第13話 隠しきれない想い
暑い日が続く中、今日は魔法研究所の人が講演をするとのことで、生徒たちが講堂に集められていた。
マホガニー造りの講堂は天井画が有名で奥行きのある縦長な部屋になっており、その中で椅子が均一に並べられていた。少し早めに来たシャルロットはその中でも後方の席に腰を掛ける。やはり後ろの席は落ち着く。
ふと前の方を見るとセヴリードが視界に入った。最前列ではないが前の方に座るようだ。横にはクレリーがいる。二人並んでいると公務みたいでなんだかそれがシャルロットには面白く見えた。
それに横にいるのがクレリーで良かった。女子生徒と仲睦まじい姿を見てしまったらシャルロットは間違いなく落ち込むだろう。
魔法研究所の著名な人が講演をすると聞いているが、どんな話を聞けるのだろうか。期待し過ぎるのは良くないが、何か有益な話が聞けたら良いのに。
シャンデリアの明かりに照らされながらそんなことを考えていると、シャルロットに誰かが近づいてきた。
「シャルちゃん、お隣よろしいかしら」
グレトーナだった。柔らかな笑みを浮かべながら、たおやかに声をかけてくれた。
「もちろん。歓迎するわ、グレトーナ」
シャルロットの快諾に一層笑みを強くしたグレトーナは優雅に腰を掛ける。
代表会議で何度も顔を合わせるうちにシャルロットとグレトーナの親交は深まり、今では親しく話し合う仲になっていた。
「シャルちゃん、実はご相談があるの」
「私でお役に立てるかしら……」
「ふふっ、シャルちゃんったら。あのね、フィンくんと話をしていたんだけど、夏季休暇に入る前にちょっとした催しでもどうかなと思っているの」
「ちょっとした催し?」
「ええ、そう。皆さんと一緒に花火を見られたら素敵だと思っていて。フィンくんのご実家で、その、大量に打ち上げ用の花火を仕入れてしまったそうで。えっと、詳しい話はフィンくんに聞いて頂戴ね。それで使いどころに困っているという話を聞いたの。それなら学園で花火を打ち上げたら素敵じゃないかしらと思って」
「突然の話だけれど、面白そうね。私たちの裁量で実施できそうなお話だし、何より良い思い出になりそうだわ」
事情はよく分からないが、夏の夜に花火を学園で打ち上げるのはとても魅力的な話だ。
シャルロットが同意を示すとグレトーナは安堵の表情を浮かべる。
「良かった。シャルちゃんならそう言ってくれると思っていたの。それでね、次の代表会議で皆さんに相談しようと考えていて」
「分かったわ。私も応援するわね」
「シャルちゃん、ありがとう」
ヘーゼルの瞳がきらきらと輝く。グレトーナの反応にシャルロットはそこまで花火が楽しみなのかと一瞬思うもすぐに考えを改めた。花火も楽しみにしているだろうが、フィンという存在が重要な気がした。
「グレトーナ、フィンと仲が良いわね」
「そうだと嬉しいけど」
そう言ってグレトーナは少しだけ頬を染めた。
* * *
魔法研究所の人の話は、正直、長かった。そして真面目な方だと自負しているシャルロットでも途中意識が飛びそうになってしまった。
どうにか耐えるためにセヴリードの様子を盗み見てみると、セヴリードは綺麗な姿勢を崩すことなく聞いていた。その様子を励みに、シャルロットはこの講演を乗り切ったのだった。
隣のグレトーナは花火のことで頭がいっぱいのようで、そもそも話を聞いていなかったようだ。その証拠に講演終了後、感想ではなく次の代表会議の念押しをシャルロットにしてきた。更には、講堂を出ていく生徒の中にフィンを見つけると、シャルロットを置いてすぐにそちらに向かっていった。
グレトーナの真っ直ぐな気持ちが羨ましいと感じながら、シャルロットは人の流れが落ち着くのを座って待つことにした。
生徒達の賑やかな声に傾きながらその流れを見ていると、突然、声をかけられた。
「おっ、シャルロット。結構後ろの席にいたんだな」
少しやつれているマチアスだった。前方から現れたところを見るに、前の方に座っていたのだろう。
普段の態度を鑑みるに後ろの席にいるとばかり思っていたので、シャルロットは意外に思った。
「マチアスも後ろの席を選ぶと思っていたわ」
「お付き合いで最前列だよ。おかげで真剣な顔をしながらずっと聞いてる振りをしなきゃいけなかった。聞いたことある話だったし、疲れたよ」
「大変だったわね」
労りの声をかけると、乾いた笑い声が返ってきた。
「ははっ、あの人がいる部署にだけは行きたくないな。絶対に性格が合わない」
魔法研究所では彼の獲得を巡って激しい争いが起きていると噂だが、その中の一つの部署は振られたようだ。
マチアスはそのまま流れに従って講堂を後にするのかと思ったが、何故だかその流れから抜け出してシャルロットの方へと歩みよった。
そして、先程までグレトーナが座っていた席にマチアスが腰をかけた。何か用かと不思議に思っていると、マチアスが顔を近づけながら小声で話し始めた。
「シャルロットに確認したいことがあってさ」
「そんな小声で……。改まって何かしら」
不審に思いながら質問を受け入れる意思を伝える。すると、マチアスは悪戯っ子のような笑みを浮かべ、とんでもないことを言い出した。
「俺、わりと勘が良いんだ。それで分かっちゃったんだけど、シャルロットにかけられた祝福の条件って、セヴリード絡みだろ」
「…………!」
言い当てられたことにシャルロットは驚くと同時に、恥ずかしい気持ちで一杯になった。否応なしに顔が赤くなる。
初恋の人だとか、実は今も想っているとか、そういうことがバレてしまったのではなく、ただ条件に関与していることを当てられただけなのに、それでも気恥ずかしかった。
マチアスはシャルロットの表情の変化に満足げな笑みを浮かべた。
「その反応、正解だな。俺が祝福の反応に気づいた時、会話に関わっていたのはセヴリードしかいなかったからな。俺の勘、やっぱ冴えてる。あっ、答えないでいいから。核心に迫る内容だろうからきっと祝福の反応も強くなるはず。俺ですら耐えられずに倒れるかもしれない」
「……分かったわ」
色々な感情を抑えて、シャルロットはただその言葉だけを返した。
「どうしてセヴリード絡みなのか分からないけど、シャルロットも大変だな。助けられそうな時は助けるから、遠慮なく言えよ」
「ありがとう、マチアス」
恋愛絡みで発動する条件をどうマチアスが助けてくれるのか分からないが、その気持ちだけで嬉しかった。
「シャルとマチアス、楽しそうだね」
セヴリードの穏やかな声に、驚きながら視線をそちらに向ける。セヴリードとクレリーが並んで立っていた。
顔が近いマチアスとの距離を慌ててとる。セヴリードに変な誤解をしてもらいたくなかった。誤解は条件による冷たい態度だけで十分だ。
「殿下、ただ普通に話をしていただけです」
「そうそう、秘密のな」
「ちょっとマチアス!」
せっかく弁明していたのに、隣が話をややこしい方向に持っていこうとしている。祝福の条件絡みではないとはいえ、助けられそうな時には助けてくれると言ったそばから手酷い裏切りだ。
シャルロットとマチアスの様子にセヴリードは困惑しているのか、とりあえず半笑いしている。
これ以上ここにいてはマチアスに何を言われるか分からない。座っているマチアスを無理矢理立たせ、そのまま背中を押す。
「もう話は終わりましたから、私たちは失礼します」
「ちょ、ちょっとシャルロット、押すなよ!」
マチアスの制止の声を無視し、シャルロットは出口へと向かう流れに合流する。その頃にはマチアスも自分の足で歩いていたので、背中を押すのは止めて、マチアスの横に並んで歩くことにした。
「殿下の前で変なことを言わないでちょうだい」
「悪かった、悪かった」
口では謝罪しているが、その声色は楽しげだ。これはまた何か繰り返すに違いない。
落ち着かない気持ちでマチアスと出口に向かう。すると、後ろからセヴリードとクレリーも続いて歩いているようで二人の会話が聞こえてきた。
好きな人の声はどうしてこんなにも鮮明に聞き取れるのだろうか。あまり良くないことだとは思いつつも、その会話に耳を傾けてしまう。
「クレリー」
「はい、殿下」
「放課後の資料探しの件、申し訳ないけど一人で先に探してもらえる? 少し身体を動かしたくなったから、走ろうと思って。終わったらすぐに向かうから」
「畏まりました。先に作業を進めておきます」
「ありがとう、よろしく。……アルテュルにまだやってるのかって笑われそうだな」
「お会いする時に是非お伝えください。訪問の日程調整はもう少しで終わりますので、決まりましたらご報告いたします」
クレリーの淡々とした声はその後も何か話を続けていたようだが、距離が離れたため、聞こえなくなった。
もう少し聞きたかったと少し残念に思っていると、横にいるマチアスがにやにやと笑い始めた。
「シャルロットって、セヴリードにだけ態度違うよな。条件のことがあるとはいえ、見た限りその縛りは言葉だけのようだし」
含みのある言い方は、シャルロットの気持ちに気づいたからだろうか。恥ずかしい気持ちを隠すかのように、冷たい声で返していく。
「……何が言いたいのかしら」
「別に。俺が楽しいだけっていうか。まっ、祝福完遂に向けて頑張ろうぜ」
シャルロットの反応に満足したマチアスは「じゃ、お先に」と言って去っていった。からかいたかっただけのようだ。
頼もしい味方が出来たつもりだったが、果たして本当にマチアスは味方なのか分からなくなったシャルロットだった。




