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不浄のアルバ  作者: 北郷 信羅
第3.5章 魔法王都に訪れる兆しを見据えて
45/106

45.剣士の苦悩

(キャラクターイラスト制作:たたた たた様)

挿絵(By みてみん)


 少しばかり、時を(さかのぼ)る。


 黒煙を吹き上げる石の城。

 内部では、赤々と燃え盛る炎が処々(しょしょ)で壁掛けや絨毯を焼いていた。


 その石城の中心部―――謁見の間に、青年ラーク・ロイドは一振りの剣を手に立っていた。


 王座のさらに奥の空間で彼が向き合っているのは、赤を基調としたドレスを身に纏った一人の女。

 中年のはずだが、そうは見えない若さを保った美しい女。

 長い金髪が特徴的で、腰近くまで流れるそれには一切の乱れが無い。


「―――では、よろしくお願いします。ラーク」

「……っ」


 女の優しい微笑みに、彼はぎりと歯噛みして顔を俯ける。

 だが、迷っている暇などない。迷えば、彼女の覚悟を無駄にすることになる。


 故に、ラークはすぐに顔を上げた。

 そしてその手の剣を両手で握り直して、高く掲げる。

 女は、その彼の前で床に両膝を突いた。


 呼吸が乱れる。

 汗が止まらない。

 それは周囲で燃える炎のせいでも、城に滞留する煙のせいでもなかった。


「……誓います。命に替えてもこのラーク・ロイドが、必ず」


 震える声で、彼女に言葉を向ける。


 顔を伏せ、白い(うなじ)をこちらに見せる彼女の表情は窺い知れない。

 だがきっと、今この瞬間も優しく微笑んでいるのだろう。


 そんな彼女のためにラークができることは、迷わないこと。

 苦しませないことだ。


 ラークはもう一度強く歯噛みする。しかしすぐに、迷いを息と共に吐き出した。

 それから今度は、すっと一気に息を吸い込む。

 そして、その手の剣を彼女のうなじに向かって真っ直ぐに、全身全霊を込めて振り下ろした。


 剣は驚くほどすっと容易くその首を断ち、床を叩いた。

 ごと、と小さな頭が思いの外重量感のある音を立てて、赤い絨毯の上に落ちる。

 その横顔は驚くほど穏やかで、まるで眠っているかのように(まぶた)を閉じていた。


 しかしその顔に、叩きつけるように鮮血が降り注ぐ。

 安らかな顔とは裏腹に、身体の方からは激しく血が噴出していた。

 美しかった彼女の身体から、その生命の源があっという間に失われていく。


「……っ!」


 今すぐ、その身を抱き締めたい。

 涙を流して詫びたい。

 だがそのどちらも、今の彼には許されない。


 ラークは彼女の温かい血をその身に浴びながら、ただ立ち尽くすことしかできなかった。


 *


 はっとラークは気が付き、ぼんやりする頭を振って覚醒させる。整えられた茶の髪が頭の動きに合わせて揺れた。


 小札鎧(こざねよろい)を脱いで自室の椅子に掛けたまま居眠りしてしまっていた。窓の外を見やれば、空は雲に覆われているがまだ大分明るい。それほど長い時間は経っていないようだった。

 忙しい日々が続いている。大分疲れが溜まっているのだろう。


 ふと、彼はその両の掌を見下ろす。

 あの日から、もう二年。ラークも二十歳になった。

 剣を握ってばかりの無骨なその手に、もちろん血の跡は残っていない。

 しかしあの時の感覚は、今もはっきりとその手が覚えていた。


「……」


 ラークはふうと息を吐き出して、浮かぶ様々な思いを頭の隅へと追いやる。さらに椅子から立ち上がって、長身の身体をぐっと伸ばす。

 そして鎧を着直すと、部屋の外へ―――今直面する現実へと向かった。


 そこは魔法王国。

 純人(じゅんじん)によって迫害された魔法人(まほうじん)たちが築いた王国。

 現在はアルバートという脅威と戦い続けている。

 そしてまた、内政にも課題を抱えていた。


 そんな魔法王国の王都―――通称「魔法王都」の王城にて、ラークは忙しい日々を送っていた。

 自室を出て階段を下り、廊下を抜けて謁見の間へ。

 そして誰も座っていない王座の横を抜けて(しも)の方へ数段ある階段を下り、その広間の入口まで行くと閉じられた戸をこんこんと叩いた。すると、扉越しにすぐ声が返ってくる。


「はい」

「報告は何か入ってきているか?」


 問うと、扉の向こう側に立つ兵は即座に答える。


「つい先ほど、東の境界の街から伝書があったようです」

「そうか。すぐその連絡兵を呼んでくれ」

「承知しました」


 簡潔に話を済ませると、ラークはゆっくりとその足をまた王座の方へと進める。

 そして、その空席の右隣に立った。

 それから間も無く、広間の扉が開かれる。


「報告します」


 伝書を受けたと見られる鎖帷子(くさりかたびら)を身に纏った兵が、王座に続く階段の前で片膝を突いて言う。

 それにラークが頷きを返すと、彼はその続きを口にした。


「東の境界の街にて、アルバートと(おぼ)しき男が境界の大橋を渡ろうとしているとのことです」

「アルバート……、予告通り来たか」

「予告通りであれば、リンド・アルバートかと思われます。仲間を二人引き連れているようです」

「二人?」


 とラークは眉根を寄せる。


「他にはいないのか」

「伝書にそれ以外の敵の情報はありません。増援は不要とのことですので、恐らく敵はそれのみだと思われます」

「……」


 兵士の報告を聞いて、ラークは顎に手をやり一思案する。

 リンド・アルバートがどんな人物かは分からない。ラークが実際に目の当たりにしたアルバートは、十年前に攻めてきたダート・アルバートただ一人だけだ。ダートは多くの兵を率いて魔法王都に現れ、誰彼構わず殺し回った史上最悪と言われるほどの存在だった。


 だが今回は、様子が違うらしい。少数精鋭ということであれば、ダートのさらに前……二十年前にたった二人で攻め込んできたという「ギルト」の名前は聞いたことがある。

 今回もそれと同じパターンなのだろうか。そうであれば数が少ない分対応しやすそうだが、(くだん)のギルト・アルバートにも当時の魔法王は敗北している。今度も一人が圧倒的な力を持っているのだとすれば、油断できない。


「境界の街の部隊には無理をするなと伝えてくれ。それから近隣の町に控えている部隊には、いつでも迎え撃てるように準備をしておくように言ってくれ」

「承知しました」


 と応じて、連絡兵はさっとすぐにその場を後にする。

 すると今度は、出て行く兵士と入れ替わりで女が一人入ってくる。簡素で丈の長い一繋ぎの衣を身に纏った、長い黒髪の女だ。


「マーシャルのところに、アルバートが来たの?」


 やや不安げな表情でこちらを見上げる彼女は、サラ・イージス。ラークの同い年の幼馴染だ。

 サラにとってマーシャルは血こそ繋がっていないが三つ年下の弟なので、心配なのだろう。

 そんな彼女に、ラークは思ったままを答える。


「予告通りに来たらしい。あいつにしてみればそのために出て行ったんだし、喜び勇んでるんじゃないか?」

「……ラークは心配じゃないの?」


 やや不満げにこちらを見てくるサラに対して、彼は肩を竦めて見せる。


「心配か……。あいつは強いからな。そうそう負けることは無いだろう」


 言ってから、しかし彼は「ただ……」と言葉を継ぐ。


「あまり軽々しく出て行かないでほしいな。立場ってものがある。俺やサラでは代わりが務まらないから、万が一があったら全て台無しになる。―――そういう意味では、心配だな」

「……もういい」


 彼の物言いにまだ不満があるのか、サラは少々(むく)れた様子でそっぽを向いてしまった。

 だがラークに、彼女を気遣っている余裕は無い。すぐに別の話題を振った。


「ところで、前王派(ぜんおうは)との交渉は進んでいるのか?」


 問うと、サラの表情は曇る。

 彼女は明後日の方を見たまま、首を横に振った。


「……ダメ。こっちから連絡しても、無視されちゃう」

「そうだろうな」


 とラークも溜息交じりに言う。


「向こうは元々の権力者だ。『皆で議会を立ち上げましょう』なんて言ったって、向こうには益が無い」

「でもだからって彼らを特別扱いしたら、議会の意味が無くなっちゃうし……」

「……」


 ラークは腕を組み、考える姿勢になる。

 だが既に、考えは纏まっていた。その仕草は、考えを口にするタイミングを見計らっているだけに過ぎない。


「―――まあ、最悪は」


 とラークは、静かに口を開く。


「向こうの中心人物をマーシャルと俺で―――」

「それはダメっ!」


 サラが普段出さないような大きな声で否定した。


「暴力で黙らせるなんてやり方は間違ってるよ! ……それにもう、あんな戦いは見たくない」


 彼女の言葉に、ラークは口を噤む。「あんな戦い」を望まないのは、彼も同じだ。

 だが一方で、それは綺麗事だとも思っていた。


 サラという人間は高潔で、これまでもずっと戦うことを否定し続けてきた。

 魔法を使うことはほとんど無いし、争いは極力避け、暴力を否定して話し合うことを求め続けてきた。


 そんな彼女が今立ち上げを目指しているのが「議会」だ。

 魔法王国は長年、ソートリッジという王家の下に魔法の技量で階級が決められ、その階級によって富みや自由が分配されてきた。

 階級が高い者はこの魔法王都に暮らし、下級の民を動かしその富みを得て生きられる。一方で階級の低い者は境界の街に集められていて、攻めてくる純人王国に対する盾として一生使われるのだ。


 そしてこの階級は、代を跨いでもまず変わることが無い。

 魔法を使うには、まず魔法原書に書かれた呪文を読む必要がある。龍印の入った右手を炎なり氷なりの呪文の上に(かざ)して読まなければ、使うことができないのだ。

 この記述は原本の写しでも良いのだが、問題はその原本がこの世に二冊しか存在しないことにある。しかも一冊は純人王国のクリストンが所有しているため、魔法王国にあるのはソートリッジが持つ一冊だけだ。

 故に、ソートリッジと密な関係を持つ階級の高い家に生まれればこの魔法原書の写しを多く得られ、身分の低いところに生まれればそれを得る機会が無い。詰まる所、階級は事実上固定されてしまっているというわけだ。


 それをサラは許せなかった。サラ自身は王家の学問を(つかさど)る上流階級のイージス家に生まれたわけだが、清廉(せいれん)な彼女はそうした状況を見過ごせなかったわけだ。

 そしてこの状況を打開するためにサラが提唱しているのが「議会」だ。

 各町から代表者を選び、その代表者が町の統治を行う。さらに代表者全員が同じ魔法書の写しを持つことで、力のバランスの不均等を無くすというものだ。


 そうした新しい制度については、ラークも賛成している。彼も王家を守る騎士として名高いロイド家の生まれなので元の制度のままでも不満は無かったわけだが、地位が保証されている上位の人間の多くが堕落しているのも目の当たりにしている。

 折角皆が可能性を持っている魔法の力も、一部の無能な人間が呪文を握っていることで生かされない。結果、国力の発展を阻害している。

 これではアルバートに打ち勝つことも難しいだろう。


 しかしサラの理想に賛同する一方で、ラークは彼女のやり方が生真面目に過ぎるとも思っていた。

 一人一人と丁寧に話をすれば、少しずつ人々の意識も変わっていく。そんなことを彼女は言うが、真面(まとも)に話を聞く人間ばかりではない。仮にそんなことが成るとしても、いつまで掛かるか分かったものでは無い。


「―――綺麗事で綺麗にするには、時間が経ち過ぎた」


 思わず呟くと、彼女はむっとした顔でこちらを見る。

 それにラークも、冷めた視線を返す。


 暫く、睨み合うだけの時間が過ぎた。


 しかしその沈黙は、唐突に破られる。

 謁見の間の扉が勢いよく開かれたからだ。


「報告します!」


 と一人の兵士が膝を突く。


「どうした」

「前王軍が、こちらへ向かってきています!」


 ラークの問いに、兵士が答える。

 その答えに、サラが両手を口に添えて目を見開いた。


「そんな……!」

「王城に攻め込んでくるとは、威勢が良いな」


 一方のラークは、落ち着いて状況の把握に努める。


「数は」

「およそ百とのことです」

「……少ないな」


 王城を奪うには、少な過ぎる人数だ。その程度であれば、城内の兵で十分に対応できる。

 ラークが考えていると、しかし兵士がもう一言を付け加えた。


「―――あの、それからこれは不確かな情報なのですが」

「何だ、言ってくれ」


 自信無さげな彼の言葉をラークが促すと、彼は思わぬことを口にした。


「敵兵の中心に、金髪の少女がいるとの情報があります」

「……何だと」


 ラークは一瞬固まって、思わず呟いた。

■登場人物(キャラクターデザイン:たたた たた様)


【ラーク・ロイド】

挿絵(By みてみん)

魔法王都の王城にて、王国軍の指揮を執る若き剣士。二十歳。魔法王を守護してきた戦士の家の生まれ。強い意志を心に秘めている。


【サラ・イージス】

挿絵(By みてみん)

魔法王を学問の面から支えてきた識者の家の娘。二十歳。実質的に固定化された魔法王国の階級制度の改革を提唱している。一方で戦うことを徹底して否定している。

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