第37節 譲り受けた歪
「っ!! 」
飛びだした先は、屍と瓦礫がつみ重なる平原だった。
(地下じゃねぇ……ってことはだいぶ時間が空いてんのか )
地面を転がり、勢いを殺してから立ちあがる。
するといつの間にかエリカが隣に立っていた。
「どっから出てきたんだよ 」
「私は転移できるからねぇ。それよりヤマト、よそ見して大丈夫かい? 」
「あぁ 」
背後から迫る三十ほどの白い腕。
それを振り向きざまにすべて切り落とすと、嫌でもあの異形が見えてしまう。
増殖する全身の白い左足。
体から突きでた巨大な五つの手には人間の後頭部が生え、その背には薬指だけでつくられた二対の翼が。
無数の足が腕となり、無数の手が足となっている。
あまりの異様さに吐き気がする。
けど今は……あの異形を理解してしまう。
(やっぱそうかよ…… )
あれはヒカゲの人生そのものだ。
身体中の左腕はモモカが伸ばした手。
足と翼はミュルとの思い出。
五つの腕と顔の見えない頭は、ライガ達を救って現実逃避しようとしたもの。
手足の増殖は後悔……薬指でつくられた翼は未練。
異形であるのに人に見えるのは……ヒカゲが人間をバケモノだと思っていたから。
(お前も……辛いよな )
こいつは過去にすべてを失ったんだ。
取り返しのつかない喪失だったから……それでも生きてきたから……ここまで歪にゆがみ果てた。
「ヒカゲ……もう一度言ってやる 」
剣を向け、身体中に赤いヒビをはしらせる。
「もう……終わらせてやるよ 」
「ぉぉ……ぁぁ…… 」
掠れるようなうめき声。
それとともに瓦礫を蹴り飛ばすと、異形へ到達する前にすべて左腕に変わり果てた。
けれど寸前、霧状のなにかが舞っているのが見えた。
「なるほどな……っ!! 」
突如として異形の腕は肥大、数百を超える腕が視界をふさぐ。
「『元素』 」
魔法で剣に炎をまとわせ、横に全力で走る。
腕は俺を追尾するように曲がり、増殖し、さらにその数を増やす。
けど
(もう見てんだよ!! )
一呼吸の間で四太刀。
すべての腕を切り落とし、そのまま本体へと突っ込む。
異形はさらに腕を増殖させる。
初撃を躱して上に飛び、四方八方すべての腕を空中で切り落とす。
そのまま剣を逆手に持ち替え、異形に横の一閃を斬りこむ。
(っ! やっぱり通る!! )
振るった剣は腕に変わらず、その肉を切り裂いた。
一瞬見えた霧状のなにか。
それは薬か雪かと思っていたが、やっぱり炎で正解だった。
雪なら溶け、薬なら蒸発する。
「っ!!! 」
さらに切り込もうとした瞬間、異形の全身に黒い目が開く。
すぐさま腕で顔を隠し、全力で後ろに下がる。
「っぐ!! 」
手足はねじ曲がり、腰すらも半回転した。
だが視線を遮った頭と首はねじれてない。
(やっぱ視線を隠せば首は守れる。それに……見つめられて一秒くらいなら猶予があるな )
「大丈夫かい? 」
「んっ? 」
エリカの声が聞こえると背をさすられた。
すると手足が半回転し、傷や絞りだされた血すらも消えた。
「これがお前の魔術か? 」
「うん。でも注意したまえ、死を治したりはできないし、後一度しか使えない。君を救うのに何度も使ったからね 」
「……それで充分、だっ!! 」
エリカを突き飛ばし、その反対に逃げて迫る腕を誘導する。
(やっぱ腕を斬っても意味がねぇ……でも目の対処は分かった。霧の範囲も対処法も……なら後は )
「エリカ!! 突き飛ばした後でわりぃけど、次お前の名を呼んだら俺を治せ!!! 」
「はいはい、人遣い……いや、バケモノ遣いが荒いねぇ 」
「頼んだ 」
足を止め、自分の首と脇を斬り裂く。
動脈を切断。
失血で意識がふらつく。
腕が迫る。
(あー……気持ちぃな…… )
気持ちよさで心臓が暴れる。
全身に……黒い血管が浮き出る。
「ヒヒッ!! 」
腕の束を蹴りあげる。
肉は空中でバラバラに、赤い雨が落ちてくる。
「ヒャハ!!! 」
剣を投げ、地面を蹴る。
異形に接近。
全身の黒い目と視線が合う。
すれ違いざまにすべての目を指でつぶし、やっと飛んできた剣をつかんで異形をきざむ。
「アヒャハハハ!!!! ……アッ? 」
血肉の下から現れた鏡。
それに映る自分と目が合った瞬間、頭から指先に至るまで、注射針が皮膚を突き破った。
「ご……んなんじゃ!! 足らね」
それでも刃を振ろうとしたが、新たな黒い目たちが視界を覆い尽くした。
「ッ!!! 」
筋肉を固めて身を守る。
そのまま体をねじ折ろうとする瞳に……ゆっくりと近づく。
「ぜっっってぇ…… 」
針だらけで血まみれの腕を、ゆっくりと振りあげる。
瞬間、異形は翼をあおいだ。
高い体温で霧は蒸発する。
だが地面はいっせいに腕と変わり果て、そのすべてから黒い目がひらいた。
「っ……ぐ……あぁ!!! 」
それでも前に進み、ゆがんだ肘で鏡を砕く。
だがそれまでだった。
腰は後ろに折れ、首はねじれ、手足はひしゃげ、体は数千の腕の中に沈んだ。
………
…………
『言ったよな…… 』
暗い意識の中。
ゆがんだ手で剣を握りこむ。
『もう……終わらせてやるって 』
「エリ……カ…… 」
俺をヒカゲの中から引きずり出せたんだ。
この声も……お前なら聞こえるだろ?
「任せたまえ 」
頭の中で声が聞こえた。
「っ!!! 」
治った手足で白い腕たちを粉微塵にする。
無数の目たちも最短でつぶし、残った目は筋肉を固めて耐える。
だが異形はさらに翼を広げた。
けど
「おせぇ!!! 」
異形に八太刀。
すると傷が折り重なった部分から、ヒカゲの体がゴロリと顔を出した。
「…………じゃあな 」
異形を斬りあげ、ヒカゲの胴を切り落とす。
ヒカゲという本体が離れた。
すると異形は黒い影となり、そのまま地面に消えていった。
「っ!! 」
地面に落ちたヒカゲは空に手を伸ばした。
すぐにトドメを刺そうとしたが……かすかに声が聞こえた。
「ごめ……さい……たすけ……くて…… 」
たえだえな声だった。
でも……たしかに聞こえた。
『ごめんなさい、助けられなくて』と。
「……… 」
左手を伸ばし、ヒカゲの手を握りこむ。
するとその瞳からは涙がながれ、薄く開いた瞳から光が消えた。
(……逝ったか )
間違いなく死んだ。
その証拠に……欲求が満たされた体が気持ちよくてたまらない。
でも……胸の奥が気持ち悪くてたまらない。
「やぁ。お疲れ様だね、ヤマト 」
「……あぁ 」
いつの間にか、隣にエリカがいる。
「それにしても無茶するねぇ、私が治せなかったらどうするつもりだったんだい? 」
「……一応奥の手がある、学園ごと吹き飛ばすがな 」
「……そうかい 」
エリカは地面に座りこむと、死んだヒカゲの頭を膝にのせた。
そっと……子供を寝かしつけるように、どこまでも冷静な表情で。
……たぶん俺もおなじ顔をしている。
「……人の手が届かない場所に埋めてやってくれ 」
「言われなくてもそのつもりさ。それで……これからどうするんだい? 」
「……ゲームを終わらせる。『犯穢の悪魔』が壊滅した以上、ゲシュペンストを保護しなくていいからな 」
「放っておいてもゲームは終わるさ。今はユウトが頑張ってるからね 」
「…………いや、俺が終わらせる。魔書を手に入れるのは俺だ 」
「……そうかい 」
二人に背を向け、異形がえぐった平原を進む。
「一ついいかい? 」
「……なんだ? 」
「どうして君は……力を求めるんだい? 」
「……俺は残された五年間を……自由に生きたい。だから気にいらねぇもんを殺したいんだ、自分が……死ぬ間際まで幸せで居たいから 」
「……… 」
「でもよ……この世界じゃそれはできないらしい。生きてて欲しいっていう人間が……ゲシュペンストが……苦しんで、ゆがんで、狂って、山ほど死んでいく 」
「……だから力がいるんだね? 」
「あぁ、だから俺はこの世界を壊す。こんな世界……気にいらねぇだろ? 」
「……うん、まったくだ 」
エリカの冷たい声。
それと共に走りだす。
人間を……ゲシュペンストを……世界を。
気に入らないものを……すべて殺すために。
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「ハハッ……やっと眠れたね、ヒカゲ 」
膝の上で死ぬヒカゲ。
その頭をそっと撫でる。
「安心していい、君が保護してたゲシュペンストは私が回収した。ゲームが終わるまでは殺されることはないよ 」
話をつづける。
「あぁそれと、ライガとヤマトをデートさせてくれてありがとう。でもライガはかなりムッツリだからねぇ……くっ付いてたら色々と大変だっただろうね 」
話をつづける。
「ユウトはまぁ……君よりはマシだと思うさ。だってまだ……失ってないんだもん。これから失うとしても大丈夫さ、彼にはサクラがいる。だから君が気にする必要はない、それと」
話を……
「……ハハッ 」
涙がこぼれてきた。
人じゃない癖に、何度も見捨てた癖に……今さら涙がこぼれてくる。
「ハハッ……ごめんね、救えなくて。君を……ごめん、ほんとうに……ごめんね…… 」
亡骸を抱きしめる。
こんなことに意味はないと分かってても……ヒカゲの死が悲しくてたまらない。
でも……悲しんでる暇はない。
まだやるべき事がある。
「おやすみ、ヒカゲ 」
涙をぬぐい、その頭を胸に押しあてる。
「たとえ偽りだったとしても、私を救ってくれてありがとう 」




