第14節 踊れや踊れ
「それでは皆様! 続いての死合いへと行きましょう!! 」
胸にまで響く声。
それは心臓を熱くさせ、背筋を登る闘争心のせいで頬が緩む。
「それは1500年前に散り広がった遺産。誰もがそれを求め、誰もが夢見の果てに諦めたもの。だが! だが!! ここにて1つ! 最も完成に近い、失敗作が姿を現します!! それでは行きましょう! 『黒き血の失敗作』……ヤマト・ホルテンジエ選手です!!! 」
「しゃあああ!!! 」
自分の名前を呼ばれた。
地面を思いっきり蹴りあげ、入場口から試合場まで跳躍。
そのまま声を荒らげ、会場中に雄叫びを響かせる。
「それでは続いての選手です!! 」
(あれ? )
だいぶ派手な登場をしたつもりだが、解説や司会の方からは一切反応がない。
むしろ観客席からは、殺意がこもった目を浴びせられている。
……もっと反応してくれても良いと思うんだけどなぁ。
「優しき風は何者も傷付けず、誰がためにと癒しを運ぶ。 だがそれは血に埋もれたいつかの歴史!!! ここにて吹くは赤き風! それは何ものも殺し、今日も腐臭を運ぶでしょう!!『淀み風』……コトノ・オセロー!!! 」
響く声に釣られ、反対側の入り口から1人の男が入ってきた。
灰色の髪、程々に低い背。
これと言って特徴のない奴だが、その手に握られている武器は酷く興味をそそる。
武器の形状としてはただの細剣でしかないが、異常なのはその長さだ。
それは男の背の3倍はある。
(振れんのかなぁ!? それでどんな戦い方するんだ!? 楽しみだなぁ!! )
「はっ、死合う場で笑うか 」
期待が顔に出ていたのか、吐き捨てるように言葉を浴びせられた。
確かに、殺し合う場で笑うのは頭のおかしなやつだ。
でも人間の常識を押し付けられても困る。
「悪いな。でもほら、楽しみだろ? この学園じゃ殺死合う機会なんて少ねぇし 」
「楽しみ……か、理解できないな。偽物とはいえ死ねば死ぬんだ、そんな状況で楽しめる方がどうかしてる 」
「……まぁ、あんたみたいな人間サンにゃ分かりゃしねぇよ 」
初対面なのに色々と否定され、ちょっとした皮肉が口から漏れてしまう。
するとコトノは目を逸らしてため息を吐き、静かに距離を取った。
「それでは……試合開始です!! 」
「……げっ!! 」
試合開始前に距離を取られた。
そう気が付いた瞬間、コトノの周りから風が吹き、瞬きする間に両腕の皮膚が切り刻まれる。
(いきなりかよ!!)
すぐさま横へ飛び、攻撃が及ばない場所に逃げるが、風から逃れることはできない。
また風が吹く。
見えない攻撃から頬の皮や服越しに腹筋が裂かれ、
何が起こっているかも分からない。
だが……
(距離を取ったってことはよォ、近距離戦は苦手なんだろ!? )
両手を前に構え、地面を蹴る。
吹き荒れる風は全身の皮膚を刻むが、どれも致命傷にならず、そのままコトノの間合いに入り込む。
「っ? 」
だがその時、強い風が吹いた。
瞬間、全身の肉が刈り取られた。
「いっ」
痛みで思考が止まった隙に、コトノは鞘を投げ捨て剣を抜いた。
するとノーモーションで突きが放たれ、目で追えない剣先は左脇腹を貫いた。
(……なんだ )
内蔵が破裂し、黒い血が口から溢れる。
致命傷を与えたからか、コトノは赤いヒビを右眼に走らせ、目に見えぬ速度で剣を振るう。
それが命を確実に奪う、詰めの一撃だと肌が理解した。
だが……
(つまんねぇな )
剣を振るだけとかつまんねぇ。
そんなことを考えながら見えぬ刃を掴み、コトノの腹に剣速を超える蹴りを打ち込む。
「ぉっ!!? 」
臓物が飛び散らないように加減したが、みぞおちに一撃くらったんだ。
人間なら痛覚切っててもしばらくは動けない。
「まぁ楽しかったぜ 」
トドメを刺す前に笑顔を浮かべ、血まみれの裏拳を垂れ下がったこめかみに打ち込む。
子小気味よい感触が脳に響くと、コトノの小さな体は観覧席に頭から突っ込み、宙を舞う剣は死合い場に突き刺さった。
「試合終了!! 勝者……ヤマト・ホルテンジエ選手です!!! 」
自身の修復機能で致命傷を治し、右腕を空にあげガッツポーズを決める。
歓声はない。
でも罵倒が飛んでこないだけマシだ。
そしてなにより……
(やっぱ、殺しは楽しいな!! )
この高揚感が、たまらなく好きだ。
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「……よし 」
濡らした茶髪を後ろにまとめ、それを手首に巻いた紐で結びつける。
少し頭皮が引っ張られる感じもするが、戦う分にはこのくらいが丁度いい。
「それでは次の試合に参りましょう!! 」
入場の掛け声がかかる。
そう予感し、髪の水気を絞って出口へと足を運ぶ。
「それは誰もが知る朝の花。 闇を呪うために炎を飲み、今日も夜を照らす巫女の末裔。その輝きは夜を呪うか? はたまた人を呪うか? それを知るのは彼女のみ!! それでは呪われし巫女をご覧に入れましょう!! 『終わりの天与』 ヒマリ・ムスク選手です!! 」
「ど、どーも〜 」
あれだけ気合いを入れたのに、いざ会場に出てみると弱腰になってしまう。
人の目。
煩い司会者。
盛りにもった私の説明。
そのどれもが疲労やストレスとなって、肩を重くする。
(……帰って横になりたいなぁ )
「それでは続いての選手です!! 」
さっそく弱音を漏れてしまう。
でも司会はどんどん試合を進行させると、ずっと無関心だった観客の目は反対側の入口へと集まった。
「彼女は何か? 彼は何か? 全ては不明、不理解、『情報なし』。彼女は何を持って人を見つめるか? 彼は何を思い人を殺すのか? それすら分からぬ皆様には今宵……死のヴェールが降ろされるでしょう! 『存在無し』!! ユウト・カイナ選手です!!! 」
私の入場とは裏腹に、観客の目はユウトに釘付けだ。
……それもそうか。
ずっと存在が隠されてきた『覇王の心臓』が、生きて公の場にいるんだから。
(そりゃあみんな、殺してでも奪いたいよね…… )
「あっ、お久しぶりですヒマリさん。4年前の社交場以来ですね 」
「あっ……うん、久しぶり 」
いきなり声をかけられた事にも驚いたけど、1番驚いたのは4年前の出会いを覚えられている事だ。
ユウトなら2年前に、記憶機能を入れ替えられたはずなんだけど……
「どうかしました? あなたもクズ共と同じものが欲しいんですか? 」
「んっ!? い……いや違うよ? ただ覚えられていた事に驚いて……ね? 」
嫉妬するほどに綺麗な顔から、相当キツい悪態をつかれた。
でも誤解を招かないように慌てて否定すると、ユウトは奥歯まで見える不気味な笑みを浮かべた。
「安心しました。もし心臓を狙ってるなら、全力で殺そうと思ってたので 」
(えーっと……どんな言葉を返せばいいんだろ? )
さっきから発言の節々に殺意を感じ、正直……反応に困ってしまう。
「えー、談笑も程々に。ここは死合う場ですよ〜 」
「あっ、そうでしたね。それじゃあヒマリさん、お互い死力を尽くしましょう 」
「う、うん 」
司会者から注意を受け、会話が終わった。
それに何処かホッとしながら距離を取り、お互いが向かい合った状態で開始の合図を待つ。
「それでは試合……開始です!! 」
合図がなった。
(永枷 白楔 )
白き炎で槍を創り、戦闘時の血液を全身に回す。
すると腕からは白い鱗が逆立ち、体内を巡る血流は青き炎となって火の粉をこぼす。
「行くよ 」
「はい、いつでも 」
地面を軽く踏み切る。
だが脆い地面は簡単に砕け、遠かったユウトの顔が目の前に見えた。
時が止まったように笑い続ける顔。
そこに槍先を打ち込もうとした瞬間、景色が揺れ、いつの間にか青い空が見えた。
(……何が起こって )
いつからか倒れていた体を起こす。
すると鼻からは白い血が漏れ狂い、風を感じる顔は歪に歪んでいた。
「所詮、人間って感じですね 」
血が垂れる耳に声が響く。
目に映るユウトは髪を白い血で染めており、魔術で生み出された鏡越しに私を見ている。
「自分たちが上位にいると思い込み、今なおその空想の上で踊っている。だからお前らみたいなクズは……ここで死ね 」
死ねという単語と共に、鏡は拳によって叩き割られた。
するとユウトの手には……何かが握られていた。
それは大剣だった。
それは弓であり、重厚な槍。
肉を乱雑に解体するノコギリであり、生者を死者へと変える美しき大鎌でもあった。
「なに……それ? 」
あまりの奇妙さに声がもれた。
数多もの武器をまとめたそれは鉄塊と呼べず、武器というには無理がある。
そんな頭のおかしな道具が今、振り下ろされようとしている。
「……っう!!! 」
明確すぎる死を感じ、すぐさま宙へと逃げる。
瞬間、爆音が響いた。
死合い場は砕けに砕け、もはや石屑しか残っていない。
けれどまだ、死はこちらを見ている。
(永伽…… )
地面に着地すれば場外。
けれどのこった足場の広さでは、あの一撃は避けられようもない。
なら……ここで終わらせる。
「火塗り 」
体から抜け出たどろりとした白き炎。
それがポタリと地面に落ちると、土が沸騰を始めた。
これを喰らえばどんなものでも焼け死ぬ。
それを今、地面へぶちまけようとした瞬間、ユウトは腕力で……自分の道具を破壊した。
混乱が脳を覆う中、分解された鎌の刃が……こちらを見ている事に気づく。
だが遅かった。
「あっ 」
腑抜けた声を漏らした頃にはもう……鎌の刃先は眉間に到達していた。
頭がビチャリ……砕け散った。
「試合終了! 勝者……ユウト・カイナ選手です!! 」
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「甘いもの食いてぇ 」
脳が鈍る。
動かそうと思えば動かせるが、どうも錆び付いた感じが拭えない。
……それもこれもユウトのせいだ。
(あいつ……せっかく作った武器壊しやがって )
ちゃんと分解機構つくってるのに力任せに砕くわ、貴重な獣の腕骨の鎌は投げ飛ばして無くすわ……はぁぁ、今までの分も合わせて請求でもしてやろうか。
(まぁ、人の常識を求めても仕方ねぇか )
自問自答を終わらせ、そろそろ試合がはじまる会場に足を運ぶ。
暗い廊下からでたそこは、目がくらむほどに眩しい。
……この光加減なら、細工も上手くいくだろう。
「ちょっとぉ!? ヒカゲ選手の入場はあとですよ!? 」
「うるせぇ。お前の煽り文句、不快なんだよ 」
「え〜……番が狂いましたので先にご紹介!! 無能な者たちはうわっとぉ!!? 」
「不快だつってんだろ 」
腰にぶら下げた魔具を掴み、司会者に『創弾』をぶっぱなす。
その弾は司会者の手元にある魔具へとぶつかり、会場からはうるさい高音が響く。
……手筈通りだな。
「え〜……本人からの強い要望により、紹介はスキップさせていただきます。それでは気を取り直しまして……続いての選手に参りましょう!! 」
響く声は観客を沸かせたいようだが、その観客はといえばシラケた表情をしている。
まぁ、それも当然か。
ヘレダントに入学するのは、基本的にゲシュペンストだ。
学習能力が高い奴らからすれば、もう聞き飽きた頃合だろう。
「彼は平凡なる人間である。生まれも平凡。学歴も平凡。コネだけでしがみつく姿はあまりにもみっともなく、英雄とは言い難き者。だが彼は歩みを止めず! 自身の無垢が黒く染まろうとも! いつしか天陸に傷をつける英雄となるでしょう!! 『困難を愛する者』!! シロ・アイビー!!! 」
ほぼ罵倒で彩られた煽りと共に、小柄な男が入場口から姿を現した。
死合い場にやってくる姿はあまりにもぎこち無く、観客の目線だけで押し潰れそうなほど弱く見える。
「よよよ、よろしくお願いします 」
「あーよろしく 」
エメラルド色をした髪の合間から、夜空のように暗い目を向けられた。
その2つの特徴は、脳内でとある答えを導き出した。
(……クソ共が )
こいつは『ロジー王国』のサブプランだ。
なのにクソ共は、それをメインプラン実行中に使いやがった。
(っ……一度創れたからもう捨て駒ってか? ふざけやがって )
「えと……えっと、自分は何かしましたでしょうか? いやしてますね! 自分ロジー王国出身ですから!! 今ヒカゲさんの国と戦争真っ只中ですもんね!! 」
「いや……そこは別に気にしてねぇから安心しろ 」
キンキンとした声で叫ぶシロを宥め、今はこの怒りに蓋をする。
とりあえず……あとはタイミングだ。
「まぁ、お互い納得のいく試合にしようぜ 」
「……!はい!! 」
それっぽい言葉を出し、とっとと距離を離してシロと向かい合う。
いつ開始宣言が起こっても違和感がないように。
「それでは試合……開始です!! 」
時間通り合図がなる。
するとシロの髪には赤いヒビが走り、腰に携帯した短剣を抜いた。
瞬間、獣のような速度で距離を詰められる。
迫る短剣。
それを躱すことは容易いが、あえて体を動かさず右腕で刃を受ける。
「いっ゛ 」
肉が裂け、痛みとアドレナリンが脳を巡る。
だがこれで……
「そこまで!! 反則行為により、シロ選手は失格と見なします! よって勝者……ヒカゲ・ルミル選手です!!! 」
俺の勝ちだ。
「……はい? …………いやいや!! 僕何もしてませんよ!!? 」
「え〜? だってシロ選手、試合宣言される前に攻撃したじゃないですか 」
「えぇ!!? だってちゃんと合図なりましたよね!? なのになん…… 」
シロは納得いかなそうに叫ぶが、司会者が指さすマイクを見ると言葉を詰まらせた。
まぁそりゃ当然か。
透明な録音魔具が、マイクに付けられているんだからな。
「えっ、もしかして試合場に先に出たのって…… 」
「あぁ、細工するため 」
舌を軽く出して小馬鹿にすると、シロは真顔のまま息を吸い、そのまま口を大きく開いた。
「ズルじゃないですか!! というか司会者さんもなんで何も言わないんですか!? 」
「いや〜、私はあくまで司会者なので。 選手に細工を伝える義務はありません。それはそうとヒカゲ選手、約束通りの『楽音魔具』はお忘れなく 」
「あぁ分かってる 」
「買収!! それ犯罪!! やっぱりズルじゃないですか!!! 」
「司会者を買収したら失格なんてルールねぇよ 」
涙目になりがらも必死に抗議するシロ。
だがそれを軽くあしらい、『力』で傷を塞いで死合い場から下りる。
「この……卑怯者ぉぉぉ!!!!! 」
「はいはい 」
背後から思いっきりの罵倒を受けたが、適当に言葉を返えしてスルー。
そのまま薄暗い廊下へ移動する。
(とりあえず甘いものだなぁ )
脳が甘いものを欲している。
その欲望に身を任せて食堂に向かう途中、とある言葉が頭の中で響いた。
『卑怯者』
頭痛が走り、この脳は覚えのない記憶を鮮明に呼び起こす。
無理やり薬を打たれる少年の最期。
クソッタレな誇りとやらで自殺する女の最期。
残りの生を諦め、自らをクズ共に託した……尊敬する天才の終わり。
それらの記憶全てが、俺に卑怯者という言葉を浴びせてくる。
……当然か。
人に幸福あれと望んだ奴らの脳を持っているのに、俺は……人の世を終わらせるつもりでいるのだから。
(まぁ、老害たちの考えなんざしるか )
『でも……殺せるの?』
悪態を吐き捨てて記憶に蓋をする寸前、そんな声が脳内に聞こえた。
だが……その答えはもう決まってる。
(ゲシュペンストたちの解放……それの邪魔になる者なら、いくらでも殺してやるさ )
いつしかの思い出に蓋を被せる。
すると頭痛は収まり、罵詈雑言も……あの懐かしい声も聞こえなくなった。




