第30節 バイバイ
「のぉハルトとやら。なぜ邪魔をする? 」
ぼんやりと二人の前に立つ。
ヒカゲを助けるとは言ったけど……これじゃあ簡単に殺されそうだなぁ。
「そやつは悪じゃ。生きる価値もないほどにのぉ 」
「あなたの価値観なんてしらないし、なにが悪とか興味ない。だから……すこしだけ付き合いの長いほうを守りたいの 」
でもヒカゲがやってたように、やさしく笑って中指をたてる。
するとツムギの首筋に血管が浮かびあがった。
「ほうか 」
ツムギが剣を構えると、それに付いた数個の刃が砕けた。
(力 )
右腕にあかいヒビを走らせ、あの一振を躱そうとする。
でも剣が振られると、右腕と右足は宙をまい、ぺたりと膝をついてしまった。
(代償魔術とか言ってたし、砕けた刃の数だけ自分を強化する感じかな? )
「ツムギさん、殺したらダメですよ? 」
「分かっとるわい! 四肢をもぐだッ」
「なんでよそ見してるの? 」
落ちた足を投げ、ツムギの頬にかかとをぶつける。
たいしたダメージはないけど、イラつかせるならこれで十分。
「ほう? 」
笑いながらキレるツムギに対して、にっこりと笑みを浮かべる。
すると反応できない速度で接近され、剣でお腹を貫かれた。
「お前はなにも分かっとらんのぉ。その気になればお前などすぐに殺せるんじゃぞ? 」
「じゃあはやく殺してよ 」
「っ!? 」
右足の断面でツムギを蹴りとばす。
ブチブチという音ともに剣が抜け、大量の血があふれ出る。
やっぱり……二人以前にツムギと戦っても勝てない。
だったらこの手しかないよね?
「夜空にうかぶ墓標たち。わたしはそれを荒らす者 」
「っ!? 」
詠唱をはじめると、高速で接近してきたツムギの剣が右胸を貫いた。
肺が完全につぶれる。
でも息を吸う。
「わたしの足は貶すため、わたしの手は冒涜のために 」
「っう!!! 」
今度は喉を、つぎは顎をつぶされた。
それでも言葉をつむぐ。
「この胸は骸を抱くために、この瞳は涙をながすために 」
「なぜ喋れる!!? 」
焦るツムギからお腹をなぐられ、ゴキバキと背骨を折れた。
そのまま地面に投げつけられ、瓦礫が後頭部にぶち当たる。
でもやさしく笑いながら、ツムギに顔を近づける。
「だからわたしは墓を荒らす。クソのような歴史を終わらすために、未だ過去の罪に囚われるもののために 」
「花語……ユキザクラ 」
死なない私に焦ったのか、ずっと傍観していたシグレは白い花弁を散らした。
でも
「ありがとう……これを待ってた 」
「ツムギさん!! 」
左手で花弁をつかみ、粉雪となる腕を噛みちぎってツムギにプレゼント。
触れたものを粉雪とするなら……それを渡された人はどうなるのかな?
「ふっ!! 」
けれどツムギは左手で腕をはじくと、粉雪に変わる自分の左腕をすぐさま切り落とした。
不意の一撃なはずなのに、どこまでも合理的にダメージを最小限に抑えられた。
「終わりじゃ 」
剣が振り下ろされる。
でもごめんね。
それはただのミスリードだよ。
「これは終幕。世界をとさず終わりの嘆き 」
「なっ!? 」
中断した詠唱をおえる。
すると世界を夜が呑んだ。
夜空にうかぶ無数の星々。
そこから私たちを守るようになにかが落ちてきた。
それはクマのような異形。
3メートルをこえる巨人。
その背ですすり泣く、弓もつ女神。
薬品のような臭いがする、白い蛇の頭。
ツムギたちがそれに気を取られてる隙に、蛇の吐息で自分とヒカゲの体を治癒する。
「よっこいしょ 」
治った手でヒカゲをかかえ、落ちてきた星くずのソリに乗り込む。
瞬間、刃が砕ける音とともに異形たちは消滅し、飛んできたなにかから心臓を貫かれた。
「逃がすと思うたか? 」
刃がまわり、すごい形相をしたツムギから胸をかき回される。
でも怖い顔をするツムギに微笑みかけ、ただ優しげに手を振ってみる。
「ばいばーい 」
「っ!!! 」
ソリは加速し、瞬きする間もなくツムギたちは消えた。
気がつけば空に太陽があり、辺りには人気がない。
(逃げれたのかなぁ……というかここってどこだろ? )
心臓に突き刺さった剣を抜き、辺りを確認してみる。
人気のない草原。
反り立つ壁。
正確な場所はわからないけど……壁があるなら学園の端っこかな?
「っ……ハル……ト? 」
「あっ、起きたんだね。よかった〜 」
地面に転がるヒカゲを壁によりかからせ、開いた右目だけをじっと見つめ返す。
「……大丈夫か? 胸に穴……あいてるけど 」
「うん、平気平気。それよりヒカゲの方こそ大丈夫? 黒い渦が全身に浮き出てるけど……なんで治癒したのに消えてないの? 」
「ハハッ……だろうな。最近……何度も体を再生させて……何度も遺産をつかってたからな。もう……限界が来たみたいだ。たく……いくらなんでも……早すぎんだろ 」
「じゃあ助け損だね 」
「あぁ……悪いけどな 」
ゼーゼーと苦しそうに呼吸をするヒカゲを見てると、どうしてか胸が締め付けられる。
(なんだろう……この感覚 )
「まぁ……お前のおかげで……明日くらいまでは生きられそうだ 」
「……生きてどうするの? 」
奇妙な感覚に戸惑うけど、いまはヒカゲに聞きたいことを優先する。
「助けたけどさ、私はいますぐ死ぬべきだと思う。ヒカゲが何をしたいかは知らないけど……たった一日でそれを叶えることは無理なんでしょ? それを理解しながら生きるなんて地獄だよ? 」
「ハハッ……お前からそう心配されるって……変な気分だ。でも大丈夫……絶望することなんか……もう慣れてる。今はただ……あの人のことを思って居たい 」
穏やかな顔をつきのまま、ヒカゲは目を閉じる。
絶えだえながらに呼吸はしてるけど……目を離したらいつの間にか死んでしまいそう。
「……やっぱりヒカゲってさ、ゲシュペンストのことなんて最初からどうでも良かったんでしょ? 」
「なんで……そう思う? 」
「なんとなくかな 」
「……そうかよ。まぁ……半分あたりだ 」
体を横にたおし、ヒューヒューと息を荒らげるヒカゲ。
その顔の前に座りこみ、最後に一つだけ……質問をしてみる。
「ねぇ、最後の質問。ヒカゲって人間を怨んでるみたいだけどさ、どうして私を殺さなかったの? 首をつかまれた時も、敵意はしたけど殺意はしなかったし 」
「お前は……ヤマトやユウトを……貶したりしなかったし……なにより…… 」
「なにより? 」
「髪が……黒かったから…… 」
「……そう 」
その一言で、自分の中にある考えは確信に変わった。
「これから……お前はどうするんだ? 」
「ゲシュペンストが生きるべきか死ぬべきか……その答えをさがすよ 」
「そうか……なぁ……俺も最期に……一つだけ 」
「なぁに? 」
「絶望して苦しむくらいなら……他人にその苦しみを押し付けていいんだ……誰を蹴落としても……なにを殺しても……自分が幸せになれれば……それでいいんだ 」
「ヒカゲに言われても説得力ないよ 」
「ハハッ……だろうな。でも……覚えてて欲しいんだ 」
「……うん、覚えておくね。バイバイ、ヒカゲ……短い時間だったけど、一緒に居られて楽しかったよ 」
死にかけるヒカゲの額にキスをし、軽く頭をなでてこの場所から離れる。
『幸せになれればそれでいいんだ』
ヒカゲからもらった最期の言葉を、なんどもなんども……心の中でつぶやきながら。
もう二度と会えないヒカゲのことを思いながら。




