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いずれ覇王と成る君へ  作者: エマ
臥薪嘗胆編
37/73

第37節 譲り受けた歪



「っ!! 」


 飛びだした先は、屍と瓦礫がつみ重なる平原だった。


(地下じゃねぇ……ってことはだいぶ時間が空いてんのか )


 地面を転がり、勢いを殺してから立ちあがる。

 するといつの間にかエリカが隣に立っていた。


「どっから出てきたんだよ 」


「私は転移できるからねぇ。それよりヤマト、よそ見して大丈夫かい? 」


「あぁ 」


 背後から迫る三十ほどの白い腕。

 それを振り向きざまにすべて切り落とすと、嫌でもあの異形が見えてしまう。


 増殖する全身の白い左足。

 体から突きでた巨大な五つの手には人間の後頭部が生え、その背には薬指だけでつくられた二対の翼が。

 無数の足が腕となり、無数の手が足となっている。


 あまりの異様さに吐き気がする。

 けど今は……あの異形を理解してしまう。


(やっぱそうかよ…… )


 あれはヒカゲの人生そのものだ。


 身体中の左腕はモモカが伸ばした手。

 足と翼はミュルとの思い出。

 五つの腕と顔の見えない頭は、ライガ達を救って現実逃避しようとしたもの。

 手足の増殖は後悔……薬指でつくられた翼は未練。

 異形であるのに人に見えるのは……ヒカゲが人間をバケモノだと思っていたから。


(お前も……辛いよな )


 こいつは過去にすべてを失ったんだ。

 取り返しのつかない喪失だったから……それでも生きてきたから……ここまで(いびつ)にゆがみ果てた。


「ヒカゲ……もう一度言ってやる 」


 剣を向け、身体中に赤いヒビをはしらせる。


「もう……終わらせてやるよ 」


「ぉぉ……ぁぁ…… 」


 掠れるようなうめき声。

 それとともに瓦礫を蹴り飛ばすと、異形へ到達する前にすべて左腕に変わり果てた。

 けれど寸前、霧状のなにかが舞っているのが見えた。


「なるほどな……っ!! 」


 突如として異形の腕は肥大、数百を超える腕が視界をふさぐ。


「『元素(エレメント)』 」


 ()()で剣に炎をまとわせ、横に全力で走る。

 腕は俺を追尾するように曲がり、増殖し、さらにその数を増やす。

 けど


(もう見てんだよ!! )


 一呼吸の間で四太刀。

 すべての腕を切り落とし、そのまま本体へと突っ込む。


 異形はさらに腕を増殖させる。

 初撃を躱して上に飛び、四方八方すべての腕を空中で切り落とす。

 そのまま剣を逆手に持ち替え、異形に横の一閃を斬りこむ。


(っ! やっぱり通る!! )


 振るった剣は腕に変わらず、その肉を切り裂いた。

 一瞬見えた霧状のなにか。

 それは薬か雪かと思っていたが、やっぱり炎で正解だった。

 雪なら溶け、薬なら蒸発する。


「っ!!! 」


 さらに切り込もうとした瞬間、異形の全身に黒い目が開く。

 すぐさま腕で顔を隠し、全力で後ろに下がる。


「っぐ!! 」


 手足はねじ曲がり、腰すらも半回転した。

 だが視線を遮った頭と首はねじれてない。


(やっぱ視線を隠せば首は守れる。それに……見つめられて一秒くらいなら猶予があるな )


「大丈夫かい? 」


「んっ? 」


 エリカの声が聞こえると背をさすられた。

 すると手足が半回転し、傷や絞りだされた血すらも消えた。


「これがお前の魔術か? 」


「うん。でも注意したまえ、死を治したりはできないし、後一度しか使えない。君を救うのに何度も使ったからね 」


「……それで充分、だっ!! 」


 エリカを突き飛ばし、その反対に逃げて迫る腕を誘導する。


(やっぱ腕を斬っても意味がねぇ……でも目の対処は分かった。霧の範囲も対処法も……なら後は )


「エリカ!! 突き飛ばした後でわりぃけど、次お前の名を呼んだら俺を治せ!!! 」

 

「はいはい、人遣い……いや、バケモノ遣いが荒いねぇ 」


「頼んだ 」


 足を止め、自分の首と脇を斬り裂く。

 動脈を切断。

 失血で意識がふらつく。

 腕が迫る。


(あー……気持ちぃな…… )


 気持ちよさで心臓が暴れる。

 全身に……黒い血管が浮き出る。


「ヒヒッ!! 」


 腕の束を蹴りあげる。

 肉は空中でバラバラに、赤い雨が落ちてくる。


「ヒャハ!!! 」


 剣を投げ、地面を蹴る。

 異形に接近。

 全身の黒い目と視線が合う。

 すれ違いざまにすべての目を指でつぶし、やっと飛んできた剣をつかんで異形をきざむ。

 

「アヒャハハハ!!!! ……アッ? 」


 血肉の下から現れた鏡。

 それに映る自分と目が合った瞬間、頭から指先に至るまで、注射針が皮膚を突き破った。


「ご……んなんじゃ!! 足らね」


 それでも刃を振ろうとしたが、新たな黒い目たちが視界を覆い尽くした。


「ッ!!! 」


 筋肉を固めて身を守る。

 そのまま体をねじ折ろうとする瞳に……ゆっくりと近づく。


「ぜっっってぇ…… 」


 針だらけで血まみれの腕を、ゆっくりと振りあげる。

 瞬間、異形は翼をあおいだ。


 高い体温で霧は蒸発する。

 だが地面はいっせいに腕と変わり果て、そのすべてから黒い目がひらいた。


「っ……ぐ……あぁ!!! 」


 それでも前に進み、ゆがんだ肘で鏡を砕く。

 だがそれまでだった。


 腰は後ろに折れ、首はねじれ、手足はひしゃげ、体は数千の腕の中に沈んだ。


 ………

 …………


『言ったよな…… 』


 暗い意識の中。

 ゆがんだ手で剣を握りこむ。


『もう……終わらせてやるって 』


「エリ……カ…… 」


 俺をヒカゲの中から引きずり出せたんだ。

 この声も……お前なら聞こえるだろ?


「任せたまえ 」


 頭の中で声が聞こえた。


「っ!!! 」


 治った手足で白い腕たちを粉微塵にする。

 無数の目たちも最短でつぶし、残った目は筋肉を固めて耐える。

 だが異形はさらに翼を広げた。

 けど


「おせぇ!!! 」


 異形に八太刀。

 すると傷が折り重なった部分から、ヒカゲの体がゴロリと顔を出した。


「…………じゃあな 」


 異形を斬りあげ、ヒカゲの胴を切り落とす。

 ヒカゲ()という本体が離れた。

 すると異形は黒い影となり、そのまま地面に消えていった。


「っ!! 」

 

 地面に落ちたヒカゲは空に手を伸ばした。

 すぐにトドメを刺そうとしたが……かすかに声が聞こえた。


「ごめ……さい……たすけ……くて…… 」


 たえだえな声だった。

 でも……たしかに聞こえた。

 『ごめんなさい、助けられなくて』と。


「……… 」


 左手を伸ばし、ヒカゲの手を握りこむ。

 するとその瞳からは涙がながれ、薄く開いた瞳から光が消えた。


(……逝ったか )


 間違いなく死んだ。

 その証拠に……欲求が満たされた体が気持ちよくてたまらない。

 でも……胸の奥が気持ち悪くてたまらない。


「やぁ。お疲れ様だね、ヤマト 」


「……あぁ 」


 いつの間にか、隣にエリカがいる。


「それにしても無茶するねぇ、私が治せなかったらどうするつもりだったんだい? 」


「……一応奥の手がある、学園ごと吹き飛ばすがな 」


「……そうかい 」


 エリカは地面に座りこむと、死んだヒカゲの頭を膝にのせた。

 そっと……子供を寝かしつけるように、どこまでも冷静な表情で。

 ……たぶん俺もおなじ顔をしている。


「……人の手が届かない場所に埋めてやってくれ 」


「言われなくてもそのつもりさ。それで……これからどうするんだい? 」


「……ゲームを終わらせる。『犯穢の悪魔(ルクスリア)』が壊滅した以上、ゲシュペンストを保護しなくていいからな 」


「放っておいてもゲームは終わるさ。今はユウトが頑張ってるからね 」


「…………いや、俺が終わらせる。魔書を手に入れるのは俺だ 」


「……そうかい 」


 二人に背を向け、異形がえぐった平原を進む。


「一ついいかい? 」


「……なんだ? 」


「どうして君は……力を求めるんだい? 」


「……俺は残された五年間を……自由に生きたい。だから気にいらねぇもんを殺したいんだ、自分が……死ぬ間際まで幸せで居たいから 」


「……… 」


「でもよ……この世界じゃそれはできないらしい。生きてて欲しいっていう人間が……ゲシュペンストが……苦しんで、ゆがんで、狂って、山ほど死んでいく 」


「……だから力がいるんだね? 」


「あぁ、だから俺はこの世界を壊す。こんな世界……気にいらねぇだろ? 」


「……うん、まったくだ 」


 エリカの冷たい声。

 それと共に走りだす。

 人間を……ゲシュペンストを……世界を。

 気に入らないものを……すべて殺すために。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ハハッ……やっと眠れたね、ヒカゲ 」


 膝の上で死ぬヒカゲ。

 その頭をそっと撫でる。


「安心していい、君が保護してたゲシュペンストは私が回収した。ゲームが終わるまでは殺されることはないよ 」


 話をつづける。


「あぁそれと、ライガとヤマトをデートさせてくれてありがとう。でもライガはかなりムッツリだからねぇ……くっ付いてたら色々と大変だっただろうね 」


 話をつづける。


「ユウトはまぁ……君よりはマシだと思うさ。だってまだ……失ってないんだもん。これから失うとしても大丈夫さ、彼にはサクラがいる。だから君が気にする必要はない、それと」


 話を……


「……ハハッ 」


 涙がこぼれてきた。

 人じゃない癖に、何度も見捨てた癖に……今さら涙がこぼれてくる。


「ハハッ……ごめんね、救えなくて。君を……ごめん、ほんとうに……ごめんね…… 」


 亡骸を抱きしめる。

 こんなことに意味はないと分かってても……ヒカゲの死が悲しくてたまらない。

 でも……悲しんでる暇はない。

 まだやるべき事がある。


「おやすみ、ヒカゲ 」


 涙をぬぐい、その頭を胸に押しあてる。


「たとえ偽りだったとしても、(エリカ)を救ってくれてありがとう 」


 


 

 


 




 

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