第19節 意味なき死闘
「試合終了!! 勝者……サクラ・カブリ選手です!!! 」
大きな司会者の声が響きおわると、返り血まみれのサクラさんが廊下に入ってきた。
「あっ、ユウト〜 」
「お疲れ様です、サクラさん 」
用意していたタオルを渡すと、サクラさんは獣みたいに顔をプルプルと揺らし、タオルに顔をこすり始めた。
……可愛らしいなぁ。
「そういえばユウト、あいつはなんて? 」
「えっと、断られましたね。ぼく交渉下手なので…… 」
「ちょっと遅れるだけだから、別にいいと思うよ。そのおかげで髪洗える時間ができたし!! 」
「……慰めてくれてありがとうございます。でも遅刻はしないでくださいね 」
「うん! あっ、それとさ……次の試合、頑張ってね!! 」
すれ違いざまに、子供のような明るい声で応援された。
ただそれだけなのに、この心臓は喜んでいる。
(よっし、頑張って殺すぞー!! )
「それでは次の試合に参りましょう!! 」
司会者の声にあわせ、暗い廊下から死合い場に向かう。
「それは異色を放つもの同士! この死闘に意味はなく、ゆえに彼らは笑い合うでしょう! 『存在証明無し』 ユウト・カイナ選手と〜……『全てに成る者』 ハルト・ディアナ選手です!! 」
「よろしくお願いします、ハルトさ……大丈夫ですか? 」
「ん〜? だいじょうぶ……らいほうふ 」
死合い場でハルトさんと出会ったけど、その足はフラフラだし呂律が回ってない。
そんな姿に心配していると、ハルトさんはナイフホルダーから本をとりだした。
「あぁ、ほん……返す 」
(……えっ今!? )
「あっ、ありがとうございます 」
とりあえず本を受け取ったけど、これをどうすればいいか困ってしまう。
地面に置くのは嫌だし、懐に入れても歪むか返り血で汚れそうだし……
「ユウト選手〜? よければ私が預かりましょうか? 借りパク常習犯ですけど 」
「えぇ…… 」
「まぁ冗談ですので、預かりますよっと。それとハルト選手〜、起きてくださ〜い 」
「んっ……おきてる……おきてる 」
眠たそうに目をこするハルトさんを見てると、なんというかこう……イメージがくずれてしまう。
最初は無口で不気味な感じだったのに、広場であった時は無知な子供……今は母親を探す幼児に見えてしまう。
まるで……顔を合わせる度に人が変わってるみたいな感じだ。
「そういえばユウト、お前って人が嫌いなんだろ? 」
「……まぁ、そうですね 」
「じゃあなんで、試合に勝ちたがるんだ? 実績しかもらえないはずだろ? 」
「ちょっとした用事があるんですよ……それと気になったんですけど、ハルトさんってなんでお金が欲しいんですか? 」
今さら気になったことを聞いてみると、ハルトさんにしては珍しく、困った顔をした。
「友人? 知り合い? ……知り合い、知り合いに金を送りたい 」
「……? どうしてです? 」
「そいつの足を落とした。そいつを長いこと監禁した。だから金がいる 」
(????? )
やけに知り合いを強調するなと思ってたら、今度はとんでもない発言をされた。
足を落としたなら罪悪感で説明できるけど、監禁したから金を送りたいってほんと意味が分からない……
「雑談もその辺に。そろそろ始めますよー 」
「あっ、すみません 」
「んっ 」
「両者離れまして〜。では試合……開始です!! 」
頭を切りかえていると、合図がなった。
すぐさま空中に鏡を作り、前進しながらそれを叩き割る。
(死ね )
手元に転移した巨大な複合武器。
その丸みの帯びたノコギリの部分を、全力で振り下ろす。
「えっ? 」
なのにハルトさんは避けることなく、その刃を口で受けた。
頬は裂け、歯は砕けている。
けれど致命傷は避けられ、その両手はナイフを抜いた。
「っう!? 」
一瞬の困惑。
その隙に接近され、黒いナイフは僕の右腕と腹を裂いた。
「いっ」
長い武器を振るえない近距離。
すぐさま武器を捨て、残った手でハルトさんの右腕を握りつぶす。
けれどハルトさんは自分の肩をナイフで切り落とし、一瞬で首を裂いてきた。
でも致命傷じゃない。
「っ!? 」
足をあげ、柔らかいお腹に蹴りを打ち込む。
何かを潰す感覚が伝わると、ハルトさんは紙切れのように吹き飛んだ。
「ゴボッ……ガッ」
さらに生みだした鏡を割り、血を吐く人間の傍に転移する。
髪を掴み、顔面に膝を。
その頭をにぎり砕いて叩きつけ、胸を踏みこわす。
「お……ゴッ 」
(……やっぱり、殺しても楽しくないな )
壊れた胸から足を抜き、ため息を吐いてみる。
でも胸のモヤつきはとまらない。
「はぁ 」
靴底の血を地面にこすりつけ、さっさと帰ろうとした。
瞬間、変な悪寒がした。
(あれ……試合が終わら)
「産声をあげない手の内の赤子よ 」
(っ!! 詠唱!? )
咄嗟に背後を振り返る。
けれどその隙をつかれ、両足を2本のナイフで固定された。
「瞳をひらかず、母の手を握り返さない赤子よ 」
「この」
ハルトさんは目や耳からも血を垂らし、胸はいまだに陥没してる。
なのにナイフは止まらず、腹を3度刺された。
「泣いて、息をして、生きて……お願い 」
「ふっ!! 」
力任せに体をひきはがし、指先で地面をえぐり飛ばす。
石くれはハルトさんの腹と両足を消し飛ばした。
でも命には届かず、詠唱は止まらない。
「願いの声が途切れた日、産声が響いた。影の影、母の骸の下で 」
(死っ……ね!!! )
地面ごと足を引き抜き、手元に複合武器を転移させる。
今度こそ……息の根すら残さないように。
「骸の抱擁、それは今も続き。骸の羽音、それは優しき『子死唄』 」
言葉が途切れたと同時に、振るったはずの武器が壊れた。
いや……呑まれた。
ハルトさんを蝕むような……影によって。
「っう!!? 」
得体のしれない恐怖。
すぐさま飛び退くが、武器ごと腕を呑まれた。
音もなく、痛みもない。
ただ無温の死だけが……腕をもっていった。
(なんですかこれ!? 魔術にしても得体がしれな…………赤ちゃんの声? )
遠くの方で、産声が聞こえた。
「ゴポっ……? 」
咳き込んだと思ったら吐血した。
涙がでたと思ったらそれは血だった。
眠くなったと思ったら……地面に倒れた。
(待ってこれ不味いマズイまず)
足音が近づいてくる。
赤ちゃんの声も近づいてくる。
体が動かない、目が閉じれない、逃げられない。
「あっ 」
影から抱きしめられた。
呼吸がとまった。
心臓もとまった。
意識が……ほどけた。
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「試合終了! 勝者……ハルト・ディアナ選手です!! 」
「……ハハッ、んだあれ 」
観覧室から見える、ユウトに抱きつく影。
その得体のしれない何かを見ていると、変な汗がとまらない。
本能があれに……近づくなと命令している。
「おいヤマト、窓汚れるぞ 」
「うぉ!? 悪い悪い 」
冷たいガラスから額を離し、ソファーに座るヒカゲに謝る。
けど胸の高鳴りが抑えられず、荒い息が止まらない。
「というかハルトの魔術すげぇな!? 入学初日で見たのとは全然違ったぞ!? 」
「確かにな。広範囲だから単騎だと使えないと思ってたが、あんなこともできんのか……ありゃ詠唱が終わったら確実に負けるな 」
「だよなだよな!! しかもあいつ、近接戦闘もめちゃくちゃつえーしよぉ! また戦うの死ぬほど楽しみだ!!! 」
「それはいいけどよ、時間大丈夫か? 」
「……やべっ!! 」
ヒカゲが指さした時計。
その時刻は、試合が始まる30秒前を示していた。
「んじゃヒカゲ!! 俺も頑張るからお前も頑張れよ!! 」
「おう……まぁ、楽しんでこい 」
純粋に応援したつもりだが、どうしてかヒカゲは暗い顔をした。
でもよく分かんねぇし、時間も押している。
「おう!!! 」
大声で誤魔化し、観覧室から飛びだす。
その勢いのまま走っていると、変な違和感を感じた。
(人がいねぇ? )
誰ともすれ違わない。
偶然だろうと思っていたが、薄暗い廊下についても人の気配がない。
いや……ベンチに誰かが座っている。
「リューク……か? 」
目を凝らしてみると、そこには寝息をたてるリュークがいた。
(んっ!!? )
珍しいなとは思ったが、それよりも驚いたのはその腕に抱かれているものだ。
リュークにガッチリと抱きしめられているのは……ハルトだ。
(ん〜どういう状況??? )
色々と謎だしツッコミたいが、そんな時間はない。
とりあえず会場に移動すると、急に司会者の大声が聞こえてきた。
「あーヤマト選手!! 呼んでも来ないから棄権かと思いましたよ!? 」
「えっ? あっ……すまん 」
聞き逃したのか、司会者から名を呼ばれていたらしい。
……いや、こんな大声聞き逃すわけないよな。
「それでは気を取り直しましてー! 次の選手に参りましょう!! 」
変な違和感に戸惑うが、試合はどんどん進んでいく。
(……雷? )
悩んでいる中、遠くの方で雷の音が聞こえた。
でも空は晴れているし、落雷特有の焦げ臭いもしていない。
「それは空より落ちてきた1つの奇跡。破壊とともに文明の炎を灯し、命の根絶とともに大地を肥やす慈壊の雷!! 許しを乞おうと無駄なこと。彼女は気まぐれに世界を壊すのだから……『原初の雷』 ライガ・ヒカガミ選手です!! 」
司会の前フリとともに、金髪の女が会場へと入ってくる。
瞬間、辺りには雷が落ち、たじろぐ程の殺意が広がった。
「先程ぶりですね、ヤマト 」
「……お前、やっぱめちゃくちゃ強いだろ? 」
「いえいえ、魔術に恵まれてるだけですよ 」
「はは 」
ライガは左胸に手を当て、謙虚そうに微笑む。
けどこっちとしては、この圧に苦笑いしかできない。
「それでは試合……開始です!! 」
向かい合った状態で死合いが始まった。
瞬間、紫電が視界を覆う。
「っう!? 」
首を傾けてギリギリ致命傷は避けたが……頬は焼けた。
痛くてたまらない。
肉が焼ける臭いがする。
……楽しいなぁ!!
「殺す!! 」
焼けた頬をつり上げ、両腕に赤いヒビを走らせる。
1度の跳躍で距離を詰め、腹に向けて蹴りを打ち込む。
が、ライガは足1本で蹴りを受け止めていた。
(すっげ! )
回転しながらの蹴りで顔面を狙う。
だがライガの体から雷が弾け、全身の筋肉がそり返る。
「っうう!!! 」
感電のせいで動きが鈍り、とっさに下がろうとする。
だが逃げられず、ライガの鈍い蹴りがみぞおちに突き刺さった。
「っぶ!? 」
それだけでは終わらず、足先から放たれた紫電が腹を貫通。
その衝撃のまま吹き飛ばされるが、とっさに力を入れて踏みとどまる。
瞬間、本能が死を叫んだ。
「っう!? 」
瞬きほどの閃光。
全力で横に逃げると、空からは雷が落ちてきた。
ギリギリ躱せた。
だが炭化した地面は……そこに居れば死んでいたと物語っている。
……ははっ、こえ。
「すげぇなそれ、範囲どうなってんだよ 」
「空があればどこにでも落とせますよ。落とす数には制限がありますがね 」
「にしてもだろ…… 」
「それで……勝てる見込みはありますか? 無いなら降参をオススメしますけど 」
魔術の格差にため息を吐いていると、ライガはまたも左胸に手を当て、優しげにそう提案してくる。
だが……
「はっきり言ってねぇ! 近接は電撃くらうし! 遠距離はできねぇ!! でも……ここでやめたら殺し合いじゃねぇだろ? 」
腹の穴を再生させ、口からこぼれる黒い血を拭う。
するとライガは口を指先で隠し、不敵な笑みを浮かべた。
「ふふ、あなたならそう言うと思いましたよ。なら、死ぬまで踊りましょう? 」
「あぁ、エスコートしてやるよ 」
「よっ、楽しそうだな 」
「「……はっ? 」」
あまりの困惑に、腑抜けた声がもれた。
なんで試合中なのに……ヒカゲが死合い場の上にいる?
「ヒカゲ様? 何をして」
「おいヒカゲ!? なんでここに」
試合中なのも忘れ、2人で声をかける。
けれどヒカゲは何も喋らず、その周りに5本の黒槍が現れる。
(……? )
むせるような火薬の臭い。
その香りが辺りに立ち込めた瞬間、右腕と両足の感覚が消えた。
「っうう!!? 」
地面に転がる自分の手足。
宙を舞う、ライガの両腕。
そして……血上で笑うヒカゲ。
目は開いているはずなのに……何が起こってるのか何もわからない。
「あー、あー。よし聞こえてんな 」
そんな困惑に追い討ちをかけるように、ヒカゲの手には拡音魔具が握られていた。
司会者の……腕ごと。
しかもその司会者は……心臓を貫かれて倒れている。
「ケルパー王国の民ならしってるだろうが……まぁバカが多いからな。一応、自己紹介。俺はヒカゲ・ルミル。『王下隷者』の研究員で、今から人類の敵になるものだ 」
(……なにいって)
「けどまぁ、一応学者だからな。理論だけでなく、今から行動で証明しようと思う。まぁバカにも分かりやすくいうと、この会場にいる人間を皆殺しにするってことだ 」
脳内が不具合を起こしたのか、頭が真っ白だ。
会場もまた、無言に包まれている。
けれどヒカゲが指を鳴らした瞬間、背後から爆音が響いた。
(っ!? 今度はなん)
振り返ると……そこには巨大な花があった。
白い白い……人の腕骨で型取られた異形の花。
その中央からは黒い花粉が広がり、人を白い樹木へと変えていく。
(遺産……なんで!? )
更に爆音が響く。
崩れた会場の下からは……泥でできた無数の胎児が現れた。
その反対側には……人の目が埋め込まれた、8本の龍の尾が現れた。
「ごぼっ 」
微かに聞こえた、溺れるような声。
その場所には……口が白枝で塞がれたライガがいた。
「ライ」
手を伸ばす。
だが間に合わない。
瞬く間に白枝はライガの体を呑むと、その枝は樹木となり空へと根付いた。
広がる枝には綺麗な金色の花と……人の首吊り死体がぶら下がり、空を覆うような雷の雨が降り注ぐ。
(ゲシュペンストの……解放? )
「あ」 「ぶっ!? 」「たすけ」「なんで!!?」「ぎゃ!?」「足……が」「魔術が効かなっ」「腕、どこ、助け」「見えないの!! 誰か!? 」
「さーてと、卑しい同族ども。ちょっと俺の自殺に付き合えや 」
人が死にゆく中で、ヒカゲはゆっくりと口角をあげた。




