第15節 白痴の胎児
「ふふふんふ〜ん 」
試合場へ向かう途中、柄にもなく鼻歌を口ずさんでしまう。
正常に動く心臓は心地よく、欲求不満が治まった体は人間そのもの。
本当に……あの子を半殺しにして良かった。
「よぉエリカ 」
正常という心地よさに浸っている中、背後から声が聞こえた。
その声の主はリューク。
リューク・リンネのもの。
(ふふっ、楽しくなりそうだ )
笑みを浮かべ、ゆっくり振り返る。
背後に立つリュークは歯を見せて笑っていたが、その青い瞳は見開かれ、殺意を隠す気などさらさらない。
「おやおや、はじめましてリューク・リンネさん。偉大なるあなたにあえて光栄ですよ〜 」
「んな事はどうでもいい。お前……ハルトに何をした? 」
「……おやぁ? 見てなかったのかい? とりあえず半殺しに」
まだ煽ってる途中にも関わらず、お腹には蹴りが打ち込まれた。
背骨が砕ける……すると1秒も経たず壁に打ち付けられ、せっかく動いていた心肺が停止した。
「あのさぁ、沸点が低過ぎやしないかい? まだ煽ってる途中だよ? それに私がしたことは、君たちがやってるのと同じことだよ? 彼から殺されることはあっても、君たちから殺される道理はないはずなんだけどねぇ? 」
めり込んだ壁から抜け出すと気づく。
体の色んなものが消えていることに……
そのせいでとても不快だ。
不快すぎて楽しくなってきちゃう。
「黙れ…… 」
「それで守っているつもりなのかい? 君がやってるのはただの自作自演さ。自分で苦しめて自分で助ける、そんなはた迷惑なことに彼を巻き込んでいるんだよ? 」
「黙れよ 」
「いーや黙らないよ、リューク・リンネ。いや……君はこっちの名の方がいいのかな? ねぇ、は」
まーた喋ってる途中なのに拳が眉間へ到達し、そのまま頭を潰された。
そのせいで体の機能が停止する。
でも……頬はつり上がってしまう。
「怒るのは当然だけど不用心じゃないかい? 私に……こんなに近付くなんてさ 」
神経の通わぬ両手でリュークの腕を掴む。
もう縁は結んだ、このままこっちに
「お前は……その手でハルトに触ったんだな 」
怒りに呑まれていたと思っていたのに、リュークは理性的な声を漏らした。
すると私の両手は崩壊をはじめ、瞬時に両肩までもが白い砂と変わり果てる。
……このままだと消えちゃうねぇ。
(じゃあ、道連れと行こうか )
死ぬならリュークも殺そう。
そんなことを考えた瞬間、ゼンマイの音が聞こえた。
「んっ? 」
潰れた視界は開け、止まっていた心肺は活動を始める。
壊れた壁も無ければリュークの姿もない。
まるでさっきのことが……無かったかのような状況だ。
「……はぁ、邪魔しないでくれないかい? せっかくリュークを殺そうとしたのにさ 」
こんなことできるのはあのクソ女だけしかいない。
そう思うと不快感がこめかみを疼かせ、柄にもなく悪態を吐き捨ててしまう。
「……リュークが死ぬと……困るの 」
ふと現れた雌の声とともに、明るい廊下を影が呑んだ。
光が消えた視界、その中で1つ……人型の闇が現れる。
その姿は気持ち悪く頭の中の気持ち悪さがきわだって、みていると喉に込み上げる気持ち悪さが気持ち悪い。
「……魔術を使うのやめてくれないかな? 脳が不具合を起こして不愉快だ 」
「ごめん……言いたいことが終わったら……帰るから…… 」
「じゃあさっさと済ませてくれたまえ。君のせいでいい気分が台無しだよ 」
脳の機能を止めて不具合を緩和し、動かない眼球で闇を見上げる。
すると何かを準備するように闇は揺らぎ、今にも消えそうな声が闇に響いた。
「あの子を……ハルトを……殺さないで 」
「……それはどっちの意味でかな? 目的のために死なせたくないのかい? それとも…………はぁ、分かりきったことか。分かったよ、君には恩があるからね 」
不快でしかないけど、こいつの考えはよく知っている。
だってこいつは……ただ守りたくて、ハルトをこの学園に招いたんだから。
「ありがとう……ごめん……そろそろ……見つかる 」
「だろうね、それじゃあ消え失せてくれたまえ。私は君が嫌いだからさ 」
「じゃあ……またね……エリカ 」
「あぁ、またねユカリ。次会うときは君が死んでいることを祈っておくよ 」
話が終わるギリギリで悪態を吐き捨てると、闇は影に呑まれ、影は廊下の奥へ消えていった。
1人になった廊下……そこで脳の活動を再開させると、ため息が漏れてしまう。
「はぁ、ほんと嫌になるよ。過保護な親たちを相手するのは 」
血の出ない両肩を治し、さっさと試合場へ向かっている途中、ふと……喉から硬い固形物が込み上げた。
「ぅぇ…………あぁそうだったね、色々と消えてるんだった 」
口から出たそれは、関節が4つある灰色の指。
それは私の薬指と小指だ。
多分……リュークから繋がりを消されたせいで、体外に漏れてしまったんだろう。
「何処かでぉっ……ぅぇ、補給しないとね 」
今度は渦を巻く長い爪が溢れた。
……こんなもの、よく喉から出たねぇ。
「ふふっ、楽しいねぇ 」
独り談笑を終わらせ、足を上げる。
そして気持ちが悪い自分の指を……踏み潰す。
丹念に丹念に、原型など残らないようにね。
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「ほんとすみません、ヒカゲさん……テンション上がっちゃって 」
「いやもういいって。堅苦しいの嫌いなんだって 」
武器を壊したことを怒りすぎたのか、ユウトは何度も頭を下げてくる。
1度や2度ならまだしも、人目気にせず謝られ続ければこっちが気まずい。
「でも修理に加えて新しい機構もつくってくれましたよね。ほんと感謝してもしきれませんよ 」
「よし、次お礼してみろ。今度は自爆機構つけてやっから 」
「す、すみません。あっ!! 」
「自爆機構、持ち手の押しやすい所につけとくな 」
「待ってください!待ってください!! 今のナシです!! 」
「冗談だ 」
適当な談笑を交えながら廊下を進み、さっさと寮と同じ番号の扉を探す。
だが思ったよりもわかりやすい所にあり、探すまでもなく俺たち専用の観覧室を見つけた。
「ユウト、ここらしいぞ 」
「あっ、結構近場ですね。あとで飲食物もってきます 」
「まぁヤマトとハルトが来てからだなぁ。あいつらの好みわかんねぇし……いやハルトいるわ 」
扉を開けると、そこにはハルトがいた。
だがこちらを見ず、神妙な顔つきで紅茶を入れ続けている。
「おいハルト? なにして……何したんだおめぇ? 」
部屋の中にはカーペットが敷かれていたが、その殆どを赤い血が染めている。
それは明らかに致死量……人が死んだとしか考えられない。
けれどハルトは紅茶を入れ続け、平然と血のカーペットの上にいる。
「答えろ、撃つぞ? 」
「んっ? どちら様ですか? 」
腰の魔具に弾を込めると、ハルトは金色の瞳を向けてきた。
瞬間、違和感が頭をよぎる。
(こいつ……誰だ? )
胸に手を当ててかしこまる様子は女性のものであり、口調も2週間前のハルトとは全く違う。
というかそもそも……瞳の色や声すら別物だ。
「ヒカゲさん? どうしたんですか? 」
「下がってろユウト。こいつ……なんかおか」
「誰だお前ら? 」
得体のしれなさに警戒心が高まった次の瞬間……ハルトの声が聞こえた。
すると紅茶を入れる奴の瞳は紫色に変わり、その目はダルそうにこちらを見ている。
「てめぇこそ誰だよ 」
「……? ハルトだが? 」
首を傾げる姿はハルトそのものだが、どうもさっきのせいで警戒心がぬぐえない。
けれどユウトはなんの警戒もなく、血のカーペットの上へと足を運んだ。
「あっ、僕はユウトです。それでこっちはヒカゲさんです 」
「……お前らか。紅茶てきとうに入れたから飲んでくれ 」
「お気遣いありがとうございます 」
「いや待て待て待て、とりあえずハルト。この血はなんだ? 」
謎が多すぎて混乱するが、ひとまずは一番気になる血について話を聞いてみる。
「この血? あぁ、エリカから腹裂かれた。なんか血と臓物をくれって言われたから 」
「…………はぁぁぁ、なるほどな 」
エリカという名がでた瞬間、妙に納得してしまった。
あいつもそろそろ欲求がキツくなる頃だろうし、なぜか気に入ってるハルトにそうせがむのは無理もない。
(……ん? )
「いや待て、抵抗しなかったのか? 」
「あぁ、手伝わせた詫びで裂かせたからな 」
(……なんかもう、気にしたら身が持たねぇな )
「そういえばハルトさん、2週間前は殺そうとしてすみませんでした。あの時はすこし……抑えが効かなかったので 」
ルームメイトに普通の奴がいねぇ。
そんな現実に苦笑している中、いきなりユウトは狂人的な話を始めた。
「……別にいい。けど次殺そうとしたらこっちが殺す 」
「はい、大丈夫ですよ 」
「…… 」
もう何も聞かなかったことにしよう。
そう思いながら紅茶に砂糖を山ほどいれ、ジャリジャリする液体を口に流しこむ。
(ん……そういや )
糖分で脳の錆を落としている中、ふと……ハルトについて気になることを思い出した。
「ユウトから聞いたんだけどよぉ、お前って逆推薦で入学したんだよな? 」
「あぁ 」
「でもお前の魔術、見た感じはデメリットのある固定砲台みたいなものだろ? そんなんで逆推薦されたのか? 」
入学初日のテストを思い出しながら聞いてみるが、ハルトはパッとしないように首を傾げた。
「しらん。ここに来れば金が貰えるって言われただけだ 」
(なんか……妙だな )
ヘレダントが逆推薦したことなど、歴史上一度もない。
けれど逆推薦されたハルトの魔術はこれといった特異性はなく、威力が強いだけのよくあるものだ。
なんというか……ハルトをこの学園に招き入れたかったような思惑を感じてしまう。
「……本当に心当たりはないのか? 自分の魔術が他人とは違って感じるとか 」
「……魔術を使っても性格が変わらないんだなってのは感じた。俺が魔術使うと、性格と目の色が変わる 」
(確かに異様なデメリットだが……そんなんで逆推薦されるか普通? )
「じゃあさっき、魔術を使ったんですか? 」
ハルトの腹を探っている中、横からユウトが話に割り込んできた。
言われてみれば確かに……さっきの様子をみれば魔術を使ったことになる。
「あぁ、傷治すのに使った 」
「……ん? ハルトさんの魔術って、詠唱して攻撃する魔術ですよね? それで治したんですか? 」
「俺もそうだと思ってたがなんか治せた。これっておかしいのか? 」
「いや、おかしくはないな。自身の細胞の数を測れないみたいに、魔術の全容は本人ですら知りえないことがある 」
「つまり……元からできたのか? 」
「多分な 」
一瞬……その全容に目をつけられたかと思ったが、過去の記憶がそれを否定した。
ヘレダントを卒業した知人たちは、魔術だけでいえばハルトより強いし、利便性に長けている。
だからこそ、強いだけでは逆推薦されないはずだ。
強さ以外の特異性……それがあるはずだ。
だが情報が空白だらけで答えはでないし、そもそも分かったところでな感じはある。
(考えるだけ無駄か…… )
「それではお待たせしました! 次の試合に参りましょう!! 」
「あっ、始まるみたいですよ 」
「おう 」
司会のうるさい声が聞こえると、2人はすぐに腰を下ろした。
血が染みたカーペットの上に。
(……まぁ、おかしいのはいつもの事か )
そう思いながら魔術でタオルを作り、その上に腰を下ろして試合場を覗く。
ガラス越しの眺めは意外によく、視力が悪くない限りは試合場の全容を見渡せる。
……なんか金持ちにでもなった気分だ。
「それは1500年前、覇王によって散りばめられた『継承』の呪い。それは記憶を継ぎ、意思を継ぎ、呪いを継ぎ、怨みを継ぎ、何代にも渡る継承の果てに現れた変異の厄災! 『未知なる継承者』……わちょ!? 」
「あーあー、聞こえてるかな? 」
うるせぇ司会者の声に苛立っている中、突如ノイズが走り、別の声が会場に響く。
その耳に残る声には聞き覚えがある。
「私はエリカ、『エリカ・ミオソチス』。ケルパー王国で創られたゲシュペンストだ 」
(あいつなにしてんだ? )
いつからか会場にいるエリカ。
その手には『拡音魔具』が握られており、司会者はそれを取り戻そうと必死になっている。
「エリカ選手! ここは死合う場ですよ!? 次の選手も待ってますしはやいとこ…… 」
いつものおふざけかと軽い気持ちでいると、突如として会場の空からものが落ちてきた。
見覚えのある、高低差の激しい白い筒。
遠目ではハッキリ確認できないが、恐らくは……背骨だ。
「選手たちなら適当に殺しておいたよ。だから今日の試合は終わりさ 」
エリカは笑い混じりに殺した語り、背骨を踏み割りながら話を続ける。
その姿は同じ生命とは思えず、異様そのものだ。
(なにしてんだあいつ!? おふざけにしては度がすぎるだろ!! )
「さて、注目も集まったことだし本題に入ろう。私の魔術は諜報や隠密に向いててね、ちょっと前にマークしていた人物からとんでもない情報を聞いてしまったんだ。彼らがやろうとしてるのは『ゲシュペンストの解放』……つまり、人の世を終わらせようとしてるのさ 」
(…………あいつ!!? )
「その名は『ヒカゲ・ルミル』『ユウト・カイナ』。彼らは人の手によって産まれたのに人を滅ぼそうとする、とんだ恩知らずさ 」




