第17節 哀れな傀儡
「…………んっ 」
目が覚めた。
気がつけば寮のベットの上、今日は試合2日目だ。
(いい……天気だな )
寝ぼけた眼でも分かるほど、窓からは綺麗な朝日が差している。
こんな心地がいい日は……二度寝でもしたい気分だ。
「おらぁ!!! ハルトはいるかぁぁ!!!? 」
なんか来た。
「私は『サクラ・カブリ』!! 今日の試合でお前を倒す者!!! 」
「うるさい帰れ眠い 」
「無視するなぁァァ!!! 」
寝起きの頭に響く声は不快でしかなく、シーツを被って耳を塞ぐ。
けれど誰からシーツを剥ぎ取られ、うるさい声とともに赤髪のしらん女が近づいてくる。
「私はお前を倒す! 」
「それさっき聞いた 」
「ん〜? うるせぇと思ったら客人か? 」
うるさい声で目が覚めたのか、変な臭いのやつが2段ベットの上から顔を覗かせた。
白髪と眠そうな赤目……ヤマトか?
「客人じゃない! 宣戦布告!! 」
「あー、どうりで扉が蹴破られてる訳だ 」
「宣戦布告もいいけどノックしろ。危うく撃つ所だったぞ? 」
今度は向かい側の2段ベットの上から、青白い髪をした男が顔を下ろしてきた。
硝煙の臭いと抜かれた銃みたいな魔具……多分ヒカゲ?
「んぅ? なんでこんなにうるさ……サクラさん!!? 」
「あっ、ユウト〜 」
臭いと消去法で人間を区別している中、今度は襟足だけを伸ばしたおん……男が起きた。
すると女のサクラ色の目がゆるみ、さっきの大声が嘘のような甘い声を漏らした。
「いやあの……何しに来たんですか? ここ男子部屋ですよ? 」
「ハルトに宣戦布告しに来たの! 」
「つかよぉ、なんでそんな目の敵にしてんだ? ハルトなんかしたか? 」
「あー……サクラさんってアルベさんの大ファンなんです。それで多分、入学初日のことで 」
「そう! 私よりハルトのが注目されてたの!! だからお前を倒して私が……て寝るなァァァ!!! 」
興味が無さすぎてもう一度寝ようとするが、またシーツを剥がされ大声をぶつけられる。
敵意がないからどうでもいいが、ここまでうるさいと首を切りたい気分だ。
「つかサクラ。次の対戦相手、ハルトじゃねぇぞ? 」
「へ? 」
ヒカゲの声が聞こえると、サクラは腑抜けた声を漏らして向かいのベットへ詰め寄った。
そのせいで、ナイフをもった右手のやり場に困ってしまう。
「でも対戦相手はハルトって 」
「エリカのせいで対戦表が変わったんだよ。お前は同郷の『ワミヤ・セキリョウ』と。ヤマトは『ライガ・ヒカガミ』。んで俺は『フユタシ・リンナ』っつう人間と。ハルトの対戦相手は…………ユウトだ 」
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「あー美味かったァ!! 」
100本目の串をゴミ箱に放り、口周りのタレを指で拭ってそれも舐め取る。
あれからサクラが帰ると、各自準備に移った。
ヒカゲとユウトは魔具の調整を。
ハルトは目を離したらどこかに消えていた。
「ごっそうさん! 」
1人寂しい朝食は済ませ、心臓と体に意識を向けてみる。
体温は45くらい……
活動に必要なエネルギーも足りている。
……これなら今日も問題なく殺し合えるな。
「ヤマト・フォルテンジエ……であってますか? 」
気分よく試合場に向かおうとした瞬間、背後から自分の名を呼ばれた。
「誰だお前? 」
「これは失敬。私は『ライガ・ヒカガミ』、あなたの対戦相手です 」
振り向いてみると、そこには品のある雰囲気をだす金髪の女が居た。
丁寧に着込んだ白い服と、襟足だけを伸ばす髪型……それはユウトを酷く連想させた。
「お前、ケルパー王国の貴族か? 」
「えぇ、よくご存知で 」
「ルームメイトで似たような奴いるからなぁ 」
「ユウト……ですか 」
ユウト。
その名が出た瞬間、俺を見る紫色の目から光が消えた。
……なんかめんどくさい空気だな。
「んで、なんか用事か? 」
「あぁえっと……少し聞きたい事があるのです。昨日の……ユウト達がゲシュペンストの解放を狙っているという話について 」
(うぇぇ )
案の定めんどくさい話題を出されたが、無視すると更にめんどくさくなりそうだ。
大人しく話すしかない……か。
「何を聞きたいんだ? 俺も昨日が初耳だし、情報くれって言われても困るからな 」
「いえ、あなたが協力者でないことは知っています。仮にそんな計画をねっていたとして、ヒカゲが情報を漏らすヘマはしないはずですから 」
「じゃあ何を聞きたいんだ? 」
「あなたは……人とゲシュペンスト、どちらが滅ぶべきだと思っていますか? 」
無視して逃げればよかった。
そんな考えが頭をよぎるがもう遅いか。
……失格になったらガチでへこむなぁ。
「どうでもいい、そんな事 」
「どうでもいい? 私たちゲシュペンストは人間に利用されてるんですよ? それでもどうでもいいと? 」
「あぁ、心底どうでもいい。俺は殺しあって互いに笑い合えれば、ゲシュペンストだろうと人間だろうと関係ない 」
「っ……あなたは」
話を終わらせるために後ろを振り向く。
すると案の定、ライガはこちらに詰め寄ってきた。
足音が間合いに入る。
瞬間、振り向きざまにライガの左手を蹴り飛ばす。
「なっ」
左手に握られた注射器が割れ、蹴りの衝撃でライガの体がブレる。
その隙に首を掴んで壁に打ち付けると、ようやく散らばったガラスが地に落ちた。
「がっ!!? 」
「転移魔具の応用か? おおかた抜いた血がケルパー王国に転移する感じだろうな 」
「なに……を……わたし……は」
「5秒後にお前を殺す、嫌ならライガを戻せよクソ人間 」
「っ…… 」
軽い脅しで馬鹿が逃げたのか、苦しそうに歪む目には光が戻る。
だが油断はできず、ガラスが散らばっていない方へライガを投げ飛ばす。
「ゲホッ……っ 」
「気分はどうだ? ライガ 」
「あー……えっと……とりあえず私です。すみません、ご迷惑をおかけして 」
「なんでお前が謝んだよ、悪いの馬鹿な人間だろ? 」
吐きそうな顔で謝られた。
そんな姿に哀れみと怒りが生まれ、つい人間の悪口が漏れてしまった。
(やべっ )
だが焦った時にはもう遅く、ライガの瞳には怒りの炎が宿る。
「そんなこと……言わないでください。彼女らは頑張っていますし、私は彼女らの消耗品ですから 」
「……なんでお前は、人間を庇うんだ? 」
「私は……人間を愛していますから 」
喉から絞り出したような声。
それには熱がこもり、今にも俺を殺そうとする程の圧があった。
でもその目からは涙が流れている。
心と言動に不具合でも起こしたかのような、意味もない涙が。
「……そりゃ悪かったな 」
「…………えっ? なんで謝ってるんです? 」
調整されてる以上、何を言っても無駄だ。
そう思いながら謝罪したが、ライガは急に……目が覚めたように驚いた顔をした。
(……記憶も調整したのか )
人類全てが悪だとは思わないし、ゲシュペンストを守る調整ってのは沢山ある。
でもこれは流石にな……胸糞が悪すぎる。
「どうかしましたか? なんだか……怒ってるように見えますが 」
「……いや滾ってんだよ。お前の筋力、触ってみた感じ俺にも劣らねぇからな。戦ったら楽しそうだ 」
とりあえず袖でライガの涙を拭い、肩を掴んでさっさと体を起こしてやる。
目はまだ赤いが、優しく微笑む顔はさっきより全然キレイだ。
俺が男だったんなら……惚れでもしてんのかな。
「えっと……お気遣い感謝します、ヤマト。どうかお互いに後味の残らない戦いをしましょう 」
「おう 」
「では……次会うときは試合場で 」
ライガは左胸に手を当て、敬意を示すように頭を下げる。
そんな態度にむず痒くなっていると、ライガはさっさと廊下の向こうへ行ってしまった。
「…………さて 」
1人になった廊下で声をもらし、飛び散ったガラス片を拾い集める。
大きいもの、小さなもの、血を抜くための空洞の針。
それらを右手に集め、ゴミ箱に入れようとした瞬間、脳裏にさっきの言葉が思い浮かんだ。
『人間を愛していますから 』
湧き上がった怒りのせいで右手が誤作動を起こし、ガラス片を握り潰してしまった。
皮膚にくい込んだガラスは血管を裂き、溢れる粘性の黒い血は手のひらを包み込んでゆく。
「……くせ 」
腐った血をガラス片ともどもゴミ箱に落とし、体の機能で治癒を促す。
外傷はすぐに塞がる。
でも胸のイラつきは全く治らず、様々なことが脳裏に思い浮かぶ。
ゲシュペンストの解放……人のエゴでできた調整……勇者の黒き血……大好きな親……俺の
「んなこと考えなくていいだろ。結局……全部終わるんだ 」
血の着いた右手で頭をおさえ、独り言をもらして感情を整理する。
響く無音……それに耳をすませていると、次第に心は落ち着いてきた。
「あーあー、皆様おまたせしました!! 今日も偽りの死合いを始めましょう!! 」
「……てやべ! もう試合始まるじゃねぇか!! 」
微かに聞こえた司会の声は、試合の始まりの合図だ。
面白い戦いを見逃しくない。
その一心で地面を蹴り、全力で移動しながら魔法の水を頭に被る。
「うし!! 」
くせぇ血は落ち、風で水が乾く感触は苛立ちを忘れさせてくれる。
そんな心地よさに浸りながらも更に地面を踏み込み、試合場へ急ぐ。
楽しい楽しい殺し合いが……今日も始まる。




