第38節 夢の浮橋
ふと気がつくと、どこまでも広い平原に立っていた。
目の前にはたくさんの死体が積み重ねられてる。
「……して 」
死体の山の頂上。
そこから声が聞こえた。
「返してよ……返してよ!! 返せよ!!! なんでこんなことができる!! 返せ!! 返して!!! なんで……返してよぉ 」
また気がつくと、死体たちの頂上にいた。
そこでは黒い髪をした女性が……涙ぐむ声とともに、死体の腹を引っ掻き回してる。
「返して……戻して……ねぇ……ねぇってば 」
女性は顔をあげた。
泣き腫れた顔はひどい有様だったけど、その瞳。
紫色に輝くそれは……とても綺麗だった。
「あっ 」
ふと……なにかに気がついたように、女性は手のひらに目を落とした。
それに顔を近づけると、私も気がついた。
中指ほどの小さな赤子がいることに。
「ぜったい……生き返らせるからね 」
覚悟に満ちた声とともに、赤子は握りつぶされた。
「ぜったい……今度は……私が守るから…… 」
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「…………変な夢 」
目が覚めると、そこは朝日の差す寮の部屋だった。
「授業……はまだだっけ? 」
目をこすってカレンダーを見る。
今日は六加色と28日。
夏まであと3日。
ゲームが終わった後、生徒たちが病んだとかなんとかで夏まで休校になったらしい。
(加色ってなんなんだろ……ふつうに何月〜とかでいいのに )
「ねぇヒカゲ、どうし………… 」
寝ぼけた頭を小突き、欠伸をしながら洗面所に行こうとする。
すると突然、扉がひらいた。
「あっ、リューク 」
「……ハルト 」
寮に入ってきたのはリュークだった。
でも青い目は見開かれ、その口はなにも喋らない。
「ねぇリューク、聞きたいことがあ」
声をかけようとした。
でもそれよりはやく、キスをされた。
「……? …………ぷはぁ、どうしたの? というかなんで泣いてるの? 」
「だってやっと……会えたんだぞ? 」
「……?? 」
ゲーム中、あの黒い空間でリュークと会った。
たしかにあれから会ってないけど、会えて泣かれるほどリュークと親しくもない。
「帰ろう。今なら永久に……お前を守ってやれるから 」
「ごめん、どういうこと? 」
「あっ、そうだ。指輪は何色がいい? 」
嬉しそうに目を輝かせるリューク。
ここまで話が通じないと、不可解よりもめんどくさいが勝ってしまう。
「ねぇリューク、私はエリカと結婚してるよ。重婚はできないからね? 」
「あっ? 」
急に空気が重くなった。
けれど突然、リュークは優しい笑みを浮かべた。
「そっか……ちょっと用事思い出したからさ、またな 」
「……? うん 」
「あぁ、その時は二人で結婚しよう 」
またキスをされると、リュークは手を振りながら外に出ていった。
(なんか最近……意味不明なことばっかりだなぁ )
窓の外をボーッと眺める。
するとまた扉が開いた。
「おっす 」
「あっ、おかえりヤマト 」
「あぁ、ただいま 」
帰ってきたのはヤマトだった。
「つーかどうした? リュークがすげぇ怖ぇ顔してたけど…… 」
「なんかキスされて、結婚の話された 」
「……… 」
ヤマトから無言のまま肩を掴まれ、顔を近づけられた。
(またキスでもされるのかな…… )
「お前は抵抗することを覚えろ! それか叫べ!! マジであぶねぇから!!! 」
「……? うん 」
キスされやすいように顎をあげたのに、どうして大声で心配された。
よくわかんないけどとりあえず頷いてみる。
「はぁぁぁ……つーかハルト、ユウト見なかったか? 」
「見てないよ。ここ二加色ずっと 」
「……そっか。アイツどこ行ったんだ? 」
「はいはーい、ちょっと失礼しますよー 」
「っ!? 」
また誰かが入ってきた。
(うるさ)
「初めまして、ヤマト・ホルテンジエさん。そちらは……初めましてじゃありませんね 」
扉のそばに立つのは……青空のような髪をし、黒いドレスを着た女、シグレ・アオギだった。
瞬間、得体の知れない怒りがこみ上げた。
「……誰だお前? 」
「地獄を紡げ、記憶の」
「ちょ!? 」
殺そうとしたのに、ヤマトの指が口に入ってきた。
そのせいで詠唱ができない。
「落ち着けって!! つかこいつ誰だ!? 」
「ツムギと一緒にいたやつ。シグレ・アオギ。ヒカゲを殺そうとした 」
「っ…………納得いかねぇだろうけど、アイツは死んでよかったんだ。だから落ち着いてくれ 」
「……そっか。いや……そうだよね、なんでこんな怒ったんだろ? 」
そう言われて思いだした。
ヒカゲはもう死んだ方がいい状態だったことを。
なのに今……怒りを理由にシグレを殺そうとした。
……意味がわからない。
「あのー、そろそろいいですかね? 」
「あぁ、んでなんか用か? 」
「えぇ。まぁ立ち話もあれなので、勝手に座りますねぇ 」
シグレはヒカゲが使ってた椅子に座った。
その行動一つ一つが頭の中を熱くさせ、握りこむ手がきしむ。
「でまぁ率直に言いますと……私と一緒に、ケルパー王国を落としませんか? 」
「あっ? 」
「今ここに『天陸宇下 40位 』 『87位 』 『11位』が居ますからね。一国を滅ぼすくらい簡単ですよ 」
「……意味がわからない 」
「だな。協力すると思ってんのか? 」
「思ってないならこんなこと聞きませんよ。例えばほら、ヤマトさんってケルパー王国に用事があるんでしょ? 」
「……… 」
ニタニタと笑うシグレ。
けれどヤマトは怒ったように目を見開き、無言で寮のカギを閉めた。
「……で? お前の目的はなんだ? 冷やかしならこの場で殺すぞ 」
「嫌ですねぇ、そんな性悪に見えます? 」
「答えろ 」
「……単純にケルパー王国をぶっ壊したいだけですよ。でも一人じゃ力不足、だから同士を集めたいって感じです 」
「なぜ? 」
そう問われると、シグレはあからさまに暗い顔をした。
「私にはですね……妹が居たんです。とても可愛くて、優しくて、でも国に濡れ衣を着せられて処刑されちゃったんです。だから私は……あの国を」
「嘘 」
「嘘だな 」
「あっ、バレちゃいました? 」
私は臭いと手足の動き、ヤマトは気配で嘘がわかる。
でもシグレは嘘を言い当てられたのに、クシャりと笑った。
「ならこういうのはどうです? 好きだった人がゲシュペンストだっ」
「おい 」
シグレの真横に剣が突き刺さる。
それを握るのはヤマトの手、その首には赤い血管が浮き立ち、その瞳孔は開ききってる。
「殺すぞ……それ以上しゃべ」
「これ、ケルパー王国からの通達書です 」
いつの間にか取り出された紙。
それをシグレは地面にばらまいた。
「内容としてはですね、ケルパー王国にいるゲシュペンストをぶっ殺せってものです。人間をゲシュペンストのように奴隷化する技術が手に入ったらしいですから 」
「……? だからな」
「……ありえない 」
「いやーありえちゃってますねぇ。偶然か狙ってたか、ヒカゲが暴走したあと、誰かがその技術を回収してたみたいんです。おかげで上層部は大喜び、ゲシュペンストなんていう不完全な技術に頼らなくてすむーっと 」
ヤマトたちは意味不明な話をしてる。
でも一つ……気になることがあった。
「ねぇ、二人は知り合いなの? 」
「いや初対面だ。どうせ魔術かなんかだろ 」
「『遠想魔術』、目を合わせた相手や物体の記憶を読みとるものです。ヤマトさんは目を合わせようとしなかったですけど、挑発に乗ってくれたおかげで過去を読みとれましたよ〜 」
「……なるほど、ヒカゲと接触してたからあんな挑発が出来たわけか 」
ヤマトは長いため息をつくと、壁から剣を引き抜いた。
「んじゃ、こっからが本題ってことだな 」
「えぇ、これでヤマトさんが裏切らないことは分かりましたしね 」
椅子から立ち上がると、シグレはヤマトを見つめた。
その鏡のような金色の瞳に、さっきのようにふざけた様子はない。
「では理由から、私はゲシュペンストの処刑人の家系です 」
「処刑? 処分じゃなくて? 」
「まぁ言葉のあやですよ。国家の内側はともかく、表向きにはゲシュペンストにもちゃんと権利がありますからねぇ。どうせ殺すにしても、処分と処刑じゃ世間の目はかなり違います 」
「要するに、国にとって不都合なゲシュペンストを、難癖つけて処刑してたってことか 」
「はい。でもまぁ危険なことですよ? 枷は不完全ですし、濡れ衣で処刑する訳ですからね。錯乱したゲシュペンストが自己崩壊を起こして、遺産が暴走することもありました。しかも捕縛も処刑もすべて私たちがしなくちゃならない、ブラックもいい所でしたよ 」
爪を噛み切りながらシグレは話をつづける。
「まぁ当然、処刑に終わりはありません。だって人間がゲシュペンストを作るんですもの。私の家族がどれだけ死のうと、優しい親戚がどれだけ死のうと、罪悪感で姉が自殺しようと、国はゲシュペンストの製造を止めてくれませんでした。でも納得してましたよ? きっとこれには意味があるって 」
優しい言葉遣いの中、シグレは地面に転がる紙を踏み潰した。
「で、コレですよ? あの犠牲には……なんの意味もなかった!! ただ上の連中らが楽するだけで!! 私たちは!! 家族は!!! 姉は!!!! ……ただの無駄死にです、だからもうなんだっていい訳です。歪なゲシュペンストだろうが、正体不明な人間だろうが、ツムギさんを殺したヒカゲの友人だろうが、協力してくれるのなら私はなんだってします。だからケルパー王国をぶち壊しましょ? 」
シグレはとても優しく笑ってる。
でもその目は……私と同じくらい濁りきっていた。
(……どうでもいいなぁ )
すごい熱量で色々と語られたけど、ぜんぶ興味が無い。
他人の過去なんてしらないし、よく知らない人のために命をかけるなんてバカバカしい。
「いいぜ、のってやる。お前の言うとおり……ケルパー王国には用があるからな 」
「……えっ? 」
「助かりますねぇ、ならさっそく」
「まって 」
自分の口から、急に声が出た。
(……? )
「どうした? 」
「いや……ヤマトが行くなら、私も行く 」
「行くってお前……これは人殺しだぞ? 正当性も何もない、ただの虐殺だ 」
「えっ……あれ? そうだよね? なんで…… 」
「お前……なんか変だぞ? 大丈夫か? 」
「っ!? 」
突然額を触られ、反射的にヤマトの顔を叩いてしまった。
「なんで……ごめん……よく分かんなくて……あれ? 」
「……一旦治癒室で見てもらえ、それか休んでろ 」
「勝手に決めないでくださいよ。彼女が戦力になるのなら、ほとんど勝ち確定ですし 」
「お前なぁ…… 」
「まぁ、何もかも急でしたからね。明日の深夜までなら待てますよ。でも、なるべくお早めに 」
そう言い残し、シグレは外に出ていった。
「俺も外に出るからよ、ちょっとゆっくりしてろ 」
「……うん 」
ヤマトも気をつかって外に出てくれた。
(……胸がズムズムする )
どうしてか……ヤマトと離れたくなかった。
理由も分からないのに、変な感情に突き動かされた。
こんなの……産まれてはじめてだ。
「どうして? ヤマトのことなんかどうでもいいのに 」
自問自答をしてみる。
でも答えは出ない。
私は人のためになにかしたい。
でもヤマトと一緒に行けば、人間をたくさん殺すことになる。
だから……決めなきゃいけない。
自分で……一人で。
(……? )
心臓が異様にはやい。
頭が熱くて、お腹が冷たい。
頬に汗がつたう。
(一人で決めるって……こんなに辛かったっけ? )
あまりの気持ち悪さに耐えきれず、横になってみる。
(どうしたらいいんだろ? )
「大丈夫かい? 」
うずくまって悩んでいると、聞き馴染みのある声が聞こえた。
顔をあげれば寮の中にエリカがいる。
「あっ、エリカ〜。どこに行ってたの? ゲームが終わってから全然見なかったけど…… 」
「心配かけてごめんね、ちょっとした用事があったんだよ 」
「用事? 」
「君は気にしなくていいさ。あっ、でも君に手伝って欲しいことがあるんだ 」
「なぁに? 」
「ヒカゲの墓参りに来てくれないかい? 私だけじゃ彼も寂しいだろうからね 」
「……うん、行く 」
あれだけ一人じゃ決めれなかったのに、それだけは素直に答えがでた。
「じゃあ行こうか。きっと彼も……喜ぶよ 」
エリカは優しく笑うと、私の手をとった。
瞬間、辺りを闇が呑み込んだ。




