第47節 笑う契約
「ユウトさま!! ちょっといいですか!!? 」
「はい? 」
白一色の壁と、ステンドグラスに彩られた女王の間。
そこの護衛に当たっていると、ワミヤさんから肩を叩かれた。
「正直、人間みたいなクソ野郎を信用するのはどうかと思いますよ? 」
「……率直ですね 」
「だって奴らはすぐに裏切りますよ。悪意だけじゃない、善意ですらも自分たちにとっては有害になりえます 」
ワミヤさんは淡々と、静かな口調で語る。
その考えは間違いではないと思うし、むしろ正しいとさえ思う。
けれど……その考えのせいで、壊れた人間も見てきた。
「でも、独りよがりは破滅しか呼びませんよ。あれの二の舞になることは、ヒカゲさんも望んでないでしょうし 」
「だからって人間と……そうでしたね。彼も人間でしたもの 」
「はい。ほんと……ヒカゲさんはどこまでも人間でしたよ 」
沈黙だけの空気の中で、ポタポタと血が落ちる音がひびく。
その血は僕とワミヤさんの、握りこまれた拳から垂れている。
僕も人間を信用してるわけじゃない。
今襲撃を受けて、全員殺されたとしても意外とは思わない。
でも、あの人がやり残したこと、それさえ叶うのならば、僕はなんだってしてやる。
「ユウト〜、ワミヤ〜 」
「あっ、サクラさん。どうかしまし」
さっきから姿が見えなかったサクラさんは、赤い髪をなびかせながら、こちらに走ってくる。
血が垂れる、赤い刀をもって。
「ちょ」
「『契約魔術』〜 シニハジメ 」
刀から生まれた赤い斬撃。
身を伏せてそれを躱すが、その斬撃は後ろにある女王の間の扉をチリにした。
(えっ……どういうこと? )
「なんのつもりだ? それかテメェ……裏切り者か? 」
ワミヤさんは腰のホルダーから銃を抜くが、サクラさんは刀を構えたままニコニコと笑っている。
殺し合いになりそうな二人、すぐその間に割り込み、先にワミヤさんをなだめる。
「ワミヤさん落ち着いてください!! 魔術は絶対使わないで!!! サクラさんも!! 何がしたいんですか!!? 」
「大事なことをしただけだよ。それよりユウト、大丈夫? 脳みそはちゃんと頭の中にある? 」
「……新手の悪口か何かですか? 」
「違うよ〜。でも 」
突然胸ぐらを引っ張られ、そっと……頬を手で撫でられた。
「無事でよかった 」
歯を見せ、頬を赤く染め、惚れるように笑うサクラさん。
ゾッと背筋を駆け上がる恐怖のせいで、反射的にその手を弾いてしまう。
「ユウトさま……なんですかこれ 」
「えっ? 」
微かに背を撫でた、死とすきま風。
恐る恐る後ろを向くと、僕がいた場所には何もなくなっていた。
壁も地面も、破片どころかチリひとつない、そこだけが別空間に呑み込まれたような、異様な穴。
それが女王の間を貫いていた。
「なんなんですかこれ!? 」
「さぁ? どっかの誰かさんが、時空を歪める突きでも放ったんじゃない? 」
サクラさんは適当な返事をしながら、女王の間の階段を登っていき、壊れた扉の前で、そっと手を伸ばしてきた。
「おいで、彼女が待ってる 」
「っ!? 」
その言葉とともに、扉から黒い影が溢れた。
「ワミヤさ」
転移する間もなく、視界は影に呑まれた。
……
………?
「ここは? 」
気がつくと、異様な闇の中に立っていた。
光すら呑む闇。
けれど隣にいるワミヤさんとサクラさんはしっかり見え、その向こうにいる異様な女性も、ハッキリと見える。
「おや、どちら様かな? 扉は閉めていたはずなんだけど 」
「久しぶり。サクラだよ 」
「……サクラ? あぁ、久しい名だね 」
女性が振り返ると、その異様さが一気に際立った。
絹糸のような金髪と、赤い目を半分だけ開くその姿は、人なのに人とは感じられない、妙な違和感があった。
その瞳と目が合う。
するとなぜか、彼女は優しく笑い、それに妙な懐かしさを感じてしまう。
「あの……あなたは? 」
「久しぶりだね、ユウト。私はフィレ……『天陸宇下 第4位 』とも、ロジー王国の女王とも呼ばれている、しがない人間だよ 」
(……この人が? )
イメージと違ったのはもちろんのこと、驚いたのはこの人の姿だ。
白いヴェールに身を包んではいるけど、その隙間から見える肌には骨と皮しかない。
放っておいても死んでしまいそうな、むしろ今生きてることにすら違和感を覚えるほどに、彼女は細く弱々しかった。
「というかあの、久しぶりとは? 」
「まぁ座りなよ、これから長話をするんだから。ワミヤも、立ちっぱなしは疲れるだろう? 」
「……っ。聞くのは野暮ですけど、どうして自分の名前を? 」
ワミヤさんは銃を突きつけ、フィレさんを問いつめる。
けれど彼女は焦ることなく、ただ優しく笑ってみせた。
「この国の声は全部聞こえるんだ。だから君たちの目的も、人間への不信も、ぜーんぶ知ってる……ここまで言えば話は速いかな? 」
「色々と納得しましたよ。で? 話とは? 」
「そ、そうですよ。なんで女王から話なんて」
「ゲシュペンストと人間との共存について、だよ。仮にもここには国のトップがいるんだから、話さない理由はないでしょ? 」
「……確かにそうですね 」
ワミヤさんに視線を合わせると、ため息を吐きながらも銃をしまってくれた。
それを待っていたようにフィレさんは弱々しく笑い、四人で闇の上に座りこむ。
「さて、ゲシュペンストの問題は沢山あるよね。寿命、生産、枷、欲求、積み重なった偏見。まぁ知ってる通り、君たちのように出来がいいゲシュペンストは稀な存在だよ。だいたいは欲求が自己を呑み、自己が強ければ欲求との矛盾で自殺してしまう。でも、これは解決してるに等しい 」
「「はっ? 」」
「私の魔術はね、過去すべてを知れるというものなんだ。だからヒカゲくんが残したあの薬……その製造方法も知っている。あとは莫大な時間と人材でそれを量産すれば、偏見と枷以外の問題は解決する 」
「えっ、いや……じゃあ残る問題はどうするんですか!? 」
「簡単だよ、ゲシュペンストを殺そうとするもの、支配しようとするもの。それを女王の名において処刑しつづける。私はゲシュペンストとの共存に賛成だからね、何百年かかろうと問題解決に力を入れよう 」
降って湧いたような提案は、めちゃくちゃな暴論でしかない。
けどそれが、問題解決の近道であることには間違いない。
結局の話、偏見を無くすには長い時間がいる。
それを女王が力ずくで抑制しつづけるのなら、僕たちが死んだ後でも、ゲシュペンストたちは今よりかはマシな世界で生きられる。
「お前が裏切らないという根拠は?」
「残念だけど無いね。じゃあ、今すぐゲシュペンストに敵対視するものを殺そうか? そうすれば信じてくれるかな? 」
「待ってください。そしてワミヤさんは黙っててください 」
暴走気味なワミヤさんを黙らせ、ゆっくりと……長い息を吐く。
「僕はゲシュペンストです。だからあなたに嘘がないことは分かる。でもなんで今なんですか? それだけの考えがあるのなら、もっとはやく動けたんじゃないですか? 」
「それには理由があるんだよ 」
フィレさんは2本の指を立てると、ゆっくりと説明をはじめた。
「まず一つ、ケルパー王国が亡びたこと。あの国がゲシュペンストと人間の関係を悪くする大きな理由だったからね。それが無くなった今は、この国だけに力を注ぐことができる 」
その言葉に嘘は感じない。
「じゃあ……二つ目は? 」
「ピースが揃ったからさ。反逆者 アキラ、覇王の心臓 ユウト・カイナ、勇者の失敗作 ヤマト・ホルテンジエ。そして創り物 ハルト・ディアナ。これでやっと、敵に対抗できる 」
「敵? 」
「うん、ゲシュペンストとの共存を拒む……というより、世界が今のままであるべきだと思ってる子たちだよ 」
一瞬、静寂が辺りを呑む。
するとか細い呼吸とともに、フィレさんは何かを睨みつけた。
「その名は、アルベ・ヴァニタス、ユカリ・コロナリア……一応、リュークもかな。まぁその子たちを殺すか説得しないかぎり、私たちがどんなに頑張っても、すべてを壊されるよ 」
「いや待ってくださいよ!! なんでアルベさんたちが急に!!? しかも共存を望んでない!? しかも『天陸宇下』の上位全員が!! いやそもそも、なんであなたは断言できるんですか? あの人たちが敵だって 」
「ご最もな質問だね。だから……うん、少し昔話をしよう 」
「昔話? 」
フィレさんは優しく笑ったかと思えば、自らの小指を噛みきった。
その肉片がポロリと落ちる。
すると闇に波紋が広がり、辺りを白い光が照らしはじめた。
「これは歴史的にいえば500年前、私からすれば数億年前の話。勇者と覇王、そして人間。彼らが争い、彼らの遺産が生みだした狂気と愛の物語、それの続きだよ 」




