第33節 歪
「…………どうでも……………とを…………かった…… 」
(なん……だ……この……悪寒!! )
生物とすら思えないなにかが呻いた。
ただそれだけで全身を冷たい死が舐める。
(逃げ……ねぇ……と……いやダメだ……逃げたら死ぬ動いたら死ぬ死ぬ!! 死ぬ!!! )
「ヤマト様…… 」
後ろにいるワミヤから、絞り出すような声で話しかけられた。
「動かないでください……攻撃は論外……息もなるべく吸わないで……いまのヒカゲ様は……生きる厄災とでも思ってください 」
その言葉に従え。
全身の防衛本能がそう訴えてくる。
「ツムギ様!!! 」
それに頷いた瞬間、無数の人間たちが谷の上から降ってきた。
それがゲシュペンスト狩りの奴らだとなんとなく分かるが……そんなことがどうでも良くなるほどに体が死を叫ぶ。
それはゲシュペンスト狩りの奴らも同じらしい。
異形を目にしても、誰も武器を、魔術すらも構えない。
「代償魔術…… 」
そんな中、ツムギだけは武器を構えた。
瞬間、その剣についた無数の刃はくだけ、空気が音をたてて軋む。
「地裂 」
ただ振り下ろされた一振。
それだけで風が荒れ狂い、巨大な白い斬撃がバケモノに
「……はっ? 」
斬撃は……異形に到達する前に白い腕へと変わり果てた。
それらは地面に転がり、地を這い、異形へと吸収されていく。
斬撃で裂かれた天井は跡形がなく、えぐられた地面は底が見えない。
それだけの一撃を……『天陸宇下』の一撃を……腕へと変質させた?
(なん)
困惑の最中、異様な音とともに二対の翼が異形にやどる。
すべてが人の薬指でつくられたそれが……大きく開き、ただ風を扇いだ。
瞬間、死の予感が全身を貫く。
(……………? なにがおこ…………… )
咄嗟に顔を守ったが、体にはなんの変化もない。
けれど手を下ろした先の景色に……ただ絶望した。
壁も地面も人間があった場所すらも、白い腕へと変わり果てている。
上の穴からはボトボトと腕が落ち、下の穴からは白い腕が這い上がってくる。
(ハハ……ハハッ…… )
悪夢すら生易しいこの現実に、もはや笑うしかない。
体が戦うことを拒否し、けれど逃げることすらも拒否している。
「ふんっ!! 」
絶望の最中、腕の海から白い斬撃がうち上がり、わずかな隙間からなにかが起き上がる。
それはツムギだった。
けれどその両足はすでになく、片腕も……残る右腕も骨が見え、顔の半分からは無数の白い指が突き出ていた。
「はぁ……はぁ……バケモノが。お前らはどうせ……人を殺すんじゃろ? いくら悲しんだフリをしようと……失った者は戻らん。じゃからお前らは……この世から消えるべきなんじゃよ!!!! 」
ツムギは自らの左胸をえぐり、白き腕の海で赤い拳をにぎりこんだ。
「代償魔術…… 」
異様な風がツムギに収縮する。
空気や大地すらも震え、悪夢を呑むほどの殺意がひろがる。
それが……大地を裂いた一撃よりも、圧倒的なものだと理解した。
「宇ら」
星を穿つほどの一撃が放たれる寸前、白き腕たちから黒い眼がひらき、そのすべてがツムギを見つめた。
「……は? 」
ただそれだけで……ツムギの首はねじ折れた。
もがく手足は粉々に、逃げようとする腰は反対に、あばれる背骨は折りたたまれるように。
パキパキ……パキパキ……骨が折れる音だけが現実にひびく。
「あっ」
ツムギが完全に息絶えた瞬間、すべての目がこちらに振り返った。
不快感で……気色悪さで死にそうな光景。
ただ叫ぶことも目を閉じることもできず、その目たちに見つめられつづけた。
(いつ死ぬ?いつ死ぬ?いま死ぬ?死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!! 終わる終わる終わるいつ終わるいつ終わるいづ終わるこんなところで終わ)
首が折れ、全身の骨がお゛れ!?
………
………………
………………………
「歪人は進むさ、すべての生物を殺すために。手始めにこの学園にいるすべてのものを……次にケルパー王国に行くだろうね。
なぜそんな事をする? なぜゲシュペンストすらも殺そうとする?
それを語るのは私じゃない、とびきりの語り手がいるのさ………………
救われて欲しかったなぁ。
いや…………彼は救われない方がいいのかなぁ。
分からないけど……彼らに聞いても答えてくれないけど……きっと彼らには……静かな安らぎが必要なんだよね。
ねぇハルト…………待ってるよ………
渡すわけないだろう? 絶対にね
また失敗……まぁ次があるもんね。
うん、次が……次が………………………
ふざけるな!!!!!!!
これもダメなの?
ねぇもう苦しいの……はやく来て……お願いだから……誰でもいいの……お願い……お願いだから!!!
…………………独りは…………嫌……
すまないね……
意味がわからないと思うけど……いまはなにも聞かないでほしいんだ……
ただそばに居て…………心が折れそうなんだ………
………………ふふっ……君は……何度もそう言ってくれるね…………ありがとう……だから私は…………君を救いたいんだ………
ねぇどこ〜?
どこにいるの〜?
どこ〜?
あたまの中〜? 頭骨の中身は〜? もうないよ〜?
瞳の中〜? もう落としたよ〜?
ま〜だ〜? ど〜こ〜? ねぇ〜? ねぇってば〜?
君に聞いてるんだよ〜?
居た 」
「……なんだ今の 」
断片的になにかを見ていた。
なにも覚えていない。
でもそれが地獄だということはわかる。
「つーかここ……どこだ? 」
目をこすって辺りを見る。
そこは暗闇。
自分の声以外なにもない。
「ここが死後の世界ってやつか? ハハッ、にしてもなんもねぇなぁ……これで本当に……終わりなのか? 」
「そんなわけ無いだろう? というか君って死後の世界とか信じるんだねぇ、すごく意外だよ 」
「そうか? 俺ってけっこう信じやす……ん!? 」
慌てて体を起こすと、互いの鼻が触れあう場所にアイツが居た。
「エリカ? なんでここに……いや待て!! どういうことだよ!? 俺はヒカゲに殺され」
「ここはヒカゲの体内。私は君とおなじ、ヒカゲに喰われた身さ。まぁ私の場合は自分から食べられたんだけどねぇ……とりあえず、覚えていてくれて嬉しいよ。忘れられたらどうしようかと思ってた 」
相変わらず話がフワフワしてるせいで苦笑いしてしまうが、エリカは嬉しそうに笑い、手を差し伸べられた。
「じゃあ、そろそろ行こうじゃないか語り手くん。この物語は君が語らないといけないんだ 」
「……? なに言ってんだ? つーか物語って? 」
「後悔と憂鬱に満ちた……歪人の物語さ 」




