第24節 適当な書き足し
「……ねていい? 」
「ダメに決まってるじゃないか! アルベとリュークならまだしも、ユカリの目を掻い潜るのにはほんと苦労したんだよ!! 」
暗闇の中、女は1人ベラベラとしゃべっている。
というか……こいつはだれ?
目の色も体臭もエリカなのに……エリカじゃない。
「……だれ? 」
「そういう君も、はじめて会った時とはえらい違いじゃないか。今の君は……怯える小娘って感じさ 」
はじめて会った時?
それって……いつのこと?
私は……私?
「……? 」
奇音が頭の中で蠢く。
気持ち悪いよりも辛いよりも……未知の感覚に混乱してしまう。
「……やっぱりか。うん、やっと納得できたよ。どうりでリュークとアルベが焦ってるわけだ 」
「なんで……リュークとアルベ? 」
「まぁ、小難しい話は無しにしよう。これからするのは君の姉の話さ 」
(殺す )
ベルトからナイフを抜き、その刃先を女に投げつける。
けれど女は闇に消え、ふいに背後から抱きしめられた。
「落ち着きたまえよ。別にそれを暴露しようなんて思ってない。ただ……君をすこしでも救えるかもしれないんだ 」
何を言ってるのかよくわからない。
でも……その声色はとても落ち着いてて、なにより抱かれてることが幸せでたまらない。
暗くて、暖かくて、安心して。
自分はどこにいるのかも曖昧になってくる。
「ほら目を閉じて。ここには瞳も、炎も、影もない。2人だけの夢の時間さ 」
細い指からまぶたを覆われ、視界には闇が広がる。
ふと気がつけば、1人の女が俺の前に居り、それからはエリカの臭いがした。
「 ……どうなってる? 」
「私の魔術さ。だから常識なんて求めても仕方ない、2人で微睡もうじゃないか 」
突然の変化に困惑してると、女は指を鳴らした。
すると闇が歪み、景色はどこかの森へと移り変わる。
……いや、この景色は見覚えがある。
「……人国? 」
「うん。ここに見覚えがあるならさ、あれにも見覚えがあるんじゃないかい? 」
細い指が示す背後には……風や日光さえも遮れないボロ小屋があった。
「あっ…… 」
フラフラと小屋に近付き、そのボロい鍵を蹴り壊す。
暗い小屋の中。
そこにあったのは……腹を裂かれた女の死体。
その上に……異質な白い髪をした子供が立っていた。
足は腹の中に浸かり、開かれた黒い目は女を見ていた。
あれは……俺だ。
「そう……君は8歳児ほどの姿で産まれた。母の腹を裂いて、持ちようもない複数の記憶を持ってね 」
指が弾く音が聞こえた。
また景色は歪み、ふと気がつけば……木と藁で造られた小屋の中にいた。
「ねぇねぇ、何読んでるの? 」
「本 」
「そうだけどさぁ、内容とか教えてよ 」
その隅には、ボロボロの本を読む黒髪の子供と……その背を抱きしめる、紫色の瞳をした女がいた。
あれは……
(お姉ちゃん…… )
「君の出産によって母親は死んだ。けれどその子供たちは君を見棄てず、むしろ可愛がってくれてたよね。でも君はこの時……1度でも幸せだと思ったのかい? 」
景色が歪む。
今度は目の前に……木の扉が現れた。
その向こうからは何かが軋む音がし、誰かが泣いている声も聞こえる。
「ねぇ、この先では何が起こってたんだい? どうも塗りつぶされてたようでね、何も見えなかったんだ 」
「…………犯された。お姉ちゃんに 」
「……なるほど。うん、なるほどね 」
後ろから伸びた手が、ドアを押した。
軋む音が響く中、暗い部屋の中で……血まみれの黒い髪をした女がいた。
首を裂かれた、姉だったものの骸の下に。
「君の姉はある日を境に狂ったんだ。まぁ……理由は伏せておく、ペラペラっと話したら君から殺されそうだもの 」
「……… 」
「昔話はこの辺で。とりあえず結論を言おう 」
景色が歪み、暗闇が視界を呑んだ。
すると俺の前にまた……エリカのような女が現れた。
「君はその日、姉から呪いを受けた。それは一般的に『寄生魔術』と呼ばれるもの。他者の人生に寄生し、その者の生き様を歪ませるのさ。あとついでに目と髪の色が変わってしまうね 」
「……これがそういう物だとは知らなかった。けどなんで……こんな話をする? 会って1週間も経ってないお前が 」
「それはご最もな質問だね。でもあえて質問を返そう。君は姉が好きだったかい? 」
「あぁ 」
「即答だね。じゃあ……学園で姉を想ったことは何度ある? 」
そう問われた途端、脳に重い空白がのしかかった。
上手く考えれない。
口が麻痺したように動かない。
記憶が……変に曖昧になった。
でもかろうじて、あの時の想いを探しだせた。
「1回…… 」
「好きなのに1回かい? たったの? 」
「なにが言いたい? 」
「君はさ、学園でよく寝てただろう? その時にね、少しずつ人格を消されてたのさ。故郷のことも、姉のことも、君が産まれた痕跡すらも。そうやって君を傀儡に仕立てあげようとした 」
「……あ? 」
ふつふつと……胸が熱くなるのを感じた。
俺の人格を消すならいい。
けど……姉ちゃん達の存在すらも無きものにしようもした?
そんなの……ふざけるな。
「君がゲシュペンストみたいな傀儡の存在だったらこんな話はしなかった。でも君は……自分の想いで怒っているだろう? 」
「……… 」
「それはあいつらにとっては完璧なイレギュラーさ。その原因は君の姉。寄生魔術は寄生した者の生き様を歪ませる。だから歪んだんだよ……傀儡として生きる君の人生が 」
その話を聞いて少し……嬉しかった。
ほとんどない記憶でも、たしかに覚えてる姉の優しさ。
それが今なお続いているとすれば、どこか報われた気もする。
でもこれが正しいなんて証拠はない。
「……本当だったら多少報われる。けどこれを信じろなんて無理がある 」
「ごもっとも、でも証明しろと言われても困るね。私の魔術では真実しか分からないから 」
ここまでご大層に語ってくれたんだ。
願望もあるが、全て嘘だとは思えない。
でも……
「なぁ、これが全部真実だとする。真実だとしたら……俺にこれを伝えてどうなる? 」
「理由は色々あるさ。でも1番は……シンパシーだよ。君と私はとても似てる、だから伝えたかった 」
「どこが? 」
首を傾げて聞いてみる。
すると女は懐かしそうに右手を見つめ、静かに口を開いた。
「……私も昔、何かに利用されるだけの生だった。でも1人の少女のおかげで変われたんだ。だから君にもそうなって欲しいと思ってる……これが理由さ 」
正直、話がフワフワしすぎてよく分からない。
何もかも唐突だし、何もかもが抽象的すぎる。
そんな話に頭を悩ませてると、女は照れくさそうに笑い、その優しげな瞳と目があった。
「本当ならもうすこし時間をあげたいけどね。どうもそういう訳にはいかないみたいだ、余白がもう切れちゃう 」
「……? 」
「これは素人の書き足しさ。だから意味はないし、気にもとめなくていい 」
「……?? 」
「でもこれだけは答えてほしい。今から少し先、学園内で戦争が起こる。ゲシュペンストと人間、どっちが君を利用するのかね 」
「……??? 」
「だから君は……人間かゲシュペンスト、どちらにつきたい? 」
(何言ってんだこいつ? )
あまりに唐突で、何がなんだか分からない。
でも人間かゲシュペンストかと問われれば……その答えは決まってる。
「人間 」
だって、姉ちゃん達は人だったんだから。
「うっ……ェェ、そう言うと思ったよ。だからこれを飲んでほしい 」
女は突如として腹を抑えて何かを吐く。
投げつけられたそれは、どこか見覚えのある、4つの関節をもつ白指だった。
「ケホ! これは君にとって必要なものさ。あぁ、胃液や唾液まみれで抵抗があると思うけどググッと」
「飲んだけど……これでどうにかなるのか? 」
色々言われてたが、もう指は飲んだ後だ。
喉奥がヌルヌルしてて気色悪いが、それ以外はなんともない。
「……渡した私もあれだけどさ、それを飲む君も大概だよ 」
「悪かったか? 」
「いいや、むしろ簡潔に済んでありがたいさ。ヒカゲも頑張ってくれたし、君は決断してくれたんだ。なら後は……私が気張るだけだ 」
また呟かれた意味がわからない言葉。
それに首をひねってみた瞬間、粉っぽい灰の匂いがかおり、闇に白いヒビが走った。
「ストックは心もとないけど、好きな人の前だからね。少しはカッコつけさせて貰うよ 」
女は背を向け、意味不明な言葉を呟く。
その同時に、ヒビの合間から何かが落ちてきた。
それは燃えるような赤い髪と海のように青い瞳をもつ男。
けれどその目は狂ったように血走っている。
あれは……
(リューク? )
「遅い 」
突如現れたリューク。
けれど女の声を合図に、闇に現れた数千本の白指がリュークを囲う。
だがそれは……リュークのため息とともに霧散した。
「のはてめぇだ 」
放たれたリュークの蹴りが女の上半身を消し飛ばす。
けれどその下半身は闇に消え、どこからか声が響く。
『残念、あと一行残ってる』
「っ!! 」
何かに背後から抱きしめられたが、それと同時にリュークの顔が目の前にあった。
まつ毛が絡み合い、唇さえも当たりそうなほど近いのに……妙な安心感がそこにはあった。
「リュー」
頬に手を伸ばす。
けれどそれは届くことはなく、何かから後ろに引っ張られた。
「うォェ!! はぁ……全く……腕の1本くらい取りたかったんだけどねぇ 」
汚い音が聞こえた背後には、白指や目やらを吐く女がいた。
妙に背中が生暖かいが、そんなことよりも気になることがある。
「リュークはどこ行った? 」
「ん? 外に追い出しただけさ。そんなことより……今日の話は理解できたかい? 」
「……あんまり。戦争が起こる事と姉ちゃんの話以外、全部意味不明だった 」
「だろうね。でも今はそれでいい……いつか君にとって必要になるからさ 」
女は吐きだした指たちを踏み潰すと、そのまま俺に抱きついてきた。
「にしても苦労したんだよ〜私。君を拉致って保護者共から君を守る。これは惚れられてもおかしくないよね〜? 今から結婚でもするかい? 」
「いいよ別に 」
「だよね〜君ならそう言うと…………えっ良いの!? 」
「あぁ 」
普通に頷いただけなのに、女は淀んだ海色の目を見開いた。
「いや……そりゃ嬉しいけどさ、心変わりが急すぎないかい? 前なんかは『メリットはあるのか〜』って聞いてたじゃないか 」
「メリットができた。お前の近くにいれば俺を利用しようとした奴に近付ける。というかお前……それが誰か知ってるんじゃないか? 」
「さぁねぇ……でも結婚はしてくれるんだよね? もう言質はとったからもう断れないからね? 」
「分かってる 」
「よし!! よし!!! やったー!!!! ようやく夢が叶ったよホント!!! 」
(うるさい…… )
手を上にあげ、女は子供のように大袈裟な喜び方をしてる。
そんな中、ふと……伝えていない事を思い出した。
「というか……俺でよかったのか? 」
「ん〜? 何を今更!? 君だから良かったんだ。 部外者同士、仲良くしようよ 」
「いや俺、女だぞ? 」
「…………ん? 」
文字通り目を点にする女。
その手をとって胸と股間を触らせるが、とうぜん胸はわずかだが膨れてるし、股には何もついてない。
「……待ちたまえ待ちたまえ。でも君ってほら、男子寮に住んでたじゃないか。しかも『俺』って言ってるし 」
「あぁ、人国だと男のフリをしてた方がいいからな。別に気にすることもないしそのままにしてた 」
しばらく無言が続く。
けれど膝から崩れ落ちると、大喜びから一転し、地面を両腕で叩きつけた。
「詐欺じゃないかこんなの!!!!!! 」
今日の話は全体的に意味不明だったが、その中で特段意味不明な言葉が闇に響いた。




