Tire103 首
アタシの脇腹連続攻撃に耐え切れなくなったマノがようやくこっちを向いてくれた。
その表情は少し疲れているようには見えたけど、さっきまでの危なっかしさはなくなっている。
「……くすぐったいからやめろ。知ってるだろ……俺が昔から脇腹弱いの……」
「もちろん、知ってるよ。知ってるからやったんだもん」
「……俺がお前に脇腹をつつかれる理由がどこにある?」
「だって、全然こっち向いてくれないんだもん。何? アタシの顔が見るのが恥ずかしいの?」
アタシはわざとらしく自分の顔をマノの顔に近づけてみる。
それをマノは鬱陶しそうに手で払いのけてくる。
「お前の顔のどこに俺が恥ずかしがるような要素がある?」
若干、いつもの皮肉を込めた感じの軽口がマノから返ってきた。
アタシはマノが元気になってきていることにホッとしながらも、追い打ちをかけてみることにした。
「あっ! 女の子にそんなこと言うなんて最低っ! アンタは知らないかもしれないけど、こう見えてアタシ結構モテるんだからね!」
アタシがモテるって言ったところでマノの眉がピクリと少し動いた。
アタシがモテているとうことにマノが僅かにでも反応してくれたことがほんのちょっとだけ嬉しい。
「……『自分はこう見えてモテる』とか言っている人間ほど、モテてたことがない人間の証拠だな」
「は!? 嘘じゃないもん! 高校に入ってからだけでもアタシ、もう10回以上告られたことあるんだからねっ! 全然モテてるから!」
じろりとマノは疑いの目を向けてくる。
「ほ、本当だもん!」
その嘘を見透かしてくるような目にたじろぎそうになったけど、アタシはどうにか踏ん張った。
本当は二、三回告られたことがあるぐらいでも、これぐらいのハッタリはかまさないとね。
「ま、そういうことにしておいてやるか」
アタシが言ったことをちっとも信じていなそうだけど、これ以上何か言ったらロクなめにあわなそうだからやめておいた方がいいかも。
マノの横顔をもう一度、アタシはまじまじと見てみる。
今はもう、ほぼいつも通りのマノに戻っている。
でも、さっきまでの虚ろな目をしたマノが嘘みたいに感じて、逆に心配になってきてしまった。
「ねぇ……」
「うん?」
マノが隣にいるアタシを横目で見下ろすような感じで視線を向けてくる。
アタシはそれを見上げるような感じでマノに返す。
こういう時、マノとアタシの身長差を強く感じさせられる。
昔はどっちも同じ目線にいたはずなのにな……
「……もう……大丈夫なの?」
「大丈夫って……あぁ、大丈夫だとは思う……」
「思うって何よ……本当は大丈夫じゃないみたいじゃない……」
「……悪い。今はもう、本当に大丈夫……大丈夫だ。……ただ」
そこでマノは言葉を切った。
なんだか言いづらそうに口を固く閉じてしまっている。
「ただ?」
アタシがマノの顔を覗き込んで聞いたからなのか、マノはゆっくりと口を開いてくれた。
「ただ……たまにわからなくなる時がある。自分の立場が……俺は今どこにいて、どこに立っているのか。俺は本当にここにいていいのか……」
表情に影を落としながらマノは力なくポツリ、ポツリと話す。
マノがこんな風に弱音らしい弱音を吐くことなんて初めてな気がする。
どんな困難な状況でも一人でどうにかしてきちゃったマノが弱音を吐いている。
心配になるのと同時に、アタシに弱音を吐いて頼ってくれている嬉しさと、支えてあげなきゃという義務感が複雑に絡み合っている感じだ。
「俺のマイグレーターとしての能力は六課の中では一番高いのかもしれない。だが……八雲と比べたら俺は足元にも及ばない……八雲のマイグレーターとしての能力は俺のはるか上をいっている」
触れられる距離にいるのに……
助けられる距離にいるのに……
それがアタシにはできないのがもどかしい。
アタシにはこうやって、ただ聞いてあげることしかできない。
だけど……
「あの時、あんなことにならなければよかったのか……あの時、こうしておくべきだったのか……あの時、どうすればよかったのか……わからなくなる」
だけど、こうやって聞くことしかできなくても。
彼が吐き出す弱音を全部聞いてあげて、その上で――
「……ずっと上を見続けているとさ、だんだん辛くなってきちゃわない? かと言って、下をずっと見続けるのもそれはそれで辛いし。振り返り続けるなんて、もっと辛くなるだけだし……案外さ、前を見続けることが一番楽だったりするんじゃない?」
何か一言でもいいから、アタシの言葉で彼を支えてあげたい。
「フッ……それは物理的な首の話だろ」
マノがちょっとバカにしたように小さく優しく笑った。
「なッ!」
けど、その笑顔は憑き物が落ちたかのように晴れやかだった。
「そういうことは言わなくてもいいじゃん! 今、結構いい感じのこと言ってたのに!」
「いや、上や下を向き続けると首が痛くなるってことをいい話風に言ってただけだろ。内容は微塵もいい感じじゃない」
「あっ、そんなこと言っちゃうんだ。せっかく、アタシがデートのお誘いを受けてあげたのにそんなこと言っちゃうんだ」
「誰がお前をデートに誘ったって?」
「誘ったでしょ? アタシに『一緒に歩かないか?』って。こんなのデートに誘っているのと変わんないからね!」
「全くと言っていいほど違うだろ」
「全然違くないし! あぁ~なんか、小腹すいてきちゃったなぁ~。ねぇ、ららぽでなんか奢ってよ」
「奢るわけないだろ。バカも休み休み言え」
「何もバカなことなんか言ってないし。アンタを追っかけて来たせいで、今日やろうと思っていた仕事終わってないんだけど」
「知るか、そんなこと。そもそも、俺はお前に追いかけて来て欲しいだなんて頼んで……」
チラッとアタシの顔を見て、マノは言いよどんだ。
「奢ってくれたら、今日のことは許してあげる」
「別に許して貰えなくて結構だ。まだ、仕事が終わってないんだろ? さっさと六課に戻るぞ」
「ちょっ、ちょっと待ってよ! ここまで来て、六課にもどるの!? 仕事のことはいいから、ららぽ行こ? ね?」
「いや、俺もやること残ってるから六課に戻りたいんだが……」
「いいから、行くのっ!」
アタシはUターンしようとするマノの背中を強引に押して、ららぽの方に向かわせる。
「ったく、仕方ねぇな」
マノが渋々了解して、六課に戻ることを諦めてくれた。
「で、何が食いたいんだ?」
「え!? 本当に奢ってくれるの?」
「……まぁ、ここまで付き合わせたのは事実だしな」
ちょっぴり照れくさそうにマノは顔をアタシから背ける。
「本当に!? やった! じゃあ、パンケーキ食べに行こ!」
「お前……太るぞ」
「うわっ、最低! デリカシーなさすぎ! 大丈夫だもん。ちゃんと運動してるし、体型には人一倍気を付けてるから」
アタシは堂々とウエストに両手を当てて、胸を張る。
「あ、そう。お前がそれでいいなら、俺はいいけど。後で体重が増えて後悔しても知らねぇからな」
「後悔なんてすることないからっ!……たぶん」
「たぶんかよ」
「絶対とは言えないだけ! それより、アンタってパンケーキとかって食べるの?」
「基本、食わないな。嫌いなわけではないが、好き好んで食べようとは思わない」
「あーたしかに、そんな感じするかも。ってか、マノがパンケーキ食べてるとことか、なんかウケる」
「ウケねぇーよ! んなこと言ってると、今すぐ六課に帰るぞ」
「ごめん、嘘、嘘、嘘! 冗談だから、帰ろうとしないで!」
「はぁ~もういい。とりあえず、行ってやるからパンケーキたくさん食えよ」
「え、たくさん? 奢ってもらうのにそれは悪いよ」
「いや、気にするな。たくさん食べて、お前が後で太ったことに後悔している様を俺は見たい」
「なッ! なんで、アンタはそうやって――」
その後もアタシ達はずっと軽口を言い合っていた。
そんな中でアタシは、いつまでもコイツと軽口を続けられたいいのにと心のどこかで秘かに想っていた。
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あの後、アタシは言われた通りにマノが財布を見て青ざめるぐらいパンケーキをたくさん食べてやった。
その代わり、毎日お風呂上りの日課だった体重計に一週間は乗れなくなったけど……
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