95.偽英雄とその父
謁見の間で対峙したギルト王は、予想通りに予想以上の強さだった。
アリアの言葉を借りれば、ギルトには「老兵の驕り」が無い。もちろん、「逆上せる若人」のように技術が未熟と言うことも無い。
要するに、付け入ることができるような隙は無いと言うことだ。
「訓練」と言う形で、リンドは何度も彼と剣を交えたことがある。そのどの時にも敵わずギルトの強さは思い知っているわけだが、今この場で感じる強さはリンドが知るそれをさらに凌駕するものだった。
「……真剣勝負なんだから、当然か」
呟きリンドは口元を拭って、立ち上がる。
どんなに強かろうが、「退く」と言う選択肢は無いのだ。
再びギルトに立ち向かおうとしたところで、リンドは彼よりも早くアリアが動いたことに気付いた。
彼女はギルトに背後から迫ると、その右袖の下から刃を抜いて振るう。左右の袖の下に刃を仕込んでいたらしい。
だが、彼には通じない。一分の無駄も無く振り上げられた剣が、アリアの刃を弾き返した。
その威力に、彼女の身体は反ってしまう。
しかしアリアは、そのまま滑り込むようにしてギルトの脇へ回る。
そして再び刃を振る―――おうとして、腹を蹴付けられ撥ね飛ばされた。
「アリア!」
こちらへ飛んできた彼女を、リンドは受け止める。
勢いを殺し切れずに倒れると、その耳元でアリアが囁いた。
「私に合わせて。隙を作るわ。―――信じてくれるなら、あなたは前だけ見て頂戴」
まるでリンドにそれを伝えるために敢えて撥ね飛ばされたかのように、彼女はすらすらと告げる。それからリンドの応答を待たずに、すぐ立ち上がる。
そして再び、アリアはギルトに向かって駆け出した。
考えている暇は無い。リンドも彼女の後に続く。
アリアは、正面から立ち向かう。
そしてギルトが構える剣に、自分から刃をぶつけに行く。彼の攻撃を抑えるつもりかもしれない。
だが、それよりも速くギルトは剣を振るった。重い一撃が先にアリアの刃を打って、撥ね上げる。武器は、彼女の手から離れた。
しかし、対するアリアの判断も早い。刃を早々に手放しており、体勢は崩れていなかった。
彼女はギルトの左方へと素早く動き、彼の左手―――黒龍の印が刻まれた手に彼女の右手を伸ばす。
だが、それよりもギルトが剣を構え直す方が早い。
リンドはその剣が振るわれるのを阻止しようとする……が、その彼にアリアが視線をちらと向けた。
信じるなら、前を見ろ。そう言われたのだった。
それでリンドは、ぐっと歯噛みして目標を変えた。
次の瞬間、ギルトの剣が振り薙がれる。
斜め下方向へ向かったその剣は、アリアの左の太腿の辺りを捉えた。
しかし、剣がアリアの脚を断つことは無かった。
剣身は、彼女のスカートを裂いただけだった。そうして、ただ打った衝撃でアリアを床へ転がした。
その展開に、ギルトの顔が一瞬怪訝なものに変わる。
恐らくそれが、アリアが作ると言った「隙」だ。
故にリンドは彼女の指示通り、既にギルトを狙って右手に握る剣を引いていた。
僅かに遅れたギルトが、剣で防ぐ間は無い。
リンドは、真っ直ぐに右の剣を突き出す。
鎧の隙間を狙うのは難しい。確実に勝負を決めるなら、……もう頭しかない。
リンドの剣は、一直線にギルトの頭を突く。―――ことは無かった。
ギルトが素早く左手を出して貫かせ、その手を動かして剣の切っ先の向かう先を頭から逸らしたのだ。
だが、まだ左の剣が―――。
「リンド!」
アリアの鋭い声を聞いて、リンドは右手の剣を離して跳び退く。
その眼前を、ギルトが振り下ろした剣が通り抜けた。
危なく傷を負うところだった。―――と思っていると、ずきりと胸が痛む。
見れば上衣の襟元が裂け、胸にできた切り傷から血が流れていた。
浅く済んだことを幸いと言うより他は無い。
「……脚にも仕込んでいたか」
ギルトがアリアの方へ視線を向けながら、左手を貫いた剣を引き抜く。
「おじ様の言う『小細工』も……、案外役に立ちますでしょう?」
と床に膝を突いたまま、アリアが返した。
その彼女のスカートの裂け目からは、太腿に括り付けられた刃が覗いている。
しかしながら受けた衝撃は強かったらしく、彼女の笑みは少々引き攣っていた。
対してギルトの厳めしい表情は、変わらない。
「それならば、右脚の時にはもう少し力を込めるとしよう」
「……それはちょっと、笑えませんわね」
状態は分からないが、もうアリアが素早く行動することは難しそうだ。
リンドが彼女の様子を窺っていると、がしゃんと音が鳴り響く。
その方を見やれば、ギルトが左手から抜いたラナの剣を足元に放っていた。
彼の鋭い目は、こちらを睨み据えている。
「今の一突き……、両手で剣を握っていれば勝敗は決していたかもしれない。退魔の力の暴発を恐れて中途半端に鍛えた右手に頼った所為で、お前は失敗したのだ」
「俺は、あんたらみたいに力を無暗に撒き散らすような人間になりたくなかったから―――」
「その結果として、両手に剣か? それで、強くなったつもりか? ―――馬鹿馬鹿しい」
言ってギルトは、床の上のラナの剣を踏み折った。
そして、跳ね上がった剣身の破片を左手で掴み取る。
「結局、お前はただただ中途半端なのだ。口当たりのよい言葉も、嘘だろう。退魔の力で人を怖がらせたくないか? 人を斬りたくないか? ―――違うだろう。お前が人に恐れられたくないのだ。人を斬ることで自分が傷付きたくないのだ」
ギルトの言葉を受けて、リンドは胸の傷に触れながらぎりと歯噛みする。
果たしてその言を、自分ははっきりと否定できるのだろうか。
そんなリンドを余所に、ギルトはぎろと視線を向ける先を変えた。そしてその手に取った剣身の破片を投げる。
それは丁度アリアが投げ付けた刃とぶつかって、石の床へ落ちた。
アリアはさらに、右の太腿に括り付けられていたもう一つの刃を取って即座に投げる。
しかしギルトは、それを左手で掴み取る。そしてすぐに投げ返した。
刃はアリアの躱す動きを読んでいたように、正確に彼女の左肩に突き刺さる。
彼女の漏らしたくぐもった声が、リンドの耳に届いた。
「アリア嬢、大人しくしていろ。お前には、後で聞くことがある」
「―――ギルトっ!」
冷淡に言い放つギルトに向かって、リンドは駆ける。
そして左手に残されている片刃の剣を振り薙いだ。―――しかし、弾かれる。
すぐに再び斬り込むが、また弾かれる。
一撃一撃が、重い。
こちらから攻めているのに、結局後退するのは必ずリンドの方だ。
攻め倦ねている内に、今度はギルトが踏み込んできて右手に握る剣を動かす。
対応しようと目で追うと、そこへ左の拳が飛んできた。
殴られそれでも相手の剣から目を離すまいとしていると、ギルトは殴った左の拳を開く。
するとその手の血が撥ね、リンドの視界を遮った。
赤くぼやけた視界に振り薙がれる剣を捉えて、リンドは身を屈めてそれを躱す。
だが直後に顔面に膝蹴りを受けて、床を転げた。
「―――詰まるところ、お前には覚悟が無かったのだ。新たな時代を開く、その覚悟が」
ずるりと身を起こそうとするリンドを見下ろして、ギルトはそう言った。
そして、さらに言葉を継ぐ。
「あの使用人……、サーシャと言ったか。あれは良い呼び水になったと思ったのだがな」
その言葉にぎろと視線を向けるリンドに対して、ギルトは冷淡に続けた。
「あの日にルイスの酒場を使ってアルバートの何たるかを見せてやったから、お前は自らの行く道を決められたのだろう。だが、それも結局は―――」
「サーシャを贄のように言うのはやめろッ!」
リンドは声を荒げる。
「あいつにも、他の人間と同じく幸せになる権利があったんだ! それなのに俺なんかのために家族と離されて、こんな所に閉じ込められて……!」
だからずっと、サーシャのことを考えていた。
サーシャに対する責任の取り方を、考えていた。
「―――起きてしまったことは、もうどうにもならない。だから俺にできるのは、もうあいつを家へ帰してやることだけだ。そうしてアルバートなんかのことは忘れて、あの酒場で母親と―――」
「少なくとも、あの女はお前が動く切っ掛けになっているわけだ。つまり、あの女を連れて来たことはやはり正解だったと言うことだ」
とギルトが言った。
そして鋭い視線を向けるリンドに、冷酷に告げる。
「そうであるなら、ここでもう一押ししてみるとしよう。―――サーシャ・ルイスは今頃、お前の仲間を迎えに出ていることだろう。そうしてクリストン邸へ戻った時、彼女はお前の仲間と共にマルクが率いる兵に囲まれて殺される。そういう筋書きになっている」
「俺の仲間はマルクなんかに―――」
「アレの死は、善し悪しはともかくお前に変化を齎すだろうな」
リンドの声を無視して、ギルトは言う。
そして、横を見やった。
「アリア嬢も、そう思うだろう」
「……」
その言葉に、壁際に立つアリアは何も答えない。
ただ苦しげに笑みを浮かべて、肩を竦めて見せた。
その彼女の方へ向かって、ギルトが歩み出す。
「私はな、お前の死でも同じ結果が望めると思っている」
「やめろッ!」
リンドが駆け剣を振るうが、ギルトはそれを簡単に弾き返して同時に蹴付ける。
腹を蹴られたリンドは広間の床を転げて、石柱に背を打ち付けた。
その間に、ギルトはまたアリアに向かって歩む。
対してアリアは、動かない。否、動けないのだろう。
壁に寄り掛かったまま、彼女はただ相手を待ち受けていた。
「私に、何か訊きたいことがあったのではないですか?」
「ああ。だが、お前が簡単には口を割らないであろうことも分かっているからな」
アリアの問いに、ギルトはそう答える。
「問い質している内に逃げられる可能性を考えれば、ここで殺してしまうのも悪くない。―――石に関する情報を話してアルバートと共に生きるか、話さずにリンドの心を砕く死を迎えるか……。どちらか、好きな方を選べ」
「……どちらも、あまり面白くないですわね」
アリアは、静かに答える。
それから、不意にその身に纏っていた貫頭衣を放った。
いつの間にか裂かれ身体に掛かっていただけだったその貫頭衣は、ギルトの視界を一瞬奪う。
その隙にアリアは肩に刺さっていた刃を抜いて、相手に向かって振り下ろした。
ギルトも剣を振るうが、アリアの姿が見えない状態で振られたそれは彼女の頬を浅く掻き結われた髪を解いただけ。
一方アリアが振り下ろした刃は、鎧の隙間を抜けてギルトの左脚に突き刺さった。
しかし次いで飛んだギルトの左の拳が、アリアの頬を捉える。
音立てて彼女は床に倒れた。
そんな彼女を前に、ギルトが剣を構える。
そこへリンドは駆けていく。
間に合う。受け止められる。
だがそう思った瞬間に、アリアが鋭く声を飛ばしてきた。
「守らないで! 攻めなさいっ!」
「―――っ!」
そしてリンドは、選択した。
「……そうか」
とギルトが言う。
「それがお前の、選択か」
「リンド……」
と、アリアが溜息交じりの声を出した。
リンドは、アリアを守っていた。
ギルトの剣を受け止めていた。
「これでは、何も変わらないわ。私は、あなたの敵なのよ。切り捨てる覚悟くらい―――」
「煩い」
とリンドは、アリアの声を遮る。
「お前とは後で決着をつけるんだ。だから、ここで殺されては困る」
「言うではないか」
とギルトが笑った。
それから、笑みを消してじろりとリンドを睨み据えた。
「―――やってみろ。その女を守りながら、私に勝って見せろ」
言ってギルトは、その手に握る剣を右に左に自在に振るう。
足の動きこそ悪くなっているようだが、アリアを庇って動かないリンドとの打ち合いでは問題になっていない。
故に厳しい状況にあるのは、リンドの方だった。
ギルトの重い攻撃を受け流し続けているこの状況では、反撃の糸口をつかめない。
そうして考えている間にも、捌き切れなかった刃に肩を腕を腹を脚を傷付けられる。
「リンド! 諦めなさい!」
と後背からアリアが叫ぶ声が聞こえた。
「私との決着にこだわってどうするの!?」
「煩い……」
「あなたの目的は、それでは無いでしょ―――」
「黙ってろッ!」
声を荒げて、リンドはギルトの剣を逸らしながら彼に体当たりした。
相手を後退させて、まずはその剣がアリアに届かないようにする。
「絶対に、俺が道をっ―――!」
言い掛けたところで、身体が後ろへ飛んだ。
ギルトが踏み出し、リンドを押し返したのだ。
完全に、押し負けた。
そこへさらに、ギルトが勢いよく剣を振り薙ぐ。
リンドは後傾姿勢のままそれを受け―――。
がらんと、剣が音を立てる。
リンドの剣だ。彼の片刃の剣が、彼の手を離れて床に落ちた。
手を伸ばして届く距離では無い。
リンドは体勢を崩して後ろへ倒れ、それをアリアが受け止めていた。
その彼女は、ふっと諦観の笑みを浮かべた。
「だから言ったでしょう。姉分の言うことは、ちゃんと聞くものよ」
「リンド。世界はアルバートを選んだ」
とギルトが告げる。
「世界を変えるその役は、お前には分不相応だったと言うことだ」
そう言って、剣を高く掲げるように構える。
だが、それで諦めがつくほどリンドは理性的な人間で無かった。
「まだだ……、まだっ―――!」
声を吐きながら立ち上がり、左手をギルトに差し向ける。
直接退魔の力を叩き込めば、或いは気絶させることができるかも―――。
しかし、ギルトはもう剣を振り下ろしていた。リンドの手は届かない。
それでもリンドは、必死で左手を伸ばした。
新たな時代を掴むために。
「俺が世界をッ―――!」
言葉は、最後まで続かなかった。
その前に決着がついたからだ。
アリアは、目を見開く。
リンドは、膝を突く。
そしてギルトは、にやと笑んでいた。
「―――これが、世界の選択か」
呟くように言ったギルトは、その右半身を失い仰向いて倒れていた。
「面白い」
「……何で、笑ってる」
とリンドは、声を絞り出す。
「アルバートは、負けたんだぞ」
対してギルトは、くっと笑う。
そして、静かに述べた。
「人にはそれぞれ、与えられる役というものがある」
リンドも知っている言葉だ。
何度も聞かされた言葉だ。
「何が言いたい―――」
問おうとして、リンドはギルトが事切れていることに気付いた。
そして、思い出した。幼き日に聞いた、父の言葉の続きを。
人にはそれぞれ、与えられる役というものがある。
それは例えば、英雄の血筋かもしれないし、魔法の国の王かもしれない。或いは酒場の看板娘かもしれないし、鍛冶屋の跡取り息子ということもあるだろう。
何の役を与えられるかは、生まれてみなければ分からない。確かなことは、生まれたその時点で役は決まっているということだ。
与えられた役を全うしろ。何があろうと。最後まで。
そう言ったギルトは、その後にこう続けたのだ。
―――だが、役を演じようなどと思う必要は無い。
努めて生きたその時、役は自然に果たされている。
役を全うすると言うことは、最後まで努めて生きると言うことだ。
「……これが、あんたの役だったって言うのか」
リンドは、決して答えることが無い父に問う。
この結果が、ギルトの役を決めた。
「アルバートの時代を守った王」で無く、「新たな時代の訪れを阻んだ王」と決まったわけだ。
そして彼は、その結果を受け入れた―――。
リンドは、ふうと息を吐き出す。
そしてギルトの傍へ寄ると、その首に掛かっている赤い石に手を伸ばす。
幸いにして、それは残されていた。
「背負うには、重過ぎるな」
王としても、父としても、その行いは様々な意味で重かった。
「アルバートに生まれたことは不幸だと思っていたが……、その中であんたの子供だったことはもしかしたら―――」
その時不意に、ばんと扉が開かれる音がした。
音がしたのは、王座の後ろ側からだ。
そちらへ目を向けると、そこには弟アルトの姿があった。
彼はすぐにこちらを見て、そして固まった。
「アルト!」
とそこへさらに声が聞こえて、母シエナも姿を現した。
「部屋に戻りなさ―――」
言い掛けた彼女も、謁見の間の惨状を目の当たりにして言葉を失ったようだった。
「……お前が、父さんを」
と、アルトが呟くように言った。
そして次の瞬間、剣を抜き猛然とこちらへ駆けてくる。
展開された退魔の力からは、びりびりと憤怒の感情を感じた。
リンドの手元に、剣は無い。
退魔の力で、気絶を狙うしかない。
だが、その力は今し方「想定外」を起こしていた。また同じことが起こらないと言う確証は―――。
「リンド!」
とアリアが叫ぶ。
それでリンドは我に返り、その左手を―――。
「アルト! やめなさいッ!」
と、シエナの鋭い声が飛んだ。
その声でアルトが、びくりと反応して動きを止めた。
それから、止まってしまったことを恥じるように母を振り返って睨んだ。
「何で止めるんだよ母さんッ! こいつは父さんを―――!」
「あなたは、何としてでも生きねばなりません」
シエナは静かに、だが強い調子でそう返す。
そしてさらに、告げた。
「あなたしか、ギルト・アルバートの血を未来へ繋げる者はいないのです」
「……えっ?」
と声を漏らして、アルトがこちらを見る。
しかしリンドも知らない。故に黙ったまま、母の次の言葉を待った。
……ただ、予感はあった。
シエナはそのことについて、端的に述べる。
その目は、リンドに向けられていた。
「―――私は、港町の生まれです。そしてギルトに見つけて貰った時、既に嫁いでいる身でした。私がここへ来てから生まれることになりましたが……リンド、あなたは私の前夫の子なのです」
「……納得がいった」
とだけ、リンドは言った。それで全てに説明がつく。
退魔の力を持たずに生まれたことも、夢でルイスの酒場での一件をアルバートで無い側から見ていたことも、リンドがアルバートで無かったならば腑に落ちる。
だが、シエナの次の言葉はリンドも予想していなかった。
「あなたは、リンド・アルバートでは無い。あなたのことを正確に呼ぶなら、リンド・バリスタと言うことになります。父親は、フロスト・バリスタと言う男です」
「フロスト、バリスタ……!?」
「港町では有名な商人の家です。―――しかし私が嫁ぐことになったフロストと言うその男は、碌な人間で無かった。詮索は、しない方が良いと思います」
シエナはそう言ったが、もう遅い。
リンドはその名を、あまりに身近に聞いてしまっていたのだから。
「リンド」
とアリアに声を掛けられるが、反応できない。
固まっていると、そこへさらに知らせが舞い込んできた。
「リンドっ!」
とフレアが謁見の間に駆け込んでくる。彼女の父グレイも一緒だった。
そうして二人もまた、その広間の惨状を見て目を見開く。
「ギルト……、そうか」
グレイが呟き、瞑目した。
別れを告げたのか、恨み言を向けたのか、その内心は分からない。
その隣で、フレアがはっと我に返った様子で声を上げる。
「リンドっ、サーシャが―――!」
まだ自身の出生の秘密を受け入れられずにいたリンドは、立て続けに告げられる情報にただただ立ち尽くしていた。




