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不浄のアルバ  作者: 北郷 信羅
第5章 幾つもの正義が魔法王都に集いて
80/106

80.聖女と王城で待つ者

 ニーナが破壊した三つ目の門を駆け抜けながら、フレアは耳栓を外す。

 そこへリンドの声が聞こえてくる。


「このまま中央を突っ切る。この先にあるのが王城の門なら、兵はそこを死守するために集められているはずだ。後ろから来る連中との挟み撃ちに遭う前に、城へ突入する」


 それに「うん」と応えようとした所で、不意に左の肩を抱く形で引き寄せられた。

 驚いてそちらへ視線を向けると、目の前にリンドの顔があった。


 彼は、フレアの耳元で告げる。


「お前はここだ」

「そっ……、そんな近づかなくても、聞こえるから……!」


 ぐいと押し退()けようとするが、彼は構わず続ける。


「離れるなよ」

「いや、別に……、は、離れないし……」


 ふいと顔を背けながらぽしょりと応えていると、彼が少し身を屈めた。

 見れば、もう一方の手でニーナの肩を掴んで同じように告げていた。


「ニーナは後ろだ。傍にいろ。先行するな」

「はーい」

「……」


 さらに彼は二人から手を離すと、後方を走るロゼにも「近くにいろ」と指示した。

 それから、こちらに怪訝そうな視線を向けてくる。


「―――何だ」

「別に……」


 と返すと、彼はそれ以上詮索してこずに前を向いた。そんな暇は無いのだ。


「魔法は俺が防ぐ。矢はフレアだ。良いな?」

「分かった」

「ニーナは門に近づくまで後ろに控えていろ。不味(まず)い時には、蹴っ飛ばしてでも俺たちを回避させてくれ」

「任せて下さい!」


 言葉を交わしながら街へと入り螺旋(らせん)状に続く大通りを進む間に、敵兵からの攻撃は無かった。リンドの読み通り奥で態勢を整えて待ち構えているのだろう。


 考えている内に、道の傾斜と曲がりが終わる。そこからは真っ直ぐに通りが続き、その先に高く(そび)える石城が見えた。

 すると早速、門の方から炎の波が押し寄せてくる。

 対してリンドが数歩先行し、剣を振り薙いだ。黒い刃が伸び、炎の波を裂いて消し去る。


 しかしそこへ次いで、矢の雨が降ってくる。

 そこで今度はフレアが前へ出て、綴っておいた魔法を詠唱した。


製鉄(イローネ)!」


 その声に応じて鉄の壁が現れ、矢を弾く。

 攻撃を凌ぐと、再びフレアたちは走り出した。


 リンドと二人並んで駆けるその前方の門からは、次々と矢が射られ炎や氷や岩の魔法が放たれる。

 フレアとリンドとは、それらを交互に或いは同時に防ぎながら進んでいく。


 リンドの退魔の力は、以前は彼の左手を中心に球体状に広がっていた。そのため傍にいるとフレアは魔法が使えなかったのだが、今は違う。

 仲間を苦しめないように力を使わなかった彼は、仲間を守るために力を自在に操っていた。

 影響を及ぼす範囲は絞られている。そうであれば、彼の力が視えるフレアはそれを避けて魔法を使えば良い。

 今なら、フレアは彼の隣で共に戦えるのだ。


 徐々に門が近づく。

 するとそこから、(あか)い鎧を身に纏った兵士たちがざざと外に出てきた。

 それを見て、リンドが後背にちらと目を向けた。


「ニーナ、俺を向こうに吹っ飛ばしてくれ」

「え、危なくないですか?」

「問題無い。フレア―――」

「分かってる!」


 とフレアは彼の声を待たずに返す。

 そして次の魔法を既に綴り終えた右手を、前方へと差し向けた。


 言われなくても分かるし、求められなくても守る。

 故に彼女はもう、準備できていた。


「ソニトゥス―――」

「ちょっとフレアさん!?」


 フレアの声に、ニーナが慌てて耳を(ふさ)ぐ。

 敵兵もまた、同じだった。皆、耳を塞いだ。


 だが、そうなることは当然分かっている。


「……氷結(イーシェ)っ!」


 嘘の詠唱(・・・・)を止めて、フレアは実際に綴った(・・・・・・)魔法を詠唱する。


 その彼女のよく通る声によって、氷結の波がぱきぱきと王城の門に押し寄せた。

 そして門の前で諸手を挙げた格好の兵士たちの身体を、一気に固めた。


 それを確認して、フレアはふんと息を吐いた。


「音魔法には、こういう使い方もあるのよ」

「私も心臓止まるかと思ったんですけど……」


 とニーナからは文句を付けられるが、無視する。

 敵を(だま)すために、味方ごと騙す方が良い場合もあるだろう。現にニーナの素直な反応は、フレアの行動の真実味を演出してくれた。


「ニーナ!」


 リンドが声を上げた。それにニーナが「はい!」と応じる。

 そして前方に向かってやや高く跳んだ彼の足裏を蹴付け、勢いよく()ね飛ばす。


 一気に門の傍まで飛んだリンドは、そこで左手に握った剣を大きく振り薙いだ。

 空中で右下から左上に向かって一回。そして剣を返しながら着地して、左下から右上に向かってもう一回。

 その剣先から伸びた大きな黒い刃は、後ろの門と一緒に兵士たちを捉えた。それで門の前にいた彼らは、氷が消えると同時にばたばたと気を失って地面に伏す。恐らくここから見えない門の傍に控えていた者たちの多くも、同様だろう。


 そうなってしまえば、後はこれまでと同じだ。

 ニーナが吹き抜ける風のように駆けて門まで至ると、それを猛烈な勢いで蹴る。叩く。

 フレアもそれに続いた。


「開かせてもらうわよ……!」


 呟きながら、魔法を綴る。そして詠唱する。


落石(ローシック)!」


 声に応じて、ニーナの斜め上方に大きな岩石が叩き付けられた。

 その衝撃とニーナの強烈な蹴りの衝撃とが重なる。


 そして門の片側が内に向かって倒れ、どおんと派手な音を立てた。


「―――開いた」


 思わず声を漏らすと、ニーナがちろっとこちらに目をやる。


「私も潰されるかと思いましたよ……」

「あんたには当たらないように狙ってるわよ、ちゃんと」


 とフレアは言い返す。


「私を誰だと思ってるの? クリストン家当主の娘よ? そんな失敗するわけ無いじゃない」

「ホントですかね……」

「喧嘩は後にしろ。行くぞ」


 リンドが二人を制し、それから後方へ目を向けた。


「あんたの出番だ。王座がある所まで案内してくれ」


 その声を受けてロゼは、小さく深呼吸した。

 そうしてやや間を置いてから、静かに答える。


「―――分かりました」


 言って、城の奥へと歩き出した。


「ホントに信じて大丈夫かしら……」


 思わずフレアは呟くが、その横をリンドが抜けていく。


闇雲(やみくも)に探し回っていたって大して変わらない。行くぞ」

「怖いなら、外で待ってても良いですよー」


 と言いながら、ニーナも迷うこと無く彼に続いた。

 それでフレアは、はあと息を吐く。


「……また変な男に絡まれるのは、ごめんだわ」


 そう口にして、彼らの後を追った。


 *


 螺旋(らせん)の街を抜けて辿り着いた石造りの王城は、その中も街と同様の構造になっていた。

 外壁に沿った通路を行くと、半周ほど回った所で内に折れる。そして中央を直線的に突っ切ったと思えば、また外壁に沿った階段がある。


 要するに、上へ行くために非常に時間を要する造りになっているのだ。魔法王都全体についても言えることだが、アルバートとの攻防を繰り返してきた歴史を持つが故に「攻め(にく)さ」を徹底している印象だ。

 攻められることを知らない単純な構造のアルバートの城とは、全く異なっていた。


 ―――だが、その難攻不落の城の中を歩くフレアは違和感を覚えていた。


「……仕掛けてこないわね」


 ロゼの道案内に従って進むフレアたちの前に、敵兵が姿を現さないのだ。


「外にいたので全部なんじゃないですか?」

「まさか」


 ニーナの意見に、フレアは否定的な声を返す。

 兵は出払ってしまった、なんてことがあるはずは無い。どこかにいるはずだ。


 (いぶか)しむフレアに、リンドが別の意見を述べた。


「睨み合っているのかもしれない」

「誰と誰が?」

「王城軍と前王軍が」


 問うと、彼はそう答える。


「門の兵がお前に向けて言ってた通り休戦したって言うなら、アルバート(おれ)たちの件が済んだら決着を着けると言うことだろ。だからその時のために、両軍共この戦いであまり消耗したくないんだ」

「でも私たちに攻め落とされちゃったら、共闘した意味無くない?」

「ああ。だが俺たちに辛勝してその後に王座を奪われたなら、それも意味が無い。―――結局その場凌ぎの共闘なんて、成るはずが無いんだ。『ラーク』とやらは、判断を誤ったな」


 そのリンドの言葉に、フレアははっとして彼の袖を引く。

 そして、やや声を落として言う。


「―――ちょっと。ロゼ(かのじょ)その人に仕えてるって言ってたじゃない」

「だから?」

「あんまり迂闊(うかつ)なこと言って、刺激しない方が良いでしょ」


 フレアたちは今、行く先を「ラーク」の侍女に(ゆだ)ねているのだ。彼女の機嫌次第では、とんでもない所へ放り出される可能性もある。


 しかしリンドに、彼女の懸念は伝わらなかったようだ。

 どころか、彼はわざわざ訊く。


「ロゼ、気に(さわ)ったか?」

「ばかっ、訊いてどうすんのよ―――」

「いいえ」


 としかし、ロゼは前を向いたまま淡々と答えた。


「お気になさらず」

「だそうだ」

「だそうだって……」


 その回答を馬鹿正直に真に受ける人間があるだろうか。

 リンドなら有り得る気もする。―――が、他方で何か意図があってそういう態度をとっている気もする。

 つまり、読めない。


 はあと思わず溜息を吐いていると、前を行くロゼの足が止まった。

 見ればその前方に、大きくて荘厳(そうごん)な扉があった。


「人の気配がしますよ」

「ああ」


 ニーナの声にリンドが頷きを返し、ロゼを見る。


「この先は?」

「広間になっています」


 と彼女は答える。


「この部屋の奥にある扉を抜けて廊下を進んだ先に、謁見(えっけん)の間があります。この広間は、王様を訪ねる客人を持て成す場になっております」

「持て成す、ね……」


 繰り返しながら、フレアはちろりとロゼに刺すような視線を向ける。

 さぞ派手な出迎えが待っていることだろう。


 しかしそのフレアの視線に対して、ロゼはゆっくりと(かぶり)を振った。


「王座はこの先に、確かにあります。心配要りません。きっと、我が(あるじ)があなたを迎えて下さいます」


 彼女はそう言うが、フレアとしては信じ(がた)い。

 だが一方のリンドは、さっさとロゼの横を抜けて扉に手を掛けた。


「ちょっと、リンド―――」

「他に当ても無いんだ。行かせて貰うとしよう」


 そう返した彼が躊躇(ちゅうちょ)無く扉を開くと、その先に大きな空間が広がっていた。

 壁際を豪華な赤い垂れ幕が囲っており、(まさ)しく上流階級の人々のための催しが開かれそうな場だ。

 しかし今、そこには物が何も置かれていない。すっかり片付けられているようだった。お陰でフレアの目はすぐに、奥の階段を上がった所にある扉を捉えた。その扉の向こうに、謁見の間があるらしい。


 すぐにでも向かいたいところだが、ただフレアの目はそれとは別にもう一つのものを捉えていた。否、「もう二つ」と言うべきか。


 広間の中央に、二人の人間が立っているのだ。

 一人は、剣を携えた長身の若い男。男にしてはやや長めの髪は茶色で、引き締まった表情で背筋をぴんと張った立ち姿には迫力がある。

 もう一人は、金色の髪を左右で結わえている少女だ。丸い眉も、睫毛(まつげ)も金色をしている。ニーナよりは年上と思われるが、小柄で細い手足やちらと覗く八重歯から、あどけなさを感じた。


 どちらも、フレアは初めて会う相手だ。

 だが、リンドは違うようだった。


「作戦は、上手くいったようだな」


 と彼は、金髪の少女の方へ声を向ける。

 それに対して少女は、ふんと胸を張って見せた。


「ああ。貴様がマーシャルを潰してくれたお陰だ。大儀であった」

「何アレ何サマ? リンドさんあのチビ殴っても良いですか?」

「ミネア・ソートリッジサマだ。殴るなよ」


 ぐっとニーナが拳を握るが、それを制してリンドは淡々と続ける。


「大儀と思っているなら、下の兵たちにしっかり伝えておいて欲しかったな」

「それは済まなかった」


 と少女ミネアは、微塵も済まなそうな素振りを見せずに言った。


何分(なにぶん)、王城にいた兵士共は融通が()かなかったからな」

「成る程、それは承知した。―――なら、本題だ」


 そう言って、リンドは不敵な笑みを浮かべる少女を見据える。


「約束の褒美をくれ」

「褒美?」

「ああ。魔法の起源に関する情報」


 彼の言葉を聞いたミネアは「あぁ」と今思い出したような嘘臭い演技をして、それから自分の背側を指差した。


「それなら、『王座へ辿り着けたなら』と話したはずだ」

「辿り着けただろ?」


 とリンドは首を曲げる。


「それとも、『まだ行っていない』とでも言うつもりか?」

「いいや、行ったとも。私はな」


 そう返して、ミネアは彼を見返した。


「だが、お前はまだだろう? 私は、お前が(・・・)王座に辿り着けたら教えてやると言ったんだ」

「―――そういうことか」


 とリンドは、納得した様子で言う。

 そして、前へ踏み出す。


「なら、すぐ行って―――」


 しかしその次の瞬間、ミネアの隣にいた男が飛び出した。そして素早く右手で剣を抜き、そのままリンドに向かって振り薙ぐ。

 がんと、鉄と鉄とがぶつかり合う音が広間に響いた。


「……お前が、『ラーク』か」


 リンドが、左手で抜いた剣で相手の剣を受け止めながら問う。

 それに対して男も、退()かずに答える。


「俺のことを知ってるのか?」

「ああ、ミネアから聞いた。―――王城側の統率者なのに、ひらひら(なび)いて良いのか」


 リンドの言葉に、男―――ラークがぎりと歯噛みして剣を払った。

 その力に押されて、リンドが後方へ跳んだ。


「貴様に何が分かるッ……!」

「何も」


 とリンドは答える。

 そして再び、ラークに向かって駆けた。


「だから言えることもある」

「黙れ! あんな伝言寄越して挑発して、今度は説教か!?」

「伝言?」


 とその言葉にリンドが眉根を寄せる。


「そんなもの送った覚えは無いぞ」

「ふざけるなッ!」


 ラークは剣を素早く振るってリンドを攻撃する。

 それの扱いには()けているようで、動きに(すき)が無い。リンドも劣っていないが、優勢とも言い(がた)い。

 ただ、リンドは(すこぶ)る冷静だ。いつもの淡々とした口調で、ラークに声を向ける。


「それより、指揮する人間がこんな所に引っ込んでいて良かったのか? その所為(せい)か兵の動きが鈍かったぞ」

「事情も知らずに口を挟むな!」


 二つの刃が激しくぶつかって弾き合い、再び二人の距離が離れる。

 そこでリンドが、今度はちらと後方に目をやった。


「―――そう言えば、街でお前の侍女を拾ったぞ。ここまで連れて来てやったんだ、礼くらい言って欲しいな」

「侍女だと……?」


 と怪訝な顔をして、ラークは彼の視線を追う。

 だが、すぐに吐き捨てるように言った。


「そんな女は知らない! 勝手なことを言うな!」


 そして再び、リンドに斬り掛かってくる。


「……どういうこと?」


 とフレアが声を向けるが、当のロゼは下を向いて黙っている。

 その様が主に対して絶望している様なのか、将又(はたまた)全く別の感情を隠している様なのかは分からない。


 それを見定めるのは、後で良いだろう。

 フレアは前を見据えて、先の展開を考えながら魔法を綴る。―――と、そこでリンドとラークの戦いを挟んだ向こう側に立つ少女と目が合った。


 ただ立つ少女。

 その口元が動く。

 ふ、い……。


「―――ニーナっ!」


 危険を感じて、フレアはニーナに呼び掛ける。

 その声を受けて、ニーナは何も問わずにフレアに体当たりした。


 二人で横へ身を投げたその直後に、炎が傍を駆け抜ける。


「外したか。よく(かわ)したな」


 ミネアは(えら)そうにそう評して、さらにまた詠唱する。


氷結(イーシェ)


 綴ること無く立て続けに唱えるその声に応じて、今度は氷結の波がこちらに迫る。―――が、


「ぐっ……!」


 黒い領域に呑まれて、ラークとミネアとが苦しげな声を漏らした。

 無論、氷も幻のように消え去っている。


「そう言えば、お前は綴りが要らなかったな」


 言いながら、リンドは剣を振るってラークを()()ける。

 魔法王国でも……否、本来この魔法王国でこそ「退魔の力」は使われるべき力なのだ。


 彼の力がある限りソートリッジの魔法が綴りを必要としないとしても、大勢に影響は無い。


「今更無綴(むてい)の魔法を見せられたくらいで、驚くもんですか」


 呟きながらフレアが立ち上がろうとすると、くいと袖を引かれた。

 そして耳元で、ニーナが囁く。


「―――分かった」


 彼女の言葉に頷いて、フレアはすぐに魔法の綴りを完成させた。

■登場人物(キャラクターデザイン:たたた たた様)


【ラーク・ロイド】

挿絵(By みてみん)

魔法王都の兵の統率者。やや長めの茶髪が特徴的な若い男。剣術に長けている。親交の深い魔法王の娘ミネア・ソートリッジと事を構えるのを避けるため、彼女が率いる前王軍を受け入れてリンドたちに対する共同戦線を張った。

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