第49節 偽物とまがい物
「……情報を整理しましょうかね 」
あの闇から外に出たあと、憎むべき相手を見つけた僕らは、全員で階段に座り込んだ。
「まず、僕たちはゲシュペンストと人間が共存できるように、アルベ達を倒さなくちゃいけないんですよね。それでヤマトさんたちに同盟を申し込みにいく必要があると…… 」
「ヤマトならケルパー王国に、ハルトはヘレダントにいると思う。だってリュークがアイツを手放すわけないもん 」
すかさず情報をくれるサクラさんが、嘘は言ってないのは分かる。
だけどさっきのこともあって、心の底からは信用できない。
だって僕たちは、サクラさんのことを何一つ知らない。
「まぁ仮にそうだとしても、どうするんだよ? ヤマト様に『この世すべてはアルベが創りました、だから一緒にアルベたちを殺しましょう』……って言っても、頷くわけないだろうしな 」
「だから頷くまでボコボコにしましょう? 僕ならそれが出来ますし 」
「はぁ? お前、ヤマト様に殺されかけてたじゃねぇか!! 」
「だってぜんぜん本気じゃありませんでしたから、自分を削ればヤマトさんくらい余裕ですよ。なんなら今から行ってきますね 」
フラフラな足で立ち上がり、ぼんやりと開いた窓の外を目指す。
けれど僕の前に、ワミヤさんが立ち塞がってきた。
「邪魔ですよ? 」
「落ち着けよユウト、仮にヤマト様に勝ててもどうすんだよ。頷かなかったら? もし自害したら? なんなら自爆でもして、どっちも死んだらどうする気だ? 」
「大丈夫ですよ。自害も自爆もさせませんし、なんなら『この心臓』を使えば絶対に勝てますから 」
「それにしてもリスクがデカすぎる!! 話し合いや交渉とか、他に手はあるだろうが!!! 」
「話し合い? 」
自分の胸にある心臓。
それについた口を大きく開ける。
「づ!!? 」
一瞬、それだけでワミヤさんの両足は食いちぎられ、僕の心臓からは美味しそうな咀嚼音が聞こる。
踊る胸をおさえ、倒れたワミヤさんの髪を掴み、ゆっくりと頭を持ち上げる。
「話し合いなんて人間がやることじゃないですか。僕たちはバケモノですよ? 人じゃないんですよ? 殺せば解決して、暴力で頷かせればいいのに、なんでそんなめんどくさい事をしなきゃいけないんですか? 」
「てっ……めぇ 」
「じゃあ、行ってきますね 」
僕を睨んでくるワミヤさんに微笑みかけ、鏡を割って転移する。
転移した場所はケルパー王国の上空。
当然体は落ちるけど、ここなら辺りを見渡せる。
「あっ、居た 」
瓦礫だけが残る王国の跡地の中で、妙な人影を見つけた。
すぐに体から生みだした紫色の結晶を蹴り、瓦礫を突き破りながら、あいつの目の前に着地する。
「昨日ぶりですね、ヤマトさん 」
笑いかけながら振ろした拳は、ヤマトさんの頭を辺りの瓦礫ごと吹き飛ばした。
けれど残る体は手足でブレーキをかけ、首の断面からはあの顔が生えてきた。
「おぉ昨日ぶりだな。つかどうしたよその目は……ヒカゲとそっくりじゃねぇか 」
頭を潰したのに、ヤマトさんはヘラヘラと笑う。
それに片頬だけをつり上げた、歪な笑みを返す。
「で、なんの用だ? あん時の仕返しって訳じゃなさそうだが 」
「なんかですねぇ、この世界は都合のいいように作り替えられてるらしいんですよ、アルベの魔術で 」
「なんだ、お前もエリカから聞いたのか? 」
「……エリカ? 」
ふと出てきた言葉。
その名に覚えはあるのに、それに関する記憶がない。
「……ちげぇみたいだな。じゃああれか? この世界に絶望したから、自暴自棄になって俺を殺しに来たって感じか? 」
「いいえ? むしろ今までと変わらなくて安心しましたよ。誰かの都合のいいように生まれて、育って、利用され続けるなんて、ゲシュペンストの性じゃないですか!! 」
笑みを浮かべたまま頭を掻きむしり、赤く染る指先で頬を引っ張りあげる。
「だからほら、僕に手を貸せよ。命令ですからね? クソみたいなクソ作者を殺して!! 平和な世界でも創りましょうよ!! 」
「ハッ、お願いじゃねぇのかよ 」
「お願いなんて人がすることじゃないですか! 僕はゲシュペンスト!! 人間じゃないからですから!!! ほらほらほらほら、さっさと頷けよ 」
ぐちゃぐちゃな胸の内をぶちまけたのに、ヤマトさんは頷かない。
ただ何も言わずに笑っている。
「何笑ってるんですか……さっさと答えてくださいよ 」
「あー……わりぃが断る。俺は自由に生きたいからなぁ、誰かと一緒なんてごめんだ 」
「……あぁそうですか。そうですか! そうですか!! ……じゃあ死」
「ぬのはてめぇだ 」
気がつけば、異質な大剣が目の前に迫っていた。
それを左手で受け止める。
だがヤマトさんは剣を全力で蹴り、2段の衝撃波が、体を吹き飛ばした。
「殺しそびれた相手がノコノコ来てくれたんだ。もう逃がさねぇからな? 」
背中を地面がえぐり、剥げた皮膚の下からは、じわりと血が滲んでくる。
痛い。
でも今は……この空から目が離せなかった。
(あー……綺麗だなぁ )
ずっと嫌いだったんだ。
どんなに辛い時も、誰が死んでも、どれだけ絶望して嘆いても綺麗な空が。
だから正直、この世が作りもので安心した。
こんなどうしようも無く、大切な人たちが死んでいく現実が、誰かの理想だと知れたから。
こんな箱庭が、まがい物だと気がつけたから。
「死ね 」
風の渦巻く音とともに、大剣が僕の眉間にせまる。
(だからもう……いいよね )
それが頭を砕くよりはやく、胸から溢れたヘドロは左腕を喰らい、その断面から新たな腕が生え変わった。
「っ!! 」
「アハハッ!!!!! 」
口が大量に開く、3つの関節を持つ白い腕。
それを振るっただけで、ヤマトさんの腹は裂け、赤いあばら骨と背骨が風に晒された。
「あぁ゛おいじぃ!!!!! 」
左腕が喰らうヤマトさんの内蔵は、美味しくて堪らない。
腕の口が咀嚼する度に、心臓の口が肉をすりつぶす度に、重い快楽が脳をガンガン殴りつけてくる。
「ねぇヤマトさん!!!! 人のフリなんて辞めましょうよ!!!! 言葉も過去も思いもいらない!!!!! 僕達はバケモノなんだから!!!! バケモノはバケモノらしく……殺し合いましょうよ!!!!!! 」
「……気持ちわりぃ 」
再生を終わらせ、悲しそうにつぶやくヤマトさん。
その真上に跳躍し、力任せに振り下ろした左腕は、大地そのものを喰らった。
「『力』 」
けれど肝心な肉は逃がしたらしい。
すべての攻撃が届かない遥か向こうで、ヤマトさんが大剣を振りかぶっていた。
黒く燃える体は焼け焦げ、振り下ろされる剣は世界そのものを揺らしている。
「『落命』 」
「あはっ!!! 」
左腕をもぎ、宙をけずる斬撃にそれを投げつける。
左腕についた口は大きく開き、たった一口。
それだけで斬撃は消失し、心臓からの咀嚼音が脳の奥をゴリゴリと揺さぶる。
「あぁ美味しい!! もっとクダサイヨ!!! 」
痒い頭を掻きちぎりながら叫ぶ。
瞬間、目の前には、黒い拳があった。
(あぇ? )
躱しようもない拳から顔面の半分を潰され、世界を殴りつけるような鈍い音が遅れてやってきた。
「ガツ……アバェ 」
(音よりばやぐ……ゥォケ、うで )
手足は痙攣し、目も内蔵も上や下に跳ねている。
そんな僕を、ヤマトさんは見下ろしていた。
「バケモノなんだろ? 頭が潰されたくらいで倒れんなよ 」
「ルブ……ァイ!!!!! 」
心臓からヘドロをぶちまけ、辺りを喰らい尽くす。
けれど肝心の肉は喰えず、ヤマトさんは空中に立ち、僕をじっと見つめてくる。
(なんで空に……魔法? )
「なぁ、なんでバケモノのフリをしてんだ? 人間みたいな目をしてんぞお前は 」
「……あぁ? 」
鈍い怒りが、壊れた頭蓋をきしませた。
「なんで言葉にイラつく? なんで狂おうとする? バケモノってもんは元から狂ってる 」
「っ゛!!!! 」
右腕を前に伸ばし、怒りのままに生み出した紫色の結晶を、ぶちかます。
「おっ? これは初めて見たな 」
千を超える結晶は簡単に弾かれ、その後ろから飛んでくる、不意打ちの左腕すらもバク宙で躱された。
(ごぃ!!! )
僕の元へ帰ってきた左腕。
それを肩につけ直し、地面を踏み砕きながら振りかぶる。
「っ!? 」
この腕……覇王の左腕は喰らったものをすべて吸収し、その身に宿すことが出来る。
例えそれが魔術であろうと、実態のない衝撃波であろうと。
さっきの斬撃のおかげで、力は十分に溜まっている。
「おがえじしますよ!!!!!!! 」
空を砕くような白い衝撃。
それはすべてを消し飛ばし、ヤマトさんが居た空中には何も残っていない。
「えっ? 」
けれど遥か遠くの上空には、何かが浮かんでいた。
それはヤマトさんの首だった。
(首だけを投げた!!? )
「なぁユウト、見せてやるよ 」
首の断面からは肉が盛り上がり、黒い肉が形を成していく。
それは四足の何か。
両足は6本の爪を持つ獣のような何かに、両腕はただ巨大で、牙のように鋭い剣に。
けれどそのすべては不自然に欠け、腹や左胸辺りには巨大な穴が空いている。
ただ黒い、肉の塊。
それが着地した瞬間、もはや世界が揺れてるほどの地鳴りがひびいた。
「本物の……バケモノって奴をな 」
「っう…… 」
すぐさま頭を再生させ、右腕に紫色の結晶を纏わせる。
(これだけ大袈裟に変異したんだ。絶対に今までよりも速いし強い……反応しろ…… )
瞬きや呼吸すら隙になる、重々しい空気。
その中で神経を研ぎ澄ませる。
「…………あぇ? 」
けれど気がつけば、体の左半身が吹き飛んでいた。
(反応)
遅れてやってきた音の衝撃に吹き飛ばされる。
何とか着地しようとする。
けれど見えない一閃から下半身を削がれ、着地する足が無い。
(見えない!! )
「『憎世』」
辛うじて空から聞こえた言葉。
それとともに、青い空が見えないほど巨大な、肉の鎚が降ってくる。
それは回避するどころか、星すらも砕きそうな一撃だった。
「『自傷廻生』 」
すぐさま心臓に全身を喰わせ、白く、数百の口が浮かぶ覇王の肉体へと変異する。
すべての口を開け、それを閉じる。
それだけで鎚は腹に消えたが、その向こうからは、世界を揺らすほどの一撃が用意されていた。
「落命」
「っ゛う!! 」
降り注ぐ斬撃を喰らう。
けれど次の一瞬には、黒い不完全の獣が目の前にいた。
「落命、落命、落命、落命落命落命落命落命落命落命落命落命落命落命落命落命落命落命落命落命落命落命落命落命落命落命落命落命」
ただのがむしゃらな連打なのに、その一撃一撃が世界を壊すほど力がある。
覇王の肉体に、限度はない。
でも
(吐き出す暇がない!! )
すべてを喰らう、けれどそれだけ。
獣の連撃は止まらず、加速を続けている。
(ジリ貧……なら!! )
魔術を発動。
目の前に鏡を生みだし、獣が割った破片に乗って上空へと移動する。
(死ね!!! )
左肩にすべて衝撃派を集める。
すると白い体は盛り上がり、数億の人の歯でできた、空を覆う片翼となった。
これはかつて……覇王が勇者に向けて撃った、すべてを凪ぐ一振。
「『最悪の協調』 」
獣を、星すらも砕く白い風。
それを前に……獣は笑った。
「助かったぜ。その位置なら、星を壊す心配はねぇ 」
その言葉とともに、獣の右腕に黒い何かが立ち上った。
(炎? いや違う、なにあれ )
世界そのものにインクをぶちまけたような、世界を塗りつぶすことで存在しているような、闇よりも黒い何か。
それが広がり、収縮し、炎のように掻き消えた。
「『暗楽』 」
瞬間、音もなく、視界が黒に塗りつぶされた。
(……?? 何も見えない? 痛くないし、体の感覚がない。立ってる? 倒れてる? 何が起こ)
生きてるか死んでいるか分からない暗闇の中、あの声が聞こえた。
「おっ、アレで生きてるとかすげぇな 」
「ヤマ……っと、ざ」
体を再生させようとする。
けれど体が壊死しているのか、思うように細胞が増えない。
(時間を……鏡を割れるだけの肉を )
「……あの黒い炎はなんです? 魔術でも、魔法でもない。あれは…… 」
「ありゃ俺の素材だ。『勇者の血』だっけ? 殺した相手の未練を蓄積できる。それを右腕に集めてぶっぱなしただけだ。つーか、そっちの腕と羽はなんだよ? 」
「……『覇王の涙』ですよ。喰った人間の力を糧にできるし、吸収した肉を自在に操れる。だからこの心臓と……相性がいい 」
「……似てんな、俺たちの素材。つーか勇者と覇王か……皮肉だな 」
「っぐ!!! 」
「あぁそれと……逃がさねぇよ 」
腹に何かが突き刺さった。
それがジュブジュブと体を掻き回し、内蔵がプチプチと潰れていく。
「がっ……ぁ 」
「アルベは俺が殺す。お前はゆっくり寝てろ 」
痛みと悲しい声と死。
全身で絶望を感じる中、腹に刺さった何かが体を喰らいはじめた。
(死ぬ……抜かないと……死ぬ? …………やっと、諦められる )
「おっ、今どういう状況だ? 」
ただ死を受け入れた。
瞬間、知らない声が聞こえた。
「だれだおめぇ?」
「アキラだ。姿は変わってるのは、ここに来るのに何回も死んだからだ。つーかそいつ……ユウト・カイナか? なら殺すな 」
(アキ……ラ? )
知らない名と知らない男の声。
けれどそんなことが気にならなくなるほど、ヤマトさんの殺意は大きくなった。
「……ユウトはここで殺す 」
「ダメだ、生きてたら役立ってくれる 」
「テメェの言うことを聞くとでも思ったか? 」
空気が、心臓が、冷たい殺意によって震え上がる。
「あぁ、聞くさ。お前がユウトを殺したら、俺は敵になる。それはお互いに困ることだろ? なんたって俺は……諦めが悪いからな 」
「……クソが 」
「ガッ!!! 」
腹から何かが抜かれると、小さなため息が壊れかけの鼓膜をくすぶった。
「じゃあ行こうぜ、アキラ。テメェと俺の、同盟についてな 」
「あぁ、いい返事を期待してるよ 」
二人の気配が消えた。
すると脳を焼くほどの悔しさが、弱さが、身体中を震わせた。
「あっ……ァァァアアア!!!!!!! 」
再生した右腕と頭、それを地面に叩きつける。
「なんで死のうとした!! あの人の!! ヒカゲさんの夢を!!! なんで諦めた!!!!! 」
叫ぶたびに頭を叩きつける。
けれどこの憂鬱は増すばかりで、眼球からは意味もない水分がこぼれていく。
「……なんで泣くんだ。僕は人間じゃない、バケモノなのに。なんでこんなに弱い 」
まだ再生しない左腕で顔を覆い、死にかけのムカデみたいにうずくまる。
けれどガチャりと…………心の中で何かが外れた。
「あっ、じゃあ強くなればいいんだ 」
涙も憂鬱も、ピタリと止まった。
「喰おう、もっと。ゲームの時は何百人食べたから、次は何億人くらい食べよう。あそこなら……人が沢山いる。あの国なら、たくさんたくさん……えさがある 」
やっと再生した手足は、もう元の体じゃなかった。
白く、無数の口が浮かぶ肌。
腹の底から湧いてくる食欲。
ようやく……バケモノになれた気がした。
「あぁ殺そう、食べよう、むしゃむしゃ……おいしいものを」
手足をばたつかせ、あの国に走り出そうとする。
けれど僕の前に、誰かが立ち塞がっていた。
「ダメだよユウト。もうその道には……絶対行かせない 」
そこには……悲しい顔をした、サクラさんが居た。




