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呪われた公爵令嬢は初恋の王子様に真逆のことしか言えない  作者: 柑橘眼鏡


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第17話 幻灯機から見える魔女の姿

 2週間の夏季休暇が始まり、シャルロットは王都にある公爵家に戻っていた。

 弟のエルヴェも一時帰国しており、久しぶりに一家が揃うことになった。


「姉上、元気そうだね」


 シャルロットが図書室に訪れると、彼女と同じ髪色と瞳の色を持つ少年が暢気そうに姉を出迎えた。

 メイドのナタリーにエルヴェは図書室で本を読んでいると聞いたので、シャルロットは屋敷に戻って早々弟に会いに来たのだが、3歳下の弟は相変わらず悠々自適な感じだ。


「エルヴェも元気そうね。あちらでの暮らしはどう?」


 エルヴェはとにかく頭が良く、本人の希望もあって隣国の高等教育機関で年上に囲まれながら勉強をしている。いわゆる飛び級だ。

 この国にも高度な教育機関はあるが、エルヴェの専門である植物関係は隣国の方が優れていると見做されていた。そのため、エルヴェは隣国にわざわざ留学をしている。

 そんな公爵家歴代一位の秀才は読んでいた書物を閉じて、姉に顔を向けた。


「いい感じ。王立学園卒業したら社交は暫く放置して、研究続けたいって思ってる」


「お母様は応援してくれそうだけど、お父様はきっと悲しむでしょうね」


「二人にはもう言ったんだ。姉上の想像通りだよ。母上は良いとして、父上が酷かった。一番楽しい時期になんて勿体ない、って言われたよ。呆れて言葉も出なかったね。姉上が苦労しているのは誰のせいだったっけと聞いたら、静かに涙流し始めたよ。内容知らない人が見たら美しい涙に心奪われるかもしれないけど、全員冷ややかだったね」


「……お父様らしいわね」


 社交界で浮名を流しまくっていた父らしい回答と涙にシャルロットは苦笑する。

 公爵家の当主として些かどうかと思われるが、何だかんだで公爵は持ち前の愛嬌で家族からも使用人からも愛され慕われている。不思議な話だ。


「そういえばお父様が幻灯機を用意していると聞いたけど、エルヴェは何か聞いているかしら?」


「姉上が戻ったら皆で一緒に見ようって言ってたよ。昨日から幻灯機を持つ一座が近くの宿に泊まってる。今日の夜にでも見るんじゃないかな」


「もうお呼びしていたのね。お父様ったら凄い気合が入ってるわね」


「姉上の呪いって祝福だったんだろ? どんな内容のスライドか分からないけど、魔女絡みだろうし、俺はあまり期待してない。気合入っている時の父上って空振り率高いし、今回もそうなりそう」


 あまり期待していないのかエルヴェは関心がなさそうだ。顔も声も冷めている。

 シャルロットの抱えている問題の原因は呪いではなく、祝福。エルヴェの言う通り、魔女の話が主になると得られる情報は期待できないかもしれない。

 それでも何か得られることをシャルロットは願った。



 * * *



 エルヴェの予想通り、幻灯機はシャルロットが帰宅したその日の夜に使用人含めて楽しむことになった。敷地内の庭に一座のテントが張られると、3回に分けて上映された。

 ダンヴェザ一家は最初の上映を見ることになり、残りの上映は希望する使用人のための枠となった。

 幻灯機の内容は主に魔女についてで、聖女から魔女に堕ちる過程や魔女の特徴についてを絵と共に説明していた。

 この国を守る女神には対の存在があり、深淵の魔女と呼ばれている。祝福の力を扱える聖女候補は神聖なる階層に近づくため、人の理とは違う存在とも近くなり、女神だけでなく深淵の魔女とも距離が近くなる。聖女候補の心が不安定な時に深淵の魔女は悪しき囁きをし、それに耳を傾け心を許してしまうと聖女候補は一転して魔女になってしまうのだった。

 とはいえ、魔女というのは見た目で分かるものではなく、聖女も見分けはつかない。唯一分かるのは呪いを発動する時で、その時は瞳が赤くなるという話だ。実際、シャルロットを悩ませている祝福をかけた魔女もダンヴェザ公爵を呪いで襲おうとした時、瞳は赤かったと言われている。

 これらの情報は魔女について興味を持っている人なら知っている話だ。特段驚く内容ではなかったが、シャルロットが興味を引いたのはスライドの絵だった。

 追放された魔女は生き延びれたとしても一人で暮らしていると思っていたが、絵には複数の魔女が共同生活を送っているように見えた。

 聖女候補がいなければ魔女は生まれないので、実際、そのようなコミュニティがあるとは思えないが、話者によると複数の聖女候補が生まれ、悲劇的なことにその内の数名が魔女になった時代があったそうだ。

 当時の魔女たちは呪いだけでなく、痺れ薬や睡眠薬、惚れ薬などの禁忌の薬も独自の技術で開発していたようで、その様子を細かくスライドは描写していた。

 エルヴェはそこに関心を抱いたようでまじまじと映し出された絵を見ていた。

 結局、その魔女たちは仲間割れをして、お互いを呪い合いながら死んだそうだ。聞いているだけで微妙な気持ちになる。

 魔女たちが亡くなった後、魔女を調査している学者が彼女らの住処と近い村を訪問。そこに住む人たちから聞いたものをまとめたのがこのスライドなので、信憑性は高めだという。


 上映終了後、一家は花の間に揃っていた。


「どう? 面白かった?」


 得意げな顔で公爵は残りの家族に問いかけた。確かに面白かったが、新しい情報といえば魔女がコミュニティを形成し、独自の薬を開発していたところぐらいだ。

 公爵夫人も同じ思いなのか、公爵の期待よりも数段低い反応で返答していた。

 唯一違ったのはエルヴェだった。


「植物学界隈ではこの国の魔女が作る薬は有名だけど、誰も詳細は知らないんだ。あのスライドにはいくつか植物が描かれていたし、もしかしたら薬の作り方が分かるかもしれない。父上、あの内容は凄いね」


「エルヴェに褒められるだなんて……」


「父上のことは褒めてないから」


 エルヴェの冷たい言葉に公爵はへこんだ。


「お父様、一座の方たちとはどちらでお知り合いになられたのですか?」


「学者が訪問した村に僕も行ってきたんだ。その時にこの上映と出会ったんだよ。魔女たちが存在していたのは大昔だけど、村の人たちは代々その話を受け継いできたそうだから、気になることがあったらシャルもエルヴェも質問するといいよ。シャルの関心は今祝福にあると思うけどね」


「あなた、せっかくなら一座の方をお食事にご招待したらどうかしら」


 夫人の妙案に公爵は瞳を輝かせた。


「そうしよう、そうしよう! ゆっくり会話することで意外な話を聞くことが出来るかもしれない。自由に会話できるよう庭で立食がいいかな。早速準備してお誘いしよう」


 公爵は嬉しそうに段取りの計画を夫人と相談し始める。エルヴェが関心を持ったのが嬉しかったようで、やる気に満ち溢れいてた。

 子供想いの父親であることを夫人もエルヴェもシャルロットもちゃんと理解しているが、何も知らない使用人たちがこの様子を見たらオカルト熱が更に熱くなっていると噂になるかもしれない。いや、間違いなくなるだろう。

 シャルロットの事情が理由であることは祝福の条件のせいで言えないが、せめて公言できるエルヴェ想いの話だけでも使用人たちにしようと思うシャルロットだった。

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