第13節 こっちにおいで
「よぉハルト! ナイスファイト!! 」
落ちた右腕を治癒室で治してもらい、人混みを適当にブラブラしていると、背後から声をかけられた。
振り向いてみるが、匂いが混雑するせいでそれが誰か分からない。
「誰だ? 」
「あっ悪ぃ。ヤマトだやま」
とりあえず治った右足を顔面にぶち当て、人の波にその体を吹き飛ばす。
強化も何もしていない蹴りだ、ダメージは無いだろうが幾分か気分は晴れた。
「……いや、殴られる覚悟はしてたぞ? お前ぶん投げたし。でも蹴るとは思わんかったわ 」
「そか 」
鬱憤晴らしが終わり、ここに用はなくなった。
そう思っていたのだが、不意にヤマトに聞きたいことができた。
「そういえば、個人戦ってなんのために戦うんだ? 模擬戦にしては殺伐とし過ぎだし、あんなのはただの見世物だろ? 」
「よっと。とりあえず静かな場所に行くぞ、説明はそこでしてやる 」
ふと気が付けば、顔も分からぬ人間たちの目だけが俺たちを見ていた。
背筋を舐められるような……首筋を内側からなぞられるような……とにかく気持ち悪い感触だ。
「分かった 」
逃げるようにヤマトへついて行く。
人混みを抜けてしばらく歩くと、埃が香る一本道に出た。
そこには俺たち以外の足跡や足音もない。
「よし、ここいらで良いだろうな。んで、なんのために個人戦するかだっけ? 」
「あぁ 」
「答えは単純だ、実績を貰えるだけ 」
「……それだけ? 」
「それだけ。でもその実績ってのが重要だ 」
ヤマトは廊下の壁に寄りかかると、淡々と話を進めてくれる。
「魔法使いになってもな、正式に属せる場所は4つしかない。1つは『国家自衛団』。名前の通り、国を守ったり戦争に駆り出される奴ら。2つ目は『獣狩り』。獣を駆逐する事が目的な奴ら。3つ目は『次元研究科』。こいつらはまぁ……色々研究してる奴らと思ってくれ。4つ目は『王下隷者』。王族直通の魔法使いって事だが、俺らにはあんまり関係ない 」
「それで? さっきの話と関係あんのか? 」
「まぁ聞けって 」
色々と言われたが、それがさっきの話とどう繋がるのか分からない。
そんな疑問を問いかけると、ヤマトから素っ気なく黙らせられた。
「『ヘレダント』に来る奴らって、国からの推薦とかが殆どなんだよ。だから大体は『国家自衛団』に属する事になるんだが、そこって結構実力主義でな。弱いやつは肉壁、強いやつは後方で茶会なんてザラだ 」
「つまり……将来のためにヘレダントで実績を作りたいってことか? 」
「あぁ、だいたいそゆこと 」
「分かった、なら次の試合負けるわ 」
「…………なんて? 」
……?
何か変なことを言ったのだろうか?
正気かお前?といいたげな顔をされている。
「いや……なんで? なんで負けんの? お前強いじゃん 」
「そんな場所に属す気はないし、実績とか興味ねぇ 」
「えぇえ!! 負けるなよぉぉぉ!! また戦おうぜぇぇ 」
本心を伝えただけなのだが、ヤマトはガキのようにゴネ始めた。
その赤い目は潤んでおり、頬は微かに赤くなっている。
……ガチで泣いてんのか?
「この前はそっちが勝っただろ? それで良いだろ 」
「良くねぇよ! そのナイフ持ってたら勝てるか危ういからな!! だから面白そうなのによぉぉ!! なんで負けるんだよぉぉ!! 」
「うるせぇから蹴っていいか? 」
「よし分かった! お前が今欲しいもんはなんだ!? 」
よし分かったと言われ蹴ろうとしたが、急に欲しいものはと聞かれた。
欲しいもの……欲しいものか……
「金」
「よし! じゃあ、お前が優勝したら金やるよ!! なんなら2位でも3位でも大丈夫だ!! 」
「……? なんでそこまですんだよ? 」
「だってよぉ、相手を殺すまで殺し合えるんだぜ!? そりゃ強いやつと殺り合いたいだろ!! 」
「そか 」
「んじゃ俺、試合だから! 次も絶対勝てよ!! 」
煩わしい声に適当な返事を返していると、いつの間にか会話は終わっていた。
意識を現実に戻していた頃には、ヤマトは廊下の遥か遠くにおり、もう聞きたいことも聞けないようだ。
(……まぁいい、とりあえず勝つか )
やる気など無かったが、金を貰えるなら話は別だ。
誰とも話したくないが、まずは情報収集を…………そういえばさっきまで、
(誰と話していた? )
「やぁ 」
急に頭にノイズが走り、記憶が飛んだ。
瞬間、背後からぬるりと抱きしめられた。
「誰だ? 」
「君はさ〜、なかなか驚いてくれないね 」
後ろを振り返ると、そこには病的に痩せた女がいた。
この体格は確か……
「エリカか? 」
「ふふん、そうだよぉ〜。よく覚えていたね!! 」
エリカは心底嬉しそうに声を張るが、正直興味はないし煩いとしか思えない。
いや……1つ気になることがあった。
「……お前の魔術って、瞬間移動できるんだろ? 制限とかないのか? 」
「おやぁ? 私はそんな大層な魔術持ってないけどねぇ 」
「とぼけんな。じゃあなんで埃に足跡がついていない? 」
エリカが現れた背後には未だ埃が溜まっており、ヤマトが通った道は俺が見ていた。
そんな状況で背後に回り込むなど、瞬間移動くらいでしか不可能だ。
「ははっ、冗談さ。でも君の言う通り、条件がある。その場所の匂いを覚えたり、そこと連想できるようなものを舐めなきゃいけない。ユウトのと違って、私は繋がりで移動するからね〜 」
「……んじゃあの時」
そう言われ、とある光景がフラッシュバックした。
……廊下で呼び止められた時のことだ。
「あぁ、君の匂いを嗅いだのはそのためさ。ついでに2週間前、広場で君の頬を舐めただろう? あれも条件を満たすためさ 」
「なるほどな 」
「いやちょっと!? ここは気持ち悪そうな顔をするところだよ! なんでそんなすまし顔なのさ!! 」
「興味ねぇから。それよりお前に頼みがある 」
「頼み? あぁ良いとも、なんでも言ってくれたまえ!! 」
「今から対戦する奴らの顔と名前を言ってくれ。俺だけだと誰が誰だか分からなくなる 」
誰でもできる頼みのはずなのだが、何故かエリカは心底嫌そうな顔をした。
それは嫌悪と言うよりは、心外な感じに近い。
「嫌か? 」
「嫌じゃないさ! でもなーーんで誰でもできそうな事をお願いするのかなぁ! 君はホント女心が分からないね!! 」
「そか、じゃあ別の奴に頼む 」
「ちーがーうー! 嫌じゃないのさ! 複雑なのさ!! 」
(……何言ってんだこいつ? )
ギャーギャー喚かれても、理解できないものは理解できない。
そんな状況に首を傾げていると、エリカはため息を漏らし、やせ細った手を差し出してきた。
「それじゃあ、ナイフを1本貸してくれたまえ 」
「……? ほら 」
「ありがとう。そういえばこれって何が材料なんだい? 足やら首やら簡単に切ってたけど 」
「獣の爪 」
「ふーん 」
ナイフを指先で回し、香料を選別するように刃を嗅ぐエリカ。
その行動にどんな意味があるのか?
そう疑問に思っている最中、いつのまにか自分の手が前に出ており、その上にはエリカの手が乗せられていた。
嫌な予感が背筋を駆け上がった瞬間、刃は振り下ろされ、エリカと俺の手がナイフ越しに繋がった。
脳に痛みが駆け上がる。
だが痛いだけだ、気にする必要は無い。
「……で? なんの意味があんだ? 」
「社会勉強というかね? 君に世界を見せてあげよう……と…………君さ、何も見えないのかい? 」
「……? あぁ 」
「…………はぁぁぁ。過保護も行き過ぎると、もはや束縛だね。いや、君に自由なんて……元々ないか 」
エリカは長い独り言の末に刃を引き抜くと、穴が空いた手でナイフを差し出してきた。
「ありがとう。思うような結果じゃなかったけど、サポートはしてあげよう。ほら、君はお金が欲しいんだろう? 」
なぜ金の事を知っているのかと疑問に思ったが、そこはどうでもいい。
確か……何かをしてもらったら、ありがとうと言うんだっけ?
「……ありがとう 」
「……はぁ。それじゃあ観覧席に行こうか、もうすぐ試合が始まるからね 」
慣れない礼を言い終えると、エリカはナイフを差し出してきた。
それに付いた血を服の裏地で落としていると、不意に手を繋がれ、引っ張られるように廊下を歩む。
穴の空いた手を重ね、互いの鮮血を地面にこぼしながら。




