬り方が甘く、ドラゴンを絶命させられなかった。
(次は )
死んだ。
(次は)
焼かれた。
(次は)
落ちた。
(……あぁ、こうすれば良かったんだ )
幾億度と死んだリュークは、巨大なドラゴンの上に立っていた。
その手にはどこにでもある剣が握られ、振り下ろした一撃は……ドラゴンの体を容易く両断した。
「誰か助けてくれ!! 子供が下敷きになってるんだ!!! 」
「助けてくれぇぇ! 腕が挟まれて」
「お母さん? かくれんぼ?? 」
ドラゴンの死体に踏み潰された人々を無視し、リュークはただ、
「お父さん、平気? 」
呆然とする父親に、そう呼びかけた。
彼は生まれながらに、特別な力を持っていた。
その名は『適応』……すべての攻撃に慣れ、すべての環境に順応するという、才能に似た何か。
けれどそれには、莫大な時間がいるはずだった。
心臓が止まった直後に焼かれれば、埋められれば、彼は適応できずに死んでいた。
だが、彼の母はそれを拒んだ。
自らの死よりも、死人である我が子を、大切に腹の中で育て続けた。
その結果が、『死』に適応した勇者の誕生だった。
「なんと5歳の子供が、あのドラゴンを倒したらしいぞ!!! 」
リュークの噂は瞬く間に広まり、それは無能な王にまで届いた。
そしてリュークたちは王宮へと呼び出された。
「素晴らしい!! わずか5歳の子が、数千の兵士を持って倒すドラゴンを打ち倒したとは 」
無能な王はそう高笑いし、無数の兵士たちに指示を出した。
「ではお前に使命をやろう……前線に向かえ。断れば分かっているだろう? 」
構えられた数百の槍は、すべて父親に向いていた。
リュークにとって兵士たちは、いつでも殺せる、虫に変わり無かった。
けれど父親を、自らを育ててくれた医者を守りたい彼は、
「仰せのままに 」
ただ王へと頭を垂れた。
「うぉぉぉ!! 俺らの勝利だァァァァ!!! 」
切り落とされた数百の生首を掲げ、兵士たちは雄叫びを上げていた。
彼らは敵国に攻め込み、勝利したのだ。
前線に立っていたのは、わずか8歳の少年。
その戦いでリュークは何千度と死んだが、その事実は誰も知らない。
負けた過程は消え去り、勝ったという結果だけが、彼らの記憶に残っていたから。
無敗の少年、必ず勝つ存在。
そしていつしか、彼はこう呼ばれるようになった……『勇者』と。
けれど
「……虚しい 」
いつかの夜、リュークはそう嘆いてしまった。
言われるがままに生き物を殺し、戦う度に死に続けることは、彼にとってはそう辛いことではなかった。
彼の心は人間のものでは無かったから……けれど彼の心は、子供のままだった。
戦の勝利も、上辺だけの賞賛も、すべてが虚しい。
けれど彼は、戦うこと以外に自分の価値を見いだせなかった。
殺して、殺して、殺して、死んで、勝って、死んで、勝って死んで死んで死んで死んで勝って勝って勝って……皆の都合がいい、勇者が出来上がった。
そして彼が産まれて16度目の春、事件は起こった。
勇者と同じく、生まれながらに力を持ったもの……『渇望』の力を持った覇王……ハルトとの出会いが。
血まみれの勇者は、幼き頃に感じた母親の温もりが欲しかった。
冷たさに埋もれた覇王は、骸以外の温もりが欲しかった。
そして彼らは殺し合い、その果てに愛し合い、お互いの欲求を満たし合い、混じり合い、幸せな日々を送った。
だがある日、あのなにかが産まれた。
「なん……で? 」
なにかと戦おうとした覇王の胸は、勇者の剣によって貫かれていた。
「……… 」
何も言わず、倒れる覇王にキスをした彼は、その肉を涙ながらに喰らった。
そして彼はすべてを知った。
「アルベ・ヴァニタス…… 」
眠る覇王を抱え、リューク・リンネは空を睨んだ。
いつからか自分たちを見下ろしていた、作者を殺すために。
世界は何度も繰り返された。
数億……数兆……もはや最初の物語など誰も覚えていない。
その度に勇者は、一人で戦った。
覇王を守るために、覇王がもう、苦しまなくていいように。
そして彼は、人が産んだなにかを救い、世界の概念を変えた。
もう二度と、自分が産まれないように。
もう覇王と会えないとしても、彼女が傷つかない世界を残すために。
勇者は自らを犠牲にした。
「これは呪いだ。その姿は永久にお前へと継承される、どんなに世界を作り直しても、お前が何度よみがえっても 」
そして彼は……この世界のアルベに、呪いをかけた。
※※※
「ここまでが私の知るすべてさ 」
「随分……聞いた話と違うな 」
長い昔話しを語り終えると、ヤマトは不服そうに顔をしかめた。
「あのおとぎ話はアルベが捏造したものだからね。これが真実……というより、世界が繰り返される前の、一番初めの歴史さ 」
そこまで言うと、ヤマトは黙り込んだ。
なにかを思い悩むように、顎に手を当てて。
「一つ聞きたい。俺は……その勇者に成れるのか? 」
「ハッキリ言おう、成れる。でもそれは」
「言わなくてもいい……ライガの遺言だからな。俺は勇者には成らない 」
正直、それを聞いて安心した。
自分が勇者に、あの最強の存在に成れると知ったなら、ヤマトが強行する可能性があったから。
でもそれは……私の杞憂だったみたいだ。
「じゃあ俺を戻してくれ。まだ戦わなきゃいけねぇ 」
「なっ!? ちょっと待ちなよ!! 」
立ち上がるヤマトを慌てて止めるが、その泣き腫れた赤い瞳には、絶望しか映っていない。
その目はまるで、死に向かおうとする、ヒカゲと同じようなものだった。
「なんだ? 」
「……キミはもう、戦わなくていいんじゃないのかい? 」
でも……止めたかった。
もう誰にも、あの道を歩んで欲しくないから。
「この世界はまだアルベのシナリオ通りなんだ! 今戻れば『天陸宇下』やワミヤと戦う羽目になる。いや……キミなら天陸宇下は倒せるかもしれないけど、ワミヤとはもう……下手したらユウトを殺さなきゃいけなくなるし…… 」
必死に、がむしゃらに、ヤマトを説得しようとしても、その目は変わらない。
「っ……せめて私がアルベを殺すまで! 少しの間でいいから待っていてくれたまえ!! キミは十分苦しんだ!! その手で大切な友人を二人も殺したんだ!! だからもう……自分から地獄に行かないでおくれよ 」
ヒカゲを殺させた私が言うのも、ライガを救えなかった私が言うのも、おかしいのは分かっている。
でも……でも、絶対に幸せになれない世界へ身を投げるのは、あまりにも救いが無いじゃないか。
「……ずっと疑問だったんだけどよ。なんでお前、俺たちをそんなに気にかけるんだ? 」
「君たちに幸せになって欲しいからさ!! 」
喉が裂けるほどの大声とともに、涙が溢れ出てきた。
それでも頬をあげて、濡れた笑いをヤマトに向ける。
「いくら真っ当に生きようとしたって、欲求から、世界から、シナリオから否定されるキミ達に。傲慢なのは承知の上だけど……こんな世界でも、正しく生きようとするキミ達の助け舟になりたかったから……それだけの理由だよ 」
本当に、それだけの理由。
それが私の生きる意味になったんだ。
「……自分が幸せになろうとは思わないのか? 」
「あぁもちろんだとも!! 私はヒカゲ達を救えなかったんだ!! だから私だけが幸せになっていい訳が」
「俺も同じだ 」
「……あっ 」
体の芯にまで響くような、重い声。
それを聞いた瞬間、言葉が出なくなった。
「俺は誰かを殺して生きてきた。だから……死んだアイツらの分まで苦しまなきゃダメなんだ 」
怒りのあまりか、ヤマトは花をグシャリと握りつぶした。
「俺は幸せになっていい生物じゃねぇ、だから戦う……死ぬまで、この世界を壊すまで。それが生き長らえちまったバケモノの責務だ 」
「……勝算はあるのかい? 」
「ある。100%じゃねぇがな 」
「でも…………分かったよ 」
願望だった。
もう死んで欲しくない、苦しんで欲しくない、そういうエゴだった。
でも彼は自分で決めた。
アルベに操られることも無く、自ら地獄を望む……ならもう、私が止められるハズなんて無かった。
「じゃあ行きたまえ……お節介かもだけど、いつでもここに戻れるようにしておく 」
「……ありがとう 」
短い言葉とともに、現れた黒いシミの中にヤマトは沈んでいく。
その止められない背中を……見つめることしかできない。
ただ死んで欲しくないと、叶うなら……生き延びて欲しいと、その願いを押し殺しながら。
「あっ 」
けれどヤマトは急に足を止めた。
「そういえば、お前は目的を果たしたのか? 」
「……うん、果たしたさ。そろそろ寝坊助くんが起きる頃だよ 」
「……そうか。なら良かった 」
静かに微笑みながら、ヤマトはあの世界へと帰って行った。
自分だけが取り残された世界。
そこで眠る二人の頭を撫で、私もあの世界へと急ぐ。
ずっと寝ていた、ずっと囚われていた彼女が、今日やっと自由になるのだから。




