第54節 これで良かった?
「耳障りなんだよ……お前らの言葉は 」
どうせアルベに操られている。
だから話しても無駄だというのに、二人は覚悟に満ちた顔で俺を睨んでくる。
「話す気はないみたいですよ 」
「……なら、話し合いできるまで弱らせるまでです 」
(速くこいつらをまいて、『天陸宇下』を一人でも殺す )
足を曲げ、骨を砕きながら筋肉を折りたたみ、その反動で地面を蹴る。
「あっ? 」
けれど足は、脆いガラスのように砕け散った。
「侵食 空 」
ライガの呟きとともに、空に透明ななにかが現れる。
それが蠢いたかと思えば、一瞬で胸と頭が押しつぶされた。
(ライガの遺産か!? )
頭無き体を動かし、引きちぎった腕をライガへ投げつける。
それは音速をゆうに越える一撃。
だがその腕すらも空中で砕け、爆ぜた雷の蹴りは俺の上半身を消し飛ばした。
(っ……なるほどな )
足だけの体で壁を走り、雷と伸びる背骨を躱しながら、体を再生させる。
(体が砕けんのはワミヤの魔術か遺産。見たものを砕く能力? なにか条件が? いや、砕く能力なら動く前に砕いておけばいい。じゃあ脆くさせる能力? 違う、体が脆くなったら自分で気がつく。なら欠陥……壊れやすくする……不完全を付け足す能力か )
そしてライガの遺産は、見えないが動き続けていれば躱せる。
(なら、余裕だな )
「『寄生』『駄作』 」
「来るぞ!! 」
細胞を増殖させ、肥大しきった体を破裂させる。
飛び散った五つの肉片は壁や地面を破壊し、砂塵が辺りを包む。
「どこに」
「「「「「落命 」」」」」
すべての肉片から使い捨ての上半身を生やし、その右腕をいっせいに振り下ろす。
「ッ゛!!? 」
世界そのものが壊れたような爆音。
ライガは風圧で吹き飛ばされ、ワミヤだけは無傷で空へと逃げた。
(空翔 )
残しておいた下半身から全身を再生させ、体を加速。
一度の跳躍で間合いを詰め、ワミヤの顔面に拳を放つ。
(まぁ、そうなるよな )
けれどそれが到達するよりもはやく、拳は砕け散った。
「えっ? 」
すぐさま砕けた肉片すべてを繋ぎ合わせ、千を越える右腕たちを時間差で振り下ろす。
約五百の腕は壊れた。
だがその先の拳はワミヤの体をすり潰し、空中には生首だけが取り残された。
(やっぱ壊す範囲と量には限りがあったな。俺を止めたきゃ、最初から全身を砕いてたろうし )
「で? まだやんのか? 」
着地し、やっと戻ってきたライガに首を傾げる。
足の目はギョロギョロと蠢いているが、そのほとんどのまぶたは閉じられ、足先は黒く壊死している。
なのに、ライガは力なく笑って見せた。
「遺産を使うのも疲れんだろ? もう楽にしてや」
「なんだか……楽しそうですね 」
「……っ 」
蓋をして、がんじがらめにして沈めた本心が、一瞬だけ顔を出す。
「ヤマトさんって本当は」
「黙れ 」
耐えきれずに放った左腕は、的確にライガの胸を貫いた。
(……なんだ? 腕が動かねぇ )
突如として体を何かに掴まれた。
引こうにも押そうにも、体はおろか指先一つ動かない。
「侵食末期 『手遅れ』 」
ダラりと持ち上がったライガの体。
それを掴んでいるのは見えないなにか。
一瞬空気が蠢いたかと思えば、ライガの腹を見えない数百の触手が貫き、それが俺の頭に覆いかぶさった。
「……? 」
気がつけば、肉が蠢く狭い空間に立っていた。
辺りからは胎動が聞こえ、俺の腹には赤紫色の紐が繋がり、その先にはライガが座り込んでいる。
「ここは私の胎内、あなたの意識だけを私に閉じ込めました 」
「……なるほど。ちなみにお前を殺せばどうなる? 」
「赤ちゃんが母親を殺せる訳ないですよ。ここでは私の方があなたより強いですし、仮に殺せたとしても胎児であるあなたは死にます。だから……ここでは話すしかないんですよ 」
(……クソが )
この腹に繋がってるのはへその緒だろう。
ならライガの言葉は、嘘じゃない。
(しかも面倒なのは意識だけって点か。体は今どうなってる? ワミヤの再生は終わったか? というか時間の流れが外と同じかすらも怪しいな )
「……お前の遺産って『首吊りの胎児』か。はぁ、ほんとケルパーのクソ野郎どもが。おおかた女王やらシノブを殺すためだけにお前を造ったんだろうな 」
「えぇ……やっと話してくれる気になって嬉しいです 」
「…………そうだな 」
ライガは優しく、どこか疲れたように笑う。
それに形だけの笑みを返し、ゆっくりとライガの傍に近寄る。
「あぁ話してやるよ。こんな事が無駄だってな 」
胸ぐらを掴み、力いっぱいライガの顔面を殴りつける。
「俺は人を殺すのが好きだ。傷付けて、泣かせて、苦しんでる表情を見てると興奮する。死にたくないって懇願する奴を殺す時が、一番幸福に感じる……これが俺の本性だ!!! こんなバケモノと話しても無駄なんだよ!!!! お前ならこれが嘘じゃないって分かるよな!!!? ほんっと人を殴るのは楽しくてたまらねぇよ!!!!! 」
これが本音だ。
嘘偽りのない、俺の本性だ。
人と一緒に居られない、こんな世界で生きられない、それが……俺なんだ。
「じゃあなんで……泣いてるんですか 」
「……あ? 」
困惑した一瞬、ライガから思いっきり顔面を殴られ、辺りには血と涙が、いっせいに飛び散った。
「……楽でしょうね。自分をバケモノだって決めつけて 」
「……あぁ!? 」
痛みと苛立ちで頭がきしみ、すぐさま拳を振りあげる。
けれどライガの体を見た瞬間、怒りのやり場を失った。
「なんだよ……この体 」
破れた服の隙間。
そこにはビッシリと、傷跡が敷き詰められている。
刺したような跡、引っ掻くような、噛み付いたような、針で貫いたような、皮膚を切り刻んだような。
そんな体をいたぶり尽くした様な、傷跡が。
「自傷痕ですよ…… 」
そうボソリと呟かれると、ライガは自ら服を破り捨てた。
脇の下から太ももの内側まで、身体中余すことがない傷跡が、ライガを覆っている。
「私って、ヒカゲさんを助けられなかったんですよ 」
ライガの呟きは、胎動にもみ消されなほど弱々しかった。
「処分寸前から救ってもらったのに、その後も枷のことで色々助けて貰ったのに、自由にしてもらったのに、自分の夢を信じていいって教えてもらったのに、私は……何も出来なかったんです 」
「……それは」
「それが悔しくて、耐えきれなくて、納得できなくて、気がついたら自傷行為を始めてたんです。最初は痛いだけなのに、傷をなぞった時、肌に刃が沈んだ時、痛みで悶える時が、だんだん幸せになってくるんですよ 」
いつからか、ライガは笑っていた。
唇が裂けるほど口は釣り上がり、頬は赤く染まり、心底幸せだと言いだけな表情で。
「痛いのに苦しいのに気持ちが良くて幸せなんですよ!! しかもやってる事が人間みたいじゃないですか!? だからすごい幸せで吐きそうで最高に素敵なんですよ!!! 」
「お前…… 」
「でも、満たされないんですよ 」
そっと伸ばされた手が、俺の頬に絡みついた。
その指先は震え、ライガの瞳からは涙が流れている。
「味のしない物をずっと食べてるようで、気が付けば腹が裂けている。ヤマトさんも似たようなものですよ? 自分はバケモノだと決めつけて、その苦痛に幸せを感じてる……このままじゃ報われないじゃないですか 」
「自分のことは棚に上げてよぉ、今更……俺の心配すんなよ 」
ほろりと、涙がこぼれた。
自分が見えていない、見ようとしないライガが、あまりにも哀れだったから。
「そろそろ……答えてくれませんか? あなたの本心を 」
「……さっき言ったじゃねぇか 」
「まだ隠してるでしょう? 叶わなくても、本心くらい心の底から語って良いじゃないですか。本心を隠して生きるなんて、その方がよっぽど不自由ですよ 」
必死に口を閉じて、拳を握って、会話なんてものを否定しようとする。
けれどあまりにも哀れなライガを見ていると、自然と口が動いてしまう。
「俺はただ……人とゲシュペンストが、互いに幸せになれる世界になって欲しいんだ。だから俺がその両方の敵になる……絶対的な暴力を持って、力を持って、悪逆と破壊の限りを尽くして……お前らに殺される。そうすれば俺を殺した奴は英雄になって、今の世の中を変えてくれるんじゃねぇかって…… 」
「だからケルパー王国や『天陸宇下』を…… 」
「ああっ、そうすりゃ誰も無視できない。世界総出で止めてくれねぇと意味がねぇからな。けど……今のままじゃダメみたいだ 」
ライガに体を預けると、自分の右腕がボロリと腐り落ちた。
「自己矛盾のせいで、形が上手く保てなくなってきたんだよ。再生と魔法で誤魔化してるが……このままじゃ俺はそのうち死ぬし、力が足りねぇ……でも、それじゃ終われない 」
自分の唇を食いちぎり、痛みと快楽で無理やり意識を起こす。
「俺は生かされたんだ……アイツに、ヒカゲに。だから、このままじゃ死ねねぇ!! アルベどもは全員殺す!! 俺はバケモノになる!!! そして……平和のために死ぬ。それが俺の本心で、目的だ 」
人間には決して理解されないバケモノの本心。
それを聞いたライガは、どう思ってるのだろうか?
否定されても、肯定されても、俺は止まらないし進み続ける。
けど……怖い。
俺の夢を聞いてくれ、それを応援してくれたライガから否定されるのは。
「……自分が幸せになりたい。そうは思わないんですか? 」
「……思わない。初めて人を殺した時から、初めて人を愛した時から、俺は幸せになっちゃいけねぇんだ 」
「そんなの……叶っても叶わなくても、地獄じゃないですか 」
「あぁ、俺はそれを望んでる……これが人を殺し続けた、バケモノの罪滅ぼしだ 」
顔を上げると、ライガは泣いていた。
哀れむような、そっと子を抱くような、見守るような瞳で。
そんな顔を見て、覚悟が決まった。
俺はこんな風に泣く人を無くすために、ここまで来たと再確認できたから。
「それがあなたの本心なら、私は否定しません。でも一つだけ……あなたに死んで欲しくないから、伝えたいことがあるんです 」
「……なんだ? 」
「あなたは、勇者になってください 」
(……あ? )
突拍子もない願い。
だと言うのに、ライガはひとりでに話を進めていく。
「勇者になれば、誰でも殺せるじゃないですか。勇者の失敗作であるあなたならできますよ。ねぇ……出来ますよね? そしたら死にませんよね? ねぇお願い……勇者になって 」
ライガはまた泣いていた。
今度は悲しく、光もない絶望を映す目で。
しかもその腕は俺の胸を叩き、なにかを拒絶するようにじたばた暴れている。
(…………あぁ、そういう事か )
どうしようも無い現実を理解した瞬間、ぶちまけられた怒りは奥歯を砕いた。
「ねぇお願い、勇者に……死なないで 」
「もういい……分かったから。もう話さなくていい 」
暴れるライガを優しく抱きしめ、その首に手をかける。
「俺は勇者になんてならない。アイツらの思い通りになんて……絶対になってやらない。だからもういいんだ、ありがとう 」
「………………うん 」
『じゃあ君は用無しだね 』
耳触りな作者の声が頭にひびいた。
瞬間、ライガの体は仰け反り、裂けた手足からは大量の瞳が顔を出した。
だが
「させねぇよ 」
遺産が暴走する前に首の骨を折り、口を口で塞いで呼吸を止める。
もがき苦しむ体を押さえつけ、その呼吸が、鼓動が止まるまで、全力でライガを抱きしめる。
背中を爪でえぐられ、足で腹を蹴られ、もがき苦しむ体を幾度となく離そうと思った。
でもライガはこんなの望んでない。
誰かに操られて、自分らしく生きられず、挙句の果てに殺したくない物まで殺そうとするなんて。
だから離さなかった。
暴れる手足の動きが鈍っても、その瞳に血が溜まっても、鼓動が弱まっても。
(……ありがとう。ゲシュペンストでも、奴隷としてでも無くて、私らしく殺してくれて )
心を読む魔法のおかげで聞こえたライガの遺言。
それとともに手足は地面に落ち、辺りの壁は俺を押し潰そうと収縮をはじめる。
「……ハッ。殺されたのに、ありがとうなんて言うなよ 」
へその緒を引きちぎり、黒く染まった腕を横に払う。
それだけで壁は破裂し、気がつけば、元の世界とライガの遺体が目の前にあった。
「ライガ……っ!!! 」
「あぁワミヤか……お前は生きててくれたんだな 」
もう動かない体を抱き上げた直後、ちょうど再生を終わらせたワミヤがやってきた。
その目には殺意が宿り、とうぜん右手の銃口を俺に向いていたが、それを躱す気には、到底なれなかった。
遺産
『首吊りの胎児』
遥か昔、覇王を殺そうとした者がいた
彼女は数千の仲間を従え、数多もの計画を持ち、命を掛けて覇王に立ち向かった
けれど彼女は、戦いの最中に命を落とした
その原因は、腹の中に居た赤子が原因だった
産まれること無く、人を殺した胎児
母を殺し、自らを殺した胎児
けれど母の未練は、未だその骸へと注ぎ込まれている
未だ切られていない、へその緒によって




