第55節 イレギュラー
「……どうした? 俺を殺さないのか? 」
ワミヤの目は、殺意で満ちている。
その腕は怒りで震え、いつ撃たれてもおかしくは無い。
だと言うのに、いつまで経っても弾は発射されない。
「お前の魔術なら、俺が避けることも防ぐこともできずに殺せるだろ? さっさと撃てよ 」
「なんで……泣いてるんですか? 」
「泣いてる? ……あぁ今俺、泣いてんのか 」
ライガに夢中で気がついていなかった。
確かにライガの頬は、俺の涙で濡れている。
「なんで……殺したんですか? 」
「……もうこいつを、誰かの奴隷から解放してやりたかったんだ 」
「……はぁ? ライガは自由だったじゃないですか!? 人間からの枷は外れて! 自分らしく生きれたじゃないですか!!! なのになんで!! 殺す必要があるんだよ!!!! 」
「……あぁ、そうだよな。ごめんな……ほんと 」
ワミヤは知らない。
作者のことを。
だが伝えたとしても、結局ライガと同じように遺産を暴走させられ、使い捨てられる。
だから大人しく、その罵倒を受け入れるしかない。
「あんたは何を考えてるんだよ!! 」
「……… 」
「ライガは……ずっとあんたを心配してたのに 」
「……… 」
「っ……なにか言えよ!! このバケモノが!!! 」
「っ!! 」
地面を全力で蹴り、ワミヤを押し飛ばす。
瞬間、伸ばした左腕は轟速の水によって切り落とされた。
「あれ、今の反応できるんだ 」
「……アレで終わらねぇとは思ってたが、お前が来るか 」
ヘレダントにはアルベ達を含め、9人の『天陸宇下』がいる。
しかもその全員が10位以上。
10位とアルベたちは動かないと聞いた。
けれど俺の前にやって来たのは、一番戦いたくない奴だ。
(第5位 『不死身の水体』 ……で、間違いねぇな )
色素の薄い青髪に、すべてを見透かすような透明な瞳。
そして特徴的な赤いマントを来た細みの女。
すべて事前に聞いていた情報と一致する。
「で? 俺はともかく、なんでワミヤを狙った? 」
「……? 邪魔だから 」
「ハッ。それにしても、いくら5位だからって一人で来るのは悪手じゃねぇのか? 」
「……ひとりじゃないよ 」
「っ!! 」
突如として辺りが暗くなった。
すぐさま上を見上げれば、雲の上から巨大な山が落ちてきていた。
「落命!! 」
生み出した大剣を振るい、その剣圧で山を砕く。
「認識 」
「っ!? 」
誰かの声。
それとともに身体中に鎖が繋がり、しかもその先には幾千もの山の瓦礫がある。
「追突 」
すべての鎖は収縮し、とうぜん瓦礫たちは俺へと迫る。
だが大した量じゃない。
右腕に巨大な鎚を生み出し、思いっきりそれを振りかぶった瞬間、目がボコボコと沸騰し、視界が塗りつぶされた。
(っつ!? )
目だけじゃない。
手足、内蔵、筋肉、血、脳。
身体中のありとあらゆる水分が沸騰し、動きが鈍った瞬間に、数千の岩から体を押しつぶされた。
(っ!? なにか来る!! )
「驟雨 ・臨界 」
岩越にも伝わる熱発。
咄嗟に右腕の肉を増殖させた直後、空からは落ちた一滴の水が、すべてを吹き飛ばした。
「はーっ! はーっ!! 」
「あれで生きてるんだ 」
「凄いねぇ、ひっさしぶりの上物じゃん 」
「少し落ち着かんかい。確実に奴を殺すぞ 」
肉を盾にして、辛うじて致命傷は避けた。
けれど右腕は焼け落ち、顔半分は熱波で焦げ、爆風でイカれた両足からは骨が突き出ている。
(しかも……アイツらまで来るか )
顔をあげれば、新たな人影が2つある。
赤い魔女のような服をした、長い灰髪の女……7位『空越の魔女』
黒いヘルメットで顔を隠し、黒い服で身を隠したジジイ……8位『運命指揮』
(あー……マズイな )
一人でもキツイってのに、3人も来ちまった。
しかもライガたちと話してしまったせいで、自己矛盾が激しくなった。
そのせいで上手く再生ができない。
「ゲホッ……わりぃな、髪焦がしちまった 」
なんとか守ったライガの頭を撫で、ゆっくりと立ち上がる。
仮に手足が治るまで耐えたとしても、ライガを持ってじゃこの場から逃げられない。
ライガを置いていけば、必ずアルベはその死体に何かをするだろう。
(…………悪いな、ライガ )
「はっ!? 」
ワミヤの首根っこを掴み、空に向かってその体を投げる。
これならアルベに操られたとしても、俺のところに来るまで時間はあるし、この戦いに巻き込まれない。
「さぁ人間ども 」
ライガの死体を諦め、増殖させた腕から大剣を生み出す。
ここで死ぬのは本当に悔しいが、ここで死ねるなら孤独は感じずに済む。
「殺ろうか!! 」
踏み込もうした瞬間、頭には響き渡るような無音が現れた。
(…………悪い、『天陸宇下』は一人も殺せてねぇ )
『気にする事はないよ。ライガのことは……ごめん、そうとしか言えない。だからここは任せて欲しい、ライガの意志を無下にしたくないんだ 』
(……すまねぇな。ずっとお前に頼りっぱなしだ )
『いいや。こっちこそ君に辛い思いをさせ続けてすまないと思ってる……だからここは良いさ、ライガを頼んだよ 』
(……あぁ。頼んだぞ、エリカ )
「任せたまえ 」
本を開くような音とともに、アイツは俺の前に現れた。
絹のように細い紫色の髪に、不健康に細く小さな体。
そしてその目は、濁った湖のように、世界を呑むように澱んでいる。
「『名無き死者』 エリカ・ミオソチス……さぁアルベの操り人形、私が相手だよ 」
エリカはただ静かに、その手に持った本を開いた。




