SS4 (2) 肝試し
多くの人が寝静まりつつあろう夜の11時に、僕達は学校の正門前に集まっていた。
頼りになる明かりはポツポツと灯っている街灯くらいしかない。
それに、門越しに見える学校の中は街灯の明かりは届かず真っ暗だ。
しかし、幸いにも満月とはいかないまでも月明かりは出ているので、そこは唯一の救いかもしれない。
とは言え、懐中電灯やスマホのライトがあれば月明かりなど必要は無いのだが、自然の光というのは文明の光にはない安心感がある。
「よーし、皆集まったね」
テンションは高いけど、さすがに深夜なので那須先輩は声を落とす。
皆、一応学校なので制服を着て集まっている。
制服でこんな遅い時間に外を出歩いていたら補導されるのではと心配になりそうだけど、そこは僕達は六課なので心配はいらない。
これは六課であるゆえの、小さな特権かもしれない。
「なんかちょっと緊張してきちゃった」
夜の学校を目の前にして、美結さんのテンションも上がっている。
その横で、市川さんも少しソワソワと落ち着かない様子だ。
「何が楽しくて、夜の学校になんか来なきゃいけないんだよ……」
退屈そうに文句を言うマノ君だったが、なんだかんだ言って来てくれるのはマノ君が優しい証拠だ。
「それじゃあ、夜の学校へ肝試しにレッツ&ゴー!」
声は小さくても那須先輩のテンションのボルテージがぐんぐんと上がっているのが伝わってくる。
那須先輩は正門のすぐ隣にある勝手口の扉をギギッと金属の音をきしませながら開ける。
ちなみに、勝手口の扉にはまともな施錠はされておらず、上から手を下に伸ばせば簡単に施錠を解除して開けることができる。
勝手口を通り学校の敷地内に入って、僕達は昇降口の前までやって来た。
昇降口となると勝手口とは違ってしっかりと施錠がされている。
那須先輩が手塚課長から預かってきたと思われる鍵を取り出して、昇降口の数ある扉の一つを開けた。
学校に入る許可が下りていなければ、この時点で肝試しは中止になっているんだろうな。
開いた扉から僕達はそれぞれ自分の下駄箱に向かい、そこで上履きへと履き替えて学校の中へと入る。
夜の学校は想像以上に真っ暗で、窓からわずかに差し込んでくる月明かりがなければ何も見えなかったと思う。
すぐに、那須先輩とマノ君がスマホのライトをつけた。
辺りは一気に明るくなって、月明かりはかき消されてしまった。
これなら明かりの確保は十分なので、これ以上はライトをつける必要はないだろう。
「えっと、花子さんは三階の女子トイレにいるらしいから、取り敢えずこのまま三階を目指しちゃおっか。もし、時間が余ったら理科室とか音楽室の方にも行ってみるのもありだね」
那須先輩は声を抑えているはずなのに、夜の学校ではその声がよく響く。
僕達は自然と黙って頷く。
そして、ライトを持った那須先輩とマノ君を先頭に三階を目指して階段へと向かう。
僕は幽霊とかいった類はあまり信じてはいないけど、怖くないかと言われると……それとこれとはまた別の話だ。
自分の力ではどうしようもできない未知のものは、やっぱり怖い。
なにより、普段はたくさんの人が居て明るくガヤガヤと騒がしい学校が今は真っ暗で物音一つしないというギャップがとても不気味に感じる。
幽霊どうこうよりもこっちの雰囲気の方が怖いかもしれない。
「やっぱり、夜の学校って雰囲気あるね~」
美結さんも僕と同じように感じたらしく、体を少し縮こませながら辺りをキョロキョロと見渡す。
「うん、思ってた以上にちょっと怖いかも」
市川さんは怖がるように美結さんの服の裾を掴む。
「怖がらなくて大丈夫だよ。日菜っちのことは何があってもアタシが守ってあげるから」
服の裾を掴んできた市川さんを見て、美結さんがイケメンなセリフを吐く。
「こういう時って、イチャイチャしているカップルが一番最初に襲われるのが定番だよね~」
一歩前でやり取りを聞いていた那須先輩がいたずらに二人を脅かす。
「ちょっと、那須先輩。そういうことは言わないで下さいよ。余計に怖くなってきちゃうじゃないですか」
カップルの部分は否定せずに市川さんが言う。
いつもの市川さんならすぐさま気付きそうだが、今は怖がっているせいか気付いていないようだ。
「そこが肝試しの醍醐味なんだよ、日菜ちゃん」
那須先輩は市川さんを脅かしながら楽しそうにする。
「あれ? そう言えば、何でアンタはずっと黙ってるのよ? あ、もしかして那須先輩が言ってた通り本当に怖いの?」
美結さんは後ろからマノ君の肩に手をかけて顔を覗き込もうとする。
確かに、マノ君は学校の中に入ってから一度も喋っていない。
寡黙に僕達の足元を照らして先導してくれている。
「はぁ~、そんなわけないだろう。ただ、暗いというだけで何が怖いんだ? お前らだって、これとは比較にならないほどの命に関わるような怖い状況を今まで何度か経験してきてるだろ? 今さら、こんなことで怖がるな。俺は、さっさと終わらせて帰りたいだけなんだよ」
マノ君は自分の肩に手をかけた美結さんを鬱陶しいそうにする。
僕が六課に来るよりもずっと前からマイグレーターと戦っている皆は僕が思いもよらない経験をたくさんしてきたんだろう。
そういう意味では、マノ君が言っていることも正しいのかもしれない。
「それはそうなんだけどさぁ~……また、ちょっと違う怖さというか……別腹みたいな?」
デザートは別腹みたいな言い方を美結さんはする。
「それはどうでもいいが、いい加減に俺の肩から手をどけろ。足元も見えづらいんだから、気を付けろよ。そんなんで転んでも知らねぇぞ」
マノ君の口調はトゲトゲしいけれど、言っている実は美結さんを気遣っている。
「大丈夫だよ~心配しなくて。これくらいで転んだりなんか――あッ!」
綺麗にフラグ回収をするように美結さんが足を滑らせた。
『危ないッ!』
僕、市川さん、那須先輩の三人が同時に叫ぶ。
美結さんが倒れてしまうと思ったその時――
マノ君が自分の肩に置かれていた美結さんの手を咄嗟に掴んで、力強く抱き寄せる。
思い切り抱き寄せられた美結さんはバランスを崩してマノ君に寄りかかることにはなったけど、そのおかげで倒れることはなく無事だった。
「よ、よかったぁ~」
それを見て僕達は一安心する。
「だから、気を付けろって言ったんだ」
「ぁ……う……ごめん……ありがとう」
抱き寄せたことでマノ君と美結さんの顔の距離がグッと近くなっていた。
お互いに至近距離にいたことに気が付いて目が合った二人は慌てて距離を取る。
「あー、こんなの見せられたら幽霊とか花子さんとかが出てこなくなっちゃうかもな~」
那須先輩がそんな二人を見て、温かく見守る保護者のようにしみじみとこぼす。
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あーだこーだやっているうちに、僕達は幽霊に遭遇することもなくすんなりと三階女子トイレ前へと到着した。
「じゃ、さっそく花子さんに会いに行こっか!」
那須先輩の掛け声と共に女子トイレへと入っていく。
と、僕は女子トイレに入る寸前で足を止めた。
よくよく考えると男子が女子トイレに入ってもいいのだろうか。
誰もいない夜の学校とはいえ、倫理的には駄目な気もする。
「どうした?」
ちょうど隣にいたマノ君が足を止めた僕を見て不思議に思ったみたいだ。
「これって、僕達も入って大丈夫なのかな?」
一瞬、何を聞かれたのか分からず怪訝な顔をしたマノ君だったが、すぐに合点がいた様子を見せた。
「そんなことを気にしていたのか? 大丈夫に決まっているだろ。女子トイレとはいえ、所詮はトイレだ。女子も男子と同じように糞尿を垂れ流している場所だぞ。そんなとこに、恥もへったくれもない。あるのは糞だけだ」
マノ君は僕の背中を押しながらズカズカと女子トイレに入って行く。
「ま、マノ君、言い方!」
気にするなとフォローしてくれるのは有難いけど、言い方が非常に良くない。
案の定、女子三人がジト目でマノ君を見ている。
「アンタは本当、そういうとこよ……あ、伊瀬君は女子トイレだからって気にしなくて大丈夫だからね。せかっく花子さんに会いに来たわけだし、女子であるアタシ達が一緒だから心配することないよ」
「これじゃあ、乙女の花子さんは出て来てくれないかもねぇ~」
美結さんと那須先輩はやれやれと呆れながらマノ君の横を通り過ぎていく。
「そういうとこって何だ? あと、花子さんなんか初めからいないだろう。なぁ、市川。どういうことだ? トイレってのは、尿出して、糞出すとこだろ? 俺、なんか間違っているか?」
マノ君はまだ残っていた市川さんに助けを求める。
だが、市川さんはいつの間にかジト目を通り越して軽蔑するような冷徹な目をしてマノ君を見つめていた。
「二度とその口で下品な言葉を喋らないで」
背筋が凍るような声で言った市川さんは、それ以上は何も言わずに通り過ぎて行ってしまった。
ちょっと前まで美結さんの袖を掴んで怖がっていた市川さんが、まさか僕達を怖がらせてくるとは思わなかった。
「……すみませんでした」
青い顔をしたマノ君が消え入りそうな声でそう言った。
夜の学校の不気味さや幽霊なんかよりも女性の方が怖いと痛感した僕達だった。
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