第53節 必然の再会
「あれぇ? だいぶ速いねぇ、100ページくらいすっ飛ばしたレベルだよ 」
白くて何も無い空間。
そこに落ちてるペンを拾い、開いた本のページを引きちぎる。
「ん〜、ヘレダントの子達を殺されるのは困るなぁ。誰をぶつけようか……そうだ、あの子たちなんていいね 」
久しぶりのイレギュラー。
それに心を踊らせながら、筆を走らせる。
いつか綴られた文字を塗りつぶし、新たな文字で世界を改変させる。
『頭上から、ヤマトに雷が降り注いだ。
音よりも速いそれをヤマトはギリギリで躱すと、自らの前に誰かが立っていた。
それは……見覚えのある、金髪の女だった。』
ーーー
(……妙だな )
ヘレダントに侵入して少し経ったが、大物が誰も来ない。
これだけ派手に暴れて、殺し回ったってのに。
「はぁ……気持ちわる 」
背筋を登る快感に舌を噛んで絶え、血や手足がへばりつく廊下を突き進む。
(はやく出てこいよ、『天陸宇下』 )
「や……ヤマト・ホルテンジエさん? 」
「あっ? 」
「わぁ待って!! 攻撃しないでください!!! 」
慌てるように、瓦礫の影から誰かが飛び出てくる。
それはエメラルド色の髪をした男、シロ・アイビーだった。
「……久しぶりだな。コロシアムの試合ぶりか? 」
「そうですね……それでえっと、話を聞いて欲しいんです 」
「話? 」
「はい!! ゲシュペンストと人間の共存についてです!!! 」
「っ 」
苛立ちに耐えきれずに舌打ちをしてしまったが、シロは怯えながらも話を進める。
「ずっと考えてたんです! ヒカゲさんが死んだあの日から!! 」
「……… 」
「ゲシュペンストを人間にする薬の件は知っています。でもそれだけでは足りないということも。だからヘレダントに協力させてください!! 僕たちがゲシュペンストを保護し、その間に人との間に法を作るんです。そうすれば、ゲシュペンストが人間に戻った時に」
「もういい 」
怒りのまま放った斬撃。
それはシロの左腕を消し飛ばした。
「ッ゛ぅ!!!? 」
「なぁ、なんでお前は薬の件を知ってる? 誰に教えられたんだ? 」
「っう、そんなの……あれ? 」
「……ていうかよぉ、ゲシュペンスト達が平和を望んでるなんて、本気で信じてるのか? 」
「……えっ? 」
「やりたい放題作りまくって、殺して、俺たちを使い潰し続けた人間どもが提案した平和なんて、誰も賛同しねぇよ。それがどれだけ!! 理にかなっていたとしてもな 」
「そんな……なら対話の余地なんて」
「忘れたのか? 俺たちはバケモノ、お前らが造ったんだぞ? 」
蠢く大剣を肥大化させ、それをシロに向けて振りかぶる。
「話が通じるバケモノなんて、この世にいねぇ 」
「やめ」
大剣を振り下ろす瞬間、全身の毛が逆立った。
「っ!? 」
空から落ちた雷を体で受けると、いつの間にか、シロと俺の合間に誰かが居る。
それは……綺麗な金髪をした女だった。
「もう……やめましょう、ヤマトさん 」
「ライガか…………ほんっと最悪の趣味だぜ、アルベ・ヴァニタス 」
「……? アルベさんになんの関係が」
ライガに振り下ろした大剣。
それは髪と地面を裂いただけで、ライガ本人は俺の後ろへシロを抱えて逃げていた。
「おぉ、お前も強くなってんだな。嬉しいぜ 」
「やめてくださいヤマトさん!! あなたは人なんて殺したくないんでしょう!? だから」
「そういやよ、あの時はヒカゲに邪魔されて最後まで出来なかったな 」
ライガとは話したくない。
すぐに大剣を背負い、優しく笑いながら手を差し出す。
「エスコートしてやる。着いて来いよ? 」
「……はい 」
苦々しく返事をしたライガ。
その手からは雷が弾け、螺旋状の槍が姿を現した。
しかも全身には、赤い雷も溢れている。
「……ハハッ 」
呆れた笑い声が零れた瞬間、耳を砕くような雷鳴とともに、目の前には雷の槍が迫っていた。
それを左手でかき消し、その先にある顔面を殴りつける。
「この程度かよ 」
ライガは壁に叩きつけられ、地面に落ちた。
その首はへし折れていたが、ライガは首を掴み、骨を無理やりはめ直した。
けれど口や鼻、耳からも血が垂れ、すでに死にかけだ。
「ゴホッ……っ゛ 」
「もう寝てろ、脳みそシェイクで気色わりぃだろ? 」
「なんで……殺さなかったんですか? 」
「あっ? 」
死にかけなはずだ。
なのにライガは壁に支えられながら立ち上がり、静かな決意に満ちた眼で睨んでくる。
「あのスピードに反応できたなら、雷を受けられるのなら、私なんて一太刀で殺せたはずです。なのにしなかった……それは何故ですか? 」
「……バケモノに理屈なんて」
「あなたのそれは!! ただの言い訳でしょう!!? 」
力強い声に、胸が、心が、殺したはずのそれが、震えはじめた。
「なんですかその顔は!! 今にも泣き出しそうで!! 逃げ出しそうで!!! 助けてって叫びたいはずなのに!!! どうしてそんな……そんな……死にたそうな目を、ヒカゲさんと同じ目をしてるんですか…… 」
「っ……うるせぇ!!! 」
零れた涙を噛み潰し、泣いているライガに大剣を振り下ろす。
けれどいつの間にか、刀身は消えていた。
いつからか剣は折れ、剣先は壁に埋まっている。
「……ワミヤか 」
「えぇ…… 」
いつからかライガを守るように、ワミヤがその背後に立っている。
「どんな状況下なんて分かりませんし知りたくない。けど……ヒカゲ様と同じ目をしているあなたを、俺は救いたい。もう……何も出来ずに死なれるのはゴメンだ 」
「クソ野郎が……アルベ・ヴァニタス!!!! 」
「……? なぜアルベの名を」
何も知らないライガとワミヤのせいで、蓋をしたはずの胸から、熱い感情が溢れだした。
「お前らの考えは! 行動は!! すべてアルベが決めたことなんだよ!!! どんな理由があろうとここに現れた!!! 都合が良すぎると思わないのか!? 俺がヘレダントを攻めた瞬間に!! 俺と面識がある!! 俺が殺したくないお前らが!!! だから無駄なんだよ!!! お前らと話しても!!! だから話なんて意味がねぇ!!!! お前らの意思なんて!!!! 俺の想いなんて!!!!! ハナっから……ぜんぶアイツの幻想なんだよ!!!!!!! 」
呼吸の度に、涙が零れていく。
泣く度に、戦いたくないって心底思ってしまう。
でも……こいつらを殺さないと、ずっとアルベの、クソ野郎の奴隷なんだ。
だから……
「俺はバケモノだ、お前らとは違う 」
人の皮膚が剥がれ落ち、体は黒に染まっていく。
腕は剣に、足はバネのように、そして獣のように醜く、誰よりもおぞましいバケモノに。
「俺たちも、あなたと同じバケモノだ 」
「えぇ、だからこそ寄り添いたいんです。たった一匹で、悲しみを背負って欲しくない 」
ワミヤの背からは、数百ほどの背骨が。
ライガの割れた足の隙間からは、数千の足指が溢れ、そのすべてに瞳が開いた。
「ライガ・ヒカガミ 」
「ワミヤ・セキリョウ 」
「「バケモノとして、悲しむあなたを止める!! 」」
二人のバケモノが、俺の前に立ち塞がった。




