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呪われた公爵令嬢は初恋の王子様に真逆のことしか言えない  作者: 柑橘眼鏡


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第11話 呪いではなく

 薔薇が咲き終わり、本格的な夏が訪れる。

 学園は成功したお茶会によって活気に溢れていた。

 シャルロットも以前と比べて挨拶や談笑する機会が増え、賑やかな日々を過ごしている。


 そんな中、一つ気になることがあった。


 それは廊下を歩いている時だったり、代表会議の振り返り中だったり、食堂を利用している時だったり。

 とにかくありとあらゆる場面で、マチアスがこちらに視線を向けてくるのだ。

 何か言いたいことがあれば直接言ってくれれば良いのにと思いながらも、自分から聞き出す勇気をシャルロットは持ち合わせていなかった。だから暫く経っても理由は分からないままだ。


 授業が終わり、その後予定が何もないシャルロットはクラスメートと談笑するセヴリードをちらっと横目にしながら教室を出て、逓信室へと向かっていた。

 お茶会の報告がてら手紙を送っていたのだが、その返信が届いたようだ。

 逓信室は混雑していて長い列が形成されていた。出直してもいいが特に予定はないので、シャルロットはそのまま待つことにした。

 逓信室には見覚えのある顔がいくつかあった。今、シャルロットの中で話題の人になっているマチアスもいるが、こちらには気づいていない。視線を感じるのは正直居心地が悪いので、このまま気づいて欲しくないなんて思ってしまう。

 他にもセヴリードの従者クレリーがおり、手紙や小包を受け取っていた。きっとセヴリードの荷物を代理で受け取っているのだろう。代理受け取りは基本許可されていないが、セヴリードだけは特別に許可が降りている。

 どんな時も落ち着きのある従者はいつもと変わらない読めない表情のまま出入口に向かって歩いている。

 すれ違うことになるので会釈の準備でもしておこうと思っていたシャルロットだったが、クレリーは予想に反してシャルロットの目の前で立ち止まった。


「シャルロット様」


「クレリー、何か用かしら」


「近い内、アルテュル殿が学園を訪問することになっております。せっかくなので、お茶の場を設けようと考えております。日付はまだ未定ですが、シャルロット様もいかがですか。ご都合が合えばの話ですが」


 アルテュルという名前にシャルロットは思わず目を輝かせた。

 アルテュルは王家専属の騎士で、セヴリードが10歳になるまで彼の護衛を勤めていた騎士だ。今は王女の護衛を担当している。

 セヴリードを担当していた時も、王女に担当が変わってからもシャルロットはアルテュルと親しくしていた。

 アルテュルは実力もあり見た目も華やかな男性だが、特筆すべきはその明るさだった。シャルロットにとって楽しいお兄さんのような存在だ。

 最後にあったのは王女のお茶会で、もう3ヶ月以上会っていない。セヴリードも間違いなく同席するだろうが、お茶会の主役はアルテュルになるはずだから問題はないだろう。何かしら理由を用意し、セヴリードと近い席にしないようクレリーにお願いすれば大丈夫なはずだ。


「それは楽しそうね。是非参加したいわ。日付が決まったら教えていただける?」


「畏まりました。他の方にもお声をかけておりますので、出席予定者含めご連絡いたします」


 相変わらず表情を変えずにクレリーはそう告げるとその場から離れていった。

 改めて列に視線を向ける。まだまだ時間がかかりそうだ。ちょうどマチアスは手続きを終えたようで、受付からこちらへと振り向いた。そして視線があった。

 今まで視線を感じていても目を合わせることはしなかったので、このように視線が重なるのは初めてだ。どう反応しようか悩んだシャルロットだが、とりあえず微笑んでおいた。一方のマチアスはいつもの飄々とした雰囲気がどこかへ行ってしまったのか、真剣な表情だ。

 正直、居づらい。が、列は進んでいくので、シャルロットはなるべく自然な流れを心がけてマチアスから視線を反らして、前に進んでいく。

 視界の端にいるマチアスはどうやら逓信室を出て行く気はないらしく、腕を組みながら壁際に立っていた。

 これはシャルロット待ちだろう。

 いよいよ理由が分かるかもしれないが、それにしてもその威圧感はどうにかしてほしいと思わずにはいられない。

 気になりながらも進んでいく列に身を任せ、受付で手紙を受け取る。シャルロットは覚悟を決めて、マチアスへと向かって行った。


「……何か私にご用でも?」


 シャルロットの問いかけにマチアスは真面目な顔で頷いた。


「ああ、ちょっとな。聞きたいことがあって」


「私に答えられることかしら」


「安心しろ、シャルロットにしか答えられないよ。それでさ、シャルロットって――――」


「あーっ! もう!」


 マチアスが本題に入ろうとした瞬間、それよりも大きな声によって遮られた。


 思わず声のした方に顔を向けると、そこには苛立った様子のロニカがいた。

 普段の明るくて元気な姿とは違うその様子に驚いてしまう。


「ロニカさん、どうしたのかしら」


「あれは相当機嫌悪いな」


 不機嫌な様子を隠さずに出口へと向かうロニカにマチアスは声をかけた。


「ロニカ、どうしたんだよ」


 声をかけられたロニカは苛立った顔から一変、拗ねたような顔でこちらに向かってきた。


「あっ、マチアスとシャル様。もー、聞いてくださいよー。母様から手紙が届いたと思ったら小言の手紙だったんですよ!」


 そう言いながらロニカは片手で手紙をひらひらと振った。


「もうやんなっちゃう。夏は戻ってこいってあるし。私、郊外学習楽しみにしてたのに。噂によると海水浴とか楽しめる大きい港町らしいじゃないですか。せっかく賑やかで華やかなところにいられるっていうのに、あんな何もないところで時間無駄にしたくないですよー」


 喋ることによって更に気持ちが萎えたのか、ロニカ項垂れていた。


「ロニカさんがお母様と住んでいた場所は結構遠方だってお話だったわよね?」


「そうですよ、シャル様。母様、体調があまり良くなくて空気が澄んでる田舎暮らしなんです。でも、本当に何もないんですよ? まだ父様のいる王都の屋敷ならまだしも、あんな草だらけの場所。あー、もう最悪です。シャル様は夏休みはどうされるんですか?」


「私は実家に戻る予定」


「そうですかぁ。マチアスは?」


「俺は戻るって言ってもなー。空気が好きじゃないから残るよ。兄は帰るだろうけど」


「うーん、色々複雑だもんね。でも、いいなぁ。皆、自分の考えで動けて」


「可哀想だから土産用意しておこうか?」


「同情のお土産なんていりませーん」


 マチアスの軽口にムッとしたロニカは投げやりに言葉を返した。


「あーあ、面倒だけど返事書かなきゃ。シャル様、マチアス、また今度」


 こうして嵐のように現れたロニカは嵐のように去っていった。

 残された二人は顔を見合わせる。


「それでマチアスは一体何の話をしようとしていたのかしら」


「あー、そうだな。ちょっと場所を移そう。ここにいるとまた誰かに邪魔されるかもしれないからさ」



 * * *



 マチアスの提案通り、二人は中庭にある東屋まで移動した。外が暑いため、中庭に積極的に出ようとする生徒はおらず、東屋は大変静かな場所になっていた。

 声を発するのも少し気合いがいるような静けさだったので、シャルロットはどう切り出せばいいのか悩んでいた。

 そんなシャルロットをマチアスは頭から爪先まで見たかと思うと、突然、口を開いた。


「シャルロットってさ、なんかワケあり?」


 マチアスは顔色を変えずに、ただこちらを見透かすような視線を送ってくる。


 これは絶対に呪いのことを言っている。でもどうして。


 マチアスの様子が変わったのはあのお茶会からだ。あのお茶会で、シャルロットは一度失敗している。もしかして、それで何か感じたのだろうか。

 色々考えが浮かんでくるが、言葉にして確認することが出来ないのは過去の経験から分かっている。

 シャルロットはゆっくりと頷くだけにとどめた。


「詳しく答えられないってことは、相当厄介なもんだな。いつからなの?」


「5歳からよ」


「そっかそっか。……この祝福、相当強いな。質問するのも、質問の回答を聞くのも一苦労ときた。俺に魔力耐性が無ければ、記憶飛ばして倒れてるところだよ。普通の魔法使いは間違いなく倒れてるね」


 ――――祝福?


 マチアスは今、祝福と言った。聞き間違いではない。

 思いもよらない言葉にシャルロットは困惑した。だって、これは父のせいで受けた呪いのはず。

 いつもなら家族以外には出来ない話題だったが、もしかしたらマチアスには出来るかもしれない。

 マチアスを傷つける可能性はあるけど、それでも詳しく知れる機会を逃したくはない。


 この状況を改善して、セヴリードとちゃんと向き合えるようになりたい。


 申し訳ないと思いつつもシャルロットは批判を受ける覚悟を決め、口を開いた。


「呪い、じゃないの?」


 マチアスは苦しそうに少し眉をひそめた。やっぱり、影響は避けられないようだ。

 謝らなければ。

 シャルロットは謝罪を口にしようとするが、それよりも早くマチアスが口角を上げて楽しそうに笑った。


「この俺を気分悪くさせるだなんて、凄い祝福だな。そう、これは祝福だよ。シャルロットの身体からは温かくて白い光が僅かに発せられているからね。呪いは暗い影として出るから、これは祝福と考えて間違いないよ」


 答えてくれたマチアスの優しさに胸が痛む。辛いだろうに教えてくれた。

 呪いではなく祝福。本来祝福は、かけられた本人に喜びと幸せが運ばれるようお手伝いする効果のはずだ。全く真逆の効果だが、それでもマチアスが祝福だというのだから、そうなのだろう。

 色々分からないことが増えたが、その分からないことを確認できただけでも大きい収穫だ。この話だけで十分進捗する可能性がある。それに、これ以上は甘えていられない。


「あの、マチアス、ごめんなさい。身体に影響が出るのなら、もうこの話やめるわね。教えてくれてありがとう」


「えっ、止めちゃうの? どうせ、俺以外に相談できる奴いないだろ? 俺は大丈夫だから、もう少し話を聞かせてよ。シャルロットの力になりたいし」


「そんな、悪いわ。何かお返しできることなんてないし……」


「俺がしたいんだから、気にしないで。で、シャルロットがこうなった原因ってあるの?」


 マチアスは続けて質問を繰り広げていく。それにシャルロットは丁寧に答えていった。


「……うーん。一通り分かったけど、やっぱ祝福については専門外だな、俺。色々話をしてくれたのにごめん」


「いいえ、こちらこそ身体に負担がかかるだろうに、話を聞いてくれてありがとう。家族以外、誰にも話したことがなかったから、それだけで凄く嬉しかった」


「話を聞くだけでそんな感謝されるだなんて照れるな。まっ、本当に感謝するならこの後にしてくれる?」


「……えっと、どういう意味かしら?」


「この学園、魔法は俺が一番詳しいだろうけど、祝福に関しては良くて2番手か3番手。一番詳しいだろう聖女様に話し聞いてみようぜ。まっ、今はまだ候補だけどな」


「それって第三クラスの……」


「そう、アカシアに会いに行こう。俺から頼むから間違いなく会ってくれるよ」


 そう言ってマチアスは満面の笑みを浮かべる。

 ずっと呪いだと思っていたのに実は祝福だと言われ、正直シャルロットは混乱していた。気持ちも乱れている。それでも何か前進するような気がして仕方ない。

 アカシアに会ったら、きっと大きな一歩を踏み出せる。この問題で初めて微かな希望と期待を抱いたシャルロットだった。

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