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不浄のアルバ  作者: 北郷 信羅
第4章 境界の街に架かる大橋を渡って
51/106

51.魔女と鍛冶士と元商人

 小さな石造りの鍛冶屋マークス。

 その店の戸を開いて中へ入ると、武器や防具が並ぶ部屋の中に一人の男を見つけた。

 「見つけた」と言うより、「目に入った」と言う方が適当かもしれない。それくらい存在感のある大柄な中年の男だった。しかし体格の割に顔の作りは優しげで、威圧感はそれほど強くない。


「いらっしゃ―――、ってリンドじゃないか!」


 彼は知人の存在に気づいて、嬉しそうに言った。

 対するリンドは、相変わらずの無表情でこくと頷きを返す。


「悪いな。また用ができて来た」

「悪いことなんて無いさ! 話ってなら、奥で話そう」


 気さくに応じた彼は、次いでアリアの方へ視線を向ける。


「お嬢さんに会うのは、初めてだな」

「ええ。お初にお目にかかります」


 微笑みと共に言葉を返すと、男は右手を差し出して挨拶した。


「グルードと言う。見ての通り鍛冶士だ。リンドには、以前に息子を救ってもらったんだ」

「へえ……」


 ちらとリンドに視線を流すと、顔を背けられてしまった。

 それを深追いはせずに視線を戻し、アリアはすぐグルードの手を両手で握って挨拶を返した。


「私はアリアと言います。リンドとは幼馴染で、今は少し旅を共にしています。どうぞよしなにお願いします」


 彼女の楚々とした振る舞いはグルードにとってややむず痒いのか、彼は逆の手で頭を掻きながら「ああ、よろしく」と応じる。

 それから、気になったであろうことをリンドに尋ねてきた。


「ニーナとフレアは一緒じゃないのか?」

「あいつらとは、今別行動している」


 とリンドは淀みなく答える。

 確信を持った断定だった。


「何だ、喧嘩でもしたのか?」


 という茶化し気味の問いにも、彼は「そのうち合流する」と淡々と答えた。


「そうか……、そいつは残念だ」


 リンドの言葉にグルードは肩を落とすが、すぐに気を取り直した様子でアリアたちを店の奥へと誘う。


「お嬢さん方には君らからよろしく伝えてもらうとして……、今は君らの話を聞くとしよう。奥の部屋でエールでも飲みながら―――」


 彼が言いかけたその時、不意に店の奥の戸がぎっと開かれた。


「グルード、ルーマスの着替えまだあったよな? 俺のマグ引っ繰り返してエールが―――」


 部屋に入ってきた男はグルードに言いかけて、アリアたちの存在に気付いたようだった。

 鼻の下に薄い髭を生やした中年の痩せた男だ。がっしりとした大柄な体格のグルードと並ぶと、余計に貧弱な体躯(たいく)に見える。


 男はリンドの姿を見て固まっていた。

 その表情は、戦慄に近い。


 そんな彼の後背から、今度は五、六歳くらいの幼い少年がひょこと顔を出す。

 服にエールの染みを付けたその子供の方は、こちらに気づくと丸い目を見開いた。


「リンド!」


 その姿を指差し、声を上げる。

 対してリンドは、こくりとぎこちなく頷きを返す。子供に対する態度の取り方が分からないらしい。

 しかし少年の方には苦手意識が無いようで、ぱたぱたとリンドに向かって駆け出す。


 だが、その身を痩せた男が捕まえて止めた。


「ルーマス、駄目だ」

「どうして?」


 ルーマスというらしいその少年は首を傾げる。


「マストロ、リンド嫌い?」


 その問いには答えずに、マストロと呼ばれた男はただルーマスを自分に引き寄せた。

 そんな彼に対して、グルードも首を傾げる。


「何警戒してるんだ? 前にも言ったろ、ルーマスを救ってもらったって。警戒するようなことは―――」

「うちに何の用だ」


 グルードの声を無視して、マストロは問うてくる。

 その問いにリンドは、変わらず淡々と言葉を返した。


「剣を折ってしまったから、新しいものを打ってもらおうと思ったんだ」

「うちでなきゃダメなのか?」


 暗に「うちには来るな」と言っていることは、事情を知らないアリアが聞いてもはっきりと分かる。

 それでも、リンドは首肯した。


「ここが()いと思った」


 すると、今度は別視点から拒絶のための質問が投げかけられた。


「なら、いくら出せる? グルードの仕事は安くねえぞ」

「ルーマスの命の恩人から金なんて―――」


 声を上げようとするグルードを制して、マストロはこちらを見る。


「どうなんだ?」

「……」


 リンドは、しばし沈黙する。

 それは有り金を勘定する間では無いだろう。

 恐らく答え方を考える間だ。


「金は、あまり持ち合わせていない」


 沈黙の後の回答は、存外正直なものだった。

 それを聞いたマストロは、ふうと失望のような安堵のような息を吐き出した。


「だったら、仕事は請け負えねぇ。帰って―――」

「俺は構わないぞ」


 とそこへグルードが割って入る。


「リンドには恩があるんだ。それを返させてくれ」


 隣から話を切り崩されて、マストロはぐっと歯噛みする。

 それから何か思いついた様子で、すぐに声を上げた。


「それなら代金の代わりに、依頼を受けてくれ」

「依頼?」


 と単語を繰り返すリンドに、マストロは「そうだ」と応えてその内容を告げた。


「純人教団残党の捕縛を依頼する」


 純人教団。

 アリアも勿論(もちろん)その名を聞いたことはある。かつて魔法人の存在を恐れ排斥した「純人至上主義」を受け継ぐ組織だ。

 魔法や退魔の力を使う魔法人やアルバートを拒絶し、その殺害を目論む過激派も存在すると聞いた。


「残党?」


 とリンドが首を捻る。


「まだこの町で活動している人間がいるのか?」

「いる」


 とマストロは即答した。


「あの打ち出祭りの後も、強盗事件が発生してる。金品掻っ払ってった連中は『純人の未来のため』だとか()かしてたらしい」

「マストロ、図々しいにもほどがあるぞ」


 そこへグルードが口を挟んだ。


「この町とは無関係なのに一度救ってもらって、それでまた頼むなんて―――」

「俺は何も知らない」


 と彼の声を遮ってマストロは言葉を返す。


「だからこの男にここへ来る資格があんのか、確かめたいんだ」

「資格って……、ここは普通の鍛冶屋だぞ」


 グルードは呆れ交じりの声を出す。


「いつからうちは、そんなにお高くとまるようになったんだ」


 しかしマストロは、もうグルードの方を見ていない。

 その視線は、真っ直ぐリンドに向けられていた。

 やるのか、やらないのか。

 ただその答えを待っているようだった。


 そのマストロの視線の先で、リンドは頷きを返す。


「分かった。依頼は引き受ける」

「おい、こいつの話なんて気にしなくて良いんだぞ?」


 グルードが声を掛けてくるが、リンドがその言を撤回することは無かった。


「教団の人間が残っているのだとすれば、どの道放ってはおけない。剣については、その件を片付けてから改めて頼む」

「そうか……、すまない。だが依頼を受けてくれるにしても、剣が無いと困るんじゃないのか?」


 心配するグルードに対して、リンドはその腰に差した折れた剣に触れる。


「盗賊相手なら、これで十分だ」


 言って、リンドは踵を返す。

 そして申し訳なさそうなグルードや訝しげなマストロとその腕の中できょとんとしているルーマスの視線を背に受けながら、静かに店を出ていった。


 事の成り行きを見守っていたアリアも話が済んだことを確認すると、淑やかに彼らに一礼してリンドと共に店を後にした。


 *


 純人教団残党の捕縛。

 次に成すべき目標は決まったが、そのために為すべき具体的な行動はまだ決まっていない。

 アリアと言えども、何も知らない状況で神の啓示の如く手段を思いつくはずもない。

 それで彼女は、前を歩くリンドに尋ねてみる。


「これからどうするの?」

「そうだな……」


 と少し考えるように腕を組んだ彼は、すぐにそれを解く。


「とりあえず、元幹部に会ってみるか」

「純人教団の元幹部? あなた意外と顔が広いのね」

「そいつとは直接やり合ったってだけだ」


 感心するアリアに、リンドは肩を竦めて応じる。


「まだこの町の牢に入っていればいいんだが……」


 呟きつつ、彼は通りを歩く人々に問うた。


「―――ちょっといいか。町の牢はどこにある?」


 そうして道行く人に訊きながら進み、アリアたちは町北西部にある地下牢に行き着いた。

 賑やかな南部とは異なり、北部は人通りが少ない。その中でも牢の近くはしんと静まり返っていた。

 石造の小さな建物が、牢への入口だ。


 リンドがその戸をぎいと押し開けると、その先に地下へと続く階段が見える。

 階段の前には、牢を守る番兵の姿もあった。

 彼はアリアたちが建物へ入ってくると、その手の槍を持ち直してじろと視線を向けてくる。


「何用か。ここは牢獄だ。用が無ければ帰ってくれ」


 さすがに牢を守る兵士とあって、その顔は厳めしい。鎖帷子(くさりかたびら)を纏う体つきもごつごつとしていた。

 もっとも、それで態度を変える二人では無いのだが。


「純人教団の幹部だった『オリバー』という男に会いたい」


 とリンドは用件を伝える。


「教団の残党について話を聞きたいんだ。まだここにいるか? それとも、もう境界の町へ移されたか?」

「……その男なら、もう移送されている」


 男の回答に、リンドは「そうか」と落胆の息を吐き出す。

 しかしアリアは、一歩前に出た。


「いつ頃移されたのかしら?」

「最近のことだ」

「最近って、具体的にいつ?」

「……それを、お前たちに教える必要は無い」


 詰め寄りその顔を覗き込むアリアに対して、番兵は若干身を引きながら答える。

 その答えに彼女は「そう」と呟いて、しかしさらに問いかけた。


「因みに、どこへ移されたの?」

「それは、境界の町に―――」

「東西どちら、とお聞きしているの」


 言いながら、その右手を男の胸元に添える。

 それから、はたと思い出したように声を上げた。


「あぁでも、境界の大河は今氾濫していたわね。最近のことなら、東には移せないか……」


 そっと添えた右手で男の胸板をなぞりながら言うと、男は満更でもない顔でうんうん頷く。


「そうだ。だから、あの男は西へ送られた」

「そう。どうもありがとう」


 と、アリアは微笑んだ。


「誘いに乗ってくれて」

「誘い……?」


 困惑する番兵に、リンドがじっと視線を向ける。


「大河は氾濫していない。そんな状態なら、俺は旅できていない」

「そういうことなの。ごめんなさいね」


 言ってアリアは、番兵に背を向けてその場を離れる。

 その背に、男の憤った声が飛んできた。


「貴様……、俺を(たばか)ったのか!? ふざけるなァッ!」


 番兵は槍を構える。だがそれを彼女に突き出す前に、リンドが男の顔面を左手で掴んでいた。


「その印、アルバートっ……!?」


 言葉を吐き切る間もなく、退魔の力が番兵の精神を至近距離で揺らした。

 それで彼は意識を失い、どさとその場に伏した。


「最初に謀ったのは、あなたでしょう」


 倒れた男を見下ろして、アリアは言い放つ。

 それからリンドの方へ視線を流して、礼を言った。


「ありがとう。助けてくれて」

「助けたのはこの男の方だ」


 とリンドは呆れ交じりの視線をこちらへ向けてくる。


「俺がやらなきゃ、お前が八つ裂きにしていただろ」

「八つ裂きだなんて、そんな物騒なことしないわ」


 アリアはくすくす忍び笑いしながら、答える。

 そんな面倒なことはしない。そんなことをしたら、服が汚れてしまう。


「それに極力、私は手を出さない約束だからね」

「口は出したけどな」

「でも、私が言わなければ境界の町まで無駄足踏みに行ったかもしれないわよね?」


 いつも通りに微笑みながら言葉を返すと、リンドは降参とばかりにはあと溜息吐いて「ありがとう」と口にした。

 それから彼は、すぐに地下牢に向かって階段を下りていく。アリアもそれに続いた。


 するとその先で、何やら騒ぎが聞こえてくる。


「おいおい、穏やかじゃねえな」

「ぐっ……、離せ!」

「離せるかよ」


 ばたばたと、何やらやり合っている様子だ。

 それを耳にしたリンドが、その足を早める。アリアも彼の背を足早に追いかけていくと、狭い牢屋が並ぶ暗い地下の廊下に出た。

 そして廊下の先で、一人の番兵が鉄の牢屋越しに首を締め上げられていた。


「―――おっと、これはこれは」


 駆け寄ってきたリンドに対して、牢の中から腕を出していた男がやや驚いた様子を見せる。

 そしてその腕を離して、気絶した番兵を石の床に転がした。


 彼がオリバーだろうか。

 アリアが視線を向けて問うと、リンドが頷きを返した。


「俺をここへぶち込んだお兄さんが、一体何の用だ?」


 オリバーは、堂々とした態度でその場に座り込む。

 若い男だった。アリアよりはもう少し年上だが、二十代後半といったところだろうか。

 その落ち着き払った態度から、人の上に立っていた人間の風格を感じられた。


「何をしていた」


 リンドが問うと、彼は大袈裟な手振りで答える。


「いやァ急に襲われたもんだからさ。驚いて咄嗟に締め落としちゃったわけよ」

「襲われた? 襲ったの間違いじゃないのか」


 訝しげな視線を向けるリンドに対して、オリバーはちょいちょいと番兵の方を指差す。

 そちらを見やれば、番兵の傍にはナイフが落ちていた。


「それで襲われたのよ。お陰でほら、怪我しちゃった」


 言う通り彼の上腕の辺りは服が裂けていて、その下に切り傷も見受けられた。

 それでも、リンドの疑いの視線は変わらない。

 そんな彼に、アリアは自分の見解を述べる。


「リンド、彼の言うことは本当じゃないかしら。外の番兵も含めて、何か組織的にこの人を消そうとしている気がするわ」

「おぉ、別嬪(べっぴん)さん流石(さすが)! その美貌は伊達じゃないな!」

「ありがとう」


 オリバーの軽口を適当にあしらって、彼女はリンドに視線を戻す。


「殺されてしまう前に、聞けることは聞いてしまいましょう」

「……そうだな」

「いや、助けてくれよ」


 頷くリンドを前に、オリバーは若干引き攣った笑みを浮かべる。

 その彼を、リンドは真っ直ぐに見た。


「お前が俺たちに協力してくれれば、助けてやってもいい」

「―――へぇ、取引ってわけか」


 とオリバーは興味深そうに身を乗り出す。


「面白ェ。こっちは元商人なんだ。簡単には乗せられねえぜ」


 そう言って、彼はにやりと不敵に笑んだ。

■登場人物(キャラクターデザイン:たたた たた様)


【グルード・マークス】

挿絵(By みてみん)

鍛冶屋マークスの店主。息子ルーマスを純人教団に攫われた際に、リンドたちに救われた。町一番の力持ちだが、性格は温厚。


【マストロ・マークス】

挿絵(By みてみん)

グルードの幼馴染で、共にルーマスを育てている。偽英雄と接触させることでグルードに過去の悲劇を思い出させたくないため、リンドが店に近づくことを嫌っている。


【ルーマス・マークス】

挿絵(By みてみん)

マークス家に引き取られた孤児。生まれてすぐ偽英雄によって両親を殺されている。純人教団に攫われ、リンドたちによって救い出された。


【オリバー】

挿絵(By みてみん)

元純人教団の幹部。軽薄な言動が目立つが意外と博識で頭も切れる。リンドたちと戦って敗北し、現在は牢獄に入っている。

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