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不浄のアルバ  作者: 北郷 信羅
第5章 幾つもの正義が魔法王都に集いて
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79.聖女が切り開く道

 突然目の前に現れたニーナに、フレアは驚く。


「……いたの?」

「いましたよ! ちゃんと確認して下さい!」

「確認って……」


 思わず呆れ交じりの声が出る。敵地の中を細かく確認して回れるわけが無い。

 しかし対するニーナは、びっと自身の後方を指差してさらに言った。


「確認しないから、リンドさんが」

「えっ?」


 その言葉を聞いて彼女が示した路地の方を見やれば、そこでリンドが壁に寄り掛かって右側頭を押さえていた。

 傍には、見知らぬ赤いローブを纏った短い茶髪の女も(うずくま)っている。


「あれは誰?」

「フレアさんの代わりです」

「はぁ!?」


 勝手に穴を埋められては、フレアの立場が無い。

 彼女は即座にリンドに詰め寄った。


「ちょっとリンド、どういうこと!? 説明して!」

(うるさ)い静かにしてくれ。まだ頭ががんがんしてるんだ」


 対してリンドが、ちろっと恨みがましい目を向けてくる。

 それで止む無く、フレアは不満げに口を噤んだ。

 そんな彼女を余所に、リンドは指示を出す。


「―――取り合えず、この門を今の内に抜ける。ニーナやれるか?」

「うーんと……、ちょっと抑えめなら」

「私が手伝うわ」


 言って、フレアはすぐに魔法を綴り詠唱する。


落石(ローシック)!」


 その声で天から大岩が降って、門を直撃した。

 どおんという衝突音の後に、みしみしと門が(きし)む音が鳴る。


 そこへニーナが素っ飛んで行き、弱った門の片側を叩き蹴付ける。

 それで門は、さして時を待たずに倒れた。その先にも、まだ街が続いているようだった。


「行けるか?」

「はい……」


 道が開けると同時に、リンドが赤いローブの女に声を掛けて共に門を抜ける。

 フレアとニーナもそれに続いた。


「―――それで? その人誰なのよ」


 前を行くリンドの背に向かって問うたつもりだったが、隣でニーナが肩を竦めた。


「よく分かんないです」

「よく分かんないのに連れてきて大丈夫なの!?」

「さあ?」


 ニーナとのやり取りでは(らち)が明かない。

 フレアは門を抜けた先の街で再び路地に入ったリンドを追って問う。


「リンド、どういうこと?」

「彼女はマーシャルの側近に仕えている『ロゼ』と言う侍女らしい。急に王城から追い出されたから戻って文句を言いたいそうだ」

「……はぁ?」


 彼の話を聞いても、「なるほど」と納得はいかなかった。何故敵方の人間のそんな個人的な用事に付き合ってやらねばならないのだろうか。

 思わず眉根を寄せるフレアに、彼は言葉を継ぐ。


「王城の中なら案内できるらしい。役に立つかもしれない」

「かもって……。それを言うなら、(だま)されてるかもしれないじゃない」


 言葉を返すと、しかしリンドは「問題無い」と言った。


「それならそれで、乗っからせてもらう」

「そんな、わざわざ罠に掛かりに行くなんて―――」

「フレアさん無駄ですよ」


 とそこへ、ニーナが割って入ってくる。


「忘れちゃいました? リンドさんこういう時頑固です」

「……覚えてるわよ勿論(もちろん)


 言われてフレアは、はあと溜息を()いた。


「私だって、一緒に旅してきたんだもの」

「理解が早くて助かる。お前が仲間で良かった」


 リンドが淡々とそう言った。性格を直す気は無いらしい。

 それから彼は、さらに言った。


「―――ただあの嫌な音は、隣で聞きたくないな」


 それを聞いて、フレアは固まる。

 頬が熱くなった。


「……聞いてたの」

「あれだけでかい声出してれば、嫌でも耳に入る」

「いや、あれは―――!」


 (はず)みで言っただけ……と口にしようとして、フレアはそれを()めた。

 違う。勢みなどでは無い。


「あれは、……本心よ」


 言うと、リンドは少し驚いた様子で目を(しばたた)いた。

 そんな彼の腕を掴んで、引き寄せる。


「だから、嫌って言っても離さないからね」


 頬が火照るのを感じつつも、フレアは言い切った。

 そのまま、彼と見合うだけの時が流れる。―――が、それはすぐに破られる。


「動ける者は(のぼ)れ!」

「クリストンが合流したぞ! 謎の魔法を使っている!」


 遠方から、ざわざわと声が聞こえてきた。

 これまでに突破してきた場所に残っていた兵たちや、奥にまだ控える者たちの声だ。


 それらの声で我に返った様子で、リンドが先にフレアから視線を逸らした。


「進もう。ミネア・ソートリッジに用があるんだ。彼女は、恐らく王城にいる」


 その声にフレアは「うん」と応じ、路地を走り出した彼に続く。

 今は、今のことだけ考えるべきだ。先のことは、先を切り開いてから考えれば良い。


「―――ミネア・『ソートリッジ』ってことは、マーシャルの前の魔法王の一族の人間よね?」


 とフレアは、彼の背に向かって声を向ける。


「つまり『前王軍』の人間だから、あんたと一緒に行動してたんじゃないの? そんな話を聞いたけど」

「俺がマーシャルとやり合っている間に、王城側と交渉を成立させたらしい。今は協力してアルバート(おれ)たちを倒そう、とかそんな話で纏まったんだろ」


 その話に違和感を覚えて、フレアは思わずふうと息を吐いた。


魔法王(マーシャル)抜きで、そんな話が決まっちゃったのね。……彼が(ひが)んでたわけだわ」

「あいつはどう見ても王なんて柄じゃない。据えられただけなんだろうな」


 とリンドが言葉を返してくる。


「実際の統率者が別にいるはずだ。例えば『ラーク』って奴は、ミネアが当てにしていた。前王寄りでそれなりの権力を握っていると睨んでいるんだが―――」


 そう言って、彼はロゼの方を見た。


「知っているか?」

「はい。(おっしゃ)る通り、ラーク様は現体制の実質的な統率者です」


 と彼女は答える。

 そして若干の間を置いて、言葉を足した。


「―――私が仕えている側近と言うのも、ラーク様のことです」

「……なるほど」


 リンドは納得したようにそう言うが、それがどこまで本当の話かは疑わしい。

 フレアは訝しむような視線を送るが、ロゼは何の反応も見せなかった。


 その間に、上り坂の路地は壁に突き当たって中央通りの方へと折れ曲がった。


「うわ……、また門ですか」


 ニーナが心底嫌そうな顔をする。

 もう三つ目の門だ。マーシャルとの戦いでも力を使ったであろう彼女は、それなりに消耗してしまっているのだろう。


「あと幾つある」


 リンドがロゼに訊いた。

 それに対して彼女は、やや考えるような時間を取ってから答える。


「―――二つ、です。この門を越えるともう一つ街があり、その先の門が王城へ繋がっています」

「本当でしょうね?」


 フレアが問い掛けると、ロゼは「はい」と静かに答える。

 嘘を吐いているようには見えない。吐き慣れているのかもしれないが。


 フレアの疑心を余所に、リンドは路地から門の様子を窺う。


「作りは同じだな。―――こっちの手を全て見せてしまっている分、さっきより()が悪いか」

「関係無いわよ。私の魔法は、盾で防げるような(たぐい)のものじゃないんだから」


 言ってやるが、返答が無い。

 見れば皆、耳を塞いでいた。


「……いや、まだやらないから」


 呆れ交じりに言いつつリンドの袖を引き首を横に振ると、ようやく彼らはその手を下ろした。

 それからフレアは、リンドに耳栓を渡す。


「これで耳塞いで。―――ニーナには渡してあったわよね?」

「さっきは急だったから入れる暇も無かったですけどね」


 じととニーナに視線を向けられて、フレアは「悪かったってば……」と声を返す。

 それから、その目をもう一人の方へちらと向けた。


「悪いんだけど、三つしか用意が無くて……」

「えー。フレアさん意地悪ー」

「あんたは黙ってて!」


 茶々を入れてくるニーナにフレアは言い返す。


「こんな状況想定して無かったのよ!」

「あの、私は大丈夫ですから―――」

「これ使え」


 間に入ろうとしたロゼに、リンドが今し方受け取った耳栓を渡した。


「え? でも……」

「フレア、魔法で作れるだろ」

「作れるけど、退魔の力を受けたら消えちゃうし……。()してあんたが着けるんじゃ、あんまり意味無いと思うんだけど」


 この戦場においては、すぐに消失してしまうだろう。

 しかしリンドは、首を横に振った。


「違う。俺はお前の使い古しで良いって話だ」

「え……、私が魔法素材の使うの!?」


 驚くフレアに、またニーナが寄ってくる。


「フレアさんってば、リンドさんに使い古し渡すの恥ずかしいんですかー?」

「いやそうじゃなくって! それじゃ私が危険じゃない!」


 ニーナを押し退()けながらリンドに文句を付けると、彼はいつも通りの涼しい顔で淡々と応える。


音魔法(あれ)使うお前なら、一番危険性は低いだろ。退魔の力で消えたら、詠唱を止めれば良い。それにその状況なら、どの道魔法は使えなくなるだろ」

「詠唱した後に消えちゃったらどうするのよ……」


 とフレアはぼやく。しかしリンドの言うことも分かるので、渋々の(てい)ながら彼に自分の耳栓を渡した。

 そして横から「すみません……」と言うロゼに(かぶり)を振って応えると、すぐに魔法で耳栓を作り始めた。「伐木(ウォーダ)」で小さな木片を生成し、「織布(スロトフ)」で作った布切れで覆う。


 フレアが作業している間に、リンドは各自の役割について指示した。


「さっきと同じように、フレアの音魔法で番兵を黙らせてニーナの怪力で門を破る。後ろから来る兵は俺が受け持つ。恐らく向こうも多少は対策して音魔法一発では静かにならないから、その後もフレアはニーナを援護してくれ」

「分かった」

「任せて下さい! 頑張りますよ!」


 フレアに続いて、ニーナもぱんと拳で掌を打った。

 それでリンドも、うんと頷きを返す。


「そうしたら、始める。これから門を突破するまで、声の指示は無しだ」


 言ってリンドは耳栓をすると、路地を引き返した。

 それを合図に、ニーナとロゼも耳に栓を入れる。


 そしてフレアも、できたばかりのそれを着けて顔を上げた。


「―――行くわよ」


 聞こえないであろう声を出しながら、フレアはニーナたちを見やる。

 対して二人が、こくりと頷いた。

 それを確認して、フレアは魔法を綴る。二度目の音魔法だ。


 後ろからの攻撃は、心配しなくて良い。リンドがいる以上、絶対にここへは来させない。

 フレアはただ、集中して一撃を放てば良いのだ。


 綴りを終えると、フレアは路地から大通りへちらと顔を覗かせて門を確認した。それで、ある程度の距離は測れた。

 あとは大体の位置を思い浮かべながら、詠唱するだけ。


「……怒りの音(ソニトゥスイラエ)!」


 声と同時に、びりびりと音の響きを身体に感じる。

 大凡(おおよそ)狙い通りの位置だったはずだ。


 響きが収まってきた所で、ニーナの方をちらと見る。

 するとそれよりも早く、彼女がフレアの横をさっと駆け抜けた。


「ちょっと、ニーナっ……!」


 呼び掛けるも、すぐにそれが無意味だと気付く。

 聞こえていたとしても、彼女を止められたかは怪しいが。


 ニーナは躊躇(ためら)い無く路地から跳び出すと、大通りを前進―――しようとして横へ跳んだ。

 そこへ炎と矢が降ってくる。


「もう、リンドも言ってたじゃない……!」


 文句付けながら、フレアはすぐに次の魔法を準備する。

 やはり先ほどよりも、音魔法は効いていないようだった。


製鉄(イローネ)!」


 そう唱えて、門からの攻撃を(かわ)していたニーナの前方に鉄の壁を生成する。

 そして、フレア自身もそこへ向かって駆けた。


 傍へ寄ると、ニーナはにっと不敵な笑みを浮かべながら「お見事」とばかりにフレアに向かって親指を立てて見せた。

 それにちろっと叱るような視線を向けながら、フレアはまた魔法を綴る。次の手は―――。


 考える間に、辺りが暗くなる。

 はっとして顔を上げれば、大岩が降ってきていた。


 駆け出そうとした所で、ニーナに後ろから体当たりされる。

 それで派手に転げたが、岩を回避できた。ニーナの方は傍でしっかり着地して、既に体勢を整えていた。


「―――もうっ!」


 フレアもすぐに身体を起こすと、頬に付いた砂利(じゃり)を左手で払いながら右手を前方に差し向ける。


氷結(イーシェ)ッ!」


 その詠唱で、門は(たちま)ち氷に包まれた。番兵たちの覗き穴も全て塞いだはずだ。


 それを見てニーナが駆け出そうとするが、その腕をフレアは掴んで止めた。

 ちろっと不満げな視線がこちらを向くが、フレアは無視する。そしてニーナを先に落ちてきた岩の陰へ引っ張って行きながら、再び魔法を綴る。


「何ですか!」


 とニーナは言っているのだろう。口の動きで分かる。

 だがそれを押し(とど)めて、フレアはまた唱えた。


燃焼(フィーレ)


 刹那、どんと地が揺れる。ぶわと門の方から爆風が起こり、粉塵と蒸気が流れてきた。

 その勢いが落ち着くのを待ってから、フレアはニーナに向かって頷きかける。


 それで彼女はにやと笑んで見せ、一気に駆けて行った。

 舞う粉塵を裂き純白の髪を振り乱して跳ぶように走る彼女の姿は、まるで閃光だ。


 その彼女が向かう先で、門は表面の鉄板を落としてやや(かし)いでいた。

 ニーナは、駆けた勢いそのままに門を蹴り付ける。その威力に、門が揺れた。

 それを見てもう、フレアは道が開ける確信を持った。


 岩に背を預けながら、後方を見やる。

 するとそこに、リンドの姿があった。

 彼は、異様に黒く長い刃の剣を振り薙いでいた。


 ……否、刃に見えるそれは退魔の力だ。

 剣が、退魔の力を纏っているのだ。

 そのフレアだけが視える黒い刃が紅い鎧を纏う兵たちの身体を通り抜けると、彼らは一瞬恐怖の表情を浮かべた後にどさとその場に崩れ落ちる。

 それが、彼の新たな力のようだった。


 リンドはそこにいる兵士を粗方(あらかた)片付けると、こちらに向かって駆けてくる。

 それを確認して、フレアは視線を路地の方へ向けてロゼを手招く。


 そしてロゼとリンドと合流すると、門へ向かって走る。

 丁度その時門が倒れ、ニーナがこちらに向かって拳を突き上げた。

 三つ目の門は開かれた。


 ロゼの話が本当ならば、あと一つ。

 フレアの瞳は迷い無く冴え冴えと、その先を見据えていた。

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