第50節 アイノオモミ
「ドいテ……どけげよぉぉ……さく▓ら�サ;・༅ンさんぁん 」
「ん〜、ヤダ 」
白い肉が、どんどんどんどん肥大していく。
百は越える口は、自傷するように自らを食いちぎり、それを糧に再生している。
もうそれは、一軒家のような塊だった。
(死にたいって気持ちかな? 遺産の暴走にしては速すぎる……でもこのままだと永久に死ねない、バケモノになっちゃう )
ゲシュペンストの暴走。
それを止められる確実なのは、対話や行動で感情の暴走を抑えること。
けどこれは不可能に近い。
だってユウト自身ですら、自分の本音が分かってないし、そもそも聞く耳なんか持ってくれるはずがない。
「ユウト、ごめんね 」
(簡易契約……チギレユメ )
一時的に左小指の感覚を遮断。
その対価として鮮血垂れる刀を生み出し、ユウトに優しく笑いかける。
「少し激しくするよ 」
遺産が機能停止するほどの損傷を、一撃で叩き込む。
それがユウトを助けられる唯一の方法。
「ぇぇ�ざぁ#る゜�ェィァァ!、!?、!!! 」
バグのような異様な咆哮とともに、白い肉が盛り上がる。
それは1000ほどの腕となり、腕から開いた口は、すべて私に向けられた。
一瞬。
たったそれだけの間で、目の前を腕が覆い尽くした。
(簡易契約……フレヌキボウ )
左足の感覚を遮断。
瞬時に上空に転移し、2激の赤い斬撃を肉に叩き込む。
けれど数千の口が、斬撃を簡単に喰らい尽くした。
「おいぉい゜じじぉぉぃぃ 」
(まぁ、この程度じゃ傷すら付けれないよね )
「っ!! 」
肉のすべての口からは赤い光が漏れ、えも言えぬ死が背筋を舐めた。
(簡捷契約 ガラスノアシ!!! )
白い肉から放出された数万の赤い斬撃。
瞬間的に強化した右足で空気を蹴り、跳ね回りながらそれを躱す。
(もっと近くに!! )
がむしゃらにばら撒かれる斬撃は、空にある雲の形すら変えている。
かすれば即死、よくて欠損。
でも近付かなければ、なにも出来ない。
「っ!? 」
目の前に現れた鏡。
その向こうには、数万の腕が迫ってきている。
(まず)
腕が鏡を割る。
それだけで体は、逃げ場のない空中に転移した。
しかも困ったことに、右足には黒いヒビが走っている。
(タイミングわるーい……詰んじゃったじゃん )
左足は感覚がないし、契約の対価で右足は壊れた。
これじゃあもう逃げれない。
「ガゥッ!!!!! 」
お腹と両胸、左手が迫る腕によって食いちぎられた。
体が裏返りそうな痛み。
そのせいで、世界から色が抜けていく。
当然と言えば当然。
だって私は人間だから。
たった心臓と肺が潰れただけで死んじゃう。
「ふひっ、でモネ 」
(簡捷契約……コワレノハナ )
全身二割の血。
それを対外へ放出し、蝶のような羽へと変質させる。
「私ってすごく!!!!! 」
死ぬ前に羽ばたき、体を加速。
腕がかする度に、皮膚や筋肉が喰われて行く。
頬からは風が入り、垂れた内蔵には冷たい風が当たる。
「諦めがわるいの!!!!!!! 」
けれど加速を止めない。
左眼を喰われようと、耳を削がれようと、アバラを噛み砕かれようと。
笑みを浮かべて、抱きつくように、ユウトに向かって突っこむ。
「アハハはははハはははハハガッッ!!!!? 」
にぶい衝撃。
お腹にはグッポリと腕がめり込んで、背中にそれが突き出ている。
(あ〜……今回もダメだったかなぁ…… )
心臓も肺もダメ、というか血を流しすぎた。
動こうにも、宙ぶらりんの状態じゃなにも出来ない。
(また……会えるかなぁ )
世界から形が崩れる中、ポツリと……人間らしく祈ってみる。
世界がまた作り直された時、ユウトに会えますようにと。
「こロす……こロロっっす。みんな……ぜんぶ…… 」
意識が途切れる寸前、ユウトの声が聞こえた。
「………………うん、いいよ 」
落ちる意識の中で、その声に頷く。
瞬間、周りの白い腕は燃え尽き、潰れた内蔵や腕には黒い文字が集い、その欠損部位を再生させていく。
「あっはは〜、ラッキー!! 」
「? ???!?�※♯?? 」
「なに起こってるか分かんないよね? うん。まぁ簡単に言うと、私たちは契約したの 」
数万と増殖した腕が、私を殺しにかかる。
けれどすべては私に到達することなく、途中で燃え尽きた。
「『強制契約 チノマジワリ 』。『殺し』を許す代わりに、ユウトが私を殺害できない契約を、強制的に結んだの。だから私を殺害するための攻撃は、契約上なかったことにされる 」
「うびッ……コロろろろ 」
嬉しくて、つい喋りすぎてしまった。
気がつけばユウトの体はさらに肥大し、枝分かれする数億の腕は、雲を掻き回している。
「……うん、分かってる。私は殺せないとしても、最終的には私以外の生物を喰らっちゃうってことくらい……でもそうさせないために、私はここにいる 」
(強制契約……オレヌハナ )
右手に現れたのは、黒く爛れた刀。
それには小さな花が咲き、その花弁もまた爛れている。
「この刃はね、他人への感情を質量に変換するの。この意味が分かる? 」
返答の代わりに、数億の腕が一気に振り下ろされる。
それを受け止めるように笑みを浮かべて、私も刀を構える。
「シシシシシネネネネネネネ!!!!! 」
「ねぇユウト……私の愛は、けっこう重いよ? 」
刀を振り抜く。
それだけで数億の腕は破裂し、その向こうの空を砕いた。
「あっ 」
空に腕をかかげ、落ちてくるユウトを受け止める。
私の右腕はちぎれていたけど、左腕に伝わる心音が、温もりが、何よりも大切だった。
「…………うぇぇぇぇん!!! ほんとに生きてる!! 死んでない!!!! やっと、やっと!!! ……………救えたよ 」
青空の破片が落ちる世界。
そんな創りものの世界で、やっと……自分の目的を果たせた。
今はそれが、何よりも嬉しかった。




