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呪われた公爵令嬢は初恋の王子様に真逆のことしか言えない  作者: 柑橘眼鏡


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第15話 忘れられないあたたかさ

 夜の帳が下り、沈んだ太陽の代わりに設置したランタンや蝋燭に明かりが灯った。


 今日は待ちに待った花火当日だ。天気も崩れることなく、無事に当日を迎えることができた。


 気持ちの良い夜風は花火を打ち上げるのにちょうど良い具合だ。煙も上手く流れるだろう。

 夏季休暇前の催しに生徒達だけでなく教師や学園の関係者も興味があったようで、敷地内には多くの人が会話に興じながら花火が打ち上がるのを待っていた。

 一部の人はフィン達商人の子息が用意した出店での買い物を楽しんでいるようで、賑やかで活気のある声が響いている。


「ふふっ、上手くいきましたね、シャルちゃん」


 グレトーナが満足げな笑みをシャルロットに向ける。

 シャルロット達クラス代表は出店などのある中心部から少し離れたところにテーブルと椅子を用意し、そこに集まり座っていた。

 セヴリードとマチアスは花火の最終確認をしに行っている為、席を外している。ロニカは出店を楽しみたいとのことでまだ中心部におり、フィンは出店を裏で支えていた。

 花火が打ち上がる前に全員集合することになっているが、今、ここにいるのはグレトーナとシャルロットだけだ。


「グレトーナとフィンの発案のおかげね。皆の嬉しそうな顔が見れてとても嬉しいわ」


「ええ、本当に。この後、皆さんと一緒に花火を見ることができるだなんて夢のよう」


 グレトーナは目をキラキラさせながら感嘆の溜め息を零す。

 そんな様子を見てシャルロットは自然と口角が上がってしまう。確かに夢のようだ。学園に来る前には想像がつかなかったことが連続で起きている。

 先日の誕生日はもちろん、今日、セヴリードと一緒に花火を見ることができるとは思わなかった。


「そうね、夢のようね。こんな楽しい学園生活が送れるとは思ってもみなかったわ」


「まあ、シャルちゃんも? 私も社交界に出る前の通過儀礼としかこの学園を見ていなかったの。だから、こんな充実した日々を過ごせていることがとても嬉しくって。色々な方と出会えたのも幸運だったわ」


「本当にそうね、グレトーナの言う通りだわ」


 振り返ればこの4ヶ月の間で今まで出会ったことのない人と知り合い、親しくなれた。

 夏季休暇中にはアカシアと一緒に聖女様と会うことにもなっている。これからまだまだ人脈は広がっていくだろう。

 広がっていく人脈は、きっと自分の可能性を広げてくれるに違いない。

 祝福との向き合い方も上手くなった。誕生日プレゼントも感謝の言葉は皆無だったものの笑顔で受け取ることができた。セヴリードを傷つけることは一切なかった。

 プレゼントも祝福の条件が発動しなかったことも全部が嬉しくて、その後部屋に飾った花を見る度に笑顔になった。暫く楽しんだら一部を押し花にする予定だ。ずっと大切にしたいと思っている。


 入学前の自分が見たら信じられないほど、シャルロットはとても前向きな気持ちだった。


 グレトーナと二人で楽しく話をしていると続々と他の代表が揃い始めた。セヴリードとマチアスは気を利かせて人数分の飲み物を持ってきてくれた。魔石で冷やされた器に注がれた果実水は甘くとても美味しい。

 書類を抱えながらフィンも現れ、いよいよ花火打ち上げの時が近づく。


「フィン、ロニカ見なかったか?」


 戻ってこないロニカを不審に思ったマチアスがフィンに確認する。


「あれ? ロニカさん戻ってきていないんですか。おかしいな。クラスの友人にこちらに行くからと言って別れる姿を見ていたのですが……。だからてっきりこちらにもういるのかと」


 驚くフィンにいよいよ不安が募る。

 セヴリードとマチアスが探しに行こうかと話していると突然、グレトーナの悲鳴にも近い声が響いた。


「ロニカさん!?」


 グレトーナにつられて声の先に視線を向けると、そこには全身ずぶ濡れのロニカがいた。


「あはは……、ちょっと濡れちゃいました」


 平気な顔をしてロニカが笑う。一体何があったのだろうか。事情は気になるものの、まずは濡れたロニカをどうにかしなければ。

 シャルロットはすぐさま駆け寄りハンカチを差し出す。同じ思考だったのか、セヴリードも彼女に近づきシャルロットと同時にハンカチを差し出した。


「風邪をひいちゃうわ。ロニカ、これを使ってちょうだい」


「僕のでよければ使って」


 同じことをしていることに気づいた二人は驚いて思わず顔を見合わせるが、すぐにロニカへと視線を戻す。彼女の身体の方が心配だ。

 二人からハンカチを差し出されたロニカはあっけにとられた顔で、受け取らずにただその光景を眺めて固まっていた。


「ロニカ?」


 シャルロットの声にロニカはハッとひた表情で返す。


「セヴ様、シャル様、ありがとうございます。でも、大丈夫です。こういうの慣れてますから。それに、ほら、風通しもいいですし、すぐ乾きますよ。あはは」


 遠慮するロニカはどうやらその姿勢を崩すことはなさそうだ。シャルロットはそんなロニカに見切りをつけ、一声かけてから自身の手で彼女の濡れている髪などをハンカチで拭った。

 グレトーナも駆けつけて二人がかりでロニカを拭いていく。


 セヴリードは選ばれなかったハンカチを仕舞いながら優しい声色で語りかける。


「ロニカ、よければ何があったか話を聞けるかな」


「えっと、話の流れで水をかけられちゃって。あっ、でも、私、大丈夫です。大丈夫ですから。慣れてますし。父様、恨みを買いやすい仕事をしているから、母様のいる屋敷にいても色々とあって、だから……」


「ロニカ……」


 シャルロットは胸を痛めながら名前を呼んだ。あまり語りたくないようだが、誰かから水をかけられたようだ。理由は分からないが、ロニカに非があるようには見えない。


「ロニカ、何が起きたか話すのは辛いと思う。君が話すことを望んでいないのも分かる。けど、申し訳ない。話して欲しい。今後、同様のことが起きないようにしたいんだ」


「セヴ様……。分かりました、お話しします」


 決心したロニカはゆっくりと話をし始めた。

 話によると水をかけたのは第二クラスの男子生徒だった。その生徒とは以前から顔見知りで、貴族ではないロニカが王子や公爵令嬢などと身分違いの親交を深めていることを心良く思っていなかったようで、定期的に嫌みをロニカに言っていたらしい。

 友人と一緒に出店を一通り楽しんだロニカが「セヴ様やシャル様たち皆がいるところに戻る」と言ったのをたまたま耳にしたのか、その生徒が嫌がらせで戻ろうとするロニカに水をかけたそうだ。

 マチアスやグレトーナの話によると彼は第三クラスを見下す発言が元々多く、慎むようにとグレトーナが注意していたそうだが、残念ながら効果はなかったようだ。


 話を聞き、おおよそを理解したセヴリードはマチアスに声をかけた。


「僕が声をかけると大事になる可能性が高いからマチアスから声をかけてもらってもいいかな。僕は談話室で待っているから、そこまで該当の生徒を連れてきてほしい」


「任せろ」


 そう言ってマチアスは中心部へと走りだし、セヴリードは奥に控えていたクレリーに声をかけ第一棟へ向かった。

 残されたシャルロット達はロニカが風邪を引かないよう懸命に拭うことにした。が、水分はいくらか取れたものの根本的な解決には至らない。

 夏とはいえ乾くには時間がかかる。ここは魔石を用いて暖をとりたいところだ。

 残念ながらシャルロットは魔石を全部置いてきてしまっているので、周りに確認することにした。


「誰か魔石を持ってる? 私、置いてきてしまって」


「シャルちゃん、ごめんなさい。私も持ってきてないわ。どうしましょう、困ったわね。ロニカさんを温めたいのに……」


「申し訳ありません、私も手持ちにないです。記録用に用意した紙と携帯用のペンでいっぱいで……」


 グレトーナもフィンも申し訳なさそうに告げる。ロニカは繰り返し「大丈夫です」と言うが、どう見ても心配だ。

 マチアスがいればマチアスの魔力でどうにでも出来るのだが、残念ながら生徒を探しに行っている。自分たちでどうにか出来ないかと悩むシャルロットだったが、不意に名案が浮かぶ。

 今まで散々苦しめられてきた祝福の条件。そのうちの一つに他者にこのことを相談できないというものがあった。人に話せばその人は気を失い、そして文字で伝えようとすると――――その紙は燃えた。


「フィン、インクはまだあるかしら? あるのならペンと燃やしていい紙をもらえる?」


「どうぞ」


 シャルロットの脈略のない行動に困惑しながらもフィンは紙とペンを渡す。この量なら十分焚火の火種になるだろう。


「ありがとう。……誰かこの紙を細かく切ってくれない? あと念のため水も用意して欲しいの。火種を作れるかもしれないわ」


 長い間苦しめられた条件だったが、今回はそれが利用できそうだ。

 シャルロットの依頼にグレトーナが一生懸命紙を細かくちぎり、フィンは水を取りに近場の噴水へと向かった。


「シャル様、一体何を……」


 ロニカの尤もな質問にシャルロットは残念ながら満足に答えられない。ロニカはあまり魔力がないということなので、答えたら気絶する可能性がある。


「説明できないけど、とにかく火種を作れるかもしれないの。少しだけ待っていてちょうだい」


 安心させるためにシャルロットは微笑む。

 グレトーナの作業が終わり、フィンが水瓶と一緒に枝を持ってきたので、シャルロットはついに紙に文字を書き始めた。


――――私、シャルロットは魔女の残された祝福の力によって条件付きの祝福をかけられ、初恋の人で今も大好きな人なセヴリード殿下に好意を告げることができません。


 とても恥ずかしい文章だが、絶対に燃えて欲しいので間違いなく条件が発動する内容を紙に記していく。

 そして期待通り、書くと同時に紙が燃え始めた。


「シャルちゃん、魔法使えたの!?」


「ややこしいけど違うの。とにかくこれを移すわよ」


 一か所に集まった細かく切った紙と枝に、シャルロットは燃え始めた紙を投げ込んだ。

 そして見事に火が移り、焚火になった。


「やったわ……!」


 上手くできたことに興奮と喜びで一杯になる。見方や考え方を変えれば何度も苦しめられた条件を利用することだって出来るのだ。少しだけ条件付きの祝福に勝てたように思えた。


 喜び過ぎていたのか、シャルロットのその様子を見てロニカが突然笑い出した。


「あは、あはは」


「ど、どうかしたの……?」


「いえ、ごめんなさい。その……、シャル様のような高貴な方に一生懸命世話していただけるのが非日常過ぎて。面白くなってしまって。だって皆の憧れであるシャル様が私のために焚火を用意してくださるんですよ。本当に、不思議で不思議で」


「笑えるなら元気そうね。よかった」


 気落ちしていたロニカに笑みが戻る。その様子にシャルロット達は安心した。

 焚火の近くにロニカを誘導すると、彼女はぽつりと言葉を零す。


「……あったかい」


 そして彼女は改まって三人に声をかけた。


「シャル様、グレトーナ様、フィンくん、ありがとうございます。私、こんなに優しくしてもらったの本当に初めてで。なんだか胸がいっぱいです」


 そう言ったロニカの目は潤んでいて、それがとても印象的だった。

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