SS6 自転車
「マノ君~~! お待たせ~~~!」
津田の台駅で待ち合わせをしていると遠くの方から待ち合わせ相手である那須先輩が自転車を立漕ぎしながら、片手を大きく振ってくる。
片手運転で立漕ぎをするとは、那須先輩も器用なことをする。
そんな風に俺が感心している間にも那須先輩はぐんぐんと近づいてきていた。
しかし、一向に自転車のスピードを落とす気配がない。
むしろ、スピードを上げているまである。
「何考えてんだ、あの先輩は!?」
俺と那須先輩の距離が1メートルあるかないかの距離まで迫ったところで、那須先輩は急ブレーキをかけて横滑りに自転車を強引に止める。
自転車のタイヤからは摩擦熱のせいか、煙が上がっているような感じがする。
「お待たせ、マノ君!」
「一体、何してるんですか?」
「何って、見ての通りだよ。どう? 結構、原作通りだったと思わない?」
「何の話ですか?」
「え~~~! わかんなかった? あの有名なシーンのスライドブレーキを再現したつもりだったんだけど……」
「いや、知りませんよ。何ですか、それ?」
「金田のバイクだよ!」
「……盗撮どころか、とうとう人の物まで盗み始めたんですか」
「盗んでなんかないよ!?」
「話はゆっくり刑務所の中で聞きますから」
「刑務所の中だと、もう手遅れじゃない! 違うからっ! 盗んでないからっ!」
「言い訳は見苦しいですよ。さっき、那須先輩が自分から盗んできたって言ったんじゃないですか」
「そんなこと言ってないよ!」
「言ってましたよ」
俺は那須先輩が乗っている自転車を指でさす。
「それ、金田さんのバイクなんでしょ?」
「へ?」
那須先輩は気の抜けた声を漏らす。
どうやら、俺にからかわれていることを理解したようだ。
「違うよ! 金田のバイクは、金田さんのバイクって意味じゃなくて金田のバイクって意味だよ!」
「ちょっと、何言ってるかわかんないです」
「わかってよ! そもそも金田のバイクはバイクだけど、私の自転車だから!」
「自転車は英語で『bike』って言いますよ」
「知ってるよ、そんなこと! 小学生英語レベルなんだから、知ってるに決まってるでしょ! あと、そこは『bike』じゃなくて『bicycle』って言ってよ!」
「とりあえず、その自転車は持ち主に返してきてください。でないと、本当に刑務所送りですよ」
「持ち主、私だから! 私のバイクだから!」
那須先輩は自転車を我が子のように抱きしめる。
「そこは私のバイセコーでしょ」
「あっ……そうだった」
自分から言っておいて、すぐに忘れるからな、この人は……
「というか、聞き込みに行くのにどうして自転車で来たんですか? しかも、スーツだし。ズボンの裾、破きますよ」
「大丈夫。ストレッチ性だから」
「そういう問題ではないと思うが……とにかく、何で自転車来たんです? これから電車で向かうんですよ。まさか、その金田のバイクとやらをやりたくて自転車で来ただなんて言わないですよね?」
「もちろん、その通りだよ!」
「どこをどう解釈したら、もちろんってことになるんだよ」
思わず敬語を忘れて話してしまったが、那須先輩だから問題はないはずだ。
「金田のバイクの再現もできたし、近くの駐輪場に自転車停めてくるからもう少し待っててね」
人の話も聞かずに那須先輩はピュッと飛んで行った。
「はぁ~」
初っ端から疲れさせられた俺は深いため息をつく。
どうして、こういう時に限って伊瀬は体調不良で休みなんだ。
本来であれば、今日は伊瀬と那須先輩が事件の聞き込みに行くことになっていた。
「よりにもよって、一緒に行く相手が那須先輩っていうのがな……」
手塚課長もわざわざ俺をあてがわなくてもいいだろ。
「はぁ~」
那須先輩が戻って来たのを見て、俺はもう一度深いため息をつく。
今日は長い一日になりそうだな……
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