第51節 廃滅の恋
「……っ!? 」
目が開くと、辺りは真っ暗だった。
割れた空には星が散りばめられ、ジメっとした空気は夜を告げている。
慌てて体を起こせば、燃える焚き火と瓦礫すらない砂漠が広がっている。
(どこ? ……というか、僕は何をしてた? 勝手に動いて、ヤマトさんを殺そうとして、殺されかけて、そのあと体がバラバラに引きちぎれて、意識がぐちゃぐちゃに裏返って……そこからは...… )
「あっ、ユウト〜!! 」
グラグラ揺れる思考の中、誰かが飛びついてきた。
「わっぷ!? サクラさん!! 急にな……どうしたんですかその右腕 」
僕を抱きしめる右腕は、肘から先がない。
しかも傷はやけに焦げ臭い。
「えへへ〜、必要経費だよ。むしろ腕一本で暴走を止めれたのはラッキーなんだから 」
「暴走……あぁ、そういう 」
やっとこの景色に納得が言った。
たぶんこの心臓が……すべてを喰らい尽くそうとしたんだ。
「でも平気だよ〜。ユウトは誰も殺してないし」
「どうして助けたんですか? 」
サクラさんのキョトンとした顔を無視して、その瞳に問いかける。
「救う必要なんて無かったでしょう? 暴走したのなら殺せば良かったじゃないですか。こんな作り物なんか……壊せばっ!!! ……えっ? 」
突然、頬に衝撃がはしった。
ジンジンとした痛みがひびき、そこは熱を帯びている。
「今叩いたのはね、ユウトが自分を大切にしないからだよ 」
「……なんであなたに、そんな事を言われなくちゃ」
「だからさ 」
グイッと、顔を近づけられる。
どこまでも可愛らしく、悲しい笑みで。
「お話しよ。暴力も、自暴自棄も、独りよがりも終わり。二人で人間らしく……ね 」
言いつけられるように、頬を撫でられた。
それに反射的に頷いてしまうと、地面に組み伏せられ、鼻先が当たるほどに顔を近づけられる。
「ユウトは結局、何がしたいの? 」
「僕は……アルベ達を殺して、差別のない世界を」
「ならなんで、死にたいと思ってるの? 本気でそう願ってるなら、生きようとするはずでしょ? 」
「……… 」
何も言えない。
サクラさんの言葉が正論すぎて、口がピクピクとしか動いてくれない。
「そもそもさ、それはヒカゲの目的でしょ? ゲシュペンストと人間の差別を無くすことは。ユウトはそれを模倣してるだけで、本心じゃないから、すぐに死にたいって諦められる 」
「諦めてなんか!!! 」
「だって死にたいんでしょ? それが諦めてる以外になんて言うの? 」
心が、体が、正論によって殴られる。
「うるさっ」
握った拳を、サクラさんの頬に打ちつける。
けれどその顔は傷一つ付いていない。
「……えっ? 」
「私のお願いに頷いた、それで契約は成立したの。ユウトはもう、私が許可するまで抵抗できない 」
どうしようもない焦りが胸を掻きむしる中、頬を捕まれ、目を離せなくなった。
「ユウトは何がしたいの? 」
「そんなの、分からない 」
「……じゃあ質問を変えるね。どうしてさ、自分の家族を殺したの? 」
「っ!! 」
ズキリと痛む脳に、あの光景が映し出される。
ケルパー王国に囚われた、姉と妹の姿が。
「ユウトの欲求は『家族殺し』、だから人間の家族を分け与えられた。でも殺さなかった。欲求を抑えるために、毒まで飲んで家族を愛してたのに……ケルパー王国が滅びたあの日、なんで急に殺したの? 」
「うるさい……うるさい! うるさい!! うるさい!!! 」
サクラさんをがむしゃらに殴る。
でもダメージが無くて、引き剥がせない。
「シグレと協力したときに、なんで急に? 」
「黙れ!!! 」
「そもそも、なんでヒカゲが死んだあの日に、すぐに地下室に行かなかったの? 」
「やめろ!!!! 」
「やろうと思えばできたよね? なんでしなかったの? 」
「嫌だ嫌だ聞きたくない!!!! 」
頬を掻きむしって、首を掻いて、瞳を掻いて、足をバタつかせても、サクラさんは離してくれない。
眼を逸らしてもくれない。
ただずっと、気が狂いそうな目が僕を見ている。
「ユウトは結局……何がしたいの? 」
「うるさい……僕は……死にたい、違う!! 僕は……僕は……ただ、幸せになって欲しかったんだ 」
ボロりと……腐った肉のような本音が、口からこぼれ落ちた。
「こんなバケモノを愛してくれて、バケモノを気にかけてくれて、笑ってくれて、一緒に食事をしてくれて、お昼寝をしてくれて、手を繋いでくれたあの人たちに……幸せになって欲しかった。でもこんな世界じゃ…………誰も幸せになれなかった 」
涙をぬぐいつづける中で、思い出してしまった。
見たくない光景を、あの涙を。
「お姉ちゃんは、濡れ衣で家族を殺されて、去勢されて、何もかも失って、もう消えたいって泣いてた。ユイは……妹は、病気が悪化して、望んでもない延命を受けて、もう殺してって泣いて。僕を救ってくれた恩人は……ヒカゲさんは、もう……終わりたいって泣いてた 」
「だから……せめてヒカゲの夢を叶えてあげたかったの? 」
「ちがう……ただ、この世をめいいっぱい幸せにして、あの人たちが死んだことを後悔してくれないかなって。死ぬことが幸せじゃないって証明して、誰もが望む幸せになったら……帰ってきて、くれるかなって 」
いつの間にか、視界は涙で歪んで、心はぐちゃぐちゃな膿で溢れていた。
「ねぇサクラさん……幸せに生きて欲しいって人達がみんな、死を望んでたら……どうするのが正解なんですか? こんな世界で、どう生きるのが正しさなんですか? 」
叶うことの無い理想の答えを、サクラさんに聞いてみる。
けれどその口は何も話さず、サクラさんは僕の隣で横になった。
「……じゃあさ、私と一緒にこの世界を廻ろうよ。私の魔術があれば記憶を引き継いで、何度でも、納得がいくまでやり直せるよ? どうせこの世界は、アルベの作り物なんだから 」
すべてを諦めているような冷たい声。
目線だけをサクラさんへ向けると、そこには潤んだ赤い瞳が見えた。
まるで……僕の答えにすべてを委ねるような、そんな依存の目が。
「僕は……僕はもう見たくない、あの人たちの泣く姿なんて…………サクラさんはなんで、そんなに僕を信用してるんです? 」
ふと湧き上がった疑問。
それを聞いたサクラさんは唇を尖らせ、空を見上げた。
「ん〜? 私はね、ユウトに恋をしたからだよ 」
「……恋? 」
「うん。私はケルパー王国ではさ、ゲシュペンストを産むための人間だったの。造りものの精液を体に入れて、育てて、量産するだけの肉の袋。愛も恋も知らずに子孫を残す、ただの生きた装置だった。けどね、あるゲシュペンストからこの髪の色を褒められたの。『まるで花のようですね』って 」
覚えている。
ただ廊下ですれ違った、死んだ目の女の子。
転んだ彼女に手を差し伸べながら、そう言ったことを。
「その時ね! 心の底から興奮したの!! 愛して欲しいって!! 愛したいって!!! 物とか人とかどうでもいい!!!!! ユウトと……一緒に居たいって思った 」
そっと、手を握られた。
指と指が絡まって、その熱が胸にまでやってくる。
「だから私はね、何度世界が終わっても、記憶をツギハイでずっとユウトのそばに居た。ユウトが死ぬときも、ユウトが私を殺してくれたときも、ヒカゲを救えなかったときも、ワミヤが自殺して、ライガが狂気に呑まれた時も、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずぅぅぅっっっっと、そばに居た。だからユウトがぜんぶ決めて良いよ、私はどこまでも着いて行くから 」
サクラさんは歯を見せて笑い、垂れ流しの愛を浴びせてくる。
けれど……その目にある依存は、どこまでも悲しいものだった。
(……当然だよね )
その頬を撫で、ゆっくりと抱きしめる。
何度も滅びゆく世界を見つめて、その度に色んな人の死を見届けて、今までずっと生きて来たんだから。
何かに依存でもしなきゃ、そんな狂気じみたことはできない。
「ねぇサクラさん…… 」
「ん〜? 」
「僕には、救いたい人たちがいました。でもその人たちが居なくなった今、どうすればいいかなんて分からないんです 」
「うん 」
「だから……あなたが、僕の救いたい人になってくれま」
「それはダメ!!!!! 」
鼓膜が張り裂けるくらいの大声がひびく。
サクラさんは無理やり体を引き剥がすと、大粒の涙がこぼれる目で、絶望するように笑った。
「私はね、何度も見殺しにしたの。ユウトを、ヒカゲを、ワミヤを、ライガを……だからダメなの。こんな奴は、幸せになっちゃいけないの。私は……ユウトに依存して欲しくない、ユウトに自分の道を歩んで欲しいの 」
(……あっ )
ヒカゲさんと同じ目だ。
理想に憑かれて、幸せを夢想して、その中で死のうとする、無意味で哀れで、手の施しようのない自殺願望者の目。
その目を見ていると、やっとサクラさんの本心が分かった気がする。
「サクラさん 」
涙で震える体を抱きしめる。
骨が軋むほど、内蔵が潰れるほど強く。
「あなたから向けられる感情なんて、正直僕には分かりません 」
「うん 」
「でも、あなたは本気で僕たちを助けようとしてくれた。それは分かります。だってヒカゲさんと同じ目をしてるから 」
「……うん 」
正直、何も解決していない。
でも……でも、もうあの人と同じような結末には、誰もなって欲しくない。
「だから僕は、すべて壊します。アルベ達を殺して、不平等も偏見もなにかも壊して、この寿命が尽きるまで……あなたのそばに居たい 」
「……どうして私が出てくるの? 目的がないからって、こんな奴に依存したら」
「依存じゃありませんよ。ただ、あの人と同じ眼をしてるあなたを救いたい。そんな未練です。だからお願いします……僕と一緒に、こんな造りものの世界を壊しませんか? 」
今度は僕が笑って、サクラさんを見つめる。
するとゆっくりと、その小さな顔は頷いてくれた。
「うん、壊そうよもうぜんぶ!! それが終わったらさ……いや……」
言い淀んだ言葉の先。
それをなんとなく理解して、もう一度その小さな体を抱きしめる。
「はい、終わりまで一緒ですよ。僕たちは似たもの同士ですからね 」
「…………うん 」
小さな声とともに、サクラさんから唇を重ねられた。
目を開けつづけると、サクラさんの壊れた瞳が見えて、それに映る黒い瞳も壊れていた。
結局なにも解決してないし、回りくどく言ったけどこれは依存で間違いない。
でも、僕たちは壊れてるんだ。
何かに縋らないとさらに壊れて、腐って、蛆がわいて、潰れていく。
間違いを選ばないと、僕たちは正しく生きられない。
(ごめんなさい。ヒカゲさん、お姉ちゃん、ゆい )
「サクラさん。もしすべてが壊れて、この世が幸せになったのなら……僕と一緒に、死んでくれませんか? 」
「うん!!! 」
バケモノが人を愛せたって、人のようには愛せない。
でも……この歪んだ愛は許して欲しい。
「……じゃあ行きましょうか、夜風は冷えます 」
「そうだね!! 」
二人で手を繋いで、砂漠をゆっくり歩いていく。
人のような甘い夢はもうおしまい。
今からは身勝手でワガママな悪夢……嫌いなものはぜんぶ壊して、好きなものと一緒に終わりたい。
それが……バケモノの本心。
これがバケモノの生きる道だ。
「でもさユウト〜、壊せるの? アイツらの戦いは何度も見てきたけど……勝てる光景が思い浮かばないの。特に……リュークには 」
「えぇ、でもまぁ……いい餌場を知ってますから 」
「……あぁあそこね!! わかった!!! じゃあ行こう!!! 」
「「ロジー王国に 」」
歯を見せて、壊れたもの同士で笑いあった。
ーーー
「なぁヤマト!! お前はこの世界に未来があると思うか!!? 」
「あっ? 」
やけに暗い一室に連れ込まれると、突然アキラはそう叫んだ。




