第52節 好きに殺れ
「先がねぇ……てのはどういう事だ? 」
テーブルとソファーだけが置かれた暗い一室で、赤髪の女はテーブルに足を乗せたまま、ニヤリと笑った。
「まんまの意味だヤマト。仮にな、アルベを殺したとしても、それはこの世の終わりを意味する。だって作者様が居なくなるんだ、そうすりゃ俺たち『登場人物』の存在証明ができなくなる 」
「じゃあなんだよ、詰みだって言いてぇのか? 」
「いいや? だから同盟の話を持ちかけたんだよ 」
ソファーで横になったアキラから、じっとりとした真剣な眼差しを浴びせられる。
「俺がこの世界の作者になる。だからまぁ……アルベ達を殺したあとお前も死んでくれ 」
「……ははっ 」
右腕の筋肉を増殖させ、生み出した黒い大剣と殺意をアキラに向ける。
「んな頼み、聞けるわけねぇだろ 」
「そうか? お前の目的にはめちゃくちゃ良いと思ったんだが…… 」
「あっ? 」
「だってお前の目的って、気に入ったものと一緒に死ぬことだろ? 」
「……… 」
「急に黙ったってことは図星だな 」
本心を言い当てられ、ただ黙るしかできない。
けれどアキラはツラツラと勝手に話を進める。
「そりゃそうだもんな、あんな死別を2回もしたんだ。そりゃ世界と一緒に心中したいと思っても不思議じゃねぇ。でもそれじゃあ終わるだけだ……だから俺が先を用意する、そのためにお前は死んでくれ 」
「なんで死ねなんだ? 普通は生きろって言うだろ 」
「お前は普通じゃねぇだろ? しかもだ、仮にお前がゲシュペンストから人間になったにしても、それで幸せに生きれる訳じゃねぇ。今よりもっと窮屈でつまらない世界が死ぬまで続くだけだ。だったら目的のために死なせてやった方がいいだろ 」
脳の髄が、チクリと痛む。
あの記憶、あいつの死と、ヒカゲの死の記憶。
それが胸にある本心を掻きむしる。
「別に生きたきゃ、俺が作者になった後に蘇らせる。お前が望めばな……どうだ、悪くない話だろ? 」
正直な話、悪くないとは思ってる。
普通じゃない作りものが、急に普通の『人間らしい』暮らしをして、『人間らしい』幸せを感じるなんて不可能な話だから。
「……最後に二つ聞きたい。エリカって名前は知ってるか? 」
「いいや? 誰だそれ? 」
「……知らないならいい。んでもう一個、どうしてお前は作者になりたいんだ? なるのはお前じゃなくていいだろ 」
少しの無言の後、アキラは見惚れるような目で暗闇を見上げた。
「俺はただなぁ、たった一人の女に笑っていて欲しいだけなんだ。勇者の泥をその身に宿して、背負うことの無い罪を償いつづけるアイツに。まぁそいつを救うためには、この物語を書き換えるしかないだけで、それを周りに背負わせるには荷が重いってことだ 」
「荷が重い? 」
「作者と登場人物じゃ次元が違うんだ。作者が見下ろしても文字しか見えず、登場人物が見上げても空しか見えないようにな。お前は永久に孤独で、永久に誰からも認識されない時間を耐え続けられるのか? いいや俺しか耐えられない!!!!
突然体を寄せられ、アキラはベッタリと俺にくっ付いたまま、壊れたような笑顔を浮かべた。
「繰り返される世界で何度でも生きてきた!! ほんとの俺なんか誰も覚えちゃいないのにな!!! 他人の人生を偽って!! ずっとずっと生きてきた!!!! だからよぉ、だからさぁ、だからねぇ、だから俺は! 私は!! 大丈夫だ。壊れた人間は、もう壊れない!!!! だからまっ、任せろって 」
泣きながら、叫びながら、泣きながら、狂いながら、笑いながら、アキラは語る。
その裏には、想像したくないほどの、歳月や絶望があったと察せられるほどに。
「……あぁ、理解したよ 」
「そうか……なら」
「お前に任せるのは間違いだ 」
大剣を振り、アキラの腹に刃を通す。
黒い斬撃は狭い部屋を消し飛ばし、広くなった地下には作り物の太陽が降りそそぐ。
「いつだって恐ろしいのはな、誰かのために生きる人間だ。そいつは平気で間違いを選ぶ、平気で人を殺す。そんな奴に、ライガ達を任せられない 」
「……ははっ、やっぱバケモノには何言っても無駄か 」
腰から下がないアキラ。
けれどその顔には笑みが張り付き、その態度はどこまでも余裕そうだった。
「でもいいのか? 俺を殺しちまったらまた誰かに入れ替わる。そしたらよぉ、お前の大切な物たちが死んじまうかもしれねぇぞ? 」
「それは心配ないですよ〜。だってあなたの魔術って、本人の許可を得て成り代わるんでしょ? 」
「おぉ、ご苦労さまだシグレ。ちゃんと読み取れたみたいだな 」
俺の後ろからやってきたシグレは、クスクスと笑いながら這い蹲るアキラを踏みつけた。
「っ……過去を読み取る魔術か 」
「えぇ、あなたの作戦は一人の事しか考えてない。だからヤマトさんの考えは間違ってませんね 」
「はっ……どうだかな。お前の魔術は完全に記憶を読み取るわけじゃない。そん」
「『花紬』 スイセン 」
宙に現れた六つの花弁が咲く花に、黒い瞳が開いた。
それはアキラに迫り、キスでもするように優しくその体を覆うと、ゴリゴリと骨が貪られる音がした。
「おいおい、もう少し話を聞いてやれば良かったんじゃねぇか? 」
「いいえ〜、あいつの言うことはすべて適当とでも思った方がいいです。でも急いだ方がいいですよ、あいつより先手を打たないと大変なことになりますから 」
振り向きざまに笑うシグレ。
その手には小さなナイフが握られていた。
「じゃあ……はい、さようなら〜 」
「っ!!! 」
全力で地面を蹴りあげ、ナイフが首を裂くよりはやく、それを握りつぶす。
「……おめぇ、なにしてんだ 」
「えっ、死のうとしただけですけど? 私の役目はアキラの過去を読み取るだけですからね〜、もう居なくなっても困らないでしょう? 」
のぞき込むようなシグレの瞳には、どこまでも光がなかった。
その奥底には、絶望などでは言い表せないただの飽きが、渦巻いている。
「この世界の真実を知ったから……か? 」
「いいえ〜違います。ただ飽きたんですよ、何かと理由つけて生きるのに 」
手を払われると、シグレは瓦礫の上でゴロンと横になった。
「生きても死んでも、結局なにかに邪魔をされて。しかもアルベ・ヴァニタスとかいう作者が、私たちを操ってるなんて……ほんっと、なんだそりゃって感じですよね 」
「……… 」
「だからもういいんですよ〜。絶望も希望も、生きようとする想いにも飽きました。だからもう……ほっといてください 」
いつもふざけている様なシグレが、無気力に、何もかもどうでもいいと言いたげに笑う。
その姿に、一瞬何も言えなくなった。
けれどあの別れが脳裏に浮かび、すぐさまシグレの胸ぐらを掴んで顔を寄せる。
「そんなに死にてぇなら、お前が幸せになった瞬間に俺が殺してやる!!! だから!! 絶望したまま死ぬな!!! 」
「……なんですか、それ。イカれてますね 」
「あぁ俺はバケモノだからなぁ。けど、死のうとする人間よりは正気だ 」
人が造ったバケモノはともかく、人間は幸せになるために生まれたんだ。
結局死ぬにしても、こんな終わり方があっていいわけが無い。
「今は好きに生きろ、気に入らないものはぜんぶ壊せ。そしたらよぉ……とっても幸せだと思うぜ? 」
「……ふふっ、あははははっ!!! あ〜ほんっと、イカれてますね〜 」
「あぁ、イカれてねぇとやってけねぇからな 」
「あ〜ふぅ、それに心を打たれた私も、きっとイカれてるんでしょうね〜 」
笑い涙を浮かべるシグレと笑い合い、あの方向に視線を向ける。
「じゃあ、今からヘレダントを落とす。付き合ってくれるか? 」
「えぇ。もし私が幸せになった時は、お願いしますよ 」
シグレを抱きかかえ、空に向かって跳躍する。
体を包む浮遊感と風を裂く音。
それを聞いていると、ただ億劫な気持ちになってくる。
この世はすべて作り物だと知って、俺はただ絶望した。
あの出会いも、あの別れも、自由に生きたいという思いすらも、すべてアルベが考えたものだったから。
けど、それも今日で終わりだ。
「あっ、もう着いちゃいましたか〜。作戦はあります? 」
「好きに殺れ、幸福になるまで死ぬな。それだけだ 」
「了解で〜す 」
下に見える、街を囲む白い壁。
すぐにシグレを落とし、全身に黒いヒビを走らせ、黒い大剣を振りかぶる。
「『落命』 」
無音の黒い剣圧は、壁や大地を粉々に。
その崩壊した地面に着地し、あの場所に向けてもう一度跳躍する。
(……今日で、最後だ )
この誰も幸せになれない世界も、大切なものが誰かに傷付けられる日々も、もう終わりにしたい。
だから恐れるな。
アイツと戦うことになっても。
「見えた 」
勢いのまま校舎の壁を突き破り、呆然とする生徒たちに大剣を向ける。
「よう、今日でこの学校は取り壊しだ 」
大剣を振りかぶり、無音の斬撃を校舎内に放った。




