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呪われた公爵令嬢は初恋の王子様に真逆のことしか言えない  作者: 柑橘眼鏡


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第14話 手紙の代わりに

「じゃあ、全会一致ということで、橄欖の月に花火の催しを実施します」


 セヴリードの発言に、皆拍手で返す。

 講演後最初の代表会議で、グレトーナの願った通り花火の催しの開催が決まった。全員に事前に話が済んでいたからか驚くほど簡単に決まり、橄欖の月の夏季休暇前に実施することになった。

 フィン曰く、他の商会も様々な事情で過剰在庫になっている品を抱えているらしい。せっかくなので、フィン以外の商会絡みの生徒にも声をかけて出店を募ることになった。賑やかな催しになるに違いないと皆乗り気だ。

 シャルロットは今まで何度も花火を見てきたが、年の近い者同士集まって見るのは初めてだ。親しい友人や特別な想いを抱いている人と一緒に見る花火はきっと素敵だろう。実家に戻ったり、聖女様を訪問したりと、橄欖の月は充実した月になりそうだ。


 会が終了したにも関わらず、シャルロット以外の代表は残って雑談がてら花火大会の構想を練っている。シャルロットも加わりたかったが、興奮のあまり失言する可能性がありそうなので、先に帰ることにした。

 談話室から廊下に出ると、セヴリードを待っているのかクレリーが壁際に立っていた。


「殿下たちはもう少し時間がかかりそうよ。急ぎなら声をかけましょうか?」


「お気遣いありがとうございます。急ぎではありませんのでここでお待ちしたいと思います」


 表情を変えないものの、少しだけ声色は優しい。いつも無機質なクレリーのちょっとした変化に嬉しくなっていると、そのままクレリーは言葉を続けた。


「以前お伝えしたアルテュル殿とのお茶会ですが、詳細が決まりましたので招待状をお渡しいたします」


 クレリーは鞄から手紙を取り出し、それをシャルロットに渡した。封蝋がされていないので簡単に開けることができた。中にはカードが入っており、日付が記載されている。

 その日付を見て思わずシャルロットは固まった。


 そう、その日はシャルロットの誕生日だった。


 忌々しい祝福が発動してからシャルロットは誕生日を心から喜べたことは一度もない。セヴリードから届く手紙も変わらず貰えるかどうか心配で仕方がなかった。貰えた時には安堵と嬉しさでいっぱいになったが、真心こめた返信は叶わず、毎年心を痛めていた。


「日程や場所は記載の通りです。参加者ですが、今のところ殿下とアルテュル殿に加えてシャルロット様のみです」


「私だけ……?」


「はい。他に一名声をかけていたのですが、恐れ多いとのことで辞退されました。ですので、三名でのお茶会を予定しております」


 衝撃的な内容にシャルロットは思考が止まる。脳裏を過るのは王女主催のお茶会と先日の学園の催し。どちらもセヴリードに対して失言をしている。人数がいればセヴリードから離れた席に座って、盛り上がった時に少しだけ会話に参加することが出来るがこれでは無理だ。

 辞退した人が誰なのか知らないが、遠慮などせずに参加してくれればいいのに。この人数で今更辞退するのも難しい。

 もはやアルテュルの明るさに賭けるしかない。

 花火、帰省、聖女様訪問と楽しいことが目白押しの橄欖の月を迎える前に乗り越えなければいけないことが出来てしまったシャルロットだった。



 * * *



 気乗りしない日ほど早く来るもので、気が付けば誕生日当日を迎えていた。家族からは小包が届いており、シャルロットは昼食の合間を縫って逓信室で受け取った。そのまま寮に荷物を運んだので、まだ中身は確認していない。

 家族からのお祝いはもちろん嬉しいが、それ以上に気がかりなのがセヴリードからの手紙だ。毎年貰えていたが今年はどうなるのだろうか。手渡しで貰えるのだろうか、それとも何もないかもしれない。

 考えても仕方ないことだが、そわそわして落ち着かない気持ちだった。

 セヴリードから何もないまま、放課後を迎える。シャルロットは一人で指定された場所の学園と寮の間にある小さい庭園へと向かう。セヴリードは後から向かうとのことで一緒ではない。

 良い機会なので5歳の誕生日に貰った髪飾りをつけられないかとシャルロットは考えたが、結局勇気は出ずいつも通りの格好だ。


 夏の暑さを感じながら庭園に辿り着く。お菓子の用意がされたテーブルとお茶の準備をするクレリー、そして笑顔と鍛えられた身体が眩しい爽やかな男性がシャルロットを迎えた。


「シャル様! お久しぶりです。お元気にしていましたか? テレーズ様主催のお茶会以来ですね」


 元気な声と明るい笑み。アルテュルは変わらず元気そうだ。シャルロットはいつも通りのアルテュルに親しみを込めた笑みを返す。


「アルテュルは相変わらず元気そうね。私も楽しい学園生活を送れているわ」


「それは良かった。テレーズ様もシャル様の様子を心配していましたよ。セヴ様よりも名前が挙がっています。会いたがっていますよ」


「私もテレーズ様にお会いしたいわ。今日はアルテュルに会えてとても嬉しいけど。どうして学園を訪問することになったのかしら」


「色々あったんですよ。テレーズ様の教育のために、聖女様を訪問したんですが、その時、この学園にいる聖女候補の話になって。ほら、聖女様って聖女歴、歴代一位じゃないですか。もういい加減卒業したいようで、聖女候補に危害が加わらないか、警備は問題ないかって、詰問されて。セヴ様通ってるのに警備手薄なわけないんですけどねー。そう言っても納得してもらえなかったので、警備の確認兼聖女候補からの要望を伺いに俺が参上したわけです」


 誰かに話を聞いてもらいたかったのか、怒涛の勢いでアルテュルは話しきった。


「な、なるほどそういうことだったのね」


「そうなんです。あっ、聖女候補のトマさんにはもうお会いしました。本当はこのお茶会にも誘っていたんですけどね」


 断った人はアカシアだったようだ。恐れ多いと言っている姿が簡単に想像できてしまい、シャルロットは何とも言えない気持ちになった。


「シャルロット様と同席するだなんて恐れ多いって。セヴ様じゃなくてシャル様なのが面白いですよね。テレーズ様といい、トマさんといい、シャル様大人気ですね!」


「……光栄なお話だわ」


 なんだか恥ずかしくなり声が小さくなった。


 遅れてやってきたセヴリードも合流し、お茶会が始まった。残念ながらセヴリードの手には何もなかったが。

 お茶会は不安になっていたのが嘘のように穏やかで温かな雰囲気に包まれていた。アルテュルの持ち前の明るさのおかげでシャルロットも心から楽しめていた。

 そんな中、アルテュルが突然セヴリードにおかしな質問をした。


「セヴ様、最近は身体動かしているんですか?」


「おかげさまでね」


 セヴリードの返しにアルテュルは意味深な視線を送った。


「ほー、そうでしたか。まっ、今日のセヴ様の様子を見るにそうなるのも無理ないですね。ね、シャル様」


 話を振られるとは思っていなかったシャルロットは困惑する。今の話の流れで自分に振られるのはおかしい。いったいアルテュルはどんな返答を自分に期待しているのだろうか。


「えっと、その、なんて返せばいいのか。そもそも殿下が身体を動かし始めた理由も知りませんし……」


 全く分からないのでとりあえず返してみたところ、何故かアルテュルは大笑いし始めた。


「それをシャル様が言っちゃいます? あはは、面白い」


「笑い過ぎ、アルテュル」


 セヴリードは何故か僅かに頬を赤くした。


「我慢するの無理ですって。やばい、涙出てきた」


「……僕に勧めたのはアルテュルじゃないか」


「そりゃそうですけどね。シャル様の反応が傑作で。でも、そうなるのも仕方ないですよ。だって、ねえ?」


 アルテュルがシャルロットに視線を送る。今回も意図が分からなかったのでシャルロットは首を傾げた。その反応に一人で何かを納得したのかアルテュルは頷いた。


「この日に訪問することになったのは偶然ですけど、とはいえ楽しみにしていたんですよ? きっとセヴ様は俺に魅せてくれるって。それなのに、それらしい行動が一切なくてがっかりですよ、まったく」


「…………」


 責めるようなアルテュルの口調にセヴリードは視線を逸らした。


「あーあ、がっかりですよ。セヴリード様にはがっかりしました!」


 わざとらしくアルテュルが煽ると、ついにセヴリードが席から立ち上がった。呆れながら笑みを浮かべている。


「僕の負けだよ。……申し訳ないけど少し離席するね」


 そう言ってセヴリードは庭から出て行ってしまった。

 残された二人の間には何とも言えない空気が流れる。困ったシャルロットはとりあえず紅茶に口をつけるが、味を感じることは無かった。


「シャル様、セヴリード様を筋肉男にさせないでくださいね」


 またアルテュルが意味の分からないことを言った。セヴリードが身体を動かす理由は気分がすっきりするからとシャルロットは聞いている。自分とは無関係のはずだ。


「私にそんなお願いされても……。そもそも身体を動かすのが好きな人を止めることなんて難しいわ」


「セヴリード様は最初から身体を動かすのが好きだったわけじゃないんですよ。今は半々ってところかな」


「じゃあどうして殿下はあんなに頻繁に運動しているの?」


「んー、俺から言ってもいいですけど面白くないかな。セヴリード様から聞いてみてください。あっ、聞けたら俺にその様子を細かに教えてくださいね」


 アルテュルはそう言って片目を軽やかに瞑る。教えてはくれなさそうだ。


 釈然としないままお茶を飲んでいると、遠くからセヴリードの姿が視界に入る。


 シャルロットは思わず息を飲んだ。


 歩いてくるセヴリードの手には美しい花束があったのだ。


 いくつかの白い花をリボンでまとめており、王女主催のお茶会で話をした花――――カサブランカを軸に華やかな作りになっている。


 勘違いというには要素が重なりすぎている。これはきっと自分への誕生日プレゼントだ。


 確信したシャルロットは無意識に立ち上がる。


「セヴ様、良い趣味してるじゃないですか」


 口笛を吹きながらアルテュルが愉快そうに言う。


 頬を染めているセヴリードはシャルロットの前に辿り着くとゆっくりとその花束をシャルロットに差し出した。


「シャル、誕生日おめでとう。テレーズのお茶会の時にカサブランカの話をしたの覚えてる? 好きな花なら気に入ってもらえると思って。学園の庭師の方に相談したら花束を作ってくれたんだ」


 セヴリードの瞳には温かな気持ちと不安な気持ちが入り交じっていた。


 ――――セヴ様からの贈り物なんて嬉しくありません! セヴ様なんて大っ嫌いですっ。


 きっと色々考えてくれたのだろう。

 冷たい態度や発言だけの自分にここまでしてくれるセヴリードに申し訳なさと少しの期待を抱きながら、シャルロットは花束を受けとる。


「どうかシャルに祝福が訪れますように」


 セヴリードの気持ちは分からないが、プレゼントを用意してくれるのだから悪くはないはずだ。まともに感謝も伝えられないシャルロットだが、そんなシャルロットにセヴリードはもしかしたら親しい気持ちを抱いてくれているのかもしれない。

 セヴリードの気持ちに嬉しくなると同時に、シャルロットの前に進みたい気持ちも強くなる。自分の気持ちを真っ直ぐに伝えられるようになりたい。この嬉しさをセヴリードに共有したい。

 どうにかして条件を達成し、セヴリードの発言通り祝福が訪れる日が来るよう励まなければ。


「殿下…………」


 シャルロットは言葉の代わりに精一杯の笑みを返した。

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