第36節 歪の唄:混
ミュルの亡骸が回収された。
俺たちが作りだした技術はすべて押収され、ゲシュペンストを人間にする薬は闇に葬られた。
ミュルと一緒にいた俺も国家反逆罪の容疑がかかる。
そう思っていたが、俺はその容疑から外れていた。
その理由は単純だった。
ミュルが反逆罪になった理由は計画がバレたからじゃなかったから。
『脳喰らい』
その欲求を満たさず自害した。
それが人のために尽くさなかったとして、処分対象になっただけだ。
報告によれば、ミュルの死因は窒息死。
薬品かなにかで気道と肺胞を壊していたらしい。
窒息で脳の細胞はほとんど壊れ、ゲシュペンストとして再利用されることはない。
……今思えば、それを見越してあの死に方をしたのかもしれない。
……もう無駄なことか。
「ゲホッ……まずいな 」
がらんどうになった研究所で、大量の薬を……自作の活性剤をむさぼり食う。
バチバチと弾ける音が頭から聴こえる。
脳が破裂しそうな感覚に襲われる。
だがそこまでしてようやく……魔術で毒をつくれた。
毒の生産に成功したその日から、研究員の間で不審死が相次いだ。
未知の毒だ。
不審死でしか片付けられないだろう。
俺を疑ってもムダだ。
『影現魔術』は人間の脳では不可能とされているから。
勘づいてもムダだ。
証拠を集められる前に殺せばいい。
「それでは発表致しましょう!! 十五歳という若さにてゲシュペンストの管理長となったもの! ヒカゲ・ルミルさんです!!! 」
「どーも 」
それから少し経って、管理長の座についた。
この座を狙う人間は多かったが、そのほとんどが不審死したおかげで簡単にこの地位を手に入れた。
「はぁ、はぁ!! 」
廊下をはしり、管理長のみが使える鍵をつかって扉をひらく。
「久しぶりだな……はじめるぞ 」
ゲシュペンストの遺体が保管される冷凍室。
久しぶりにあうミュルの遺体に声をかけ、その頭をなでた。
管理長といえど、長時間冷凍室にいれば不審に思われる。
だから三十分。
その時間で、天才と言われた五人の遺体から脳を取りだし、鏡をつかって自分の脳にそれらを移植する。
「っ……ぅ……ぎぃ…… 」
脳を冷たい器具でつまみ、切り取り、魔具でむすぶ。
朦朧とした意識でミュルの左目を抜きとり、自分の目にはめる。
頭骨をつなげ、ミュルの残った薬指に……俺の部屋に落ちていた指輪をはめる。
脳をいじる感触は不快でしかなかった。
だがそのおかげで……自分の脳を強化できた。
ゲシュペンストを救うにはあの技術が必要不可欠。
だが再び作ろうとすれば言い逃れできない。
だからこうした。
『影現魔術』をつかえる脳に。
「すげぇな 」
魔術は素晴らしいものだった。
完成系さえしってれば、簡単に技術を量産できる。
懸念していた脳の拒絶反応も、薬を致死量打てばどうとでもなった。
「ハハッ 」
ためしに、処分寸前の貴族であるゲシュペンストを救った。
「……お目覚めか? ユウト・カイナ 」
「えっ? なんで……僕の脳は移植され」
「る前に穴埋めした。枷も薬で麻痺させてある。だからお前は……自由だ 」
ゲシュペンストを救えたことに満足した。
だが……胸の苦痛は消えなかった。
「あれ……私は? 」
「ライガ・ヒカガミ。気分はどうだ? 」
「えっと……スゴく……いいです 」
「なら良かった 」
自己矛盾を起こして死にかけていた貴族を救った。
「ワミヤ・セキリョウ……であってるな? 」
「はい!! なんでありましょうかゴミクズが!!! 自分を殺しに来たのでしょうか!!? 」
「いや違う、お前に濡れ衣を着せたやつを消してやったって報告しに来ただけだ 」
「……なにが目的ですか? 」
「目的なんてなにもねぇ。ただ……お前らを救いたかっただけだ 」
「……あなたはほんとに人間ですか? その目はまるで……バケモノのようですね 」
処分寸前のゲシュペンストを救った。
「しつこいよ〜ヒカゲ。わたしは自由だって言ってるじゃん 」
「そうか? こんな神みたいに崇められて、俺からしたら不自由にしか見えん 」
「む〜。あっ、でもさでもさ、少し興味がある子がいるの。その子と私を引き合わせてよ 」
「……誰と? 」
「ユウトと!! 」
人間でありながらも、覇王の生贄になるはずだったサクラ・カブリ。
よく分からなかったが、とりあえずそいつも救った。
でも……まったく満たされなかった。
「……? 」
意味が分からなかった。
だって俺の目的はゲシュペンストを救うためだから、満たされないとおかしいだろ……
きっと救いが足りない。
だから次は……製作段階で失敗とされ、未だカプセルの溶液に浸されるゲシュペンスト……エリカを救った。
でも……
「ぇ…… 」
エリカのバイタルが安定した途端、血が混じった胃液を吐いた。
困惑したと同時に納得した。
(……こいつらなんてどうでもいい )
ただ救いたかった。
こんな名前しか知らない奴らなんてどうでもいい。
俺はただ……モモカを……あの人を……
いま力を身につけても、どれだけ成功を重ねあげても意味がない。
だってもう…………
「救わなきゃ 」
岩の地面をかぎり、爪が剥がれた痛みで前を向く。
「相変わらず……吐きそうな顔をしているね、ヒカゲ 」
「……なんで俺の名を 」
「……そうだね、はじめましてヒカゲ・ルミル。そう……はじめましてだ 」
バイタルが安定したからと言って、急に話せるはずも立てるはずもない。
けれどエリカは立ち上がり、涙を流しながら俺に抱きついた。
「ごめんね、君はどうしても……す」
…
………
………………
「ユウト。俺は個人戦が終わり次第、ゲームをひらく 」
「ゲーム……ですか? 」
貴族全員と俺だけが知る一室。
俺の正面に座るユウトはキョトンとしていた。
「あぁ。最善はゲーム報酬で魔書を貰うことだ。最低でも人間を殺していいようにルールを調整してもらう 」
「なんで……そんなことを? 」
「お前らの力を上げるためだ。だが……これはお前の出来レースにする、二度殺すまでポイントが入るようにな 」
「ヒカゲさんは……どうするんですか? 」
「俺はいつも通り、人類の歴史を終わらせるために動く。具体的には全人類に宣戦布告して、ヘレダント中の人間を爆弾に変えるように動くって感じな 」
「っ!! そんなことをしたら」
「間違いなく生徒の『天陸宇下』に敵認定される。まぁ逃げることは不可能だし、戦ったら死ぬだろうな 」
「死ぬだろうなって……そんなリスクがあるのは避けるべ」
「お前らなんかどうだっていいんだ!!!!! 」
怒りのままに机を殴る。
するとユウト怯えたのに、こっちは涙がこぼれてきた。
「お前らなんかどうだっていいんだ……ただ俺に……あの計画しか残されてなくて……ゲシュペンストを救わなきゃダメで……でもどうしようもなくて……俺はあの人たちを救いたかっただけで……薬の使いすぎで……もう十年も残ってねぇんだ 」
「……… 」
「だから俺は……自分の夢のために死ぬ。もう辛いんだ、あの日からずっと。だからさ……ここに残すよ……俺のすべてを 」
髪をくしゃくしゃにして、痒い頬を血が出るまで掻きむしる。
「滅ぼしたきゃ滅ぼせ、救いたきゃ救え、死にたきゃ死ね。ここにあるものを使えば……そのどれもができる。俺はもう……終わるよ 」
「……分かりました 」
この場で殺されるかと思った。
なのにユウトは……頭を撫でてきた。
「ありがとう、僕たちを愛してくれなかった人間さん。どうかあなたが……夢のために燃え尽きますように 」
「…………ぅん 」
▓▓
いつの間にか……白い空間にいた。
そこには地面を引っ掻きつづけるヒカゲと、どこにでもあるような剣。
そしてエリカが立っている。
「今のが……ヒカゲの過去か? 」
「お疲れ様、語り手くん。疲れているだろうけどもう余白がない、本題にはいろう 」
いろいろ聞きたいのに淡々と話を進められ、エリカはヒカゲの方を指さした。
「あれはヒカゲの精神的な核さ。あれを壊せば現実のヒカゲも死ぬ、都合がいいことに……君にピッタリな剣も落ちているしね 」
「俺に……ヒカゲを殺せって言いたいのか? 」
「違うよ、私はあの過去を踏まえて選択してほしいんだ。ヒカゲを殺すか、見殺すかをね。時間がないから質問はあと二つだよ 」
「……… 」
正直……一回エリカをぶん殴りたかった。
どっちも殺すって意味だし、毎回意味不明なことしか言わないし、ちゃんと説明してもくれない。
でも俺を見るエリカは不安そうな顔している。
そんなはじめて見る表情のせいで……聞き返す気が起きない。
「なんもわかんねぇけど……この選択が大事だってのは分かった。なら質問だ、ヒカゲはなんであの時……こんな姿になったんだ? 」
「単純な話さ。モモカたちとおなじ境遇だったから辛うじて愛していたゲシュペンスト達。そいつらが人間とおなじ事をやってたんだ。そんなのもう……彼にとって愛す価値なんてないだろう? 」
「……そっか 」
正直、問いはそれだけで十分だった。
「どうでもよかったんだ……あの人たちをただ……救いたかっただけなんだ…… 」
落ちている剣を拾い、ゆっくりとヒカゲに近づく。
「なぁヒカゲ、お前は自分を許せなかっただけなんだな 」
「ちがう……ちがう…… 」
「ちがくねぇよ、お前はただ……人生で二人の女性を愛しただけだ 」
その顔を持ちあげ、ヒカゲの虚ろな瞳を覗き込む。
「だから許せなかった。気付けたかもしれないから、寄り添えたかもしれないから …………お前が自殺しなかったのも、それが理由だろ? 自分が楽になる道をことごとく潰して、ゲシュペンストを救うなんて無理難題を一人で背負った。人間を、すべてを、自分を……裁くために 」
「うっ……ぁあ!! 」
「だからハッキリ言ってやる、ぜんぶ……お前がわりぃよ 」
ヒカゲはわめくように叫び、耳を塞いだ。
けれどその手を引き剥がし、罵倒から逃れないようにして声を張る。
「モモカが死んだのはお前のせいだ! ミュルを見殺しにしたのはお前だ!! お前が悪かったから誰も救えなかった!!! だからもう……終わらせてやる。俺が裁いてやる!! 俺が罪を背負ってやる!!! ……俺たちは、こんな世界じゃ幸せになれねぇんだ。だからもう……休め 」
こぼれる涙とともにヒカゲを力強く抱きしめる。
少しでも、ほんの少しでもいいから……こいつが楽になれるように。
「…………エリカ、最後の質問だ。俺を外に戻せるか? 」
「戻ってどうするんだい? 殺すのならこの場で」
「戻れるかどうかって聞いてんだ、さっさと答えろ 」
「……戻れるよ。でもどうして、そんな回りくどいことをするのかな? 」
「お前なら分かんだろ、あの異形はヒカゲの人生そのものだ。だからこいつを裁くならあれを殺さなきゃならねぇ 」
「……勝てるのかい? 」
「死んでも殺す、それだけだ 」
「はぁぁぁ 」
エリカの長いため息とともに現れた黒い扉。
突き刺した剣を抜き、使命感を燃やしながら扉に手を伸ばす。
だがその手をエリカが掴んできた。
「私からの質問さ。どうして君は……ヒカゲのために命をかけるのかな? 」
「……俺とおなじで、自分で苦しむ道を選んでるからだ。自分じゃ自分を変えれねぇ……だから誰かが終わらせてやらねぇと、あんまりじゃねぇか 」
「…………うん、知ってる 」
「……? 」
エリカは笑った。
どこまでも懐かしいように……悲しそうに……なんとも言えない表情で。
「じゃあ、私も手を貸そう 」
「お前がか? 」
「心配しなくてもいいよ、ヒカゲを楽にしてあげたいのは私も同じだからさ……でも約束してもらうよヤマト・ホルテンジエ。ヒカゲを……必ず殺してくれたまえ 」
「あぁ、言われなくても分かってる 」
黒い扉をあけると、そこから大量の闇があふれ、視界を黒が呑んだ。
(後でな、ヒカゲ )
闇の中に差す白い光。
それを斬り上げ、エリカとともに前へ飛ぶ。
歪人の人生を……終わらせるために。




