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不浄のアルバ  作者: 北郷 信羅
第6章 王都から未来を目指して
90/106

90.少女の不満

 ニーナは、今回の作戦に少々不満を抱いていた。

 理由は至って単純だ。リンドと行動を共にできないから、である。


「ニーナ。フレア」


 とダート・アルバートを討ったあの日の夜に二人の名を呼んだリンドは、こう続けた。


「―――お前たちは、クリストン邸へ向かってくれ」

「えっ」


 ニーナとフレアとが、同時に声を漏らす。

 そんな彼女らに対して、リンドは言葉を継いだ。


「魔法石の研究を実際に行っていたのは、ギルト王じゃない。研究の中心的な役割を担わされていたのは、グレイ・クリストンであるはずだ。だから研究成果について聞くなら、彼も確実に救う必要がある」

「でも、アルバートは王城に(つど)ってるんじゃないの」


 とフレアが、戸惑いがちな声を出す。


「それなのに、戦力を二つに割るのは……」

「そうですよ!」


 とニーナも抗議する。


「私もリンドさんと一緒に戦います!」


 しかしそれに対してリンドは、(かぶり)を振った。


「王城の方は、俺とアリアとで十分だ。俺たちで魔法石を手に入れる。だからお前たちは、クリストンを救ってくれ」

「それなら、フレアさんと魔女さんがクリストンに行けば良いじゃないですか! 姉妹なんだし―――」

「それは、駄目だ」


 とその提案にも、やはりリンドは頷いてくれない。


「魔法人二人では、アルバートがいた場合に対処できない。魔法は使えないし、剣を取って打ち合うには少々非力だ」


 そう言って、彼はニーナを真っ直ぐに見た。


「お前が頼りなんだ。お前が、フレアを手助けしてやってくれ」

「その言い方は、ちょっと(しゃく)なんだけど……」


 隣でフレアがぼそりと呟いていたが、そんなことはどうでも良い。


 きっと、そんな「繋がっている」理由だけでは無い。

 ニーナとフレアをアルバートから遠ざけ、守るためでもあるのだろう。

 家族の身を案じるフレアに、配慮した結果でもあるだろう。

 彼が口にしている理由は、恐らく一部に過ぎないのだ。


 だがそんな風に真摯(しんし)に頼まれてしまったら、ニーナとしては子供みたいに駄々を()ねることもできない。


「……はい」


 とニーナは、頬を膨らませ口を尖らせながら応えた。

 それでリンドも、安堵した様子で「ありがとう」と礼を言った。


 それから、その目をフレアに向ける。


「クリストン邸への潜入経路なんだが……」

「それなら心配要らないわ」


 とフレアがそれに言葉を返した。


「私が家を抜け出す時に使った道があるわ」

「そうか。それなら少し手間を取らせるが東側に回り込んで、俺とアリアが西門から突入した後に東門から忍び込んでくれ」

「うん」


 と応えて、それからフレアもまた「ありがとう」とリンドに言った。

 対して「俺のためでもある」と返した彼は、話を締め(くく)る。


「―――最終的にギルト王が負けを認めて魔法石と情報を差し出してくれれば、俺たちの勝ちと言うことになる。ただ、あの国王がそうして折れることは恐らく無い。だから、」


 と言って、そこで彼の言葉は一度途切れる。

 だが、すぐに吐き出すようにして彼はその続きを口にした。


「だから俺が……、ギルト王を討つ」


 リンドの明言にニーナはただこくりと頷き、フレアは心痛の面持ちを見せた。

 そんな彼女らに目を向けながら、リンドはふうと息を吐き出す。


「俺の話は、これで全部だ」

「……分かりました」


 ニーナはただ一言、そう口にした。


 *


 承諾したものの、やはりニーナは不満だった。

 故にこっそり忍び込んだ荷馬車の薄暗い荷台に揺られながら、彼女は帽子をぐいと深く被ってむっと口を尖らせていた。


 王都東方の最近に位置する小さな村で見つけたその商人の荷馬車は、がたがた揺れて乗り心地が悪い。王都と港町とを繋ぐこの道は石敷の旧街道のように整備されていないので、その所為(せい)なのかもしれないが。

 それにニーナが過去に馬車に乗ったのは、奴隷として売られたその時だけだ。故に馬車に対する潜在的な嫌悪感がある可能性も否定できなかった。


「ニーナ……、()い加減機嫌直してよ」


 隣から、フレアが困り気味の声で(ささや)いた。


クリストン邸(うち)にだってアルバートが待ち構えてるかもしれないんだから、ちゃんと協力しないと……」

「しますよ。しないとは言ってません」


 ニーナは小さな声でそう返す。そうで無ければ、嫌な思いしてまで馬車に乗りはしない。


 答えたニーナはフレアと逆の、馬車の進行方向へふいと顔を向けた。そして荷台を覆う布に空いた……否、空けた穴から薄曇りの外の様子を窺った。丁度右目で覗き込める格好なので、よく見える。色が薄まった左目だと、少々眩しいのだ。


 穴から見える景色が流れる速さは、予想通りだった。この速さなら狙い通り、間も無く王都の東門に着けるはずだ。

 そのことを確認しながら、ニーナは言葉を継ぐ。


「私は家族の大切さとか、よく分かんないですけど……。私にとってのリンドさんみたいな存在なんでしょう? だったら、助けますよ」

「……ありがとう」


 フレアは礼を言って、それから表情を引き締める。


「リンドは言わなかったけど、きっとサーシャのことも心配してるはずよ。彼女も今はうちにいるだろうから、一緒に助けないと」

「あぁ、リンドさんのお気に入りの使用人さんですね。リンドさんが喜ぶなら、助けてあげないことも無いです」

「随分と上から目線ね……」


 フレアが呆れ交じりの声を出した。


 その時突然、どんと遠方で何かが爆発したような音が鳴った。

 肩を跳ねさせるフレアの隣で、ニーナはふうと溜息を吐く。


「リンドさんたちですね。―――むぅ、私も一緒に行きたかったなァ」

「ちょっと、ホントに頼むわよ……」


 小さな声で言い合っていると、馬車が止まった。

 王都の東門に着いたらしい。


 ニーナは耳を()ます。

 その横で、フレアは呟く。


「このまま通れると良いんだけど……」

(うるさ)いです。聞こえない」


 フレアを黙らせて、ニーナは荷台の外の音に集中する。


 商人が馬車の御者台(ぎょしゃだい)を降りて門へ向かう音に続いて、彼の声が聞こえる。それに応える、恐らく番兵の声も。

 「何かあったのですか?」と商人が問い、それに番兵は「反乱だ」と返す。

 それから「念の(ため)荷物を(あらた)めさせてくれ」と言った。


「あ、ダメだ」

「えっ」


 ニーナの呟きに、フレアがぎょっとする。


「ダメって、どういう―――」

「来ます。フレアさんこっちよろしくです」

「はあ……!?」


 状況を()み込めていないフレアを余所(よそ)に、ニーナは御者台がある荷台の前方へ移動する。そして商人と番兵とが荷台の後方へ向かう間に、ナイフで前方の布を僅かに裂く。


 そこから門の状況を確認すると、待機している皮鎧を着た兵が一人見えた。商人といる兵と合わせて二人だけ。反乱に備えていたにしては、随分と少ない。

 他に内に控えている兵がいるのかもしれない。或いは、リンドたちの陽動が効いているのかもしれない。


 ニーナは瞬時に現状を把握すると、次の瞬間に勢いよく荷台から門へ向かって飛び出した。


「何―――!?」


 門の前にいた兵は、声を上げる間も無い。

 どんとニーナにとっては軽く小突く程度の一撃を皮鎧の鳩尾(みぞおち)付近に受けて、がくりとその場に崩れた。


 番兵が気絶したことを確認してから後方を振り返ると、そちらからは詠唱が聞こえた。


氷結(イーシェ)


 その声の直後に、ぱきぱきと荷馬車が凍り付く。

 そして「すみません」と言って、荷台からフレアが降りてきた。


「フレアさんお見事ー」

「あんたもうちょっと説明しなさいよ……」


 ぱちぱちと拍手して雑に称賛するニーナに、フレアはじとと視線を向けながら言う。

 だがニーナにしてみれば、時間も無い中でフレアにはそれで十分伝わると判断しての行動だった。実際それでフレアは適当な行動を取れているわけであるし、問題あるまい。


 故にニーナは無視して、くるりと門の方へ向き直った。


「早く行きましょう。さっさとクリストンと使用人さんを助けて、リンドさんと合流しますよ!」

「ちょっと、……もう」


 フレアは諦めた様子で息を吐くと、門へ寄るニーナを追ってくる。


 東門は閉ざされていた。(かんぬき)が掛けられているのだろう。だが魔法王都の時のように、街を囲う石壁から矢が放たれるようなことは無い。

 ニーナたちは、容易(たやす)く門に近寄ることができた。


「どう? まだ控えてる兵は居そう?」


 門の傍で聞き耳を立てるニーナに、フレアが小さな声で問うてくる。

 それにニーナは、首を傾げて見せた。


「うーん」

「何、どっち?」

「兵士って言うか……、多分街の人のざわざわ言うのが聞こえます」


 答えると、フレアは怪訝な顔をした。


「どういうこと? 街の人たちは避難してないの? ギルト王なら私たちの行動を読んで、戦うことになることもその時期も分かってたはずよね……?」

「いや、知らないですけど。―――ただ、この門の兵の数を見るといつも通りって感じですよね。隣の村の商人も、荷馬車出してたわけですし」


 未だ凍り付いたままの荷馬車に目をやりながら言うと、フレアがはっと何かに気付いたような様子を見せた。


「まさか、街の人たちは何も知らされてないんじゃ……!」

「あぁ、私たちが暴れ(にく)くなるようにしたんですね」


 淡々と納得の声を上げたニーナに対して、フレアは冷静で無さそうだった。


「街の人たちを盾にするなんて正気じゃないわ! 何とかして皆を助けないと……!」

「それより私たちはクリストンを助けないとでしょう」

「『それより』ってことは無いでしょ!?」


 とフレアは言い返してくる。


「放っておいたら危ないわ!」

「平気ですよ。街の人たちだって馬鹿じゃないんですから、逃げますよ」


 言って、ニーナはぴんと人差し指を立てる。


「それに、先に街に突入してるのはリンドさんですよ? 怪我させないようにするに決まってるじゃないですか」

「……それは確かに、そうかもだけど」

「まァ、魔女さんはどうか分からないですけどね」

「ちょっと!? 今納得しかけたのに!」


 声を上げるフレアに対して「冗談ですよー。大丈夫大丈夫」などと雑に返しつつ、ニーナは門の上方を見上げた。


「とにかく、街に入りましょう。門壊すと騒ぎになりますし、私が上から行って開けます」

「……そうね。任せたわ」


 フレアから委任を受けたニーナは、だんと強く地を蹴る。

 それで彼女の身体は高く跳ね上がって、大きな門の上端まで到達した。

 ニーナはそこへ手を掛け、小さな「よいしょ」と言う掛け声と共に門の上へ登る。


 門の上からは、街の様子を一望できた。

 東西の門を繋ぐ大通りや、そこから北方の石城へ向かって伸びる大通りが見える。

 城の隣にある大きな建物が、恐らくクリストン邸なのだろう。中央がぽっかり空いた不思議な形をしている。

 城と邸宅があるその北端の領域は、それより南の街の領域と明確に区切られていた。区切っているものは水路だとフレアから聞いていた。上から見えるのはそこだけだが、実際には街の地下をあちこち走っているらしい。


 ニーナの目は、街の中を動く人々の姿も捉えていた。

 兵たちが城へ向かって伸びる中央の大通りに集う様子が見える。そして対照的に、そこから街の人々が逃げていく様子も見られた。

 その中央の通りには、リンドとアリアの姿も確認できた。白い衣を纏った灰色の髪の男と睨み合っているように見える。


「ニーナ、大丈夫?」


 とそこへフレアが声を掛けてきた。


「あんまり上にいると、目立つわよ。特にあんたの白い髪は……いや、そうでもないか」

「曇ってますからね」


 白雲が掛かった空は、ニーナの純白の髪によく馴染んでいるのだろう。―――とは言え、それは髪だけの話だ。長居すべきで無いのは確かだった。


 ニーナは門から人々が離れていることを確認すると、さっとその上から街の中へと飛び下りる。

 そして素早く門の金具に通された横木を外して、ぎっと押し開けた。


「早く入って下さい」

「ありがとう」


 フレアを招き入れると、ニーナはすぐにまた門を元通りに閉める。

 そしてフレアと共に、路地へと入った。


 ここからは、フレアの案内に従って進む。


「―――どこにあるんですか? その隠し通路は」

「この近くにあるわ」


 その背を追いながら問うと、彼女はそう答える。

 そうして何本かの細道を右に左に折れ進みながらも、フレアは街の人々の身を案じていた。


「街の人たち……、本当に大丈夫かな」

「大丈夫ですよ。リンドさんが一緒にいる以上、魔女さんも乱暴な真似はできないです」

「いや、アリアを信用してないわけじゃなくて……」


 とフレアは返してくる。


「アルバートは、何するか分からないし……」

「でも、リンドさんがいるから―――」

「……あんたはリンドのことばっかりね」


 フレアが苦笑しながら言った。

 それに対してニーナは、くりっと小首を傾げる。


「ダメですか?」

「別にダメじゃないけど。私もあいつのことは、……信じてるし」


 ぼそりと漏らされる呟きも、ニーナの耳には十分届いていた。


 それからフレアは、頭を振って前を見据える。


「私たちの所為(せい)で、危ない目に遭ってる人たちがいる。だったら尚更、私たちは失敗できないわよね」

「うーん。よく分かんないです」


 とニーナは、そう応えた。


「私の大事なものは、一個だけなので」

「……これからきっと、もっと増えるわ」


 言ったフレアは、不意にその足を止めた。

 どうやら、目的地に着いたらしい。


 フレアが体を向けたそこには、一軒の家が建っていた。

 周辺の建築物と変わらない石造りの家だ。


「何か、普通ですね」

「当たり前でしょ。目立ってどうするのよ……」


 ニーナの感想に、フレアが呆れ交じりの声を向けてくる。

 それから家の戸を押すが、扉は開かない。


「鍵掛かってるんじゃないですか?」

「うん。ちゃんと閉まってるみたいね」


 フレアはそう答えて、指先で(くう)を掻く。

 そして、詠唱した。


製鉄(イローネ)


 その声で、彼女の手には小さな鍵が出来上がる。


「うわ、便利ですね。それ使えばどこでも入れちゃうじゃないですか」

「そんな都合よくはいかないわよ……」


 ニーナの言葉に、フレアはそう返す。


「それぞれに合った鍵の形を知らなきゃ作りようが無いし、これは何度も練習してるから綺麗にできるの。ここの鍵は使ったらすぐ処分することになってるから、作れないと困るのよ」

「ふうん……」


 クリストンが作る「魔法の鍵」でしか、この扉は開けられないと言うわけだ。

 (もっと)もニーナであれば、力尽くで開けることもできそうだが。


 そんなことを思っていると、フレアが「あれ?」と怪訝な顔をした。


「何ですか、鍵作り失敗しました?」

「そんなわけ無いわ。間違ってるわけ……」


 言いながらフレアはがちゃがちゃと鍵を扉の穴に突っ込もうとするが、どうも合っていないらしい。

 それでニーナは、思い付く原因を口に出す。


「場所を間違えてるとか?」

「有り得ないわ。絶対にここよ。間違い無い」

「なら、扉が間違ってるとか」


 ニーナの発言に、フレアが眉根を寄せた。


「何言ってんの? 何で急にそんな子供じみた―――」

「いやそうじゃなくて、扉()わってるんじゃないですかって」

「え?」


 とフレアは声を漏らし、扉を()めつ(すが)めつする。


「……分かんない。でも、そんなことしてないと思うけど」

「まァ、どっちでも良いです」


 言ってニーナはフレアを押し退()けると、扉を一蹴した。

 それでばきっと音立てて、扉は奥へ吹っ飛んだ。


「ちょっと! そんな乱暴な―――!」

「だって、フレアさんがもたもたしてるから」


 とニーナは悪怯(わるび)れずにそう返す。


「困るなら、新しいの付けとけば良いじゃないですか。ほら、木の魔法でちゃちゃっと。オードでしたっけ?」

伐木(ウォーダ)よ。て言うか、そんな簡単には―――」


 言いかけて、フレアははっとした様子を見せた。


「誰かが()じ開けて、その後に新しい扉を取り付けた……!?」


 呟いた彼女は、(せわ)しく家の中へ駆け込んでいく。

 ニーナもそれに続いた。

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