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マイグレーション 〜現実世界に入れ替わり現象を設定してみた〜  作者: 気の言
Phase2 警視庁公安部公安第六課突発性脳死現象対策室

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Tier3 保持

「一班、どうした? なぜ発砲した? あまり余計な死体は出すなよ」


 一班から再び聞こえた銃声に違和感を持った俺は回線を繋げてそう確認する。

 日本の、しかもただの中学生が銃を構えた人間を前に反抗してくるとはあまりにも考えられない。


「……こちら一班。アルファー3が……新村(にいむら)が……P226を自分の首に向けて発砲」


「は?」


 俺は言われている意味がよく分からなかった。

 作戦行動中に隊員が自動拳銃で自殺?

 ありえないだろう。

 彼らは今回の作戦のために組織した極秘の精鋭部隊だぞ。

 この作戦に対する良心の呵責(かしゃく)からの自殺などありえるはずがない。

 俺は目の前のスクリーンに映っているアルファー3の映像の区画を見る。

 そこに映されていたのは静止しているかのように動いていない天井を映した映像だった。

 俺は一班の報告は事実だと認めるしかなかった。


「どういうことだ、佐伽羅(さがら)君! 隊員の管理がなってないんじゃないのか!」


 ただ座って見ているだけの脳の無い大臣がわめく。


「申し訳ありません、大臣。こちらも予想外のことで困惑しております。ですが、作戦には影響は及びませんのでご安心を。 一班は予定通りに事後処理を続けろ。二班、三班も同じくだ。アルファー3の死体は教室内に置いてお――」


 また、新たに銃声がスクリーンのスピーカーを通して聞こえた。

 そして今度は立て続けに三回銃声は鳴った。

 スクリーンの一班の区画の映像はアルファー1以外を除いて全て天井を映し出している。

 一連の流れを見ていたこの場の一同は唖然(あぜん)とする。


「何なんだ、これは……」


 我に返った俺はそう言わずにはいられなかった。


「一体、何がどうなっているんだ! 作戦が失敗したら君も私もただではすまんぞ!」


 唖然としていた大臣も自分の保身のために正気を取り戻す。

 いっそのこと、唖然としたままでいてくれていれば雑音が入らずに済んだというのに。


「その時は私も一緒に地獄までお供致しますよ」


「なッ!?」


 俺の皮肉に何も言えなくなったのか、生まれつきの悪人面がよっぽど不気味に見えたのか大臣は押し黙った。

 雑音が(いく)ばくかマシになったので、とりあえず現状を立て直そうと俺は通信の回線を一班に繋げる。


「アルファー1、応答しろ! とにかく例の()を設置して直ちに二班、三班と合流しろ!」


 俺は一班で唯一自殺を図らずにいるアルファー1に薄い望みを掛けて指示を出した。


「……」


 俺の指示に対するアルファー1からの応答はない。


「やはり、駄目か……」


「おい、君! 何をやってるんだ! いいから、さっさとやれ!」


 大臣が俺の元に割り込んでアルファー1に向かって怒鳴る。

 しかし、アルファー1が動く様子はない。


「大臣、無駄です」


「無駄だと!? 何を言ってるんだ君は! おい、お前! 聞いているのか!」


 大臣はアルファー1に再び怒鳴るが、それでもアルファー1が動く気配はない。


「こうなったら二班の連中に事後処理をやらせろ!」


「無理です。それでは間違いなく二班が先程のように自殺し、全滅します。ミイラ取りがミイラになるだけです。それに……」


 突っかかって来る大臣をあしらいながら俺はこう言った。


「おそらくですが今のアルファー1は()()です」


「なっ、何を言っているんだ君は! そんな訳ないだろう! マイグレーターは身体的接触がなければ入れ替わりは出来ないはずだろう!? 君も見たはずだ。不意を突いて八雲の頭を鉛玉で吹き飛ばしたのを! あの時のどこに八雲が隊員と接触する暇があった?」


 そう。

 確実に八雲の不意を突いたのだから、隊員と入れ替わることは出来ないはずだった。

 だが、八雲はそれをやってのけた。

 そうでない限りこの状況の説明が付かない。


「どうやったかは分かりませんが、八雲は何かしらの方法で隊員と入れ替わったのだと思われます。我々はマイグレーターについては分かっていないことの方が圧倒的に多い。身体的接触以外にマイグレーションを行う方法があったとしても何も不思議ではありません」


「クソッ!」


 大臣は自分が座っていた椅子を蹴ろうとしたが、上手く蹴れずに転倒する。

 俺はそんな大臣の様子が無様で仕方がなかった。


「……なるほど。連続で行うとさすがに集中力を使うな」


 しばらく動きを見せずに黙っていたアルファー1、いや八雲が独り言のようにつぶやく。


「おい、八雲! なぜ、お前は死んでいない? なぜ、隊員達に入れ替わることが出来た? 答えろ!」


 一班との回線は繋げたままだったため、俺は独り言をつぶやいた八雲に間髪入れずに問いかける。


「それにしても、政府も思い切ったことをするものだな」


 まるで俺の声が聞こえていないかのように八雲は独り言を続ける。


「そんなことはどうでもいい! 俺の質問に答えろ!」


 八雲は俺の質問に答えることはなく、アルファー4が持っていた例の物に近づく。

 その際、八雲は一時的に教室にいた生徒達に背を向けることとなった。

 それをチャンスと思ったのか、一人の生徒が教室の後ろのドアから逃げ出そうと駆け出した。

 しかし、八雲は最初から分かっていたかのように駆け出した生徒の右足のアキレス腱を的確にMP5F短機関銃で撃ち抜く。

 アキレス腱を撃ち抜かれた生徒を見て、他の生徒達はこの場から逃げようとする気力を根こそぎ奪われた。

 そして、八雲はアルファー4に向き直り例の物を手に取る。


「君達はこれが何か分かるかな?」


 八雲は手に取った物を掲げて、教室にいる生徒達に聞く。

 誰も何も答えなかったが、八雲は構わず話を続ける。


「これはC―4と呼ばれる物だ。君達にはプラスチック爆弾と言った方が分かりやすいかな? 私がこれの起爆スイッチを押せば、確実にこの教室を吹き飛ばせるだけの威力がある。この場にいる人間が生き残ることはほぼ不可能だろう」


 淡々と話を続ける八雲に対して、俺はやめろと八雲が起爆スイッチを押さないように制止するべきなのだろう。

 だが、本音を言えば押してもらえるのなら有り難い。

 そもそも、そのC―4爆薬は()()が用意した物だ。

 つまり、元々この作戦は八雲を含むその場にいる生徒全員を処分することが既定路線だった。

 八雲の不意を突くとなると、どうしても一定数の目撃者が発生することになる。

 マイグレーターの存在は日本という国家の超機密事項のため情報漏洩(ろうえい)のリスクは限りなくゼロにしなければならない。

 そのためには、目撃者は存在してはならないというのが今の政府の方針だ。

 死人に口なしということらしい。

 政治を動かしている人間からすれば、国民は命ではなく数だ。

 1人を殺して10人が助かるなら彼らは喜んで一人を殺す。

 人道的配慮から最も目撃者数が少ないのが1クラス分の人数だった。

 担任の教師だけでも偶然不在だったのは不幸中の幸いだろう。

 とは言っても、それも作戦が成功すればの話だ。

 作戦が失敗した今、最も恐れるべきことはマイグレーターという存在が外部に漏れるということだ。

 それを防ぐには八雲が手にしている起爆スイッチを押すことででしか叶わない。

 だが、起爆の操作権は生憎(あいにく)とこちらにはない。

 完全に八雲頼みの状況となっているが、俺はどこかで八雲は起爆スイッチを押してくれると思っている。

 今までの八雲の行動から(かんが)みるに、八雲もまた我々と同じようにマイグレーターの存在を周知の事実にはしたくないはずだ。

 そうであれば、最悪の事態は避けられる。

 八雲の処分をすることは出来なかったが、マイグレーターという存在の情報漏洩は何とか防げる。


「……」


 生徒達の命が助かることよりも生徒達を如何(いか)にして処理することしか考えられない我々はやはり地獄に行くしかないようだな。


「そして、ここに死体となっている物達は日本政府が私を殺すために派遣した極秘の特殊部隊だ。その特殊部隊がC―4を持っていたということは、政府は私を殺すために君達もろとも一緒に殺すつもりだったということだ。国民の生命を守るべき政府に殺されかけている国民である君達は何を感じて何を思う?」


 八雲の質問に答える者は一人もいなかった。

 誰もが言葉を発さずにただただ黙りこくっている。

 生徒達の反応を確認し終えた八雲は、まるで暗くなった部屋に明かりをつけるかのように何の躊躇(ちゅうちょ)もなく起爆スイッチを押した。

 直後、激しいノイズとともに通信は強制的に途切れた。

最後まで読んで頂きましてありがとうございます。

次話の投稿は三日前後を予定しております。

最新話を更新した際は随時、活動報告にてお知らせ致します。

よろしければそちらもご覧ください。


少しでも面白いと思った方、ブックマーク、ポイントをして頂ければ幸いです。

よろしくお願いいたします。

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