93.聖女と少女と使用人にできること
噎せ返るニーナの視線の先で、マルクはふっと息を吐く。
その彼の右手は、いつの間にか剣の柄を握っていた。
「純白の髪に左右の瞳の色が違うお嬢ちゃんか……、変わってるね。―――ごめんよ、女の子にそんな醜い姿晒させて。でも今のは、君が襲い掛かってきたのが悪いんだぜ?」
フレアの目は、見逃してしまった。
だが状況から察するに、マルクはニーナの攻撃を躱しただけで無かったらしい。
恐らく躱すと同時に、剣の柄頭でニーナの腹を打ったのだ。
「嘘でしょ……。遊び呆けてたあんたが、何で―――!」
「惚れ直したかい?」
動揺するフレアを前にして、マルクは口の端を吊り上げた。
「言ったろ、僕は地位に興味が無いって。それを得る力が無いだなんて、言ってないよ。―――やる気が無い僕を親父が未だに王位に据えようとしている理由を、考えたことはあるかい? 今ここに僕一人が配置されている理由を、考えてみたかい?」
「あんたなんかに、才能があるって言うの……!?」
「したいことと才能とが一致している人間なんて、然ういるもんじゃない。―――けれど君が望むなら、」
と言って、マルクはこちらに左手を差し伸べる。
「僕は王になってあげよう。僕が本当に欲しい『愛』のためなら、手段としてそうすることもできる」
「……」
フレアは、言葉を失う。
どうして神は、こんな男に才を与えたのだろう。
フレアは踠いて踠いて、やっと一つ自分の力と呼べるものを手に入れたと言うのに。
ぐっと唇を噛むフレアを余所に、マルクはその目を彼女の後方へ向けた。
「サーシャも一緒か。―――いや君は惜しい。本当に惜しかった」
彼の無遠慮な視線を受けるサーシャは、しかし何も言わずにただ背筋を伸ばした美しい姿勢で立っている。
そんな彼女に、マルクは言葉を継いだ。
「流石にラナの使い古しじゃ、手を出す気にはならないからね」
「ふざけるなッ!」
とフレアは、叫んだ。
そしてやや面食らった様子のマルクを、ぎろりと睨み据える。
「サーシャはあんたやラナの玩具じゃないわ! 私もよ! あんたが王になろうが何になろうが、私は絶対にあんたのものにはならないっ!」
「……ふうん」
とマルクは、声を漏らす。
そして、にたりと笑った。
「やっぱり、君は良いな。そそられる。僕は今日必ず君を屈伏させて、その綺麗な身を僕に捧げさせるよ……!」
「そんなのは、あんたの欲しがってる『愛』なんかじゃないわ!」
そう返して、フレアは右手をマルクに差し向けた。
「そういうことしかできないあんたは、何も掴めない!」
「そうかい。なら、試してみようか」
言いながら、マルクはこちらへ向かって歩を進める。
退魔の力は、未だ解かれていない。故に、魔法は使えない。
だがフレアには、力が及ぶ範囲が視える。その黒い領域から出さえすれば……。
「サーシャ、聞いて―――」
「下がらない方が、良いんじゃないかなァ」
サーシャに囁こうとしたフレアに、マルクは言った。
「あんまり際に寄られると、うっかり僕の力が君の壁を破ってしまうかもしれないよ?」
「……!」
後方には、今し方壁の穴や廊下を塞いだ氷壁がある。
そこまで退魔の力の範囲を広げられれば、魔法で生成した氷は消えて兵が雪崩れ込んできてしまう。それでは、状況がさらに悪くなる。
そのことを分かった上で、マルクは力を加減しているのだ。
前進しては、魔法が使えない。
だが後退しても、兵を招き入れてしまう。
どうにもフレアの力だけでは、この状況を打開できそうに無い。
だがそこへ、頼もしいもう一人が戻ってきた。
「―――おっと」
ニーナが振り薙いだナイフを、マルクが右手で引き抜いた剣で逸らした。
「お嬢ちゃん、大人しく寝ていた方が痛い目に合わなくて済むよ?」
「今更痛い目くらい、怖くないですよ」
ニーナはふんと息を吐きながら、彼と対峙する。
そして、ちらと視線だけをフレアに向けてきた。
「このまま遣り合っても相手が先に疲れて勝てると思いますけど、時間が掛かります。もっと早く片付けるために何か考えて下さい」
「何かって言ったって……」
「暇なんだから頭くらい回して下さい、よっ!」
言いながら、ニーナはマルクに向かって駆け出す。
勢いよく足を蹴り出―――そうとして、マルクが振り下ろす剣を避ける。
それからすぐに跳び掛かって、その手のナイフを振り薙ぐ。しかし、受け流される。
マルクは、ニーナの素早い攻撃に反応していた。「王になれないのでは無くならないだけだ」などと豪語していたのは、ただのはったりでは無さそうだった。
尤もその互角の戦いが成立している原因は、ニーナの力が落ちている所為でもあるようだ。
今のニーナも十分に素早い身の熟しをしているが、魔法王都で見せていた動きと比べると確実に遅い。
退魔の力の影響だ。
あの黒い雑音が、ニーナの力を不安定にしている。
彼女はユニコーンの力を、発揮できずにいるのだ。
しかもリンドから聞いたところによると、退魔の力を至近距離で集中的に当てれば魔人の中に宿された幻獣も消し去ることができるらしい。リンドはその力で、マーシャルを無力化したのだそうだ。
マルクが同じことをできるとは限らないし、それ以前に「魔人」と言う存在を認識できているのかも怪しい。だがはっきりしていない以上、ニーナは彼の左手に捕まるわけにいかない。
恐らくそのことがさらに、彼女を動き難くしているのだ。
ニーナはマルクの右側からしか攻撃を仕掛けられない。しかしそちらはマルクが剣を握っている側であり、対応しやすいのだ。
ニーナは左にも回って見せているが、そちらからは攻撃しないと見抜かれているようだった。
「―――そんなに、退魔の力が怖いかい?」
言って、不意にマルクが大きく左手を振り薙ぐ。
ニーナが跳び退いた。だがそこへマルクが大きく踏み込んで、剣を振るった。
「っ!」
着地と同時にしゃがんだニーナの頭上で、刃が彼女の帽子の先を突っ掛けた。
ニーナの頭が横へ振られる。その衝撃で、彼女の帽子もふわりと宙を舞った。
ニーナが跳び退く。
その彼女の額の角の付け根から、つっと血が一筋流れた。
それを見て、マルクが目を丸くする。
それから、「ははっ」と笑った。
「そうか! どうも尋常じゃないと思ったら……、君は女の子どころか人間ですら無かったんだな!」
「……角が生えてる女の子も愛せないなんて、随分と小さい男ですね」
ニーナは、静かに返す。
明らかに怒っている。そしてきっと、同じくらい傷付いている。
だがマルクは、気付かない。
ふっと笑んで、彼女を嘲る言葉をさらに続けた。
「女の子だったら、愛するさ。でも、君は違うだろ?」
「それはどういう……あ、そうか」
怒りを滲ませていたニーナは、はたと思い至ったように言った。
そして、にやと彼に笑みを返す。
「つまりあなたの言う『女の子』って、『弱い人』って意味なんですね」
「何だと……?」
「自分より強い人は、怖くて愛せないんでしょう?」
顔を引き攣らせるマルクを前にして、しかしニーナはいつも通りの不敵な笑みを見せた。
「臆病なあなたにお勧めな『女の子』を知ってますよ。蛆とか」
直後に、怒りに顔を歪めたマルクがニーナに向かって一気に踏み込む。
剣を振り下ろし、ニーナがそれを撥ね除けると今度は左手を突き出す。
そしてその手を避けようと横跳びしたニーナの動きを読んでいたように、鋭い蹴りを放った。
腹を蹴付けられ、ニーナが石の床を転げる。
げほと噎せているが、そこへマルクがさらに攻撃を仕掛ける。
戦況は、悪くなった。
「何、してるのよ……!」
フレアは、苛立たしげに声を漏らす。
向こう見ずな挑発をしたニーナと、何よりその攻防を傍観するしかない自分に向けて。
退魔の力の影響が及ぶ黒い領域は、未だフレアをも覆っている。
挑発されてニーナに強く意識が向いていても、マルクに隙は無かった。
領域から出るには、後ろへぎりぎりまで下がるか奥へ走り抜けるかのどちらかだ。
だが前者の場合、兵たちとの間を隔てている氷壁を消すと脅されている。そして後者の場合は、目の前で繰り広げられている戦いの中を通り抜けることが難しい。今のニーナに、道の確保を引き受けられるだけの余裕は無いだろう。
「―――もう、何でよ! 私は、力を手に入れたのに……!」
「フレア様……」
とサーシャが歩み寄って、フレアを落ち着かせるように背を摩ってくれる。
しかしそれでも、フレアの自身に対する怒りが収まることは無い。
研究者の町に行って、そこで研鑽を積んだのはニーナだけで無い。
フレアもまた、あの場所で必死になって考えて音魔法を手にしたのだ。
アリアの真似では無い、自分なりの力を。
「私だって、ただニーナの暴走を止めるためにあそこにいたわけじゃないのに……! ここで戦えなきゃ、意味が―――」
半ばサーシャに愚痴るようにそう言って、そこでフレアははたと気付く。
認識が、正しくなかった。
フレアがあの時あの場所で掴んだのは、音魔法では無い。
「何で私、忘れて―――!」
声を漏らしながら、彼女は腰に下げた袋の中を探る。
フレアが武器を取っても、ニーナと並んで戦うことはできない。
魔法もこの場面では、役に立たない。
だがフレアには、他に貢献できる方法があった。
間も無く、手応えがあった。
フレアはそれ―――木製の小さな笛を取り出すと、すぐに息を吹き込む。
ふぃーっと、やや不安定な音が鳴った。
ニーナが暴走してしまった時のために作った笛。耳栓と同じく「自然素材」で作ったものなので、今もこうして手元に残っていた。
この笛を使えばニーナを……彼女の中で退魔の力によって不安定な状態にあるユニコーンを、支援できるはずだ。
「―――違う。こうじゃない」
呟きながら、音の出し方を調整する。
瞑目し、耳を澄ませる。マルクとの激戦を繰り広げるニーナの深い所にある音を聴くために。
「何をしてるんだい? おかしくなっちまったのか?」
マルクの声が聞こえるが、無視する。
こちらへ向かって足音が近づいてくるが、気にしない。
「フレア様!」
「大丈夫」
焦った様子のサーシャの声にも、フレアはそう返す。
マルクはフレアたちに手を出せない。
何故なら、ニーナが必ず阻止するから。
どっと近くから、激しく何かがぶつかる音がした。
ニーナがマルクを撥ね飛ばしたのだろう。
その次の瞬間に小さな両手がフレアの首根に回され、くいと彼女を引く。
そしてやや前傾姿勢になったフレアの間近で、声がした。
「早く合わせて下さい」
「うん」
吐息まで感じるそのあどけなさが残る声に、フレアはすぐ応えた。
その距離なら、よく聞こえる。
そうしていたのは本の一時で、ニーナはまたすぐにマルクに立ち向かう。
だがその僅かな時間に、フレアの耳は確かな「声」を捉えた。
ユニコーンの声を。
「―――ニーナっ!」
マルクと打ち合う彼女に、フレアは呼び掛ける。
そして、笛を吹き鳴らした。
ひゅーいと鳴らす笛の音は、ユニコーンの音の律動に合わせる。
優しく、寄り添うように。
音を聞くと同時にニーナがナイフを振り薙ぎ、マルクを牽制してから後方へ跳んで距離を取る。
そして、深呼吸した。
すると彼女の黒い右の瞳が、左と同じく青紫に変わる。さらに、純白の髪がさあと膝辺りにまで伸びた。
「何だ、どうなって―――」
マルクの言葉が終わる前に、ニーナは突風のように駆けて彼に向かっていく。
彼も反応して剣を振り薙いだが、それをニーナは下から蹴り上げた。
その衝撃で、剣身が圧し折れる。
刃が勢いよく石の天井に打ち当たり、跳ね返って石の床を叩いた。
その時には、ニーナはもう次の一撃を放つ体勢になっている。
しかし彼女が放とうとした左の膝蹴りに対して、マルクは素早く身体を寄せて左手でその脚を掴んだ。
ニーナが右手で振るおうとしたナイフにも、先んじて半ばまで刃が無くなった剣をぶつけて止める。
ニーナの表情が、歪む。
対してマルクは額に汗を浮かべながら、やや引き攣った笑みを見せた。
「どうだい? 間近で感じる、退魔の力は……!」
「吐きそう。最低の男に触られてるってこと含めて、最悪の気分ですよ。―――でも、」
と言って、ニーナは退かずにマルクを押し返しに掛かる。
「思ったほどじゃ、無いですね。落ち着いてる……!」
フレアが奏でている笛の音には、確実に効果があるらしい。
それならばフレアは、その音で彼女を支え続けるだけだ。
ニーナは掴まれた左の脚で、そのままマルクを押す。
「私と力勝負しようだなんて、いい度胸です……!」
「こ、の……!」
マルクの身体が、ずるずると後退する。しかし同時に、ニーナの脚がめきめきと音を立てる。
退魔の力を直接受けている左脚は、十分にユニコーンの力が発揮できていないのかもしれない。
「ニーナっ、無茶は―――!」
「ここで無茶しないで、他にいつするって言うんですか……!」
フレアの声に、ニーナはそう返す。
それに対して言い返している暇は無い。フレアは苦渋に満ちた表情で、再び笛を吹いた。
すると不意にマルクが、右手に握った剣を振るってニーナのナイフを撥ね除ける。
そしてその剣を、左手で押さえていたニーナの左脚に突き立てた。折れた刃が深く食い込むことは無かったが、痛くないはずが無い。ニーナが呻く。
その彼女に、マルクが絞り出すように声を向けた。
「このまま俺を蹴飛ばしたら……、脚がずたずたになるぞ」
「上等ですよ」
ニーナが即座に返したので、マルクは驚きと恐怖の表情を浮かべた。その直後に、彼の身体が浮く。
焦ったマルクが、退魔の力を強めた。さらに大きく展開されたその力に、フレアとサーシャはぐらりと蹌踉めく。
だが、ニーナが揺らぐことは無かった。
ニーナが左脚を振り薙ぎ、マルクの身体は猛烈な勢いで吹っ飛ぶ。そして次の瞬間には、石壁に激しく叩き付けられていた。
その後、彼はくたりと糸が切れた人形のように地に伏した。
「……私の勝ち、ですね」
言って、ニーナもばたりと倒れる。
「ニーナっ!」
声を上げてフレアは、彼女の元へ駆け寄った。サーシャもそれを追ってくる。
見ればニーナの左脚は、骨が折れてしまっているようだった。刃による裂傷も酷い。
「大丈夫……ですよ。どうせすぐ、治ります」
「そういう問題じゃないでしょう……!」
「って言うか、それより―――」
とニーナが言った、その時だった。
「フレア様!」
とサーシャが叫ぶ。
その声に振り向けば、彼女の視線の先に弓を構える兵士がいた。
マルクが最後に展開した力で、氷壁が消されていたのだ。
「やばいっ、サーシャ逃げるわよ! ニーナ、肩掴まって!」
ニーナを起こしながら、フレアは魔法を綴る。
最適な魔法は、―――考えている余裕は無い。
だがこちらが魔法を準備するよりも早く、相手の兵士は矢を射た。
狙いはフレアだった。……が。
「……サーシャ?」
フレアを庇うように立ち塞がったサーシャの胸に、矢は突き立った。
彼女はくらっと蹌踉けて、そのままフレアの方へ倒れる。
「嘘、でしょ……。嘘でしょ……?」
サーシャを受け止めたフレアは、きっと集い始めた兵たちを睨む。
そして叫んだ。
「燃焼ッ!」
その詠唱で激しく炎が燃え上がり、兵士たちがわっと退く。
だが、それは適当な魔法で無かった。
兵たちはすぐに態勢を立て直して、再び向かってくる。
炎の勢いが弱い所を駆け抜け或いは炎の向こう側から弓を番えて、フレアたちを討ち取ろうとしていた。
「フレアさん退いて下さい!」
とニーナが叫ぶ。
「私が何とかします!」
「そんな状態でどうする気よ!?」
とそれに返しながら、フレアは次の魔法の綴りを急ぐ。
ニーナとサーシャを背に庇いながら、フレアは呻くように声を漏らした。
「冗談じゃない……。これ以上二人を、傷付けさせない……!」
そんな彼女に向かって、兵たちが弓を引き絞る。―――綴りは間に合わない。
そうなるともう、フレアは己の潜在的な力に賭けるしかない。
無綴無唱の魔法。
彼女も、記憶している限りで二回は使えたことがある。
それを今やるしかない。少なくとも、無綴の魔法が今は必要なのだ。
「突風ッ!」
力を思い描きながら、詠唱した。
その声に、兵たちが一瞬身構える。……だが、風は起きない。
それで彼らは、再び攻撃態勢をとった。
兵が矢を放つ、その前に。
フレアはさらに強く、吹き荒ぶ風を想見する。
そして敵の矢が放たれる直前に―――。
「突風」
激しい横風が吹いて、兵たちが放った矢は一本もフレアたちを捉えなかった。
だがフレアは、まだ詠唱していなかった。彼女が唱える直前に、背後から別の人物が詠唱したのだ。
その声は、彼女にとって馴染み深いものだった。
フレアがばっと後ろを振り返ると、それと同時にその相手が彼女の前へ駆け出た。
それを見て、兵士の一人が声を上げる。
「怯むな! 魔法頼みのクリストンなら、接近戦は―――」
「クリストンを、侮るな」
低い声を出しながら、クリストン家の当主グレイは右手で剣を抜き猛然と兵たちへ向かっていく。
対して剣を握る兵たちが駆けてくるが、グレイの相手にはならなかった。
彼は一人の剣を撥ね上げてから殴り倒し、即座にもう一人の脚を裂いて突き飛ばし、次いで三人目を蹴倒して踏み付けるとその肩口に刃を突き立てた。
「ああァッ……!」
「剣を収めろ」
倒れた兵たちが呻く中で、グレイが強い口調で言った。
それで接近戦は分が悪いと感じた兵たちが、弓を構える。
だがその時既に、グレイは剣を握る右手の人差し指で魔法を綴り終えていた。
「製鉄」
その詠唱によって幾本もの鉄の刃が飛び、矢を番えようとした兵たちの肩や腕や脚に突き刺さった。
悲鳴を上げる彼らを見て、その周囲の兵たちも動揺しているようだった。
そんな彼らに、グレイが再度「剣を収めろ!」と声を向けた。
「アルバートによる王国の支配は、間も無く終わる! お前たちが剣を振るう理由は、無くなるんだ!」
グレイは、そう断言した。
それから、やや語調を和らげて言葉を継ぐ。
「新たな時代のために剣を収める者は、このグレイ・クリストンが必ず守ると誓おう」
圧倒的な貫禄を感じさせる言葉と態度。
それはグレイが嘗てギルト王とたった二人で魔法王の討伐を成したことが事実であると、改めてフレアに認識させた。声を向けられた兵たちも、恐らく同じだろう。
その証拠に、彼らは剣を収めて跪いた。
グレイに降ったのだ。
「―――お父さん」
フレアが呼ぶと、彼が振り返る。その顔はもう、いつもの穏やかな父親のものだ。
それを見て、フレアの視界はぼやけた。
「ありがとう、助けてくれて……!」
「いや……、済まない。来るのに少し手間取ってしまった」
とグレイは返して、フレアの頭をぽんと優しく叩く。
「よく頑張った」
思わず涙が零れ落ちそうになるがそれを堪えて、フレアは後ろにいる二人を指し示した。
「―――それより、二人の治療を!」
「って言うか、サーシャさんを早く」
とニーナが、常より低い声で言う。
彼女は両手で、矢が刺さったままのサーシャの胸元を押さえている。……が、傷口周辺の衣は既に真っ赤に染まっていた。
「サーシャっ!」
とフレアが呼び掛けても、彼女の目が開くことは無い。
「リンドさんのためにも、絶対死んじゃダメですからね……!」
と言うニーナの声に対しても、応答は無い。
そんなサーシャを、グレイが抱き上げた。
「とにかく、部屋に運んでできる限りの処置を施そう。フレアは、その子を連れて来てくれ」
「うん!」
「私は大丈夫ですよ」
と返すニーナにフレアが肩を貸している間に、グレイは兵たちに王城から人が来ないか監視するように指示する。それから兵の中の負傷者と治療の心得がある者を連れて、素早く二階へ駆け上がっていった。
それに続きながらフレアは、サーシャの回復をただ祈ることしかできなかった。




