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いずれ覇王と成る君へ  作者: エマ
臥薪嘗胆編
34/73

第34節 歪の唄:転



「てか前もこんなことあったな 」


 闇を歩く中でひとりで呟いてみると、エリカはクスクスと笑いはじめた。


「ヒカゲとおなじ展開にしたからね。そりゃ似てるさ 」


「展開? 」


「そう、展開さ。その方が簡潔だし余白を残せるからね 」


「……? 」


 よく分からない言葉に首をひねっていると、エリカは突然立ち止まる。


「ところで質問はないかい? 時間もあるし、今ならなんでも聞いてくれたまえ 」


「んじゃとりあえず……なんで俺は生きてるんだ? 」


「私の魔術で救ったのさ。君を探すのはかなり骨が折れたけどね 」


「……ワミヤはどうした? 」


「彼なら逃げたよ。でも責めないでほしい、彼の魔術は自分にしか使えないんだ 」


「……それは分かってる。見捨てる気ならあんな忠告しねぇしな 」


「ならいいさ。それで……他にはないかい? 」


「他か……つーかここはどこだよ? 」


「私の魔術の空間さ 」


「なんで俺の体は無傷なんだ? 」


「私の魔術のおかげさ 」


「……マジでお前の魔術ってなんなんだよ。治癒に転移に謎空間にって、色々と規格外過ぎないか? 」


「それはそうだろうね。だって私は部外者だもの 」


「……? 」


「おっと、もう時間だ 」


 エリカは勝手に話を切り上げ、暗闇を見上げる。

 それにつられて上を見ると、そこには白い穴があった。


「んだこれ? 」


「さっき言った歪人の過去だよ。キミにはこれを語ってもらう 」


「いや語るってどう」


 ふと……背後からなにかに押された。

 すると白い穴に体が吸い込まれていく。

 

「じゃあ、行ってらっしゃい 」


「待て待て待て!!? まだなんも聞いてな!!?? 」


 必死にもがくがなにもできず、そのまま白い穴に呑まれた。



▓▓



 サビ臭い一室。

 椅子に拘束されたゲシュペンストに薬を打ちこみ、その目の前に座ってみる。


「んぅぅう!!! 」


「あー……悪いな。苦しいだろうけどよ、実験しなきゃいけねぇんだ 」


 打ったものはまだ実験段階の活性薬。

 ほぼ人間と同じゲシュペンストにそれを打ちこみ、目立った副反応を書記にまとめる。


「よぉヒカゲ!! 暇か!? 」


「見て分かれよカエデ、用がなきゃ出てってくれ 」


 背後の扉を蹴破ったのは、茶色い瞳を輝かせる赤髪の男だった。


 名はカエデ・アビス。

 俺とおなじで王族のために尽くすだけの研究員、『王下隷者(おうかれいしゃ)』の同期だ。


「てかお前……危なくねぇか? せめて檻かケースに入れた方がいいと思うぞ 」


「拘束してるから不要だ。それに観察するなら檻越しより断然いいしな 」


 カエデの話を聞きながらも、もがくゲシュペンストの症状を書記にまとめる。


「てかよ、なんで魔法とか魔術あんのに薬を研究してんだよ? 薬学なんて古びたもの、お前くらいしかやってねぇぞ? 」


「……『影現魔術(えいげんまじゅつ)』ってわかるよな? 」


「あぁ、細胞レベルまで想像したものを実現させるやつだろ? つかお前の魔術じゃねぇか 」


「そっ。けど細胞レベルまでってのは人間の脳じゃ不可能だ。だからそこら辺を薬でなんとかしてぇんだよ 」


「そっか……なら応援してるぜヒカゲ! お前なら出来んだろうよ!! 」


「はいはい……ん? 」


 肩を組まれて笑い合う中、ゲシュペンストが死んでいることに気がついた。

 泡を吹いてるところを見るに、たぶん脳か呼吸器系に影響があったのだろう。


「この薬もダメか 」


「そうだな。あっ、ヒカゲって飯まだだろ? 一緒に食いに行こーぜ!! 」


「別にいいけど、食える分だけ頼めよ? お前って金遣い荒すぎるし 」


「そんときはまた食べてくれ!! 」


「はぁぁ、仕方ねぇな 」


 椅子の下にあるスイッチを押し、処分機を起動させてから部屋を出る。


 錆びつく歯車の音が廊下にひびく。

 骨が潰れる音。

 膨れた皮膚から臓物が吹きだす音。

 どうしてか……それがうるさくてたまらない。


「てかよヒカゲ、ゲシュペンストが研究員になった話はしってるか? それがかなり問題になってるらしいぜ 」


「いや初耳だな……けど問題になるほどか? 」


「いやそれがさ、そのゲシュペンストには枷がついてねぇんだと。なんか枷の必要がないほど人間に貢献的らしいぜ 」


「へー、ちなみにそいつの所属先は? 」


「お前と同じだ 」


「マジか…… 」


 ゲシュペンストと。

 しかも枷も付いていない造りものと一緒に研究なんて正直勘弁してほしい。


「まぁちょっとでも問題起こせば処分するらしいからさ、お前もあぶねぇと思ったらちゃんと報告しろよ? 」


「ういうい。あっ、そういや」


「カエデ〜!!! 」

 

 会話の最中、前から女が突っ込んできた。


「おっ、モモカじゃねぇか! 研修おつかれぃ!! 」


「ありがと〜! 」


 桃髪のツインテールを振り回しながら、モモカはカエデに明るい笑顔を向けている。

 けれどその赤い瞳と目が合ってしまうと、気まずい空気が辺りに漂いはじめた。


「よ、よぉ……… 」


「ど、どうも…… 」


「どした? 二人ともモジモジして 」


 けどこのままじゃキリがない。

 モモカの細い体に手を回し、やけくそ気味に昨日のことを報告する。


「俺たち付き合うことになった! 結婚前提でな!! 」


「……ま? 」


「う……うん。一応……ね? 」


「そ……そりゃめでたいな!!! よし!! オヤジに報告してくる!! 今夜はパーティーだからな!!! ちゃんと空けとけよ!!! 」


 カエデはそう言うと、さっさと廊下の向こうに行ってしまった。


 静かになった廊下で二人きり。

 そんな空気に耐えきれず、熱い顔を抑えてしまう。


「すまん……もうちょっといい報告の仕方あった 」


「いや大丈夫だから!! たしかに恥ずかしかったけど嬉しかったもん!!! ちゃんと……ヒカゲから言ってくれて 」


「……でもさ、本当に俺で良かったのか? 告ったのは俺だけど……お前ならもっと他の人と」


「それ以上言わないで!! 」


 大声とともにモモカは泣き始め、後悔のせいで腹の奥が冷たくなる。

 でもモモカは……泣きながらも力強く抱きついてきた。


「ヒカゲだからいいの。ヒカゲだから私は頷いたの。それを……お願いだから否定しないで…… 」


「……悪かった。もう二度と……こんなことは言わない 」


「うん…… 」


 モモカは腕を緩めると、涙を流しながら笑みを浮かべた。

 どこまでも……永久に愛していたいと思えるほどの美しいさで。


「ねぇ……これからよろしくね、ヒカゲ 」


「あぁ、こっちこそよろ」


 モモカと誓いをたてる前に、唇をキスでふさがれた。

 驚いたが離れたいとは思えず、腕を回してその細い体を抱きしめる。


(……幸せだな )


 胸の中にこみ上げる熱い幸福感。

 いつまでもこれを感じていたいと思えた。

 その幸福を……いつまでもモモカに感じてほしいと思えた。

 けれどそれが壊れたのは……雪が降る季節、俺の家に二人を招待した時だった。


「……なんで? 」


 雪の上に倒れる体には、無数の剣が突き刺さっていた。

 足元に転がる見慣れた顔……それは涙をながし、ただじっと俺を見ていた。


「見ないで……おねがい…… 」


「モモ……カ? 」


「おい近寄るな!! こいつはまだ生きてるぞ!? 」


「なにいって」


「ヒカゲ!! 危ねぇから下がってろって!! 」


 駆け寄ろうとした。

 けれどカエデから捕まれて動けない。


「なんでおま……モモカが 」


「アイツはゲシュペンストだ! 人間に擬態してたんだよ!! 」


「意味がわから」


 這ってでもモモカに近付こうとすると、頭のない体は左手を伸ばしてきた。

 それに向かって手を伸ばす。

 けれど……振り下ろされた剣がモモカの頭と腕を叩き潰した。


「…………… 」


 叫ぶことも喚くこともできなかった。

 ただ……これが現実だと認めたくなかった。


 けれど死体は兵士たちに回収され、雪に残った血を見ていると……認めたくなくても、モモカが死んだと理解してしまう。


 あっという間にきえた幸せを前に、ただ立ち尽くすことしかできない。

 そんな絶望の中、カエデからいつものように肩を組まれた。


「お前も……災難だったな。あんなバケモノと付き合ってたなんてよ 」


「…………は? 」


「あいつな、裏で人の血を飲んでんだ。んなの……いつお前が喰われてたか分かったもんじゃねぇ 」


 俺たちは同期だった。

 三人でよくメシを食いに行ったし、論文の発表会やツラい時は全員で寄り添いあった。

 なのにその思い出を……人生の一部を……カエデは気持ち悪いで片付けた。


「おいヒカゲ!? 」


 あまりの気色悪さにその場から逃げだした。


「ヒュー……ヒュー……うっ……ぉぇ 」


 夜になるまで走りつづけ、逃げ込んだ路地裏で胃液を吐いた。


「なにが……どうなって…… 」


 路地から表通りを見る。

 いつも通りそこには人が居たが……それが気が狂うほど気持ち悪く見えた。


「ゲシュペンストだから……殺した? んなの……ふざけるな!!! 」


 怒りのまま壁を殴りつける。

 すると建物の窓が割れ、ガラス片が拳に突き刺さった。


「いっ…… 」


 血で濁るガラスには……ゲシュペンストを実験台にし、数多ものゲシュペンストを殺した、人間(バケモノ)が映っていた。


「……ハハッ……なにがふざけるなだ……なにが……なにが…… 」


 雪の上に崩れ落ち、身を守るように体を丸めた。

 地面は硬く、震える口からは白い息が漏れる。

 けれど後悔が重くのしかかり、そこからずっと……動けなかった。

 

 

 



 








 





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